笑う夢魔劇場 6
「イーダと!」
「シニッカの」
「「夢魔劇場へようこそ!」」
「好きなアイスの味はバニラ! こんにちは、魔女のイーダです」
「好きな歯磨き粉の味はアイス。こんにちは、魔王シニッカよ」
「……チョコミントの悪口言ったでしょ。私は好きだよ」
「私もバニラは好きよ。この世でも早くキシリトールが生まれないかしら」
「歯磨きはいいの! ここでは惑星フォーサスの魅力について紹介していきます!」
「キシリトールには歯の――」
「今日のテーマは『サンタクロース』!」
「冒険者ギルドは?」
「またの機会で!」
「……あくまでフォーサスのヨウルプッキについて、でいいのよね?」
「むしろそちらだけでお願いします」
「承知しました。2001年に転生した勇者ニーロだけれど、彼の固有パークは『どんな職業でも、そのプロフェッショナルになれる』というような内容だったわ。これは使いかたを間違えるととんでもないことになる。その職業がこの世にない場合には、その職業に付随するいろいろな概念を世界に持ちこんでしまう危険性があるから」
「『世界一のレーシング・ドライバー』とか言っちゃったら、車と自動車競技、ガソリンまで持ちこんじゃうってことだよね?」
「もしかしたら、ガソリンが湧き出る泉なんかと一緒にね。でも彼は紆余曲折あって、サンタクロースになることを選んだ。この瞬間、世界には『クリスマス』という概念と『12月24日の夜に、よい子の下へプレゼントを届ける職業』、『同じ日に魔界の住人へ石炭入りの袋を乱暴に届ける職業』が生まれたわ。といっても、地球のクリスマスと違って、キリストの生誕をお祝いするものではないけれど」
「たしか、この世界の宗教に申し訳ない、地球のキリスト教徒に申し訳ない、これからやってくるキリスト教徒以外の転生者に申し訳ないって理由だったよね」
「概念ひとつを創るのってすごい気を使わないといけないから、彼も悩んでいたみたいね。それでも彼は世界中の人たちに等しくプレゼントを渡したかった。おかげで彼の名前はみんなの心に刻まれたっていうわけ」
「そんなところで皮肉言わないでね……。ところで、私たち魔界の人間は『悪い子』だから石炭をもらうかわりに殴られて気絶するけど、他の国の人たちはどうなの?」
「『その人が一番食べたいものを、お腹いっぱい食べられる』というプレゼントよ。ニーロは元傭兵で凄惨な戦いの場を見てきたから、本当は『世界中に平和を』なんてものを考えていたみたい。けれどそれがおよぼす影響をどうしても想像しきれなかった。だから一晩だけ効果があって、誰しもが喜ぶだろうものにしたの」
「世界への影響を考えて慎重になっていたんだね。世界人口の1食分の食材ってとんでもない量になりそうだけど、社会的にも経済的にも許容できそうな範囲かな」
「それと、自分も含めたヨウルプッキは人を怪我させたり殺したりできなくした。戦うような存在じゃないからね。くわえて彼以外のヨウルプッキは妖精という存在にした。ニーロの許可がなければ、12月以外は誰からも干渉されず、誰にも干渉できないようにしたの。ロマンを追い求めるための設定、といったところかしら」
「さらっと言っちゃってるけど、そんな決まりごとを作るのって可能なの?」
「あの固有パークは概念を操作する力よ。一番やっかいな部類のやつね。それを使いこなせるのだから可能だったわ」
「そんな強い力を使ったら、バグモザイクいっぱい生まれそうだけど……大丈夫だったんだよね?」
「ええ、大丈夫だった。彼は11月中旬から12月23日まで、毎日教会に行って神様に語りかけていたわ。これこれこういうことをするから、どうかバグモザイクを生み出さないでくださいって。これはつまり、儀式魔法を使って世界に準備をさせる狙いがあった。それでも納得できなかったのか、人のいないパハンカンガスまで行ってから固有パークを発動させたわ」
「そこまですれば大丈夫なんだ」
「実はそんな必要なかったんだけれどね。固有パークについては初回の消費魔力もセットで勇者の体にあるから」
「え⁉︎ そうなの⁉︎」
「彼の腕を食べて分析したから、間違いないわ」
「うわぁ……。あれ? 腕を食べたのってニーロさんが固有パークを使う前だったよね?」
「熱心に神様へ祈ってくれるのなら、そのままにしておこうかなって」
「……止めてあげなよ」
「ともあれ、以上が彼の創造したヨウルの概要よ」
「はい! 質問があるよ!」
「どうぞ?」
「12月に入ってから、カールメヤルヴィへの旅行者がずいぶん増えたと思うんだよね。長期滞在の人たち以外にも、魔界の住人じゃない人たちをたくさん見かけたよ。あれってなんで?」
「もちろん石炭を手に入れるためよ。12月24日の夜に魔界にいる人たちは、ひとり残らずブラックサンタの洗礼を受けることになるから。カールメヤルヴィ王国の国民じゃなくてもね」
「やっぱりそうか。石炭なら売れるし、暖房にも使えるもんね。あれ? ひとり残らずって……ネメアリオニアの宮廷魔術師さんは? 王子様っぽいキスで眠らされていたけれど」
「ブラックサンタ的に好みのタイプだったんでしょう。よくある話よ」
「……ひどい」
「同意するわ。話を戻すと、実は魔界ってカールメヤルヴィ王国の領土だけじゃなくて、隣国のアルバマやラヴンハイムにも広がっているの。だから石炭を得るためにはそこに行くという選択肢もあった……んだけれど、まあちいさな村が多いし、宿に困るくらいなら王都カールメヤルヴィにくる人が多い。そんな理由でヨウルクーの王都はにぎわっていたわけね」
「ああそうそう、それ。いい機会だからおさらいしたかったんだ。『魔界』イコール『カールメヤルヴィ王国』じゃないんだよね」
「ええ、そのとおり。魔界は周辺国――アルバマ・ツァーリとラブンハイムの一部にも広がっているわ。実はニーロの一件で、カールメヤルヴィがアルバマと戦ったのもそれが理由よ。つまり領土問題の一種ね」
「あれ、そうだったの? グリフォンスタイン帝国から協力要請があったからだと思っていたけど」
「ややこしい話だから詳細は省くけど、戦争をするには口実が必要なの。『他国からの協力要請』だけではだめなのよ。だからあの時は『魔族の保護』を理由にさせてもらったわ」
「うええ、そんな方便でいいの?」
「なにもないよりね」
「考えさせられるなぁ……。と、話を戻してもうひとつ質問。シニッカはニーロさんが『固有パークを使う』って決意した時、止めなかったの? 世界に地球の文化を上書きしちゃうわけだし、しかもそれがあたかも今まであったかのように、世界中の人に認識されちゃうよね?」
「その時にかぎっては、悩みもしなかったわ。理由は3つ。ひとつはそれが世界の秩序に悪影響をおよぼさないと判断したから。ヨウルプッキが宗教や政治、闘争の外にいる存在とニーロが定義づけた以上、争いの元にはならないと思ったの」
「ニーロさんもかなり慎重に、ヨウルプッキがなにものなのかっていう設定を考えていたみたいだしね」
「ふたつ目の理由は、どうせなら使ってくれたほうがいいと思ったから。魔界唯一の勇者に対し『固有パーク禁止』なんて言って険悪な関係になるのは避けたかったし、自分が納得できる職業になるのなら、それが一番安全よ。ある時ふと思いつきで、とんでもない概念を持ちこまれても困るから」
「なるほど。リスク管理っていっていいのかな? いつまでも固有パークを使わないで潜在的な危険を抱えているより、制御できそうな職業に対して使っちゃってくれたほうがいいもんね」
「利害も一致してたしね。そしてそれが最後の理由」
「ん? 『利害の一致』?」
「プレゼント、欲しいじゃない」
「欲望に素直だね……」
「世界中の人が欲しいものなんだから、いいでしょ?」
「それは完全に同意かも」
「というわけで、前述のとおりまったく迷わず背中を押したわ」
「いい判断だったって思うな。ところで、シニッカってニーロさんに『ヨウルにオーロラを見たい』みたいなことを言ったんだよね? あれって固有パークの能力でかなったの?」
「違うわ。さすがに気象やら太陽の動きやらに干渉できるものではないから。彼はただ一緒に祈ってくれただけ。実際、今まで12月25日に半分くらいはオーロラを見られなかった」
「あ、そうだったんだ……。でも半分ってすごい確率じゃない? 祈りの効果があったのかな?」
「月並みだけれど、それは『神のみぞ知る』というやつね」
「うん!……じゃ、キリもいいし今日はここまで。次回はなににしようかなぁ」
「キシリトールに――」
「粘らないの!」
「ガムだけに?」
「やかましいよ! もう。それじゃあ、またお会いしましょう! バイバイ!」
「Moi moi」
「…………」
「…………」
「ねえシニッカ、もし魔界のみんななら、プレゼントになにが欲しいって言ったんだろう?」
「アイノには聞いたことがあるわ」
「そうなの? なにが欲しいって言ってた?」
「『原子炉!』って」
「止めてくる!」




