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笑うご主人様 14

「ルーチェスターの女王様は、コナーのことをどう裁くのかな?」、物思いから現実に帰り、イーダはシニッカに疑問をぶつけた。山賊行為という犯罪に、心はまだ曇り空。だけどそれから目を背けることなんてできない。晴れた空に変わるまで、じっとながめていたい気分だった。


 つまり、どんな罪に問われるのか知りたかったのだ。


「コナーは有能じゃないけれど、港町という重要な街を統べる貴族のひとりよ。少々やりにくいでしょうね。『即刻死刑に処す!』なんて言ったら、他の貴族たちがから不興を買うかも」


 魔王はそう言って、ゲッシュペーパーとともにアイノが盗んできた数枚のメモを手に持ち、ひらひらと振る。


「これはね、コナーが用意していた物。もし悪事が公になった場合の、最後の抵抗についての備忘録よ。女王の前で、貴族の権利である『自力救済』をするためにね。つまり悪あがきのためのメモといっていいわ。自己弁護をどうやってやろうかってことまで、コナーは考えているみたい」


「それは証拠として女王様に渡さないの?」


「渡したところで、証拠として取り上げられるかというと微妙だからね。ゲッシュペーパーと違って、あいつの押印もサインもないもの」


「そっか」、彼が無罪になることはないのだろうけれど、罪が軽くなることはあり得る。心の雲は量を増し、そろそろ一雨落ちてきそう。


「ところでイーダよ」


 ふいにバルテリから声をかけられた。顔を見ると、やさしい狼の目。少し気を使わせてしまっているらしい。


「どうしたの?」


「お前さんはどうして、コナーのことを『あまり信用していない』なんて言ったんだ?」


 せっかくだし空気に甘えて、話題を変えさせてもらおうと思った。


「ああ、うん。ええとね、ドラゴンのことを『1匹』って言っていたから。竜が守護獣のルーチェスターなら、そんなぞんざいに数えないかなって。せめて1体とか」


「?……難しいこというんだな」


『気の利いた翻訳』が伝えてくれた、コナーの感情。英語をしゃべる彼が口にしていないはずなのに、翻訳に乗った()()のニュアンス。連合王国への敵対だと口角に泡を飛ばすコナーに対し、シニッカが「知らないわ」なんて言ったから、ふいに本心が出てしまったんだろう。


 そこに先生たるサカリが補足を入れてくれる。「狼よ、助数詞というやつだ。ルーチェスターの言語や我々の言葉にはない表現だ。相手との心的な距離感によって助数詞が変形する言語を、イーダは使うのだ」


「なるほどな。……よく聞いてたな、それ。地球人ってのはみんなそうなのか? それともイーダが特別なのか?」


「安心しろ狼。イーダは頭がよいのだ。たいがいの人間はお前のように愚鈍のはずだ」


「……ほとんどの人間がお前さんほど腹の中まで黒くないことを、俺は知っているぜ?」


(ああ! マズイ!)


 言い争いの気配を感じ、イーダは即座に介入を開始する。あわててサカリに目線をうつしながら、質問を放りこむのだ。


「い、今から勇者がひとりくるんだよね⁉︎ ルーチェスター連合王国の女王様が派遣した人?」


 自分たちが竜を探している間、サカリは女王に謁見していたらしい。その結果、女王はお抱え勇者の派遣を決めたのだ。


「ああ、そうだ。赤い鱗を持つ竜人(ドラゴニュート)の男で、ルーチェスター最大の戦力だ。魔王以外には敵意をむけないから安心しろ」


「私、あいつ嫌いよ」


「知っている。だから呼んだ」


「あなたも嫌いよ」


 ふてくされるシニッカは、フグのように頬をふくらました。


(あ、なんかシニッカに矛先が……)


 少し考えた。サカリ・シニッカ紛争の調停を、どうしたらうまくこなせるかを。


 そして気づいた。滑稽な光景が、イーダの心の霧にふうっと息をかけ視界に薄陽を差してくれたことを。


(まあいいや)


 言い争いも、こういう形で訪れるなら歓迎なのだ。


「どんな人なの?」、そう聞いた直後、酒場の扉が猿の鳴き声ような音を立てて開いた。人間種ではない人型で鋭利なシルエットが、愉快そうにゴツゴツと床を鳴らして近づいてくる。


 頬杖をついたシニッカは、目線だけそちらにむけた。すごく、すさまじく面倒くさそうな顔で。そして言うのだ。「引っ越しをしなきゃならない時、移住先にわざわざロンドンを選ぶようなやつよ。霧でなにも見えない街を三輪車(ロビン)でヨタヨタ走って、たっぷり渋滞税を取られるの。駐車場でコメディアンにぶつけられればいいわ。で、高すぎる修理代へやけになってエールを飲みすぎて、テムズ川に落ちればいい」


(なんで地球の話? あ! 勇者に聞こえるように言ってるのか!)


「かように口の悪いご主人様を持って、ヴィヘリャ・コカーリの心労もうかがい知れますな。諸君らにはのちほど、私からリーンベリーパイと地場のビールをおごらせていただこう。Complete(完全なる) tosser(アホウ)と別テーブルで」


 長く裂けた口に笑顔を浮かべながら魔王の後ろに立ったのは、赤い鱗を持った竜人(ドラゴニュート)。質素だけれど上品なシャツとベスト、2メートルはあろうかという巨躯のてっぺんにはシルクハット。腰にタータンチェックのキルトを巻いて、昨晩戦った黒竜と違ってそれほど長くない首には、真っ赤なリボンを蝶ネクタイのようにしめている。


 紳士然とした出で立ちに、おどけた表情をたずさえながら、彼はイーダにかしこまってお辞儀をした。


「これはなんとも、新しく可憐な花が咲いていらっしゃる。お初にお目にかかりますな。私は女王の剣にして盾であるラオリー・ライリー・リード。お近づきのしるしに、どうぞこちらを」


 胸元にやった手がおおげさに前に差し出され、爪がパチンと音を鳴らす。パッと手品のようにあらわれた1輪の赤いバラが、奇術師のような手つきでイーダのベストに飾られた。


「あ、ありがとう。イーダです。ええと、なんとお呼びすれば?」


「ではRRR(アール)と、イーダ。頭文字が3つともRなのでね。Red Rose(赤いバラ)を加えれば5つになりますが」


 左手でおおきく「R」のジェスチャーをしながら彼は愉快そうに話を続ける。右手は魔王にむけてピースサイン。手の甲を外側にしているのがどういう意味なのかは、シニッカの表情を見ればよくわかる。


「魔王の奇術より気が利いているでしょう? ジャスパー・マスケリンが好きでしてね」


「お前はいいとこミスター豆よ、アール。私のイーダを口説かないでくれる?」


「あなたのものだと言い張るのなら、名前を書いておいたらどうです、魔王。基本的人権のひとつめを?」


(もう書かれちゃってるけどね、名前……)


 魔王と勇者の口げんか。よそでおやりと眉をひそめる老婆のティーカップをよそに、バルテリとサカリは楽しそうだ。延々と続く皮肉の応酬を、片方はコメディアンでも見るような目で、もう片方はちょっと悪い顔をして、笑いながらながめている。


「ねぇ、このふたりはいつもこうなの? というか、アールは勇者だよね。私たちに敵意はないの?」


「ああ、ないと思うぜ。アールの赤いリボンは、ルーチェスター女王が首に巻いた『理性のリボン』っていう魔法具だ。まあグレイプニルみたいなもんだと思っておけばいいさ。あれがあると、むやみやたらに魔王様と魔界を敵視することはなくなるんだ」


「尊大な態度だけは2階建てバス(ダブルデッカー)並みね。でも車の流れも会話も同じよ。あなたは渋滞を引き起こすわ」


「いやはや、ミミズと吐しゃ物のミートパスタを食べている者はいうことが毒気を含んでかないませんな」


「……でも、口げんかしてるよ」


「魔王の素行の悪さがそうさせたのだ。『Minkä(置き去) taakseen(りにした) jättää(ものは), sen() edestään(前から見) löytää(つかる)』というやつだ」


 魔王と勇者の言い争い――本来なら国際問題になるだろう程度のものを、止めもせずに涼しい顔だ。よほど日常的な光景なのだろう。もしくは勇者アールに対する信頼のあらわれなのかもしれないけれど。


「視野が狭いのではないかな、魔王。私は魔界に寛容だが、貴様は勇者に寛容ではない。魔界という閉じられた場所で、お山の大将を気取っているのでは?」


「私がToad in(井の中) the hole(の蛙)なら、お前はFrog in(沼にはま) a bog(った蛙)よ。英国文化の沼にね」


「英国ではありませんな。ここはルーチェスターだ」


「うるさいわ()()()Red dragon(赤い竜)気取りのRat dragon(ネズミ竜)。あなたなんてアールじゃなくてウナギ(イール)よ」


「なんとも、人をののしるレパートリーだけは一級品ですなぁ」


「ウールにくるまって、エールをオールナイトで飲んでいればいいわ」、アール・イール・ウール・エール・オールナイト、韻を踏んで勇者をののしった魔王は、その最後へぼそりとつけくわえる。「青井和虎(あおいかずとら)のくせに」


「おぉい、魔王お前! 人の本名を悪口みたいにいうな!」


(えぇ⁉︎ 日本人だったの⁉︎)


 飽きることなく続く悪口合戦で明かされた衝撃の事実。同郷の人間で敵意をむけてこないはじめての存在に、イーダは驚きとともに親近感を覚えた。心のもやもや天気はいつの間にやらなくなって、心地よいくらいの晴れ模様。楽しい時間をすごしたからだとすれば、アイロニックな現実から逃避しただけなのだが、この状況で深刻な顔をする必要はないのだろう。


(それにしても、()()()の本当の名前が、()()()だったなんて……)


 そして彼女は、心で小声の皮肉を吐いた。悪意ではなく、苦笑とユーモアをそえて。

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