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笑うヨウルプッキ 17

 青空の下で従軍聖職者が鎮魂の歌を歌う。トロスの被害は見た目ほどおおきくなかったが、それでも多くの涙が流れる結果になった。


 戦闘に勝利したランツクネヒトたちは、すぐさま帰ってきて救護にあたった。倒れた馬車を元に戻し、負傷者を治療師の元に運び、死者を丁寧に集める。戦争慣れしている彼らは、それを当たり前のようにこなしていった。死とむき合うというのは大変なことだろうに。


 早くも復旧しつつある人々をずいぶんとたくましいと感じる。少なくとも大けがをして座る、今の自分よりは。


 ニーロはぼうっとトロスの人々をながめていた。そしてついでに、いや、ついでに考えるには重い、自身の行いを振り返った。


 自分が倒した敵兵の数は、ここの犠牲者を上回っているだろう。敵軍も同じように、負傷者の治療と死者の弔いをしているのかもしれない。ここよりも多くの人が泣き、苦しんでいるのかもしれない。


 人の善悪など殺害の数で比較するものではないとはいえ、ヴィクターと自分を比べた時、いったいどちらがより悪人なのだろうか。


 答えなど出ないのだろうが。


 ためいきをついて左腕を見た。ひじから先はなくなっているが、包帯により見事に止血されている。元からそういうものであったかのように、あまりにも完璧に巻かれているものだから、包帯が「ここは俺にまかせておけ」などと語りかけてきている気がした。


 脚も背中も、いや全身に包帯を巻かれている。スラッシュアンドバフ――切れこみの入ったしゃれた服が治療のため破り捨てられたかわりに、自分の体に入った切れこみが戦いの武勇を誇っているようだった。


(……後悔はよそう。私は兵士なのだ)


 兵士にとっては「仲間を殺そうとする行為をやめさせる」というのが、敵に剣を振るう理由で()()()()なのだ。兵士の中には敵兵の持つ人権の尊重と、仲間を守りたいという欲求のはざまで苦しむ者もいる。それに対しての処方箋が「あるべき」という言葉に含まれている。


 兵士にとって闘争は職業病だろう。事務員の肩こりと同じく、慢性的な病気ともいえる。闘争という名の熱病で死なぬよう口にする薬が、「敵兵を否定するのではなく、敵兵のやろうとしていることを否定する」という、いわば方便だった。


 善悪で考えれば、悪なのかもしれない。しかし暴力が外交としての権利を持つ以上、誰かがその役割を担わなければならない。ならそれは他者よりも()()()が負うべきだ。つまり、転生勇者のような。


 ニーロが傭兵を続けているのはそんな理由だったし、それこそが彼に強い自負心と自信をあたえていた。


(兵士……か)


 心のどこかに、とげを残したまま。


「副長! 包帯ぐるぐる巻きですね! ね、どこが痛いですか?」


 突然声がかかる。といっても声の主は先ほどから目の前に立ち、なにやら難しい顔のミイラ男をしばらく観察していたのだが。


「ああ、リカルダ。どこがと聞かれれば、すべてと答えたくなる」


 問いを聞いてリカルダは、むふんといたずらな顔をした。


「塩ありますよ!」


「荒療治だな。荒塩なら、食べるほうの肉にかけるようにしろ。……私の肉を食べるのなら別だが」


「んー、いらないです。さすがに元気ないですねぇ。あ、看病しましょうか? ね?」


 彼女は世話を焼きたいだけ。戦場では最強の連隊副長が、全身包帯に巻かれ気が弱っているように見えたから、母性本能らしき感情に心をくすぐられてしまったのだ。


 もちろん普段から、この年の離れた男性のことを憎からず思っていたのが主な理由だったが。


 一方のニーロはというと、リカルダの笑顔に少し救われた気になった。なぐさめられたのかもしれない。「じゃあ甘えよう。食い物を取ってきてくれ」などと微笑んでしまったのだから、それは嘘ではないだろう。


 おまかせを! と元気に走り去る後ろ姿。鍛えられた脚に妙な色気を感じつつそれを見送っていると、入れ替わりに3人の人影が歩み寄ってきた。魔王とフェンリル狼の男、そして生まれて数日しかたっていないという、ベヒーモスの女だ。


「魔王様よ、ゲッシュ・ペーパーを勇者へ返した時には肝が冷えたぜ。燃やされたりしたらどうするつもりだったんだ」


「別の手で倒すわ。魔獣ふたりと魔王がひとりいれば、なんとなりそうじゃない?」


「いえ、彼はかなり強力なかたと感じました。3人だけでは難しかったと思います」


 先の戦いの内容だろう。聞くに、どうにも危ない橋を渡っていたようだ。


「それなら大丈夫よ。だって――」、魔王がこちらを見た。「4人目がいただろうからね。そうでしょう? ニーロ」


「けが人が戦力に入るのなら、そうだろうな」


「けがをしていない状態だと、私に協力してくれないばかりか、私に斬りかかってくるかもしれないって思ったから」


「……まさか私が負傷するまで待っていたのか?」


「ええ。じゃなきゃ、あんなタイミングであらわれないでしょう?」


 そういえば、魔王はトロスにまぎれていたとかなんとか話していた。となると、いったいいつから自分のことを見ていたのか。


「ヨウルプッキの話、おもしろかったわ。『私のじいさんの、兄の弟の孫から聞いた話』だっけ?『あなたじゃない!』って言いそうになるのをこらえるのに必死だった」


「あの時にはいたのか……」


「そうよ」と言いながら、彼女は正面に立つ。ニーロは座っているから少し威圧されるような感覚に落ち、詰問でもはじまるのではないかと危惧する羽目になった。


 そして案の定、魔王の問いかけは詰問に近いものだった。


「ニーロ・オスカリ・コルホネン。出身地はフィンランド、ヘルシンキ。1943年生まれの59歳。固有パークは『Syntynyt(生まれつきの) seppä(鍛冶屋)』。でも、その力を使用してはいないのね」


「……なぜ地球での私の情報を知っている」


「腕、おいしかったわ」


 逡巡、言葉の意味を理解して、背すじがぞわりと音を立てる。つまりあの腕は魔王によって食べられたのだ。


「……Saatana(悪魔め)


「そのままじゃない」


 もう少し元気であれば、もっと強く戦慄しただろう。どうやらこの女は、相手の肉を食べることでその情報がわかるらしい。


「まあいいわ。()()()()()()()()()()()があるけれど、どちらから聞く?」


 その発言に、この女は自分と同じ転生者だと感じた。もっと言ってしまうと、彼女(とその取り巻き)の話す言葉がスポンジを濡らす水のように頭に入ってくるから、同郷なのではないかとも思った。


 そういえば夢魔馬車の連中からも、同じような印象を受ける。おそらくこの世界には、なんらかの「自動翻訳機能」があるようだから、もしかして彼女らの話している言葉はフィンランド語なのかもしれない。


「……いい知らせだけにしてくれ」、魔王の言葉に、悪魔の誘惑のような魅力を感じてしまったことに気づき、そっけない態度を取る。


「あなたは私の管理下に入る。生きたままね」、返ってきたのはまさかの宣告。


()()()()()だけにしてくれと言ったはずだが?」


「死ぬよりいいでしょ?」


「いい知らせがそれなら、悪い知らせってのはどれだけ悪い内容なんだ」


「ちょっとこみ入った話。まあ、聞きなさい」


 魔王は座り話をはじめた。内容はたしかにこみ入った、国家ごとの決まりについてだった。


「グリフォンスタイン帝国の皇帝ヨーハン2世はね、すでに勇者と契約をしているの。あなた以外の人と。あなたは皇帝と直接契約をしていないけれど、ランツクネヒトって国王お抱えの傭兵団でしょ? これはね、年1回各国首脳が集まって行われる『調停会議』で決定された上限数を超えているわ。ひとつの国が契約できる勇者は、ひとりだけだから」


 初耳だ。自身の地位がまやかしだったように感じて、少し動揺する。


 自分が信頼している連隊長は、このことを知っていたのだろうか。


「……そんな決まりがあるのか。だが、それならなぜ今まで私は野放しになっていたんだ。連隊長は知っていたのか?」


「彼は決まりごと自体、皇帝から教えられてなかったわ。まあ、知らなかったふりをしているのかもだけれど。皇帝は非を認めた。初犯だから、今回は賠償で済ませることになっている」


「……野放しだった理由は?」


「勇者なんて望んでも得られない人材なんだし、知らないふりをしていたんでしょうね。それと、あなたの振る舞いがおおきく影響していたわ。今回含めて、戦場に出たのは3回。ずいぶんな活躍だったから他国の耳にも入っているけれど、普通は勇者ってもっと派手に力を振るうものよ?」


「かなり派手に暴れたつもりだが」


「それは戦場で、でしょう? 私の言っているのは、頼まれてもいないのに『圧政を敷いている』とか言って貴族を殺したり、腕試しに重要な生物――たとえばグリフォンなんかを殺したりっていう行動よ」


「そんなやつ――」


「いるか?」と言いかけてやめたのは、ヴィクターの顔が浮かんだからだ。彼は自分の力に自信を持ち、それがどれくらい強いかを試しているかのようだった。


「……いるのは知っているはずよ。でもあなたは戦場以外でほとんど力を使わなかった。その勇者らしからぬ行動のおかげで、発見が遅れた。まあ、ちょっとだけ、だけれども」


「……今までのは本当の話か?」


「ええ、この世の神に誓って」


 真偽をたしかめるすべも嘘を見抜く力もないが、少なくとも目の前の少女が自分の命を救ってくれたのはたしかだ。治療をしてくれたのは、他でもない彼女なのだから。そんな魔王に対しては、傭兵連中も敵意をむけていない。むしろ敬意をいだいているように感じる。


 しかし魔王の言に従って、家族のように時間をすごしてきたこの傭兵団から抜けるには覚悟が必要だった。


「……私が断ったら?」


「皇帝ヨーハン2世に課される制裁が増えることになる。どのみち『国家が雇える勇者はひとり』の決まりごとがある以上、ランツクネヒトとして皇帝に仕えることは許されないわ」


「そうか」


 選択の余地などないのだろう。いまだ痛む体と突然突きつけられた宣告に、精神がなえてしまうのを感じた。まっすぐに自分を見てくる魔王の青い瞳から目をそらし、まぶたを閉じる。そして口をつぐむ。


 考える時間、というよりも心を落ち着かせる時間が欲しかった。


 両者の間に発生した沈黙は、ニーロにとってひどく居心地の悪いものだった。まるで罪を責められているようで……。いたたまれなくなり「時間が欲しい」と魔王に告げようとした時、意外にも先に口を開いたのは彼女のほう。


「聞きたいことがあるのだけれど」


「なんだ」


「固有パークの使い道は決まった?」


「いや……まだだ」


「そう……」、魔王は野スミレが咲くようにすっと立ち上がり、「んー」と声を出してのびをした。全身に受ける陽光を楽しんでいる、という所作だ。そして笑顔をうかべたまま、勇者へ猶予をあたえた。「1日あげる。明日またくるわ。こういう話をするのには、今日は天気がよすぎるから」


 空を見たままそう言って、彼女はお供と主にこの場を去った。長い髪を左右に振ると、影がふわふわと上機嫌にゆれる。


(……不思議な女だ)


 会話の内容から、ニーロは魔王のことを大人の女性だと感じていた。が、時々見せる少女の顔が、彼女の性格をとらえようのないものにしている。苦しみ悶える勇者の死を嬉しそうに見つめていた顔と、太陽にむけた今の顔は同じ表情だ。残酷さ、幼さ、妖しさ、時にやさしさが矛盾なく混在するこの少女は、なにか特別な「素質」を持っているに違いないと感じる。


 ニーロには思い当たるものがあった。連隊長が持つ「魅力」という名の素質だ。


「副長ー! お肉持ってきましたよ!」


 入れ替わるようにリカルダが戻ってきた。両手いっぱいに食料を抱えて。後ろにはミヒャエル倍給兵やその息子の姿。彼らが持っているのは酒のようだ。


 あんな量ひとりでは食べられないが……もしかしたら一緒に食べようというのか? そう思って苦笑してしまった。そして安堵している自分に気づく。


(いやはや、これはまさかリカルダも()()を持っているのか?)


 心を知らぬ間に動かされるのは()()によるもの、そう定義づければ納得もいく。


「ミヒャエル!」


「なんです?」


「転ぶなよ」


 おまかせを! そう言って転んで見せる彼に、まわりの人間が笑い声で応えた。


 その輪の中にいるのも今日が最後だと思うと、物悲しくもなる。


 しかしその貴重な24時間を有意義にすごせるのではないかという、誰によってもたらされたかわからないたしかな見こみに、ニーロは頬をゆるめるのであった。

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