笑う夢魔劇場 5
「イーダと!」
「シニッカの」
「「夢魔劇場へようこそ!」」
「こんにちは! 今日も今日とて魔女のイーダです!」
「こんにちは。明日は明日の魔王シニッカよ」
「さて、今回のお題だけど……うーん」
「宗教ね?」
「うん、そう。デリケートなやつだから、なるべくぼかしてお願いします」
「ビブラートを利かせる?」
「強調しないで! オブラートに包んでください」
「ならプレパラートに置かれカバープレートをかぶされた試料のように、丁寧にあつかうわ」
「顕微鏡みたいに詳細を見なくていいからね。概要だよ、概要」
「はいはい。フォーサスの人々だけれど、そのほとんどがエァセン教という宗教の信者なの。信心深い人もそうでない人もいるけれどね。このエァセンというのは預言者の名前ではなく神様の名前。仏様を信仰する宗教が『仏教』と呼ばれるのと同じよ」
「よく考えたら、神様とか仏様とか、宗教内で最高の信仰対象が宗教名に入るのって珍しいかも。地球だと預言者の名前とかが多いかな?」
「比較的ね」
「いつからあるの?」
「教義によると西暦1年よ。ちょっと話を紀元前に戻すけれどいいかしら?」
「うん、よろしく」
「まず数千年前にエァセン神が世界を創った。その後世界には神族と呼ばれる人たちが繁栄したの。この世では北欧神話の神々やギリシャ神話の神々なんかがいた時代と伝わっているわね。複数の神話が同時に存在するなんて、いろいろなところでお話が矛盾しちゃうのだけれど、それも含めて『神族の混沌時代』なんていわれているわ」
「ほうほう」
「ただ、どの多神教の神話も最後には人の時代に移行する。フォーサスでも神族は災厄で一斉に、あるいは徐々に人類へ世界をゆだねる形で姿を消していった。けれど神族が消えても創造神は消えなかった。エァセンは今でも世界を見守り続けているの」
「神族って厳密には『神』じゃないんだね」
「この世界で厳密に『神』というと、エァセンのことをさすわ」
「教会がそれを大々的にそれを広めていったのが今からおよそ2,000年前。西暦1年というのはそこできりのいい場所を選んで制定されたというわけ」
「西暦1年の時期が地球と同じ、というのは偶然にしてはできすぎていると思うけど……」
「そのお話は、またこんど別の機会に」
「OK。話を戻すと、エァセン教は唯一神の宗教である、と」
「唯一神エァセンを信仰対象とする宗教よ。エァセンはルーン文字の『ᛠ』と『ᚳ』の2文字で表記される。ただし、ルーン文字の意味をそのまま訳すべきではない。ᛠがお墓、ᚳがたいまつだから、意味不明になってしまうし」
「なんかたいまつで照らされた、夜の墓地を想像しちゃったよ」
「元々は『Earth creation』の頭文字『EC』をルーン文字に置き換えたもの。ルーン文字の発音は『e』『a』『c』『e』『n』とつづるの」
「あ、ハーラル青歯王が頭文字のHとBを取って、『ᚼ, ᛒ』って表記されるのと一緒なんだ」
「ええ。古英語で『eacen』というと『追加した』とか『増やした』、『妊娠中』なんて意味にもとらえられるから、なにかを生み出すような印象の言葉になるわね。ちなみに『EC』の『E』すなわち『Earth』はフォーサスを指すから、エァセンというのは『この世界の創造』ないし『この世界の創造主』っていう意味ね。あつかいとしては『全知全能の神』にして『平等な愛』の権化という認識で間違いないわ」
「『全知全能』と『平等な愛』か……。ちょっとセンシティブな内容で怖いけど、そこをくわしく聞きたいな」
「チャレンジャーね。でもいいわ。全知全能という言葉自体が矛盾をはらんでいるから、その部分は置いておくとしても、この世界を創造した神なのだから、この世界においては全知全能であるといっていいと思う。平等な愛については、フォーサスすべての生物が等しく彼の『世界律』に影響を受けるから、これも言葉通りといえるんじゃないかしら」
「『世界律』って『青い惑星』に代表されるこの世を維持するためのしくみだよね。他にも活版印刷とか清潔な環境とか銃砲の禁止とか、暮らしやすくするためのものもあるけれど。つまり、それも神様によってもたらされているんだね」
「少なくとも決めたのは神様ね」
「なるほど。世界を創造し、世界を維持し、決まりごとを設定し、それを平等にいきわたらせる。そんな存在が神様か……。神様のことはなんとなくわかったけど、この宗教のおおまかな教義は?」
「教義をそのまましゃべっちゃうと長いから省略するけれど、簡潔にまとめるなら『神の存在を信じて、愛を持ってすごせば、天国に迎えられるからみなさんそうしましょう』よ。これだけ聞くと単純明快でしょう?」
「うん、びっくりするくらいシンプル」
「実際、神が語ったとされる『初期教義』は、たった8つの文で構成されているの。正直少なすぎるといえるわ。これだけだと信仰をする人がなにを指針にして生きていけばいいかわからないしね」
「でも実際は、初期教義にいろいろな文章が足されて教義になっているんだよね?」
「そうなの。そしてエァセン教の持つ3つの教派によって、加筆された文章や初期教義の解釈、守るべき決まりごとがわかれていく」
「教派か。それって実質的には別の宗教ってくらい違う場合もあるよね。エァセン教もそうなのかな?」
「地球でいう『יהוהを信仰する3宗教』ほどの違いはないわ。でもエァセン教の3教派も、それぞれ預言者が違う」
「神様の言葉を伝える人が違う。つまり解釈も違うと」
「そのとおり。それじゃあ紹介していくわね。ひとつめが『Thekla教会』。別名『清流天使教会』とも。清潔な水の管理者である大天使テクラを預言者とする教派よ。宗教シンボルは水瓶。初期教義にある『死した者は罪を洗う長いながい川へいたる』という一節から、積極的な罪の浄化を是とする考え方を持つわ」
「あれ? その文脈だと、死んだら自動で罪が洗浄されそうなものだけど……」
「初期教義の文脈だけだとね。でも当然、加筆や変更がされている。少なくとも『死の後に罪が浄化されるから、悪いことしたっていい』っていうのは社会的にまずいでしょう? だからあえて焦点を当て、『清く正しい生き方をすることこそが、死後の浄化につながる』という教えを広めるのが清流天使教会ね」
「清く正しく生きましょう、か。具体的には?」
「法律で禁じられていることや生活の知恵なんかを、寓話や神話の形で『禊の書』っていう経典におさめているの。こういうと万人が読めてわかりやすそうなものだけれど……実際は読み解くのにコツがいる。『水と土の混じり合う場所に剣突き立てし者へ、さびた刃が返ってくる。ノームとウンディーネは、その者を見捨てるだろう』って、なんのことをあらわしているかわかる?」
「な、なんだろう。水と土が多い場所に剣を放置していたら、たしかにさびそうだけど……」
「いい筋よ? これは『川や湖に金属を放置するな』って意味ね。水質汚濁をまねくから」
「あ、そういう……。たしかにわかりにくい。けど『生活の知恵』って感じで、ちょっとおもしろいね!」
「私もそう思うわ。ともあれ、テクラ教徒というのは『正しい行い』をとおして神様とつながろうという教派よ。教義が人々の生活に対して影響をあたえやすい教派ともいえるわ。教役――聖職者の役職については、地球のカトリックとほぼ同じものを使用している。つまり教会に行って会えるのは『神父』さんね」
「じゃあさ、テクラ教徒が多い国ってどこなの? たしか国の宗教である『国教』を定めているところも多いよね?」
「ネメアリオニア王国やセルベリア王国が代表的ね。グリフォンスタイン帝国は地方によってさかんな教派が違うけど、半分くらいはテクラ教。2大大国が国教としていることもあって、最大の人口をかかえる教派となっているわ」
「対立する2大大国って、宗教的には一緒なんだ」
「細かい違いはあるけどね。さて、テクラ教会と同じくらいさかんな教派が、次に紹介する『Eleftheria教会』、別名『天秤天使教会』。グリフォンスタイン帝国の残り半分やアルバマ・ツァーリ国、ラブンハイム共和国なんかに多い教派よ。こちらは地球のプロテスタントと同じ教役になっているわ。だから教会で出迎えてくれるのは『牧師』さん」
「天秤が宗教シンボルなのかな?」
「正解。預言者である大天使エレフテリアは、この世界の度量衡を管理しているわ。魔界の潜水艦が大好きな天使ね」
「ああうん、知ってる。メートル・キログラム法とヤード・ポンド法が混在するこの世で、違和感なくすごせるのは大天使エレフテリアのおかげだもんね。潜水艦であるアイノがどれだけ重要視しているか……」
「魚雷の射角計算に使うものね。話を戻すと、天秤天使教会は、初期教義にある『人の善なるも悪なるもはかりの針は決して動かじ』という一文に重きを置いている。つまり善人だろうが悪人だろうが、神への信仰によって死後の安寧は約束されるという意味ね。もちろん悪いことばかりしていたら破門されちゃうから、悪事をしていいわけではないわ」
「そこはちゃんと釘を刺しておかないとならないしね。でもテクラ教は『いいことをしないと救われない』って教義だったから、それとは違うのかな?」
「テクラ教とエレフテリア教の関係は、キリスト教におけるカトリックとプロテスタントの関係とよく似ているわ。善行のカトリック、信仰のプロテスタント、というやつね」
「善行も信仰も重要だけれど、『どちらにより重きを置いているか』によって教派が違う、という意味だね」
「ええ。エレフテリア教会では教義にもとづいて善行を行うことよりも、個々の自由のもとに信仰をすることが重要視される。たとえばテクラ教は土曜日の朝に教会へ集まってお祈りをするのだけれど、エレフテリア教ではお祈りの時間が決まっていない、とかね。教義が信者の生活に影響をあたえにくいともいえるわ。もちろん教典である『魂の分銅』において、『こういう行いをしなさい』みたいな行動指針は示されているけれど」
「ギリシャ語でΘέκλαが『神の威光』、Ελευθερίαが『自由』って意味だよね。そう考えると、大天使の名前どおりな印象があるなぁ」
「そうかもね。このテクラ教徒、エレフテリア教徒の数を足すと、エァセン教の信者の9割くらいになるわ。そして残りの1割が、カールメヤルヴィ王国やルーチェスター連合王国で国教とされている『世界樹教派』よ」
「私やシニッカも世界樹教徒だね」
「ひとつの教派としてまとまりないのが世界樹教の特徴よ。人の形をした預言者はおらず、神のおわす世界樹がすべてを語ってくれている、なんていう自然信仰に近い考え方を根幹に持つ。宗教シンボルは世界樹を模したペンダントとかなんだけれど、個々人が勝手に作ったものでいいわ。教義もあまり充実していない。というか、場所によって結構バラバラなのよね」
「ユッグの私が言うのもなんだけど、わりといいかげんだよね。たとえばルーチェスターの世界樹教って、カールメヤルヴィのものより教義が細かいし」
「ああ、あそこはエレフテリア教と世界樹教の教義が混じったような国教だから」
「本題からそれるけど、なにか理由があるの?」
「そのほうが都合よかったの。だってあの国、メートル・キログラム法とヤード・ポンド法を混在して使っているし」
「ええ⁉︎ 混在⁉︎」
「『4.828km先にある、高さ20メートルの建物』とか、『ビールを1,136ml、水を1リットルくれ』とか聞いた時には冗談かと思ったわ」
「そんなんじゃ、度量衡の大天使エレフテリアを信仰したくもなるよ……」
「まあ、度量衡換算もバベルと同じく自動でなされるものだから、本人たちが意識しているわけじゃないでしょうけどね。そんな愉快な世界樹教の中で、唯一共通しているのが『神と世界への感謝こそが重要』という教え。私たちは神様と世界からさまざまな贈り物を得て生活しているのだから、ちゃんと信仰心をお返ししましょうということね」
「3教派の中で一番ゆるいよね」
「『破門されても生きてはいける唯一の教派』なんて言われているし」
「『生きては』ね」
「そう。ついでだから破門の恐ろしさもお話しておくわ。どの教派にも上級の神官——比較的広い地域を管理する責任者がいるのだけれど、彼らは信者を『破門』する権限があるの。主に重犯罪をした相手なんかをね」
「破門されるとどうなるの?」
「基本的に教会のさまざまなサービスを受けられなくなるわ。とくに重要なのはふたつ。ひとつ目は死後の安寧を保証されなくなるというもの。死霊術師や吸血鬼が存在するこの世界で、それは動く死体になることを意味する。ゾンビやスケルトンなんかになっちゃうってこと。逆に信者――洗礼を受けており破門されていない人の死体は、死霊術の影響をきわめて受けにくいの」
「みんな死後を穢されるのは嫌だもんね。でも王宮の骨さんや腐さんたちは? 生前に破門された人なの?」
「いいえ、あれはオートマタよ。生前に信者が希望し、教会の許可がおりている死体をゴーレム技師が加工したものなの。教会はオートマタ売却費の1割を得て、残りの9割は遺族なんかに渡されるわ」
「『死体ビジネス』っていうとすごく印象悪いけど、遺族にお金が入るなら『社会保障』っていってもいいのかな?」
「いいと思うわ。教会は冠婚葬祭、福祉や教育なんかも行っているしね。そして重要なサービスのふたつ目は婚姻よ。詳細は省くけど、異種族婚姻でも子孫を残せるのは、婚姻の大天使グレースがもたらす『同衾の奇跡』によるものだから」
「おかげで異種族どころか、同性でも子孫を残せるってのには驚いたよ」
「転生者で驚かなかった人を聞いたことがないわ。それはともかく、破門されると異種族と恋に落ちても子孫を残せない。これを恐れる人は多いわ。……個人的には『結婚至上主義』とか『出産至上主義』といった極端な考え方に共感できないけれど」
「賛成」
「それは置いておくとして、教会は人々の生活になくてはならないものよ。その一方で既得権益の集中なんかが教会の問題点とされる。どうしてもヒト・モノ・カネ・情報が集まる場所だから。地球と違って金貸しも禁止されていないし」
「教会がおおきな商人や傭兵団、冒険者ギルドや貿易会社、銀行なんかとつながって……。政治に口を挟めるようになっちゃうよね」
「ということで、2002年4月の調停会議で教会の持つ既得権益の一部解体と、政治への干渉の禁止が決定されたわ。政教分離というやつね」
「それってうまくいったの?」
「うーん、微妙かも。それに大変だった。2002年は戦争が多かった年だったんだけど、政教分離よって引き起こされた混乱がその背景にあったの。政教分離がなされたのに、いまだ各国に国教が設定されているのは、その時の妥協の産物よ」
「それでもなんとか秩序はたもたれ、今にいたるんだね」
「そりゃあ預言者たるふたりの大天使が、世界中の教会へ布告を出したら」
「あ! そうか。生きていれば新しい預言をあたえられるもんね。あれ? でも世界樹教はどうしたの? 預言者いないよね」
「グレースにお願いしたわ。前述のとおり影響力がおおきいし。私とは仲が悪いからすごく嫌がったけど、人々の生活がかかっていたから最終的には了承してくれた」
「シニッカからお願いしたんだ」
「だって預言者がいないんだもの。世界樹さんがいきなりしゃべり出してくれればよかったけれど」
「世界樹に噛みつく蛇がそれをいう?」
「あら! 同じことをグレースに言われたわ!」
「……かぶっちゃった」
「さ、長くなっちゃったけれど、宗教に関するお話はこれでおしまい。次回は……なにか宗教とつながりのあるお話がいいかしら?」
「それなら冒険者ギルドはどうかな? 教会とつながりが深い組織だし」
「それとも今日は宗教だけじゃなく政治に関しても話しちゃったし、次は野球かしら」
「あれ? 聞いてる?」
「カールメヤルヴィにはPesäpalloっていう野球もあるから、そのルール解説でも」
「聞いて? 言葉のキャッチボールしよ?」
「じゃあねみんな、お楽しみに。Moi moi」
「デッドボールだよ?」




