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笑うヨウルプッキ 13

 グリフォンスタイン帝国の北東部に国境を面する国、アルバマ・ツァーリ国。名前の意味は「白い帝国」だ。魔王の君臨するカールメヤルヴィ王国と同じく、緯度の高い場所にあり冬は寒さと雪に覆われる。


 この国が寒さから逃れるように、暖かい土地を求めて南方へ活路を見出すのは当然のことだったし、それが隣国との衝突をまねくのも当然のこと。もはやその行動は善悪で語られるようなことではなく、自然の摂理と言っても過言ではないほど当たり前のことだった。


 伝統的に敵対関係であったグリフォンスタインとアルバマ・ツァーリは、今年も係争地をめぐって戦闘状態にある。


 勇者ニーロが参加していたのは、そういうたぐいの戦争だ。


 1時間前、彼は池のほとりで傭兵と子どもたちの輪の中で小話を披露していた。題材はサンタクロース(ヨウルプッキ)について。赤い衣装をまとい、8頭のトナカイに引かれたそりに乗って空を駆け、そして夢と希望を届ける、そんな存在のお話だった。


 しかし、その話が行われていたのは戦場だったことを、ニーロは斥候の「敵襲!」という報告によって思い出す羽目になった。災厄というものは油断した時にこそ姿をあらわすこととともに。


「エッカルト娼婦取締長! トロスの連中の避難が遅いぞ! 急がせろ!」


 彼は両手剣(ツバイヘンデル)を担ぎながら兵士の間を走る。トロスの風紀取り締まり――実質的な指揮官である古参兵に対し、大声を上げながら。


「ああ連隊副長! 荷物が多すぎるんです! 移動に時間がかかります! 連隊を前進させて時間をかせげませんか⁉︎」


「となりの連隊よりも先に出たら集中攻撃を食らう! そんなことできるか!」


 とは言ったものの、奇襲を受けた現在、非戦闘員を守るのにはそれくらいしか選択肢がない。なだらかな丘のむこうからは、あきらかに自軍のものではない喧騒がせまってきているのだから。


「とにかく急がせろ! 今はそれしかない!」、言い放って連隊長を探す。後ろで「承知いたしました!」と一応の返答をしてみせる、エッカルトにこの場をまかせて。


(偵察兵の報告によると、これほどの部隊は近くにいなかったはずだ。猛スピードで進軍してきたとでもいうのか?)


 自国――グリフォンスタインならそれは可能だ。守護獣が持つ『飛翔連隊』の力によって、遠隔地に軍を送りこめるからだ。だがベヒーモスの加護を持つアルバマ・ツァーリ国が、兵の機動性にかかわる国家守護能力を使えるとは思えない。うわさでは防御の力を持つと聞いている。


 もっとも、防御力の高いものがすばやく移動できないという判断は早計かもしれない。地球ならばPanssa()rivaun()uは足が速く、装甲は厚く、火力は高い。この世界に飛行機はないだろうから、道理にしたがえば戦車もないだろうが、飛行機のような能力を使える国家があれば、戦車のような能力を使える国家もあってしかるべきだ。


 しかし戦車よりも状況を説明しやすいもうひとつの可能性――可能性というよりも危険性と口にしたい存在がある。


『勇者』だ。


 女神ウルリカの話では、勇者は人それぞれ持っている力が違うらしい。となると自分よりも()()()()な相手がいてもおかしくはない。たとえば軍の展開を速くするような技能、あるいは偵察兵をごまかす技能を持っているやつがいたとしても。


「見つけた」、人混みの中、自分と同じ年齢である白髭の戦士を見つけ、つい口走った。我らが連隊長だ。彼は敵に奇襲を受けつつあるという危機の中、まるで暴風を受け流す柳の木のように立ち、あわてる部下をなだめ、落ち着かせている。


「連隊長、我々の位置はよくありません! 相手に丘の上から攻撃されます!」


「つまり相手はこれから『くだり坂』ということだろう? ははっ、落ち着きたまえ。やつらが我々を倒すのは簡単じゃあないよ」


「トロスの退避が遅れています! このままだと戦闘に巻きこまれます!」


「商品を高値で売りつけてくるあのいじわるな商人どもは、酒樽を置いて逃げるだろう。今日の勝利の美酒は無料だな。それはそうと、まずは隊伍を組ませるんだ。それから、となりの連隊に『おとりは我々にまかせろ』と連絡を」


(……あいかわらずだな、連隊長は)


 部隊の危機だとあわてて走ってきたにもかかわらず、当の指揮官には悲壮感のかけらもない。余裕たっぷりに振る舞って見せ、部下を掌握している。


 正直感心してしまった。さすが2千人の兵をまとめるだけの人物なのだと。


 猶予はもう幾分もなく、こちらが隊列を整える前に相手との戦端が開かれるのは間違いないだろう。その短い間に、トロスを退避させ、情報を集め、作戦を決め、兵士をならべ、戦意を鼓舞し、となりの連隊と情報をやりとりし、戦いにそなえる。やることリストに書かれた文字の多さにめまいがする。自分だったら間違いなく思考が停止していたに違いない。


 対して我らの連隊長は、ランチを求める人でごった返す食堂を笑顔で取り仕切るフロアスタッフのように、あわてることもなく指示を求めにきた部下をやわらかい表情でさばいていた。


(どの世界にも素質を持つ者というのはいるんだな)


 そんなふうに思って、直後に自分もすっかり()()()()()ことに気づく。先ほどまで大声を上げてトロスの退避をうながしていたのに、今や戦場で戦争のことを忘れんばかりに人間観察にいそしんでいるのだ。


 と、連隊長と目が合った。


(彼の素質は『魅力』なのかもな)


 となると当然、自分も彼のために一肌脱いでやろうという気持ちになる。だから防風林を形成する松の木のように、堂々と話しかけた。


「傭兵隊長、状況はHelvetti(最悪)ですが、今日はどう勝ちましょうか」


 過分な言葉だ。でも集まった中隊長たちがこちらを振り返り「おおっ!」という顔をしてくれたから、少々格好つけたこのセリフはおおいに効果があっただろう。


「おおニーロ、ちょうどよかった。最悪な時に君がいたことを、神に感謝していたところだ」


 なんとも、部下のやる気を湧き立たせるのがうまい人物だ。


 では応えてやらなければならない。


「兵を整列させておいてください! 時間は私が稼ぎます! 長槍(パイク)兵も斧槍(ハルバード)兵も、トロスの退却を守るように!」


 まわりの兵に聞こえるように、わざと大声を出す。


「では先頭の中隊に、君の副官であるところのリカルダを置いておこう! 戻ってきた君が真っ先にだきつけるように!」


「そういう関係ではありませんよ!」


「相手がどう思っているかは別だがね!」


 ニヤリと笑い合い、踵を返す。やりとりを聞いた兵たちに、こんどは行動を見せてやるのだ。


 ダンッ! 心のエンジンに火を入れて、(ミルスキ)のように駆け出した。驚く人たちの顔が次々と通りすぎ、それが切れると背の低い丘がぐんぐんとせまってくる。耳元で風を裂く音がごうごうと鳴る中で、後方から兵士たちの歓声が聞こえた。


 それに混じって60歳前とは思えない連隊長のおおきな声も。


「見ろ、我が連隊の兵士たち! 我らの勇者が駆け出したぞ! 彼は丘のむこう側へ、敵を屠りに行ったぞ!」


(おやおや、どうにも雲行きがあやしい言動だ)


「諸君! 彼はアルバマ()の兵を赤く染めようとしているぞ! その様子を見たくはないか⁉︎ 今ならこの私が案内人を買ってやろうではないか!」


(ああ、結局前進してしまうんだな。まあそうだろう。そういう連中だ)


 口元には笑みが浮かぶ。


 誇り高き彼らがトロスを守るため、彼らが他連隊に先んじて前進するだろうことは予想していた。突出して囲まれるという危険を冒してでも、商人や娼婦、自分たちの家族を危険から遠ざけるに決まっている。


 そして名誉なことに、自分はその先陣を切っている。


 兵士たちの歓声はおおきなものだったが、猛スピードで遠ざかるニーロの耳には次第に聞こえなくなった。

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