笑うヨウルプッキ 19
目を覚まして、トントゥたちの食べ散らかしを掃除して、さあ帰ろうとプレゼント袋を抱えた後に、石炭に埋もれるドクに気づいて。
イーダが王宮に戻った時にはお昼になっていた。太陽はあいかわらずやる気のない高度をごまかすように飛んでいる。けれどそんなことお構いなしに、少女は今日もおいしい料理にありつけたことで心を高々とスキップさせていた。
昨日たくさんもらったプレゼントを思い出し、にやにやしながら。
「むぅ、やるわねイーダ。まさかブラックサンタから譲歩を引き出すとは」
「んふふー。トントゥが助けてくれるなんて、すごくうれしかった」
「――『むぎゅう』!」
「今朝聞いた話だと、ヨウルプッキたちの間でも話題になっているらしいぜ?『グループBのレースのようだった』ってな」
「グループBって?」
「――『むぎゅう』!」
「やめなさい、アイノ」
「よくわからんが、なんでも頭のネジがはずれてるってくらいの激しいレースらしい」
「過去に地球で行われていた、危険な自動車レースの一種よ。軽い車体に馬力のあるエンジンを積んで、狭い不整地のコースを全力で走るの。あまりに危険でゆれるものだから、頭のネジと一緒に車体のネジもはずれたらしいわ。結果的にドアも荷台も、ついでに精神も、そろって溶接になったって話よ」
「よくわからないけど、ほめてくれているんだね!……でも、頭のネジが溶接は嫌だな」
「――むぎゅぎゅうっ!」
「僕につばを飛ばさないで、アイノ」
「やめなさいアイノ」
昼食を済ませて3時間くらい、食堂では他愛もない話が続いていた。外はそろそろ暗くなりはじめる時間。みんな明るいうちに石炭で汚れた体をお風呂でさっぱりしてきたから、石鹸の清潔な香りが充満して心が落ち着く。
ドクの羽も、いつもと違って真っ白に……。普段は自分で黒く染めているそれも、お風呂上りに塗り忘れてることはよくある話。
「なあドクよ、ひとつ忘れ物をしちゃいないか?」
「なんだい? 記憶力には自信があるけど」
今日も気づく気配はない。
ところで彼は浴場でもペストマスクをかぶっているのだろうか。飲食の時にも決して外さず、バネじかけで上下に分かれるクチバシの間から器用に食事をしているけれど……。
天使の生態に興味を引かれていると、王宮に来訪者があった。ヘルミとノエル、そして褐色の肌の女性とその子ども3人だ。みんなものすごい厚着をして、手には毛布を抱えている。
「毎年おまねきいただき、ありがとうございます」
母親のお礼に続き、子どもたちもそれぞれに「ありがとうございます」とお礼を言った。育ちが良さそうにも見えるし、どこかやんちゃそうにも見える。でも総じて仲はよさそうだ。
そんな親子の様子をイーダは微笑ましく見ていた。以前であれば自分の親子関係を思い出し、ネガティブな気持ちにもなっていただろう。でも「今、私は幸せだ」と思える瞬間の中にいて、悪い感情は芽も出さなかった。もっともそれは、彼女たちがなにものなのかと、ここにきた理由に興味を持ったからでもあったが。
「いいのよ、リカルダ。みんなあっという間におおきくなるわね。アトロはいくつになったの?」
「僕はもう19です、魔王様。今年の春から民間呪術師をしています。父も来られればよかったんですが……疲れたようで。家で雷鳴のようないびきをかいています」
「彼らしいわ。ああ、イーダを紹介しなきゃね」
そうやって一家の前にとおされた。少し照れくさかったけれど、彼女たちの話を聞いてその境遇に驚き、それどころじゃなくなった。
だって父親が『元勇者のサンタクロース』だなんて言われたら……。
イーダは日記に書くことを忘れないようにするため、その話を記憶に刻むように聞いた。それは今から20年近く前、2002年11月ころの話。彼女と旦那さんはランツクネヒトと呼ばれる傭兵で、ある日敵勇者の襲撃に遭遇したのだそう。シニッカたちの助けにより相手の勇者は倒されて、ニーロという名前の旦那さんはいろいろな事情の下、魔界へくることになったのだ。
ヘルミの初陣もその時の戦いだ。部屋にあった白熊のトロフィーがくわえていたのは、勇者ヴィクターの腕。あんなものが部屋にあることに、一応納得した。……悪趣味であることには変わらないけれども。
そんな紆余曲折の後、勇者ニーロは使っていなかった自身の固有パークによってヨウルプッキになったのだ。それまでクリスマスがなかった世界にそれを創り、プレゼントを配るために。
彼が決めたことによると、この世でのクリスマスはキリストの誕生日を祝う日ではなく、人々の「生」を祝福する日だという。元々年末にあったお祭りがキリスト生誕祭となる以前から、12月末には冬至や農耕の儀式があったのでそれにしたがうと。そこには「この世界にない宗教を持ちこむこと」に対する危惧と、クリスチャンの文化を勝手に拝借するという後ろめたさがあったらしい。キリスト教以外の宗教を信じる人が転生してきた時、彼らがそれを享受できなくなるのではないかという心配も。
「ニーロは少し考えすぎだったのかもね。そもそも、地球の宗教由来の言葉や文化を排して生活しようとするのは、この世界でも極めて困難なことよ。たとえば日本語での『魔法』の『魔』って、仏教由来の言葉でしょう?」
「え? し、知らなかったよ」
「だから『クリスマス』っていう言葉と文化を持ちこんだところで、それはこの世界で新しい意味を持ったと思うの。でもせっかく彼がこの世界に深く配慮してくれたのだから、そのままにしておくことにした」
そう語るシニッカの顔は、まんざらでもない様子だった。
ニーロが新たな職業についたことで、魔界は一種の代償を払うこととなる。ヨウルプッキは人を殺すような存在ではない。それは彼も同じ。つまりニーロは、戦士として戦いの場に出られなくなった。それは1国にひとりまでと決められている勇者を、戦場で使えないという意味だ。
それを「ささいなことだ」と笑い飛ばすヴィヘリャ・コカーリの面々に、イーダは同意した。戦力の増強よりも、ヨウルプッキが存在することのほうが重要なことに感じたからだ。
むろん、ブラックサンタのこと以外は、だったが。
そんな話を1時間くらい。父親の物語は母親の手で、いつの間にかのろけ話に。
「私が『飾り窓が楽しみ』なんて照れ隠しをしたから、なかなかむこうから告白してくれなくて」
これからもう1時間くらい続きそうになったそれは、息子によって「じゃあそろそろ」と無慈悲に終了させられて、みんなで王宮の地下室にむかうことになった。
どこへ行くのか、転移魔法陣に入るためだ。
「人数がいるから2回に分けなきゃね。リカルダたちは先に行ってなさい」
「はい魔王様」
「……ねぇシニッカ、これはどこにつながっているの? 悪魔召喚じゃないよね?」
「カールメヤルヴィの領土が意外と広いことは知っているわよね?」
「うん。北に長いんだよね? 悪意の森だったっけ?」
「ええ。実は大陸の最北端は、うちの領内なの。そしてそこに私の――魔王の城があるわ。世界中を旅してきた勇者が、最後におとずれるためにね」
「『魔王城』ってこと⁉︎」
「そのとおり。毒の沼と地を這う低木、標高は高くて……とてもじゃないけど人は住めない」
どういう経緯でそのお城ができたのかわからないけれど、シニッカの苦笑を見るに、彼女が建設したものではないんだろう。そしてそんなものがある場所だから、その一帯は毒の沼や過酷な環境になっていて、悪意の森という名前になっているのだろう。
「でも、どうしてそこに?」
「プレゼントを受け取る権利があるわ。私もあなたも。どうやら昨日いろいろ得難いものを得たみたいだけれども、多い分にはいいでしょう?」
「え、うん。そりゃあね。でもどんなプレゼント?」
「それは箱を開けるまではわからないものよ。まあ、お楽しみに。それよりも、かなり寒いから厚着してきなさい。毛布も忘れずにね」
「お楽しみに」のところで「ふふん」と笑う自信たっぷりの顔を見ると、ついつい昨日の夜――暖炉の前で殴り倒された彼女を思い出してしまう。「もうゴッシャァ! は嫌だよ?」とからかって、いちど自分の部屋に戻った。
リカルダたちに続くこと30分後、イーダは毛玉になり毛布を持って魔法陣の上に立つ。新たな妖怪『毛玉毛布』と化した彼女は、時間があることこれ幸いと、保温魔法のかかった水筒に温かいスープをたっぷりと入れてきた。
「起動するわよ?」
「いつでもいいよ!」
出かける準備をしていると、これから友人たちと遠出するのだというワクワク感にたまらなくなる。今まで魔法陣に入る時は勇者災害の対応時ばかりだったから、こんな理由で転移をするのだと思うとうれしくてしかたがない。
騎乗や旅の意味を持つ『ᚱ』のルーンが唱えられ、転移した先は荘厳なお城の大広間。ちいさな窓しかない石造りの広い部屋は非常に寒かった。でも地下室と同じ青色の水晶が照明をもたらし、暖かく歓迎してくれている。
その中ではしゃぐ子どもたちと、同じくはしゃぐ母親。魔界の面々の中には数日前から姿の見えなかったサカリの姿も。
「ここにいたんだ。あ、サカリが呼び出してくれたんだね!」
「ああ、イーダ。そのとおりだ。この役は空を飛べる私が適任だからな」
「寒いでしょ。スープ飲む?」
「む、いただこう。助かる」
太い柱の陰に石炭入りの袋があるから、彼も昨日は昏倒していたのだろう。準備のためにヨウルのおいしい料理を食べられなかっただろうと思い、ちょっと申し訳なくなった。
しかし暗い。明り取りの窓は弱々しい光を控えめに取りこむだけ。どうも急に夜がふけたように感じる。そう思ってキョロキョロしていると、我らが「先生」が口からコップを離して教えてくれた。
「極夜だ、イーダ。聞いているかもしれないが、この魔王城のある場所は大陸の最北端。この世で地面のある場所の、もっとも北極に近い場所なのだ」
「あ! 白夜の逆ってことか!」
「そうだ。完全な暗闇になるわけではないが、太陽の昇らない時間帯が一日中続く。11月の終わりから1月の中旬くらいまでな」
「そっか。カールメヤルヴィがもう暗くなるころだったから、ここにきたら暗くて当然だよね」
それを聞いてサカリはふっと笑う。「だからみな、ここにきたのだ」と。
「じゃあみんな、ベランダに出ましょう」
シニッカの号令に誘われるまま、大広間から外を目指す。防寒のためかガラスすらはめられていない分厚い扉の前にくると、とてもこの先にベランダがあるようには思えなかった。
「すごく重厚な……っていうか、厳重な感じだね」
「だって寒いもの。それに、本来なら歴戦の勇者がここにおとずれて魔王と対峙するのよ? さわやかな空間だったら嫌じゃない」
「そんなことないと思うけど。あ、ベランダって雪積もってて、扉開かないんじゃ……」
「温熱魔法の魔法陣が働いているし、長いひさしがあるから平気よ」
バルテリとサカリがふたりがかりで扉を押す。扉は老人がやっとのことで椅子から立ち上がるようなギィィという音を立てて、中よりは明るい外の光と、思ったほど冷たくない空気を吸いこんだ。
扉が開き見えたのは、ずいぶん奥行きのあるベランダだった。石造りのひさしのせいで、あまり解放感はない。
お城は少し高い位置にあるようで、床とひさしに上下をはさまれた狭い空間から雪で覆われた森や沼がよく見えた。夜といえるほど暗くもないが、夜明け前よりは暗い、不思議な明るさだった。
(ん?)
視界に違和感がある。シニッカたちは気にする様子もなく歩いていくが、雪に覆われた景色がぐねぐね動いているみたいで、ちょっと目が混乱した。
「早くきなさい」
「うん」
彼女たちは石造りの手すりまで歩いていき、そこに腕を置いて空を見上げた。
「ああ、よかった。今日は晴れね」
(なにがあるの?)
追いついて、手すりに手を置いて。
みんなと一緒に見上げた先、空にあったのは――
「あっ!」
――ゆらめくおおきな光の絨毯。
「オーロラ!」
宇宙から空にたらされた、緑色の薄い布。
それは寝ている赤子をだく母親のように、ふわりふわりと、やさしくこの惑星をなでる。安寧とはこのことをいうのだと、浅はかにも口走ってしまいたくなるくらいにおおきくて、やわらかくて、暖かい光景だった。
(……すごい)
語彙を失った彼女を責める者は誰もいない。みな同じように空を見上げて、目を奪われているのだから。
(…………)
半開きの口、手に持ったままの毛布、冷たい風に乾く瞳。だけれども、少女がそれを気にすることも、ましてや少女以外の誰かがそれを指摘することもない。
もちろん緑色のたれ幕が口をはさむこともない。いつだってそれは北極圏まで自分を見にきた奇特な人間たちを微笑んで見おろすだけなのだ。
ただそこには空一面のオーロラと、それに心奪われた者たちがいた。
◆ ① ⚓ ⑪ ◆
「魔王よ、クリスマスには、なにが欲しい?」
「かなうのなら、ちょっとした幸運が欲しいわ」
「幸運? それを用意できるとは思えないが……どんなたぐいの運が欲しいんだ?」
「そうね。たとえばだけれど、1年に一度だけ、見上げる空が晴れているなんていうささいな幸運がいいわ。……冬の日、太陽風が強い日に、北極圏で空を見上げる時にね」
「……この星の気象や太陽の動きに、干渉することはできないだろう。ただまあ……」
「…………」
「私も同じことを、神様にお祈りしてやるさ」
「代償は?」
「私に子どもができたのなら、一緒に連れて行け」
「ええ、もちろん」




