笑うご主人様 5
「ねえみんな、この集まりってどういうものなの? カールメヤルヴィの首脳部っていうのはわかるんだけど」
そう切り出したのは昼食の時。魔王をふくむ個性的な6人に囲まれて、イーダはふと思った疑問を口にしたのだ。この集まりだから、当然自身もふくまれているし、とすると呼び名が必要だと感じていた。
『魔王の一味』では味気ないとも。
「首脳部というか『国王の取り巻き』かもね。カールメヤルヴィは立憲君主制の国家だから。政府があって首相がいて、彼らが政治をつかさどる。だから首脳部は彼ら。国王たる私は君臨するだけなの」、シニッカからの返答は前提条件から。この集まりの実態は、立憲君主制の国家における国王の取り巻きなのだという。
王国というくらいだから魔王が政治もになっていると思っていたが、どうやらそうではない様子。シニッカの立場へぴったりの概念を、脳の引き出しから探すことに。
「ええと、たしかテストで……待ってね、思い出す。……『主権がない』って言葉で合っていた?」
「合っているわ。私には国にかかわる統治権や意思決定権がないの。そんなことまで教育を受けているのね。感心だわ」
まじめに勉強したかいがあった、というより、こんな形で役に立つとは思わなかった。教育って本当に大切なんだなと実感しながら、あらためてこの国の体制をちゃんと把握する。
カールメヤルヴィは立憲君主制だが、いかにも王国の名が似合うネメア谷のライオン王国や三首犬王国は『絶対王政』の国だ。社会の授業で先生が言っていた「中世ヨーロッパは主に封建制、近世ヨーロッパは主に絶対王政と考えるとわかりやすい」という言葉が正しければ、この世界は厳密な『中世ヨーロッパ』ではないことを意味する。
立憲君主制というのは、君主の権力が法律によってしばられている、というようなことだったはず。その結果、政治は政府が行って国王は「君臨するとも統治せず」のスタンスをとるのだ。テストで代表的な国をふたつ挙げよという問題が出て、『イギリス』と『タイ』を答案へ記入したのを思い出した。
「じゃあ、この集まりはどんな役割なの?」、あらためて質問をすると、サカリが口を開く。
「魔王の私設組織であり、勇者災害への対応を主任務とする小集団だ。『緑の円形章』と名前がついている」、彼はそう言って暖炉の上にある円形の紋章を指さした。「意匠は『緑と白の蛇の目模様に、枝嚙み十字』。カールメヤルヴィ王国の国旗を円形章にしたものだな」
「ヴィヘリャ・コカーリか。部屋に帰ったら日記に書いておく」、カールメヤルヴィもそうだが、魔界の固有名詞は覚えにくい。とはいえ、ついに名前が判明した。自分が「ヴィヘリャ・コカーリに所属しているイーダ・ハルコ」であることも。
「メンバーはこれだけ?」、その質問にはバルテリが答えてくれた。
「まあ、おおむねな。一応他にもいるが、主要なメンバーはこれだけだ。俺たち元守護獣と、アイノみたいに勇者の対抗召喚で呼び出された者なんかで構成されているぜ。ドクのような『協力者』って立場もあるけどな」
(元守護獣?)
またまたあらわれる疑問点。守護獣も元守護獣も、正直理解が追いついていなかった。時々出てくる単語だが、なんとなく国を守っているくらいにしか情報がないのだ。イーダは眉と口元とでしわを作り、顔面でもって疑問符を浮かべる。「それってなに?」という題名をつけられたその表情は、フェンリル狼へ補足をうながすのに十分なものだった。
「あー、そうだな。そもそもイーダは『守護獣』のことをどこまで聞いているんだ?」
「そう、それだよ! 守護獣ってなに? 国家に守護獣がいるらしいのは知ってるけど、バルテリが元守護獣っていうのははじめて聞いたよ。それにドクがそうじゃないっていうのも」
「僕は獣じゃないよ」、ペストマスクの上からでもわかる無表情でドクがつぶやく。「私はある意味獣だよ!」と話をややこしくする灰色の狼をとりあえず放っておいて、バルテリは話を続けた。
「俺とヘルミ、サカリは、もともと『国家守護獣』だったんだ。こいつは国に強力な力をあたえてくれる、概念上の化け物だ。実体を持つわけじゃなく、守護霊みたいに国を守るって考えてもらえりゃいい。こいつはネメアリオニアならライオン、セルベリアならケルベロスって感じに、ひとつの国がひとつだけ持つ象徴的な力なんだ」
「どんな力なの?」、のけものにされたよとすねるアイノの頭をなでながら、新しい単語の中身を確認。
「ライオンなら『戦時に国王が宣言してから24時間、兵士の打撃力が3倍になる』『国内でライオンがよく繁殖し、国王はその使役が容易になる』って具合さ」
「『打撃力』って……抽象的だね」
「言葉だけ聞くとな。けれど本当にそうなるんだぜ? 相手は普段と同じ力でハンマーを振るっているのに、こっちは3倍の力でそれを受けることになる、なんて具合にな。正直、戦争で相手したくねえよ」
シミュレーションゲームのたぐいをやったことはなかったが、こんな効果のものがありそうだと思った。
「じゃあ3人はどうして人の姿になったの?」
「国が戦争に負け降伏を宣言した時に、その守護獣は肉を得るのさ。俺はフェンリルの体と悪魔種の体の両方をもらった。で、そうなった守護獣は勝者たる国家に仕えるんだ。前みたいに国家全体を対象にした強大な力とはいえないだろうが、勇者をのぞけば相当にヤバイ戦力だって自負してるぜ」
「じゃあ……シニッカが戦争に勝ったってこと?」、止まらない質問へ、こんどはサカリが不満げに鼻を鳴らす。
「少々不本意であっても、我々にそれを拒む力はない。だから今ここにいるのだ。かつての敵であった魔王にグレイプニルでしばられてな」
(そうだったんだ……)
それじゃあ完全な味方っていうわけでもないのかなと、心にとげが残った。でも――
「おかげで私たちは肉体とともに人格まで得て、世界を歩くことがかないました。自分の守護していた国が倒されたのに薄情かもしれません。でも生まれてきたことに喜びを感じているのですから、嘘はつけません」
すぐにヘルミが、とげをやさしく抜いてくれた。
「いろいろなことを知るのは楽しいですよ? お酒のおいしさや湖の気持ちよさ、朝日や夜空のすばらしさ」
「「飯のまずさもな」」
バルテリとサカリの二重奏に、みんなで笑う。今日のご飯はおいしいけれど、王宮のご飯はおおむねまずい。
「じゃあ、私たちの国の守護獣は?」、これは当然の質問だ。次の回答者はドクの番。くちばしがくるりと少女の顔を見る。イーダへ入れかわり立ちかわりの会話を楽しませるように、彼は重要な生物の名前を口にした。
「『枝嚙み蛇のスヴァーヴニル』だよ。世界樹に噛みついている蛇で『眠らせる者』なんて異名があるんだ。睡眠や死、葬儀なんかの暗喩だともいわれている。おかげで魔界には夢魔がよく集まるよ」
得意分野なのだろう。午前中の時のように、ふたたび早口でまくしたてる。
「守護の内容として『睡眠や休息、癒しの魔術使用者が多くなる』というものがあるんだ。もともと魔族は魔法を使えるから、医療ととても相性がいい。重い病や大けがの後遺症に苦しむ人が、最後の抵抗をするために訪れることも多いよ。魔界が『医療の国』とか『地上の死者の国』という別名を持つくらいに」
ドクの言葉で、ようやくカールメヤルヴィの守護獣が判明した。先日、マルセル・ルロワを倒した直後にシニッカが言っていた「スヴァーヴニル」とは、つまりこの国の国家守護獣だったのだ。
とはいえ聞いたことがない。イーダは北欧神話自体くわしいわけではなかったから、その蛇がどれくらい有名で、どんなエピソードを残しているのか見当もつかなかった。
どんな外見なんだろう? と想像してみると、生前にWebで見た緑色の蛇を思い出してしまった。幅の狭い枝の上へ無理やりとぐろを巻くものだから、はみ出た体がUの字型に垂れ下がっている奇妙なやつ。くわえて変なのは、Uの字の真ん中に顔がすっぽりとおさまり、どこか居心地よさそうにしている点。まるで猫が香箱を作り休憩しているみたいに。
それが南米のエメラルドツリーボアとか、インドネシア等に生息するミドリニシキヘビとか呼ばれる種であることをイーダは知らなかったが、「どうもヨーロッパにはいなさそうだな」くらいの印象は持っていた。
いらぬことを考えていると、会話はスヴァーヴニルから離れはじめる。バルテリがニッと笑いながら、カールメヤルヴィの有名な産業について話題を上げた。「衛生的な環境っていうなら、『飾り窓』も人を呼ぶな。うちの国にはもってこいの外貨獲得源だ」
「飾り窓?」、どこかで聞いた単語だとイーダは思い出そうとした。なにか、あまりいい意味ではなかったような……。悩んでいるとヘルミが小声で教えてくれる。
「娼館ですよ。夢魔はそちらもかねますから」
「あっ」、その言葉に顔を赤らめることはない。正直ピンときていないのだ。それでもイーダには、だんだんこの国が見えてきた。
自然が豊かで清潔で、休息や癒し、時には永遠の安寧をあたえてくれる場所。
(味の薄いまずい料理は……病院食と納得しようかな)
一方で残酷な物語を好み、他人の不幸を比喩ではなく甘いと感じてしまう魔族たちが生活している。夜の街を堂々と営む、欲望に忠実な一面も。
そんな場所を、樹上でとぐろを巻く蛇が守護しているのだ。
ちいさな国にいろいろなものが凝縮されていておもしろいと感じた。前にシニッカは「この世界はサラダボウル」なんて言ったけど、カールメヤルヴィはそれにかかっているドレッシングの部分なんじゃないかとさえ思った。
そこへ、ふとおおきな疑問が湧き出る。
(あれ? カールメヤルヴィってちいさな国だよね? みんなの国はどこいっちゃったんだろ?)
今の空気なら聞けるだろうと口を開く。「そういえば、降伏した国ってどうなったの? 少なくとも3つの国が戦争に負けたんだよね?」
「ん? ああ、ふたつはまだ健在だぜ。カールメヤルヴィの南東がサカリの出身『ラヴンハイム共和国』で、南西がヘルミのいた『アルバマ・ツァーリ国』だな」
「もうひとつは?」
「実はそれがカールメヤルヴィさ。フェンリルたる俺の出身国だ。魔王様はもともと、世界樹より北の『悪の針葉樹林』地方出身なんだ。そこを含めると、この国はそこそこの広さがあるな」
「人口が少ないから国土も狭いと思ってたよ。それにしても悪の針葉樹林なんてすごい名前の場所だね」
「人が住めるような場所じゃねぇからな。針葉樹の足元にうねるように生える低木が混在している、開拓困難な森だ。そこに毒草や毒の泥炭地がこれでもかってくらいに広がっている。そんなところから単身カールメヤルヴィにきて、当時の国王から国を簒奪したのが我が魔王様なのさ」
「……どうやったの」
「前国王と賭け事をしたの。みんなの見ている前で、私にすごく不利な条件で。負けたらパハンカンガスと私自身をあげるから、勝ったら国をちょうだいって。薄着で行ったら受けてくれたわ。鼻の下をのばしながらね」
そんな提案を持ちかけたシニッカもシニッカだけど、当時のカールメヤルヴィ王もあきれる提案を飲んだものだ。
「それで国を奪って、人が住んでいる『カールメヤルヴィ』のほうを国名に残したんだね」
「そのとおり。以降、ゲッシュ・ペーパーで命を賭けて大物を狙うのがずいぶん流行したわ」
スプーンをくるんっとまわし、シニッカは得意そうな顔。守護獣を3人分も手に入れていれば、そんな顔をしたくなるだろう。
武勇伝もいいけれど、質問はまだまだある。国名で脳が飽和しそうだから、これも後で日記に書いておかなきゃだけど。
「他の2国は、吸収……併合? しなかったの?」
「ええ、シニッカ様はあえて併合しませんでした。よい機会ですからお話ししましょうか?」、ヘルミが先生役を買って出てくれた。
「お願いします!」
「はい。理由はふたつ。両国ともに大国とはいえませんが、人口2万人程度のカールメヤルヴィが併合するにはおおきすぎます。これがひとつめ。もうひとつは、その先にあるそれなりに強い国との緩衝地帯が必要だからです。ラヴンハイム共和国の先には『ルーチェスター連合王国』が、アルバマ・ツァーリ国の先には『グリフォンスタイン帝国』がそれぞれ存在しています。どちらも戦争をするには強すぎる国。国境を接するのは得策ではありません」
「そこそこ強い国とおとなりになるより、それほど強くない国とおとなりになるほうが楽ってこと?」
「はい。国家というもののしくみ上、隣国同士は敵対しがちになりますから。一方、隣接していないと領土問題を抱えづらく、友好的な関係を保持しやすい。強めの両国とは通商協定をむすんでいます。両国との商売で利用する交易路は弱めの両国内をとおりますから、安全に通行できるよう圧力をかけていただく、と」
言いかたは悪いけど、カールメヤルヴィの都合で弱い国を近くに置いておきたいという意味だ。そして、そのむこう側にある国と友好のサンドイッチを作って、圧力をかけているのだ。
「おかげで私は故郷に帰ることもできん」、サカリがふてくされたように言う。
「いいじゃねぇかサカリ。どうせお前の止まる場所なんて、主神オージンの両肩だろ? ひとのみで終わる場所なんかに未練ないだろうよ」
「一言多いぞ狼。口を開いたときにロクなことが起こらなかったのを忘れたのか?」
(おや? 雲行きあやしいぞ?)
アイノの「またはじまっちゃった」とつぶやく声。
「重要なシーン、たとえばラグナレクの時なんかに、行方知れずになるよっかマシだろ?」
「ああ。自分に餌をあたえてくれた恩人の、差し出された手に噛みつくよりマシだな」
食堂ではじまったフェンリルとフギン・ムニンの口げんか。ちょっとだけ机がゆれて、お皿たちがめんどくさそうにちいさな音を鳴らす。そういえばふたりが仲良さそうにしていた場面を見たことがないなあと思いながらも、イーダは静観を決めこむことに。
「ひとりの悪魔のお前さんに『良心が2羽分あったらよかったのに』と思うぜ」
「次の議会で、国防大臣が持つ委任権を『放蕩権』に変えるよう提案しよう。もしくは、魔王の仕事しかしないやつの権利をはく奪できないか検討をうながそう」
(そっか。よく考えたらこのふたり、オージンに仕えていたカラスと、オージンを食べちゃった狼だったね)
主たるシニッカに「止めないの?」と視線を送る。しかしそこには、とても楽しそうな顔。この顔は見たことがある。いたずらをする時のやつだ。
アイノが短い舌を口の端に出しながら、バルテリのお皿の肉を2切れかすめ取る。片方を賄賂のように渡してくれて、もう片方はすでに口の中へ消えている。自分の正面では、あろうことかヘルミまでもが小麦色の手をサカリのお皿へのばしていた。分け前を半分もらったシニッカは、それをニコニコしながらほおばっている。
(まあいいか。今後もすきを見て、世界のことを聞いておこう)
盗品を口に入れると、なぜか自分のお皿のものよりもおいしい気が……。これが罪の味だろうか。証拠隠滅を終えた自分たちに、カタカタとゆれるコップがウインクをしているように思えた。
「僕につばを飛ばさないで、ふたりとも」
ドクには少し、悪いけど……。
そんな不届きな光景へ、遠くで労働を禁じられた料理人の骨53号が、椅子にくくりつけられたままあご骨を震わせていた。




