笑うヨウルプッキ 9
「ぶ、ブラックサンタ⁉︎」
「そう。Knecht Ruprechtともいうわ。私たち魔界の住人は、今夜彼の襲撃を受けることになる」
夕食の後、なぜか暗い空気になったみんなのことが気になり、シニッカに質問をした。すると返ってきたのが「ブラックサンタが襲ってくるから」というとんでもない宣告。そいつが毎年無差別に、この魔界へ爪あとを残していくというのだ。
イーダはもうなんどめかの、カルチャーギャップによる衝撃を受けた。
ブラックサンタだなんてストレートな名前に、どんな存在か容易に想像がついた。きっと黒い服を着て、大柄で、悪い子に制裁という名のプレゼントを運んでくるのだと。
その想像は正しかったといえた。まわりの人間のテンションがぐぐっと下がり、表情だけで「嫌だなぁ」という雰囲気をかもしだしていたから。
とても怖そうだから、ブラックサンタのことはあまり聞きたくなかった。でもこの世に転生してからというもの日々強さを増していく知識欲が、上下のあごを内側からかきわけるように開けて質問してしまった。
「それって……なにものなの?」
「詳しくは会ってからのお楽しみ、だけれども、魔界にいる人類全員に対して攻撃をしかけ、そのひとりたりとも逃さないような執着心の強い男よ。やたら白い歯をむき出しにして笑いながら、おおきな体に黒い衣装をまとい、手に持つおおきな袋の中は真っ黒い石炭でいっぱい。それをメイスのように振り回して、みんなの頭を殴るのよ」
「え⁉︎ 死んじゃうよ!」
「だからヘルメットをかぶるんでしょう?」
「あれってそのためだったの⁉︎」
ないよりマシかもしれないけれど!
(怖い!)
大男が笑いながら、石炭入りの袋をブンブン振り回し追いかけてくるなんて……。B級映画の殺人鬼のように不気味だ。
「ど、どうするの? 逃げるの? それとも降参する?……まさか戦う?」、嫌な3択問題。
「逃げると熊のように追いかけてくるわ。そして降伏は受け入れてくれない。だとしたら?」、実は選択の余地なし。
「……た、戦うぅ」
「そのとおり」
「嫌だぁ……」、魔王に強引なコンセンサスを取られたせいで、なんの決意もいだけない。なんだってそんなものと戦わなければならないのか。なんだってクリスマスイブというロマンチックな時を、地獄のような追いかけっこをしてすごさなければならないのか。
しかも鬼役ではなく追われる側の参加者として……。
結局心の置き所なんて見つからないまま、今にいたることになったのであった。
◆ ① ⚓ ⑪ ◆
「文句を言ってもしょうがないでしょう? 戦うと決めたら最後までやりきるの」
「…………」、沈黙をもって抗議とする。……まあ、シニッカが悪いわけじゃないのだけど。
でも戦うなんて決めてはいない!
(そうだよ! 相手はサンタさん! 子どもに夢と希望をあたえる存在なんだよ! 話せばきっとわかってくれる!)
少女はそう自分に言い聞かせ、安易な確証バイアスを組み上げた。しかし魔王は気にせず話を続ける。
「アイノみたいに白旗を上げていたって無駄よ。文字どおり、本当に『ひとり残らず』襲撃を受けるんだから」
(それはきっと、みんなは悪い人だったからだよ!)
魔界の一員として暗躍したこの4か月を痴呆老人のように忘れようとする少女は、もはや嘘吐きという悪事を犯していることにすら頭が回らない。
「弓と矛を! というやつよ。あきらめてないで、立ち上がって武器を手になさい。……アイノ、聞いているの?」
「シンデルヨォ……」
海底に沈んだような潜水艦の声を聞いて、イーダはますますやる気をなくした。
「情けないわ。そんなんじゃ勇者に笑われるんだから。ほらほら、イーダもしゃっきりする!」
(無理ぃ……)
だって怖いのだ。「やめてぇ!」だの「ぎゃわぁー!」だの、外から聞こえ続けている魔界の悲鳴の大合唱を聞けば、自分でなくてもそうなる。と確信し、同意を求めるようにイーダはノエルの顔を見た。
「無理ぃ……」
尊かった少年は、30年くらい使い倒した革袋のような顔でボソリとつぶやく。「うんうん同じ意見だよね」なんて心で返して、自分がこの空間の多数派であることに、ほんの少しの安堵を覚えた。といっても、お化け屋敷に誰かと入って「やっぱ怖いね」なんて一緒に不安がっているのと同じ、つまりなんの解決にもならないけど。
部屋の中にあふれる、戦意喪失の空気。魔王様はそれに「むふんっ」と鼻を鳴らして、暖炉の前に立つ。「しかたないわね」と腰に手を当てると、いつぞやのアイノのようにおおきなドヤ顔を見せつけた。
「じゃあいいわ。私があなたたちに、戦い方ってやつを見せてあげるんだから」
火を背にしたから、ゆれる影が食堂に強い存在感をしめす。
「明日になったら、誰が正しかったか知ることになるわ」
そんな彼女の背後に立つ、ブラックサンタ。
…………。
――ブラックサンタ⁉︎
「後ろぉ!」
ゴッシャァ!
「むぎゅぅ!」
頭に直撃する、重たそうな白い袋。カッコつけた挙句、まぬけな声を残して床に倒れる女。
それは一瞬のできごとで、目から入った情報を脳が処理する時間すらない。理解できたのは、少なくともカールメヤルヴィの魔王が、サンタに倒されたことくらい。
――後日、イーダはその時の様子を、その場にいなかったサカリに対して振り返って言った。
「本当に、まばたきの間くらいの時間で、シニッカの後ろにブラックサンタがあらわれたんだ。恐ろしいなんてもんじゃなかったよ。飛び出した心臓が床に転がっちゃったよ」
さらにフェンリル狼の国防大臣は、それを補足した。
「魔王様は死ぬほどかっこ悪かったぜ。『誰が正しかったか知ることになるわ、むぎゅう!』」
「やめなさいバルテリ」
「――『むぎゅう!』」
「アイノもやめなさい」
というようなやり取りと、それに対するカラスの大笑いを未来に置いて、2021年12月24日18時11分、魔王は退治された。
同時に、イーダの逃走劇がはじまったのであった。




