笑う夢魔劇場 3
「イーダと!」
「シニッカの」
「「夢魔劇場へようこそ!」」
「こんにちは、魔女のイーダです」
「こんにちは、魔王シニッカよ」
「ここでは惑星フォーサスとその魅力について解説したいと思います。今回は、我らが仇敵『勇者』について!」
「残念ながら生首はないけど」
「いらないよ! ねぇシニッカ。『勇者』を一言であらわすとなに?」
「『過剰な主人公』『自己顕示欲の腫瘍』『裁定者たる認知バイアス』『中世ヨーロッパによく似た世界の、人によく似たなにか』かしら」
「……悪口の辞書でも持ち歩いているの?」
「持っているのは表紙に『真実』って書いてある本よ?」
「禁書だろうなぁ、それ」
「『真実を語る口』が『確定死』の詩的な言いかえだから?」
「そんな配慮してないよ! 物騒なケニング生み出さないでね。気を取り直して、勇者の概要説明をお願いします!」
「人によってとらえかたが違うから、私たち魔界での定義を話すわね? 地球で産まれて地球で死んだ人のうち、世界樹を通ってフォーサスに転生した者を『転生者』と呼ぶのだけれど、その中で『強い力を持ち』『天界経由で転生した』人のことを『勇者』というの。つまり、転生者イコール勇者ではないわ」
「勇者は転生者の1種類なんだね。そして、その定義はふたつあると」
「ええ。ひとつめの『強い力を持つ』に関しては、脅威度がわかりやすいわよね? とくに『認識改変』と『固有パーク』は、この世にはない法則を持ちこむから、この世の住人にとってとてもやっかい」
「ルンペルスティルツヒェンもそうだけど、認識改変って『見聞きしたものを正しく理解できなくなる』力だから怖いよね」
「そうね。なにしろ勇者が持つ認識改変の代表例が、『異世界転生者などいない』なのだから」
「ええ⁉︎ そんな根本的なところから認識改変が発生してるの⁉︎」
「そうね。転生者という概念自体を、フォーサスの多くの人は認識できないの。魔界の中でもごく一部の人間、つまり私たちをのぞいてね」
「その認識改変に遭遇した人は、具体的にはどんな感じになるのかな?」
「『地球からこの世界に転生した』ことをこの世界の人間が見聞きした時、突然脳細胞が仕事をあきらめてそれを理解できなくなる、という具合ね」
「それってどんな気分なんだろう?」
「気になったから調べたわ。『会話の中で知らない単語が出てきたけど、まあいいや』くらいの感覚みたい」
「へぇぇ、ちょっとおもしろいね。でも、なんでそんなことが?」
「その話をしちゃうとヨルムンガンドなみに長くなっちゃうから、また別の機会に。ともかく勇者を見る世間の目は『突発的に生まれた強者』というのが一般的ね。本来は英雄的行動とか危険に立ちむかう姿とかを見て、『あいつは勇者だ』って評価されるのが筋なんだろうけれど」
「みんなからすると、勇者っていうのは『いきなりあらわれた強いやつ』って意味なんだね。……ええと、なんの話してたっけ?」
「『認識改変』のお話よ。今言ったこと以外にも『他人に好かれやすくなる』なんてのがあるわ。これは固有パークに含まれる・含まれないにかかわらず、勇者の半分くらいが持っている力で、性格や容姿以外の魅力を持つの。『なんとなく彼といると安心する』とか『彼のやることがすべて好き』とか、若干盲目的な好意のことね」
「ちょっと怖いけど、でも別に悪いことじゃないのかな? 嫌われているよりも好かれているほうが精神的な余裕もできそうだし」
「私も同感よ。勇者に敵対する者としては、その存在に箔のついていたほうが倒した時嬉しいし」
「性格悪いよ。でも半分くらいってことは、その力って勇者全員が持つわけじゃないんだね?」
「ええ。この能力を持つかどうかはランダム要素が強いみたいで、男女の区別や生前の交友関係やら社会的地位やらには依存していないみたい。一方で『固有パーク』は生前の人生が割と色濃く反映されるわ」
「『生前の人生』ってすごい表現……。固有パークは他の勇者とかぶらない特殊能力だよね?」
「そうよ。その内容が『戦闘力を大幅に向上させる』とかだったなら私たちも組しやすいんだけれど、残念ながらそう単純なものは少ないわ。先述の認識改変だけじゃなくて、『現実改変』と呼べるほど強い影響を世界におよぼすの」
「例を上げると?」
「『最強の銃を作れる能力』なんてものをこの世界に持ちこまれたら、それまでなかった『銃』というものが戦場にあふれることになるわ。つまり勇者の固有パークが存在しえる土壌ごと世界に上書きしてしまうの」
「怖っ!『最強の戦闘機パイロット』とかだったら、戦闘機や空軍なんかも用意されちゃうってこと?」
「昨日までそんなものなかったのにね」
「うわぁ……。でも、なるほど。ひとつめの『強い力を持つ』ってそういうことなんだってわかったよ。勇者の定義のもうひとつは『天界経由での転生』だっけ?」
「そちらも結構怖くてね。天界経由での転生は死後短時間で行われるのだけれど、そこで多くの勇者は性格をねじ曲げられてしまうの。どうしてそんなことがおこるかというと、迅速に死の恐怖を克服するためといわれている。けれど大胆になったり配慮に欠けるようになったりと悪い副作用もあるわ。結果横暴にふるまってしまい、許容できないレベルでの文化の破壊にむすびついてしまうことも」
「私たちが勇者と戦う理由だね。それじゃ続けて質問しちゃうけど、認識改変によってもたらされた『魔王に対する殺意』っていうのは勇者の定義に含まれないの?」
「含まれないわ。時々そうじゃないやつもいるから」
「なるほど。そもそもこの世界の普通の人たちが考えている理想の勇者像って、『人々の幸福のため危険に立ちむかう強い人物』みたいなものだから、そういう行いをしているのならみんな勇者って思うのが自然なのかも」
「英語でいうところの『Hero』とか、『Champion』つまり擁護者・闘士とかの概念だからね。勇者災害なんてものがあるのに、勇者が疎まれるだけでなく称賛されることもあるのは、そういうやつのおかげなのかも。まあ、魔王を倒すことが人々の幸福のためになるのなら話は別だけれど」
「……なんかその話、終わりの見えない善悪論に発展しそうだね。魔界に住んでいるからって、そこの人間を悪人だと断定していいのか。勇者が魔王を倒すと不幸になる人もいるけれど、それは勇者の定義の『人々』に含まれないのか。なんて具合に」
「『裁定者たる認知バイアス』のこと? 自分の都合で悪を決めて、色眼鏡でその証拠を集めて、対象を『正義の元に』殺す、ような」
「あ、さっきのそれってそういう意味……。ちょっと! 悪口に深刻な含蓄を混入しないでね! 取り扱いに困るよ!」
「言葉はいつだって『取扱注意』よ?」
「もう、わかってるよ。でもさ、シニッカが『生かしておきたい』って感じる勇者もいるんでしょ?」
「砂金に混ざるプラチナの割合で、ということであれば否定しないわ。それに生かしておきたくないからといって、この世界に不要だとは考えていない。他世界からの刺激はこの世の発展に不可欠だから。それはあなたも同じ考えでしょう?」
「うん。加えて私自身は、勇者がいなければ転生がかなわなかったから」
「と、しんみりしそうなお話は置いておいて、勇者はフォーサスに必要で、その行動はよくも悪くも人々におおきな影響をあたえる。中には人々の不利益になるやつもいるから、私たちはルールを決めて、基本的にはそれにしたがって戦う」
「『この世の神をばかにしないこと、この世界を踏みにじらないこと』だね」
「天界――女神たるチュートリアルも、そこは重要だと考えているから、勇者に対してルールを課してはいるんだけれど……この話も?」
「お願いします」
「全部で5つあるわ。まずは前述のふたつ。3つ目は『成功しても油断しない』というもの。調子に乗らないで欲しいっていうことでしょうね。4つ目が『勇者同士は行動をともにしない』。ほとんどの国王や政府は勇者を雇っているのだけれど、年1回行われる天界主催の調停会議で、その数は1国につきひとりまでと定められている。強すぎる力が集中すると、秩序なんて簡単に崩壊しちゃうから」
「人によってはほんとヤバイ力を持っているもん。私が転生して最初に戦ったイズキさんがかわいく見えるくらい」
「ええ、立ちまわり次第では国を亡ぼせると思う。ただし、この世には『勇者は勇者を殺したり、その肉体を傷つけたりできない』という世界律があるわ。たとえば国を攻めた時、相手の国に勇者がいるとこの上なく面倒になる。だからどの国も防衛のために勇者を雇用するの。勇者に勇者をぶつけて足止めをするために」
「防衛力かつ抑止力だね」
「そうね。話を戻すと、そんな国の行く末を左右するような、とっても強い方々に課せられた5つ目のルールが『魔王への挑戦は慎重に行う』よ」
「魔界には対勇者結界があるから、準備なしで挑めないのはわかるけど……。なんでわざわざそんな決まりごとを?」
「勇者って魔王という対になる者へ、強い殺意を覚えてしまうのよ。これもビフレストがもたらした性格のゆがみのひとつね。死への恐怖に対抗すべく打ちこまれた鎮静剤の、強烈な副作用なの。他者から見ると無茶苦茶な理論を展開したり、知能がなくなってしまったかのように感情を全面に出すことがあるわ。それまで善人だったのに変なスイッチが入って、いきなりやくざ者のようなふるまいをしてしまうことも」
「私も味わわされちゃったよ。正直怖かった」
「だからウルリカはその点を少しでも是正しようと転生勇者案内人をする。それは魔王たる私のためではなくて、冷静さを欠いたままの勇者が私に殺されるのを防ぐため。要するに彼女はやさしいの。たとえどんなに性格の悪いやつが転生してきても、幸せになって欲しいと願っちゃうくらいには」
「それが彼女の欠点であり、魅力なんだろうね」
「そうかもね」
「さて、勇者に関するお話はこれでおしまいにしようか。最後に、勇者のことをちょっと悪く言いすぎたかもしれないから、フォローを入れておくよ。みんなの世界を救ってくれるかもしれないからね。シニッカが考える『いい勇者』のケニングは?」
「『Dream to Death』――すなわち『死にいたる夢』よ」
「私が狙った効果、なさそうな言葉だね。一応理由を聞いておくけど、なんで?」
「『死んだ勇者だけがいい勇者』だから」
「フォローできなかったよ! あきらめる! じゃあねみんな、バイバイ!」
「Moi moi」




