表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/306

笑うゲシュタルトのオバケ 8

 王と王の会談は続いている。談笑、というよりも皮肉の応酬を交えながら。その戦争でもはじまりそうな雰囲気に、イーダもだんだん慣れてきていた。


 と、しばらくして、会話の空気が会談へ変わる。シニッカが本題に入ったのだ。


「今日ここにきたのはね、モンタナス・リカスの勇者災害の報告を直接したかったからよ」、彼女はそう言って紙の束を出した。魔界を出る前、バルテリに「書類を持ってきて」と言っていたから、それなのだろう。


「ふむ、ヴァランタンか……。どこぞ悪魔に腕を取られたと聞いた。かわりを探さぬとな」、紙束へ目を落としながら、ラウール2世はひとりごとのようにつぶやく。きっとそれは牽制であり、遠回しにシニッカがここへきた理由を否定したのだと予想できた。


 けれど魔王は引き下がらない。「それは困るわ。せっかく()()()()()()()生かしておいたんだから」


「儂のためにと? あの街でなにが起こったかは、やつと市長から報告をもらっているが?」


「あら、これもかしら?」、追加で書類が渡される。ラウール王は先ほどよりも興味深そうな顔をして、それに目をとおした。「これは冒険者ギルドの書類だな? なんとも恐れ入る。どうやって手に入れたか興味深いところだが――」


 彼は言葉を区切って、文字へ集中することに決めた。そんなに速く読めるのかと思うくらいに、目線はタイプライターのように左から右へ、改行して戻って左から右へと走っていく。そして、シニッカがもったいぶって出しただけのことはあった。


 獅子は少しずつ口の端を上げて、目を狩りをする者の形に変える。


「なるほどヴァランタンめ、三首犬王国(セルベリア)とやり合っておったのか」


 セルベリア王国というのは、この大陸にある2大大国の片方だった。モンタナス・リカスはネメアリオニアとセルベリア間の交通の要所であり、ゆえに係争地となっているのだ。獅子とケルベロスに両端を噛まれて、悲鳴を上げながら引っ張られている状態ともいえる。


(ていうか、なんで冒険者ギルドの書類をシニッカが持ってるんだろう?……あ、もしかしてアイノのしわざ?)


 なかなか冴えた予想だったし、その考えは正しかった。勇者の手がかりを探している間や、フルールとフェリシーを送り届けた後、アイノは別行動を取っており、冒険者ギルドで窃盗を働いていたのだ。


(暗躍してたんだね、アイノ。さすが潜水艦。「海の忍者」とはよくいったものだよ)


「ヴァランタンは隣接するセルベリア領プラドリコへ懐柔工作を行っていたわ。冒険者ギルドまで使ってね。これを彼があなたに教えなかった理由もわかるんじゃない? 彼本人からあなたへ報告したら、内通していると思われちゃうでしょうから」


「なるほどな。……ほう、ギルドの内通者は()()しておるのか。そういえば少し前に、あそこのギルド長も負傷が元で命を落としていたな」


 獅子の国王が、鹿の子どもでも見つけたかのような、満足そうで悪い顔になった。あいかわらず歯が「ギリッ」と鳴るので、イーダと黒い肌の騎士はそろって体をビクッとした。


(病死って……嘘だよね? たぶん負傷が元で命を落としたことも。ヴァランタンって、そんなことまでしてたんだ)


「あなたが知っているとおり、セルベリアはあの手この手でモンタナス・リカスへゆさぶりをかけている。ただ、ヴァランタンはそれに先んじて手を打っていたわ。もちろん、あなたのことを裏切ってもいない。たてがみのある国王に()れているのかしらね?」


(なんで「裏切ってない」なんてわざわざ言うんだろう? ええと……あ、そうか! 王様からは、部下が裏切っていないか()()()()()んだ。物理的に離れているもんね)


 きっとアイノの言った通り、モンタナス・リカスはセンシティブな場所なのだろう。いくら信頼している者を領主に任命しているとはいえ、王の眼からすべてを見とおすことはできない。不正を疑い抜き打ち査察でもしたら、臣下からの信頼を失ってしまうかも。だから信頼に足るか判断するには慎重に行動しなければならないし、都合、臣下の忠誠心を推しはかるのは難しいのだ。


 それに、今回の冒険者ギルドの書類は、ヴァランタンの忠誠心の高さを証明する有力な根拠となる。そもそも本当に裏切っていたなら、裏取引をしている双方の領主のもとに、証拠となる書類が残されているわけはないのだから。


 冒険者ギルドには書類が残っていて、潜水艦と魔王を経由して、それが王に渡された。「ヴァランタンは職務に誠実な、信頼できる者だ」という明確な証拠だ。シニッカは彼の立場を保護しようとしているのだ。


 もちろん、自分たちカールメヤルヴィ王国の利益のためではあるのだけれど。


「これを機に、娘のフローレンスをル・シュールコーの大学に呼んでやろうとも思っておったのだが」


(……人質ってことかな?)


「これ以上、彼の右腕を奪うのはかわいそうでしょ?」


 魔王の言葉を受けて、もう一度、王は豪快に笑う。


「ガハハ! やつに片想(かたおも)いされるばかりではおさまりが悪いか! しかたない、やつには見舞いでも出してやるとしよう。しかし魔王よ、腕のひとつくらい返してやったらどうだ」


「嫌よ。悪魔には悪魔の矜持(きょうじ)があるわ。義手が欲しいのならカールメヤルヴィへ。医療の国は伊達(だて)じゃないのよ?」


「して、お主の狙いはなんだ?」


「地域の安定よ。いつも言っているじゃない」


(あ、あれ? 話題変わった?)


「お前の狙いはなんだ?」の部分から、話が急展開したとわかった。話題を変えられたせいで、イーダは混乱してしまう。なにせ地名も勢力図もまだ覚えたてなのだ。王たるふたりが、なにを主題にして話をしているのかわからなくなる。


「ねえラウール。1年くらい前、プラドリコで勇者災害があったの覚えている? そこで対ネメアリオニアに強硬派だった貴族が死んだことも」


(ええと、プラドリコはセルベリアって国の街だよね。モンタナス・リカスのおとなりの街だったっけ?)


「あれは事故だと聞いておる。狩猟中に勇者災害へ巻きこまれ、落馬して木の枝に突っこんだのだと」


「実際のところは、狼に食われたのよ」


「狼より恐ろしい、ケルベロスの国でか?」


「ひとりを食い殺すのに、首は3つも必要ないでしょ?」


「ほう?」


「数日後、カルロス王のところを訪ねたの。()()()()()()


(ん? それって……)


 必死で会話に食らいついたおかげで、イーダにはなんとなく話の輪郭が見えてきた。それが人の姿をしているのなら、腰に短剣を下げながらもみ手をする、油断ならない商人だと思った。


 シニッカの言葉を分析するに、勇者災害のどさくさにまぎれて、バルテリあたりがセルベリア国内の強硬派を暗殺したんだろう。きっとネメアリオニア王国との戦争を発生させないためだ。そしてそれをセルベリアのカルロス国王に報告したのだ。今日ここでラウール王と会っているように、非公式な形で。


(先方も戦いを望んでいないという意味かな?)


 その予想が正しいとしたら、さっきシニッカが言った「地域の安定」は真意といえる。非常に過激な「暗殺」という手段をもってしてまで、火種を取り除いたという意味になるから。


 フッ、とラウール2世が鼻を鳴らした。あざ笑う感じではなく、「合点がいった」という感じだった。だからセンシティブな国際情勢に関する話題は終わりをつげ、会談は雑談へと形を戻す。


「やつ――カルロスは元気だったか?」


「少し太ったわ。あなたと一緒。おいしいものを食べすぎよ」


 すねたような魔王の顔に、獅子王の楽しげな笑い。ようやく会話がひと段落ついたようだ。


(せっかく同席できたんだし、今日のこと、ちゃんと覚えて帰ろう)


 結局、ネメアリオニアとセルベリアという2大大国は、どちらも戦争を望んでいない。武人の王が片方にいるにもかかわらず、両者は熱戦やら激戦やらで、モンタナス・リカスへ血の池を作ることなど望まないのだ。


(でも、牽制や水面下での駆け引きは日常的に行われているんだろうな。ヴァランタンはそれをうまくこなしていたから、勇者災害がきっかけで罷免(ひめん)されるには惜しい人材。だからこの先も辺境伯に置いておく、という結論なんだね。うん、よかった。丸くおさまったみたい)


 あいかわらず暖かい陽の光と、頬をなでるさわやかな風。街並みと青い空も、先ほどとなにも変わらない。けれどその背景は、少しだけ主張を増して見える。きっとそれは会談も終わり、舞台の主役がふたりの国王からこの世界へうつったからだ。


 目の前には皮肉っぽい応酬を続ける王と魔王がいるけれど、彼女らが平和のために話をしているんだと思うと……イーダは心がやわらぐのを感じた。


「最近な、我が王室の帳簿の間違いが多いのだ。去年と今年でどうにも数字が合わん。そこで考えたのだ。おそらく()()()()()が悪さをしているのではないかと。冒険者ギルドの床にも這っているようだしな」


「義手だけじゃなく眼鏡も作れるわ。加齢を気にするのなら遠近両用なんてどう?」


(ひっどい皮肉。でも楽しそうだなぁ)


 ふたりのカップに紅茶が新たに入れられて、おいしそうな湯気を立てている。どこからかただよってくる焦げた臭いは、この城の厨房からか。


 美食の国の料理長ならば、もう少し上手に焼けるだろうに……。


(あれ?)


 なにか、違和感がある。でもなにかわからない。


 キョロキョロあたりを見まわした。


 シニッカもラウール王も談笑の最中だ。となりの騎士も、いくぶんかほっとした表情に変わっている。少し離れたところにいるサカリは「早く終わらないか」とばかりにつまらなそうな雰囲気。


(なんだろう……)


 その正体は、結局わからずじまいだった。


 1時間後、城を出る時まで、その違和感は残り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ