笑う魔女 6
「行ってくるね!」
「気をつけてね」
20名くらいの冒険者と、バルテリとアイノ。みんな大量の荷物とスキー板を持って、持ちきれない物資はアシブトスレイプニルモドキやゴチョウグマ(家畜に適した熊で、こっちも地球にはいないそう)が引くそりに載せて。半分くらいの人は緊張感のある顔をしているけれど、狼と潜水艦はとても楽しそうだ。
パハンカンガスに出現したドラゴン型害獣の討伐任務。みんなが帰ってくるのは1か月くらい先になるという。だから食料だけでもかなりの量。遠ざかる後ろ姿を見ていると、本で読んだ南極点を目指す冒険家の一団のようにも感じた。
今回の任務は、政府からの依頼によってヴィヘリャ・コカーリが動いたものだ。正確には冒険者ギルドが政府に協力を要請し、それが魔王の下にきたといった具合。なんで冒険者ギルドがシニッカに直接依頼しないのか、政府をとおすのはよけいな手続きなんじゃないかと思って聞いたところ、返ってきたのは「正しいお役所仕事だから」という理由だった。つまりこの手の仕事は政府が責任を持ち、参加した人員やかかった費用をちゃんと把握して行うのだ。
(お役所仕事って悪いことだと聞いてたけど……ちゃんとした理由があるんだ)
そう考えると日本の市役所の職員さんなんかも、実は頼りになる存在だったのかも。生前、あまり利用したことはなかったけれど。
司書さんも公務員だったんだろうか。
(あ、本読まなきゃ)
お役所関連のお仕事はバルテリやアイノにまかせておいて、自分は自分のできることを。彼らが帰ってくるまで1か月もあるのだから、目一杯勉強して、たくましくなって、「成長したなぁ」なんて言われてみたい。
となりに立つ先生のカラスを見ていう。
「サカリ、今日の予定は?」
「教師が必要なら、予定はあいている」
「ありがとう!」
イーダはさっそく約束を取り付けた。かばんには「出番まだ?」と顔を出す日記帳。昨晩まとめた質問事項がぎっしり書かれているから、側面が文字の端でやや黒ずんでいる。少女に会った時は真っ白だった日記帳も、ともに知識の森を探索したおかげで、誇り高く色づいているのだ。
「できた生徒を持って幸せね、サカリ」、イーダのとなりで魔王が青い髪をゆらし、カラスの顔をのぞきこむ。
「ああ、不できな上司を持った不幸とで、バランスが取れている」、サカリはあいかわらずつれない態度。
「イーダにはやさしいのに、私にそうじゃない理由をうかがえる?」
「いいだろう。ひとつ、普段の行いが悪い。ふたつ、普段の言動が悪い」、カラスは目も合わせずに、生徒を引き連れ歩きはじめた。「3つ、普段から意地が悪い。4つ、つまりなにもかも悪い」
「お褒めいただきうれしいわ」
「そういうところだ」
魔王と部下のいつもどおりな応酬を見て、生徒のほうはというと、これもいつもどおりの苦笑いを浮かべるのであった。
◆ ① ⚓ ⑪ ◆
警告したはずだ。しかしそれは受け入れられなかった。だからこうして村を焼く羽目になった。冒険者の拠点となり、森にすむ自分たちに対して悪意をむけていたこの村を。
焦げた草に炎が彼の影を描く。やや高めな身長とやや細めな体躯。日本人男性としては悪くないといえるくらいの体格だ。しかし両腕の先にある部位の影は、長く、そしてするどい。彼の怒りを代弁するかのようにまがまがしいそれから、ポタポタと赤い液体が滴っている。
顔にかかる黒い前髪の間、獣を思わせる金色の瞳が朱色の炎を映しながら、彼は今にも焼け落ちようとしている村役場をじっとにらんでいた。それが殺意を感じさせるほどのするどい眼光を放っているのは、先ほど殺した冒険者が放った「化け物め」という断末魔のせいだ。
(化け物……聞きあきた台詞だ。やつらは俺の仲間を『害獣』としか認識できやしない。こいつらにだって感情があるっていうのに)
この世界には『害獣』という概念がある。冒険者連中にいわせれば、それは街道や森、荒地なんかに生息している好戦的な生物のことだ。
しかし彼はそう思わない。モンスターという言葉すら嫌いなくらいだ。
その生物たちにだって、生きていく権利も、幸せになる権利もあると思うのだ。言葉が通じる相手なのだから当然だし、現に今、自分のまわりにいる十数名の仲間たちは、人間と変わらないコミュニケーションをとれるのだから。
「レージ様、怒ってるの?」
怒りで小刻みに震える彼の腕に、ふわりとした温かい感触。それとともに不安げな少女の声が、彼――如月寺礼二にかけられた。はっと我に返りそちらをむくと、腕にしがみついているのは青い髪のワーウルフだった。
「フェフェ……」、礼二は噛みしめていた奥歯と、しわをよせていた眉から力を抜く。彼を見上げる青い瞳に、鬼のような形相の自分が映りこんでいたから。そして声色を落ちつけてからワーウルフへ言う。「すまん、お前に怒っていたわけじゃない。こいつらに……身勝手な人間に怒っていたんだ」
「私たちのために?」
「……そうだな」
「ありがと」
いいさ、と答えたころには、彼の表情は仲間たちが見慣れたいつもの横顔に戻っていた。彼を囲む異形の人型たち――ゴブリンやワーウルフ、アンデッドたちが安心して見られるものに。
「レージ様、これでよかったのかな? フェフェたち、ニンゲンに目をつけられちゃう」
青い髪をゆらしてフェフェと呼ばれたワーウルフの少女が問う。頭の上にある犬の耳を伏せ、パンパスグラスのような尾を脚の間にたれ下げて。
不安に思っているのだろう、礼二はそう感じた。アイドルのように整った顔立ちが、嫌な未来を想像して苦しそうにしているのだ。だから不安をとりのぞくため、よりいっそうやさしい表情を作った。
「大丈夫さ。俺がいる」
自分がするべきことは、彼女らが常日頃から感じている「人間に殺されるかもしれない」という不安を振り払ってやること。自分につき従い、ともに生きると宣言してくれた、異形の仲間たちのために。
フェフェに微笑みをむけてから、仲間の顔をくるりと見まわす。
「約束しただろ? お前らは俺が守るって」
転生前にこんな大それた台詞を言ったことはなかった。けれど今は自信を持って言えた。その言葉を聞き、取り巻くみなの表情は明るくなる。この焼けただれた村へ、唐突に春でも訪れたかのように。
「うん! 信じてる!」、戦場にふさわしくない、フェフェの明るい声。
(そうだ、この笑顔を守りたいと思って、俺は戦っているんだ)
心の中でそううなずき、1年半前に転生した勇者レージこと如月寺礼二は、この世界におり立った時のことを思い出した。




