笑う夢魔劇場 12
「――いまだにうまく発音できないんだよね、エークシュルニュル」
「『エイクスュルニル』よ、魔女さん。それと、はじまっているわ」
「あ! イーダと!」
「シニッカの」
「「夢魔劇場へようこそ!」」
「オーディンじゃなくオージンと発音することで、通っぽくなると思っている魔女のイーダです」
「雷神Thorと太陽神Sólの発音の区別が日本人には難しいと聞いている、魔王シニッカよ」
「今回のテーマは『北欧神話』! 名前のメジャー具合にくらべ、内容のマイナー具合がすごい神話についてお話ししていきたいと思います」
「といってもその『内容』って語るのが大変なのよね。長いし、断片的だし、なんならいくつも種類があるし。だから今回は別の部分を解説したいと思うの」
「ああ、そりゃそうだよね。じゃあ概要解説ってことでどうかな?」
「そうさせていただきましょう。今日は地球においてどういう立ち位置の神話だったかにスポットを当てたいと思うわ」
「いつ、どこで、誰が、どんなふうに神話を語っていたのかって部分になるね! ついでに関連性の深いケニングとルーンについても軽く触れてくれると嬉しいな。あ、それからフォーサスにおける立ち位置もね」
「よくばりさんね。けれど承知しました」
「じゃ、さっそくよろしく!」
「北欧神話というのは名前のとおり『神話』。地球においてノース人と呼ばれる人々に信仰されていた物語よ。時期は記録が残っている部分だと13世紀ころから200年ほどの期間ね。となりの魔女が質問したさそうな顔をしているから、いったんここで区切るわ」
「よくわかったね! じゃあさっそくひとつ目の質問。ノース人ってどのへんに住んでいた人々なの?」
「今日『北欧』というとノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマークあたりを想像する人が多いのじゃないかしら? けれどノース人のいた場所はノルウェー、スウェーデン、デンマークとアイスランドあたりね。そこからはずれちゃったフィンランドはノース人じゃなくてスオミ人が主体なの。信仰も北欧神話ではなくてフィンランド神話。現代では『カレワラ』という物語にまとまっているわ」
「今の北欧のイメージと少し違うんだね。フィンランドが除外されるかわりに、アイスランドっていう結構離れた島までふくまれるんだ」
「アイスランドの重要性はのちほど。お話をノース人へ戻すわね。この人々の中には強烈な名前を持っている集団がいたのだけれど、それがなんなのか、イーダさん、ご回答をどうぞ?」
「はい! ヴァイキングだね!」
「よくできました。ヴァイキングっていうと『戦士階級の職業』で『スカンジナヴィアの海賊』なイメージだと思うけれど、実態は少々違う。職業においては戦士だけじゃなく交易や農業・漁業に従事していた人々もふくまれていたし、活動範囲においては、西はアメリカ大陸、東はトルコのあたりまで到達していたからね」
「そのヴァイキングたちも北欧神話を信仰していたってことだね!」
「ええ。北欧神話が広い範囲で知名度を得たのは、彼らの精力的な交易活動のおかげだったともいえるわ。さて、ふたつ目の質問は?」
「同じく場所の話。北欧神話ってスカンジナヴィアのあたりの神話なのに、日本だと『ドイツ』っていうイメージが強いと思うんだ。元日本人の私が聞くのもなんだけど、あれってどうしてなのかな?」
「あら、そのイメージを持っているのは日本人にかぎらず、じゃないかしら。主たる理由は、作曲家リヒャルト・ワーグナーのせいだと私は思っている。彼の有名な作品に『ニーベルングの指輪』という楽劇――オペラの一種があるのだけれど、これが北欧神話モチーフだったのよ。とっても流行したから『北欧神話』イコール『ニーベルングの指輪』イコール『ドイツ』っていう認識が広がったんでしょうね」
「そうだったんだ。ワーグナーさんって『ワルキューレの騎行』って曲の人?」
「そのとおり。古ノルド語『ヴァルキュラ』のドイツ語読みが『ワルキューレ』よ。英雄の『シグルズ』は『ジークフリード』ね」
「おお、ワルキューレにジークフリードかぁ。昔はそっちのほうが聞きなじみもあったなぁ。今は断然ヴァルキュラとシグルズだけれども。じゃあさ、三つ目の質問もいい?」
「なんなりと」
「時期の『記録が残っている部分だと』っていうのが引っかかるよ。13世紀より前から信仰されていたって意味だよね?」
「そうなんだけれど、ここでおおきな問題が立ちはだかるの。イーダも知っているでしょ?」
「ああ、うん。ノース人は時々碑文に刻むルーン文字くらいしか、文字文化を持っていなかったことだね。つまり記録されていないから、正確なことはわからないと」
「口伝されてきた神話だから、いつからあったかについては想像の翼を羽ばたかせるしかないわ。少なくとも西暦600年ころには、あるていど体系化されたものがあったといわれている。数少ない歴史の遺物に北欧神話の痕跡が見られるから」
「それこそルーン文字の『ᛏ』が北欧神話の軍神テュールと同一視されていることとか?」
「それについてはどうかしらね。ルーン文字って3世紀とか、場合によっては1世紀とかにもあったって話よ。先にルーンがあって、あとから北欧神話の神になぞらえた名前がつけられたんじゃない? って分析もできる」
「それはそうかもしれないね。そもそもテュールってアングロ・サクソンルーンの読みであって、より古いエルダー・ルーンでは『テイワズ』だもんね」
「もっと直接的な遺物だと、西暦600年代前半のものと思われる石とか装飾品に『アース神』とか『オージン』とか彫ってあるわ。だからここでは600年ころということにしておく。北欧神話の起源――体系化される前の信仰までさかのぼってしまうと、紀元前であるとか、ともすれば人類が文化を持ちはじめた直後であるとか、際限なく推察できちゃうからね」
「同意です。今のところ質問は以上だよ」
「では本筋に戻って、次は北欧神話が記された文書群『エッダ』と『サガ』について。と、その前に注意点を。北欧神話が他の神話にくらべ『実態がわからない』なんていわれる原因のお話」
「冒頭にも言ったけど、いまいち内容がわからないんだよね。とくにギリシャ神話にくらべると、すごく取っ散らかっているイメージがあるよ」
「理由は簡単。というよりもこれまた先ほどお話ししたとおり。つまり文献の少なさね」
「やっぱり」
「たとえばギリシャ神話は紀元前800年から紀元前500年という古い時代から、ギリシャの知識人――詩人や司書や作家さんたちが体系化しているの。それまで地方によって違っていた神様の解釈であるとか、あちこちに散っていた個々の叙事詩なんかをまとめてくれたのよ。もちろんちゃんと文字記録としてね」
「それが今日まで残り続けているんだね! そう考えると文字って偉大だなぁ」
「一方、北欧神話が体系化された文書として残されたのは1,200年代。1,220年ころに詩人スノッリ・ストゥルルソンが書いた『スノッリのエッダ』、1,270年ころに書かれた『古エッダ』。『サガ』も1,200年から1,300年ころに書かれたものと分析されているわ」
「ごめん、ちょっと聞き捨てならないことが。古エッダのほうが、スノッリのエッダよりも新しいの?」
「編纂された時期はね。古エッダは別名『詩のエッダ』といって、韻文で書かれた詩集なの。収録されている詩の表現方法がスノッリのエッダよりも古い時代のものだったから、古エッダと呼ばれるようになったわけ。『王の写本』という、1,600年代中ごろにアイスランドで発見された本が有名ね」
「このへんのややこしさも北欧神話が理解しにくい要因のひとつかも。割りこんでごめんね、続きをどうぞ」
「今言ったように、古エッダは北欧神話の神々の物語を詩集という体系でまとめているわ。ここでいう詩というのはスカルド詩のこと。古ノルド語による韻文の詩ね。複合語による単語の迂言的表現、いわゆるケニングを使っていたのも彼らなのよ」
「そう考えると言遊魔術を使う私たちって、古エッダ由来の魔術師なのかな?」
「そうとも言い切れないかも。たしかにもうひとつのエッダである『スノッリのエッダ』は、韻文ではなく散文によって書かれた北欧神話よ。別名に『散文のエッダ』なんてものを持つくらいには。でもね、スノッリさんはアイスランドの詩人。だから当然スカルド詩を使いこなしていたの。実際、3部あるスノッリのエッダの後ろふたつ、『詩語法』と『韻律一覧』はスカルド詩人のための教本的な作りをしているのよ」
「教本? スノッリさんって先生なんだ! なんか親しみやすそうでいいね!」
「権力とか名誉とかに目がくらんで、最後は親族に殺された人生が『親しみやすい』なら、そうでしょうね」
「……性格には問題があったんだね」
「スノッリのエッダは古エッダと違うところも多いわ。詠み人知らずの詩を集めた古エッダに対し、スノッリ本人が物語としてまとめたものだからね。詳細は……長くなっちゃうから省くけど、ともかく詩集とストーリー物という違いが一番おおきいと思うわ」
「じゃあ、北欧神話を描いた代表例における最後のひとつ、『サガ』についても軽く教えてください」
「Sagaは中世のアイスランドで語られた、これまた古ノルド語による物語群よ。主に散文で書かれている。エッダが神々とか英雄とか、いわゆる派手な物語を描いているのに対し、サガはアイスランドやノルウェーで起こった人間たちのできごとを中心に書いてあるの。こういう対比は日本における古事記と日本書紀の違いにも通じるところがあるのかも」
「それは似ているかもね! 古事記はいかにも神話って感じの物語、日本書紀はもっと歴史書っぽい書きかただし」
「日本書紀の詳細までは、あまりよく知らないのだけれど、サガにおいては人々の暮らしがよく見えるわ。たとえば『家族のサガ』はアイスランド開拓をした人々やその子孫の物語。内容に複雑な人間関係であるとか、社会的な問題であるとかをふくむ。『ニャールのサガ』では法廷闘争が描かれているし、『王のサガ』では戦争なんかも書いてあるわ」
「歴史書っぽいね!」
「もちろん有名な『ヴォルスンガ・サガ』なんていう架空の物語をつづったものとか、『騎士のサガ』という中世騎士道と恋の物語なんてものあるけれどね。『聖人のサガ』みたいにキリスト教の聖人たちの話を描いたものも。でもグングニルやミョッルニル、ヨルムンガンドが出てくるエッダより、もっともっと人々に身近で想像しやすいものが題材になっているわ」
「あれ? じゃあ北欧神話の神々の話ってふくまれないの?」
「いいえ、ちゃんと出てくるわ。たとえばさっき話をした『ヴォルスンガ・サガ』。前半の主人公は英雄シグムンド、つまりファヴニールを倒した英雄シグルドのお父さんね。彼に対し、予言をあたえる形でオージンが出てくるわ。というか、後に『グラム』となる剣はオージンが彼にあたえた物なのよ」
「出たねほどよい魔剣グラム! 出典はサガだったんだ!」
「古エッダにも出てくるけどね。余談だけれど、ヴォルスンガ・サガを元にして『ニーベルンゲンの歌』というドイツの叙事詩が、ニーベルンゲンの歌をモデルにして、前述のワーグナーが書いた『ニーベルングの指輪』が生まれているわ。真ん中のニーベルンゲンの歌では、グラムという名前じゃなくて『バルムンク』という名前。これも有名だから聞いたことあるんじゃない?」
「……王宮の宝物庫には8振りのグラムと一緒に、2振りのバルムンクがあったのを思い出したよ。全部同じものだったんだね、あれ」
「バルムンクはグラムの4分の1ほどほどよいといえるわね。一方ニーベルングの指輪に出てくる剣ノートゥングは一本もなかったから、ほどよくない剣なんでしょう」
「ここまで聞いて思ったことがあるよ。さっきシニッカが『アイスランドの重要性はのちほど』って言った理由。古エッダの王の写本も、スノッリのエッダも、サガだってアイスランドで書かれたものだもんね! でもさ、なんでアイスランドにだけ記録が残っていたの?」
「前提として『写本』という文字で記録する文化を広げたのはキリスト教なの。ラテン・アルファベットとともにね。で、多くのキリスト教国では異教を排除する傾向にあったわ」
「今だと『文化破壊だ!』と言って止める人もいそうだけれど、当時そういう考えはなかったんだよね?」
「少なくとも広げる側の人間としては一般的じゃなかったでしょうね。より効率よく自分たちの信仰を布教したいじゃない。現代のビジネスパーソンが競合他社の製品と激しく競争するのを責める人がいないようにね。そうでなくっても、キリスト教徒が増えるにしたがって北欧神話を信仰する人は少なくなったでしょうし」
「でもアイスランドは違ったの?」
「違ったわ。アイスランドではキリスト教を信仰しながらも、土着の北欧神話を語ることが許されていたの。物理的に大陸から遠かったせいで、そういう独自の考えがローマ教皇なり有力な司教なりから否定されることもなかった。ゆえに文字文化とラテン・アルファベットはあるのに、北欧神話は否定されない、なんていう特異な状況を生み出したのよ。それが北欧神話を生きながらえさせたわけね」
「そうやって現代まで残ったんだ! それってすごくない⁉︎」
「アイスランドって伝統をものすごくしっかり保護する国なの。たとえば現代アイスランド人が、サガが書かれたころのアイスランドに行ったら、古ノルド語を読めるんじゃないかっていわれるくらい、古い文化を大切にするのよ」
「ええ⁉︎ それすごく興味深いんだけど! 具体的にどうやって保護しているの⁉︎」
「なぜなにイーダが出てきたわね。このままだと話がノーコンピッチャーの投球のようにそれていくから、ひとつだけ。外来語を外来語のまま使わないというのが顕著な具体例かしら。『Computer』なら『Tölva』とか。『数』を意味する『Tala』と『占い師』を意味する『Völva』のかばん語ね」
「いいね! 知識の摂取で脳みそが幸せを奏でているよ!」
「さて、知識中毒者のあなたが見苦しくトリップを決める前に、そろそろフォーサスにおける北欧神話の話でもする?」
「うん、わかった! といっても、この世での北欧神話の立ち位置で、ちょっと気になることが」
「なにかしら?」
「フォーサスの『歴史における北欧神話』って観点だと、『紀元前に実在した神々の物語』以上の情報がないと思うんだよね。ギリシャ神話しかり、ケルト神話しかり、フォーサスではおしなべてそういう解釈だから。お話をするなら、別の切り口がいいかなって」
「それもそうね。じゃあ『フォーサスに存在する概念の中で北欧神話が元になっているもの』という観点で話を進めましょう」
「よろしく! それなら話題がたくさんあるしね! あ、でもこれも多すぎるか……。じゃあさ『場所』『生物』『無生物』『魔術』って区切りでお願いできる?」
「承知しました。まずは場所。当然ながら真っ先に挙がるのは世界樹ユッグドラシルね。この世において一番重要な場所であり、地球からフォーサスをむすぶ1本の橋でもある。とにかく世界の根幹をなしているところであり、あれがなければフォーサスもありえないわ」
「世界律だってあの梢から世界へふりそそいでいる魔術だもんね。私もユッグドラシルがなければこの世に生まれていなかったよ」
「世界樹というだけのことはある、本当に世界をささえる場所だもの。さて、それ以外でいうのなら、北欧神話由来の国名は多いかも」
「フギン・ムニンの国『Ravnheim共和国』は『ワタリガラスの国』、とか?」
「『Rootchester連合王国』だってそうなのよ。世界樹の根、つまり『Root』に、砦とか駐屯地を語源に持つ『chester』を組み合わせた地名だから」
「ルーチェスターのルートって、世界樹の根だったんだ!」
「次は生物……だけれども、これはものすごい多いわね。北欧神話の生物が実体を持ってちゃんと生きているのだし。ただ、神話だと1頭しか描かれていないものが、この世には複数個体いることも多いわ」
「豊穣神フレイの乗り物『スリーズルグタンニ』とか、天界には何頭もいるもんね」
「それこそ冒頭で話題に出ていた世界樹の雄鹿エイクスュルニルだって、天界に行けばあちらこちらで見られるわ。いつぞやのラタトスクだって一匹じゃないし。一方でフェンリル狼とかガルムとか、ニーズヘッグなんかも個体数は1だけれども。……いえ、フェンリルは違うのかしら?」
「やめたげてね! 話を戻すと、国家守護獣になっている生物って1体のことが多いと思うよ」
「では話題に出たことだし、無生物についてもお話をしていきましょう。代表例が国家守護獣ね。バルテリみたいに人化しているのは、その国家が戦争なんかに敗れたから。そうでない場合は文字どおり国を守る概念として北欧神話の生物が登場することも多いわ。たとえば我が国カールメヤルヴィにおけるスヴァーヴニルなんかね」
「でも今残っている国家守護獣って、ほとんどがギリシャ神話起因の気もする」
「それは否定できない。たまたまそうなってしまったのだけれど、北欧神話由来の国に生きる私としては、少しさみしい話ね。他の無生物としては、有名な武器とか物品なんかがあげられるかしら」
「武器ならグラムとかバルムンク、グングニル、レーヴァテインなどなど、だね。スルトの剣とか勝利の剣とか、北欧神話には武器がたくさん出てくるね!」
「ただしここで注意点。フォーサスにおけるほとんどが勇者によって持ちこまれた物だったりとか、文献の中にあるだけで実在があやしかったりとかするわ」
「そこはあってほしかったなぁ。せっかく剣と魔法の世界なんだし」
「逆にちゃんと実在するのが、その魔法ね。とくにフォーサスの魔術のうち、Gandというくくりで語られるのは北欧神話由来の魔術なの。主にルーン魔術のことよ」
「同じルーン魔術でも、私たち魔界の人間みたいにアングロ・サクソンルーンを使用するのは北欧神話らしいといえないのかな?」
「そう疑問に思ったのは、アングロ・サクソン人の暮らしていた地域が北欧ではなかったからかしら? たしかに彼らの住んでいた北ドイツからグレート・ブリテン島あたりって、場所的にキリスト教化されていったのが早かった地域ね。少なくとも同じ時代の北欧にくらべれば」
「古くは北欧神話を信仰していた人々がいたとは思うけれど、700年代とか800年代とかのヴァイキング時代において、どの程度信仰者が残っていたかと問われると『少なかったのかもしれないなぁ』って思うんだ」
「けれどね。そもそもアングロ・サクソン人というくくり自体が後世のものだし、現代においても『我々はアングロ・サクソン人だ』という人なんてあまりいないらしいわ。だからアングロ・サクソンルーンが北欧神話由来かどうかについては、『そもそもルーン文字が北欧神話に出てきたから関係あるの!』と言い切っちゃっても間違いではないかも」
「実際、ルーン魔術として普通に使えているもんね。相性がいいか悪いかでいったら、いいに決まっているもん。ところで言遊魔術は北欧神話ベースの魔術じゃないの?」
「これまた相性はとてもいいけれど、厳密には違う。北欧神話に登場するのは詩的な言いかえだけ。言遊魔術という魔術はフォーサス特有のものよ。もっとも地球にだって『言霊』って概念がある以上、言の葉が魔力を秘めるなんて考えかたがめずらしいものだとは思わないけれども」
「なんだかいろいろと、ごちゃまぜになりながら存在している感じだね。まとまりがないようにも思えてきたよ」
「だって北欧神話だけがフォーサスに出てくる神話じゃないもの」
「ギリシャ神話とか?」
「では問題。グライアイの出典は?」
「え? ギリシャ神話でしょ?」
「フェニックスは?」
「……大プリニウスの博物誌」
「バジリコックは?」
「バジリスクは同じく博物誌だけど、バジリコックはジェフリー・チョーサーのカンタベリー物語」
「よくできました。ゲッシュは?」
「け……ケルト神話」
「ウコンバサラは?」
「……カレワラぁ」
「ゾンビは?」
「ヴードゥー教! わかった、わかったよ! この世はそもそも神話のサラダボウル。ごちゃまぜな文化に苦言を放つのはやめにする!」
「よろしい。では今日のお話はここまでとしましょう」
「うん! 最後に北欧神話に戻って、おのおのが好きな場面と台詞をあげたいと思うよ!」
「イーダはどれが好きなの?」
「そりゃもちろん『グリームニルの歌』第35節!『数多の蛇が世界樹ユッグドラシルの梢へとぐろを巻く』からはじまるやつだね。なにしろスヴァーヴニルという単語が登場する数少ない場面のひとつだから。シニッカは?」
「そうね。しつこくロッドファーヴニルに言い聞かせる『オージンの箴言』もいいわね。Loddfáfnirっていうのは吟遊詩人で、Loddと大蛇Fáfnirの合成語。詩人をインチキな蛇にたとえて、何度もなんども忠告をしてるところがおもしろいわ。それと冒頭からいきなり世界終末のネタバレをする『巫女の予言』も好き。最初に『あなた死ぬわよ』って言っちゃうところが」
「ひとつだけ選ぶなら?」
「そうね……やはり本命は『ヒョルヴァルズの子ヘルギの歌』第17節でしょう」
「ええと、どんなお話だったっけ?」
「英雄ヘルギの物語よ。いわゆる英雄譚ね」
「そのどこのシーンが好きなの?」
「アトリという登場人物が、自身が殺した巨人ハティの娘へ言い放った台詞が大好きなの」
「あ……うっすら思い出してきた。嫌な予感がするよ」
「次のような文章よ。『私アトリは、魔女たるお前にアタルしか持っていない! 死体をむさぼる女巨人めが! 地下9マイルのところへもぐってしまえ! お前の胸から大麦が生えろ!』」
「ひどいよ! よりにもよって魔女の私の前でそれを選ぶ⁉︎」
「でも素敵じゃない?『お前の胸から大麦が生えろ!』っていう強烈な罵詈雑言、他に存在するかしら?」
「……死んで土にかえり、大麦の養分になれって意味だよね」
「ちなみにこのヒョルヴァルズの子ヘルギの歌にはスヴァーヴニルという王様が出てくるわ」
「え⁉︎ なになに、気になるよ! どんな王様だったの?」
「シグルリンという絶世の美女を娘に持つ王よ。物語の最初、第6節という序盤も序盤にあっさり『あいつは殺された』と書かれるたぐいの」
「モブじゃん」
「でも娘は美人だわ」
「……自分と重ね合わせてドヤ顔するのやめてもらっていいかな? どっちかというと、シニッカはあっさり殺される登場人物のほうが属性も近いからね」
「では私たちは殺されないように、勇者の胸に大麦を生やし続けましょうか」
「それもそれで物騒だなぁ。でも逆よりいいかもね! じゃ、お話はこのへんで。みなさん、バイバイ!」
「Moi moi」
興味を持ってくださり、誠にありがとうございました。
物語は第一部が終了したところですが、いったんここで区切りにしたいと思います。
本当は最終話を書きたくてウズウズしていますし、そのための伏線も張ってあるのですが、このまま書き溜めをするにしても別作品として生まれ変わらせるにしても、時間が必要だと感じています。
ゆえにいったん間を置くつもりです。
あらためて、ありがとうございました!
(誤字報告をくださったかた、大変感謝です!)




