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笑うヨウルプッキ 14

 仲間の歓声を置き去りに、ニーロ・コルホネンは疾走していた。目標は敵集団。正面の丘のむこう側にいる、奇襲を試みたアルバマの傭兵たち。


 どれくらいの数がいるか正確なところはわからなかった。けれど、


(いいさ。なるべく数を減らしておいてやろう)


 それが数千であったとしても、ひとりっきりで先陣を切るのに躊躇などない。猛風になってぶつかるだけなのだから。


 高速で移動していたから、風圧で幅広帽が飛ばされないように片手で押さえる必要があった。もう片方の手で両手剣を担いでいるから、全力で走るにはずいぶんと奇妙な格好に思えた。まわりから見たらこの姿は滑稽なのだろうか、それともさまになっているのだろうか、なんてことを思う。


 その答えを想像する間もなく、あっという間に丘のふもとへ。速度に視界が狭まり、その中いっぱいに頂上がせまる。


「――<この世界の神よ、私、ニーロ・オスカリ・コルホネンが敵を打ち倒すことを赦したまえ。我が愛する者たちを守るため、盾を剣にすることを>」


 詠唱を開始した。今から戦争をするのだから、せめて神の赦しが必要だ。


「――<この世界よ、この世に住むひとりが、これから成すことに驚かぬよう。理からはずれた力を振るい、敵の命に叩きつけることを>」


 丘の切れ目に敵兵の旗とパイクの先端が見えた。すでに相手は自軍を射程にとらえ、すぐそこまできている。


「――<驚くなかれ、驚くなかれ、我はこの世の住人ぞ。我が足が大地を蹴るのは、君の顔を踏みにじるためではなく、君の上を駆けるためであるのだから>」


 大切に言葉をつづる。風切り音に、魔力の音が混じる。


 キーンと高く響く耳鳴りのようなそれは、エンジンへ取りつけられた過給機の作動を知らせているかのようだ。心臓という内燃機関に魔力を圧縮して送りこみ、高い熱量を生んで四肢を駆動させているのだ。


 アクセルを強く踏むと足に底打ちしたような感覚。せまる丘の頂上が空を背景に「ここから飛べるぞ!」と言ってくれているよう。


「行くぞ世界よ」、そう口にすると、魔力駆動は全開となった。後は火を放つだけ。


「――<The Rally(ラリー)>」


 視界から頂上が消える。


 ニーロは土埃を軌跡に、丘の上から飛んだ。高く空に放たれ、地上が遠ざかっていく。大地のスケールから見れば大した高さではなかったが、人ひとりの目から見ると雲がぐぅっと近づいてくるように感じた。


 速度が高度に変換されると、加速感は浮遊感へ変わる。視界が広がり、下には数千人の兵士たちがミニチュアのように整然とならんでいるのが見えた。


 方陣を作る槍の集団やクロスボウの集団。ならんで行進している騎兵やら馬車やらの集団。マスケット銃兵や砲兵がいないのは神様によって火薬武器が禁止されているからだそうだ。どうやって禁止しているのか定かではないが、少なくとも敵にいないぶんにはありがたい。


 その一角に狙いを定め、剣を両手で持って頭上に掲げた。放物線の頂点を通りすぎ、位置エネルギーが運動エネルギーに変わっていく。加速にふたたび視界は狭まって、方陣のひとつの真ん中に焦点が合わさっていった。


 先ほど語りかけた大地にむかって、突進するように落下していき……。


 衝突する直前、魔力の分のエネルギーを足した。同時に腕を振りおろす。


「がぁぁぁぁっ!」


 雄たけび。


 ――ドガッシャァ! 乗っている車が崖から落ちた時のような、鉄が鉄くずに変わる音がした。それはニーロを中心に同心円状に広がって、巻きこまれたパイク兵とハルバード兵を宙へ高く放り上げる。


 兵士たちがけたたましい音とともに落ちてきて、同時に鉄に似た香りがした。色があるのなら()()()()に赤いであろうその匂いに包まれて、肺からそれを追い出すように息を吐く。


「……! 田舎者(ランツクネヒト)!」、どうにか初撃をまぬがれた敵兵のひとりが、驚きと恐怖に目を丸くしながら叫んだ。それに「ああ」と短く答え、返す刀でもう一閃。


 ガシャァン! 兵はまわりの兵士を巻きこみ、おおげさに吹き飛んで地面に落ちる。


「敵襲――!」「倒せぇぇっ!」


 衝撃から数秒遅れた後、その場に飛び交う兵士たちの悲鳴と怒号。それらを()()()()のが自分の役割だ。体に充填された魔力を幾分か使って、はずみ車(フライホイール)にためた力を解放するかのように敵の集団へぶつける。


 みたびとどろく金属音が、整列したハルバード兵を吹き飛ばし、余韻の衝撃でパイク兵の持つ槍を根こそぎへし折った。槍が天にむかって整然とならんでいた方陣の真ん中は、麦畑の中にできたミステリーサークルのように、倒れた兵で円形の模様を作っている。


「こ、こんなのどうやって倒すんだ!」


「ひるむな! 相手はひとりだ! 囲め!」


 そんな敵兵の声などお構いなしに、ニーロはなんどもなんども人の集団に突っこんではそれを吹き飛ばし、敵の隊列を乱していった。倒れた兵士の重なる悪路を走りまわり、新しい悪路を切り開いていく。


 そうして数分の後――


「――だめだ! 撤退! 撤退しろ!」


 方陣は敗残兵の集団に変わって逃げ出していった。後に残ったのは倒された兵士とうめき声、そして戦意を喪失して青い顔をしている幸運な者。


 そいつに対し歯をむき出しにして笑ってやると、これ以上にあわてた様子もないだろうというさまで、四つん這いのまま逃げて行った。


(最初の一撃は上々だな)


 表情を戻し、いったん深呼吸した。加熱した魔腺を冷ましてやるためだ。


 まだまだ余裕はあるが、早めの温度管理が重要なのは魔術もエンジンも同じ。この魔力が通る体内の道というのは、血管と同じ場所にあるらしい。実際に手で触れられるものではないが、魔力を使うと血液が加熱されるように感じるのはそのせいだ。だから魔力を帯びていない「冷たい状態の」血液を循環すれば、血管も心臓も魔腺も冷えてくれるだろう。


 もし血液を循環させてクールダウンをするのなら、この魔術は『液冷式魔術』になるのかもしれない。温度管理に外気を利用する空冷式と違って、構造が複雑になるかわりに制御が容易だ。


(……戦場でくだらんことを考えるのは、不謹慎なのか、それとも大胆なのか)


 思考も幾分か()静になり、そんな自分に苦笑する。


(敵本陣は……正面左よりか。なら、圧力をかけてやろう)


 逃げる敵兵の背中を見てから、次の目標に目をむけた。同じような集団はいくつも存在しているから、ひとつだけを倒したところで戦いには勝てない。


 ふっと息を吐き出した後、彼は再び嵐となった。


 こうして、アルバマ・ツァーリ国の兵士たちから『空飛ぶ鋼鉄』と恐れられた彼の、最後の戦争がはじまった。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 パイク兵の槍ぶすまというものは巧妙な形をしている。最前列から4列目までそれぞれ角度や高さを変えて構えられたそれは、高速で突進する騎兵の衝撃に耐えうる強さを持っているし、対峙した敵の集団に接近を躊躇させる威圧感もそなえている。


 その自分にむけられる無数の穂先のむこう側では、奥歯を食いしばって隊伍を組む兵士たちの顔が見えた。不条理な暴力に対する恐怖を、戦意で無理やり抑えこんでいる、そんな表情だ。


 敵ながら立派だと思う。もし自分が友人たちと同じような状況になった時、たとえば暴走する車を抑えなくてはならなくなった時、踏みとどまっていられただろうか。


 そう思うと、彼らに対して悪意や怒りが湧き出ることはなかった。ただどうしようもなく、自分が大切にしたい仲間たちの敵だという事実だけが、戦意という感情になって彼らを打ち倒すのだ。


 自らの手で戦端を開いてからわずか30分後、勇者ニーロは5つめの方陣を突き崩していた。おそらく2個連隊程度の敵を撤退させただろう。はるか後ろでは別の集団とぶつかった味方の連隊が、他の友軍とともに戦線を作るのに成功していた。


 振るう両手剣に命の残滓がこびりつく。それをぬぐうように新たな相手に斬りかかる。


(まずはトロスを守れたか)


 手は止めず、しかし戦局を見る。中央部を圧迫された敵軍は後方に控えた予備兵力を使ってしまうかわりに、両翼から部隊を抽出して穴を埋めることにした。おそらくそれは悪手で、せっかくの奇襲から勢いをそぎ、前線は平凡なぶつかり合いになりつつある。


(なら、あとは勇者だけだ)


 敵本陣にせまるように暴れていれば、いまだ戦場に姿をあらわしていない敵国の勇者もあらわれるだろう。あるいは実は勇者など最初からいなくて、自分の杞憂に過ぎなかったなら僥倖だ。もう少しこれを続ければ相手の本陣に手が届く。


 考えているうちに5つ目の方陣も壊走をはじめた。重いパイクやハルバードを捨てて一目散に逃げていく。中には少しでも体を軽くするためか、兜を脱ぎ捨てて走る者も。


「頭の防具は大切にしろ……」


 帽子をかぶっている自分が言えたことではないが。さておき、追撃をして戦果を拡大すべきだろう。その前に戦局を確認したい。


 そう思って振り返った彼は、思わず舌打ちした。


「――Helvetti(最悪だ)


 味方の集団の奥、トロスのほうから黒煙が上がっている。


Paska(クソッ)!」、瞬間的に全力で駆ける。ギアを次々と上げていき、過給機を高鳴らせていく。


(うかつだった! 私は馬鹿か!)


 あれはおそらく敵勇者のしわざだ。戦線を無視して敵の本陣を攻撃しようとしていたのが勇者である自分なのなら、相手だって同じことをできるのが道理だ。


(どうする⁉︎ 間に合うのか? あそこにむかうより敵の本陣を目指したほうがいいか?)


 それはだめだと、自分でその考えを否定した。相手の大将と仲間の家族を天秤にかけることなどできない。戦う理由に仲間を挙げたのなら、それを自ら否定することなどできるはずもない。


 いや、倫理観などどうでもいい。強い感情として、最優先で彼らを助けたいのだ。


「――<加速せよ(羽をたたむ隼)>!」


 魔界の連中がよく使う、言遊魔術(ケニング)という魔術を唱えた。魔族の魔法というイメージがあり好きではなかったが、今はそんなことどうでもいい。


(――足りない)


 一刻も早くこのクソッタレなスペシャルステージを駆け抜けなければ、ゴールラインで待っているのは仲間の死体だけだ。命をけずってでも、タイムをけずる必要がある。


 ゆえに魔術をもうひとつ重ねる。


「――<神よ、我が脚に力をあたえたまえ。我が故郷に伝わる英雄であり鍛冶屋に、疾風の車輪を作るよう命じたまえ。風よ波よ、それを運びたまえ。我がもとに至高の宝(サンポ)を届けたまえ>」


 強い負荷が予想された。この世の神だけでなく、故郷の英雄の力まで借りるのだ。それに現在、加速にかかわる魔法を2つも行使している。この上同じ効果を重ねたのなら、心臓が焼き付きオーバーヒートするかもしれない。


 だが迷わない。


「――<加速せよ(イルマリネンのオール)>」


 どくん、心臓が音を立てた。過剰に供給される魔力が、魔腺を押し広げて体中を痛めつける。それに必死で火をつけて、熱さと苦痛に奥歯を噛みつつ両足で大地を噛んだ。


(――間に合ってくれ!)


 口の中に感じる鉄の味に顔をゆがませながら、家族を襲われた『空飛ぶ鋼鉄』は猛り駆けていった。

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