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笑うご主人様 16

 イーダはゆっくりと目を開けた。アールの追及はひと段落ついて、部屋はずいぶんと静かになっていた。唯一、カタカタとちいさく音を立てる机の上の食器たちが、コナー・ギタレスの恐怖と震えを空間へ知らしめている。


 しばらくその沈黙が続いた後、竜人はこの詰問を終わりにすることに決めた。


「ヴィヘリャ・コカーリの面々よ、勇者が使役した黒竜の対処は私にまかせてもらおう。こやつの処分もな。女王陛下は申し開きを聞いてくださるそうだ。せいぜい自分の罪を軽くするため、一世一代の演説なり自己弁護なりの機会を、この魚人にあたえる必要がある」


「異論はないわ。女王(彼女)は魚料理が好きだから、()()()()()()()()()()ことなんて容易でしょうし」


「赤いニシン――欺瞞の慣用表現ですな。いかにも。我が女王がこの男の欺瞞情報に惑わされることはないでしょう」


「ええ。でもね――」、コナーの言い訳は効果がないだろうと言い放ちながら、魔王は下をむくマーフォークに視線をうつして、静かな口調で語りかけた。


「報酬を受け取っていないわ、リーンベリー伯コナー・ローガン・ギタレス。代償をね」


「…………」


「お前が生まれながらに持っている、大切なものをひとつ」


 コナーは黙っている。あいかわらずの落ち着きのない挙動で、視線をあちこちにむけながら。


 同じく、竜人も口を閉じた。彼の表情にはあきらめがある。いくら魔王を嫌いだからといって、その仕事を邪魔するのは賢い選択といえないからだ。


 そうやってふたりが沈黙を守ったから、部屋は数秒の間静かになった。小声で発せられたシニッカの要求が、部屋の全員に聞こえるくらいには。


「――だから、お前の声をもらおう」


「なっ⁉︎」、コナーが目を見開き、なにかを訴えようとしたその瞬間、ゲッシュ・ペーパーが赤い光を放った。『大切なものの取り立て人』が、血の色の触手をのばして魚人の短い首をなめる。


「……!……⁉︎」、彼はひれのついた手をのどに当て、必死で口を動かす。しかしなにをやっても声は出ない。音を伴わない絶望、悲しみが、コナーの目を白と黒の間でもがかせた。


「あなたの『言い訳メモ』を読ませてもらったわ。いざという時、やさしい女王陛下から恩赦を引き出すため、必死で考えていたのよね? でもね、そんな希望を持って裁判に挑むなんて、おもしろくない」


 遊ぶ子どもを見るように、魔王の目は穏やかだ。


「だから最後の手段を奪わせてもらった。あなたの首が確実に転がるようにね。絶望のぶどうは、最後のひとつぶが一番おいしいから」


 満足げに唇をひとなめ。たっぷり余韻を味わって。


 ついで彼女は、仕事に終了の印鑑を押す。


「<旗を我が手に(目に見える風)>よ、言葉を運び<我が声を届けよ(耳元の口)>をもたらせ」、言遊魔術(ケニング)を2節唱えると、あらわれたのはカールメヤルヴィの国旗。魔王はなにも言わずに、イーダにそれを渡した。


(わかったよ)


 イーダは口に出さずにうなずいて、両手で持って床に立てる。目の前には死の恐怖におびえる魚人がいるというのに、旗をたくされたことに対して、少し嬉しさを感じた。


枝嚙(えだか)み蛇の旗の(もと)、この魔王が宣言する。ルーチェスター連合王国リーンベリー伯領の馬車襲撃事件は、勇者エリック、ならびにリーンベリー伯コナー・ローガン・ギタレスの共謀のもとに行われた。本災害の対応は、エリックの死をもって、連合王国騎士ラオリー・ライリー・リードへ引き継ぐ。コナー・ギタレスの息子であるケンジー・ギタレス、ならびにその母親に本件の罪がないことを、私は保証する」


 シニッカは責任の所在を宣言に乗せた。今日、それを聞いている者は少ない。けれどイーダは、きっと大切なことなのだと思った。とくにケンジーにとっては、魔王のお墨つきによって領主への「親への裏切り」が「正義の告発」へ姿を変えるのだから。


「この旗を見る者たちよ、今は惨事(さんじ)から目を背け、心を(なぐさ)めることを許そう。しかし努々(ゆめゆめ)忘れるな。災厄がいつもお前たちを見ていることを」


 言い終わると、魔王はゆっくりと椅子から立ち上がった。かかとを鳴らして「帰るわ」と、ヴィヘリャ・コカーリを引き連れ部屋を出る。残された4人はなにも言わなかった。ただ、コナーだけは魔王の後ろ姿へ、後悔のような憎悪のような、複雑な表情をぶつけていた。


 それを感じ取ったのか、魔王はカツンと足を止め、肩越しにふりかえる。そして思い出したかのように「ああ、それとね」と、部屋の中へ言葉を投げ入れるのだ。


 集まった視線へ瑠璃色の目を返しながら、年長者が子どもたちを諭すような声で。


「悪魔との交渉で隠しごとをする時は、テーブルの上に命が賭けられることも、覚えておいたほうがいいわ」

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