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笑うウミヘビ 26

 ウミヘビも枝嚙み蛇も()()()に変わりない、というのがアレンという男の考えだった。彼はウミヘビに雇われて錬金術工房へ侵入している冒険者のひとりだ。中肉中背、容姿はよくも悪くもない。Cランクとそれなりに腕が立つこと以外はさしたる特徴もない男であり、実際にそれを自覚してもいた。けれど「平凡だね」と言われるのは大嫌いであり、なんとか自分を特徴づけようとした結果、口が悪いという欠点を得るにいたったのだ。

 

 となりには背の高い屈強な男。アレンの先輩冒険者であり、兄貴分だ。逆のとなりへひそかに思いをよせる後輩冒険者の姿。アレンは異性愛者だったからこの人物は女性だった。


 3人は20名ほどの集団の戦闘を歩いていた。今は機械仕掛けの鉄格子が上がりきるのを待っているところ。ずっと後方には勇者ディランもついてきている。魔界の連中が残っていれば、彼がすっ飛んでくることだろう。


(魔獣っていってもひとりだけだろ? 駐屯地の木っ端傭兵ならまだしも、俺たちならディランなしでも勝てるんじゃないか?)


 虚栄を思い描きながら腕組みして待つ。緊張からは遠い状態。それは先輩冒険者たちも同じ。つい2時間前に死者が出た場所で、軽口を叩きはじめるのだ。


「傭兵たちはダンジョンの歩きかたも知らねぇのか? なんで目に見える毒なんかにやられちまったんだ」


「呼吸をしてたからじゃないかしら?」、馬鹿にするような後輩の返答に、集団はケタケタと笑い声を立てる。彼らには「ダンジョンは自分たち冒険者のものだ」という自負があったから、そこへ侵入し、あげく失敗した傭兵たちへあざけりの感情をあらわにしていた。口々に「俺たちと違って、地面の下から脱出する術を知らないんだな」「彼らが潜る時は眠る時だものね」などと、黒い冗談を重ねていく。


()()()()()()()も知らない童貞連中だったのさ」、当然アレンもそこに参加した。下品な台詞選びへ「で、果てちまったというわけだ」なんて追記を入れると、これまた仲間の下卑な笑い声が応じてくれた。


 話をしているうちに鉄格子が上がったから、彼らはその先へ歩を進めていくことに。先頭には斥候の役割がある。目線をあちこちへ光らせて、罠がないかであるとか敵が隠れていないかであるとかを、窓枠のほこりをぬぐう(しゅうとめ)のような目つきで探していった。ちょっとでもあやしいところがあったら大声でとがめ、その失敗を戦闘という形で追求するためだ。


 しばらく進んでいくと、彼は天井にあった文字列を発見する。「おい、あれを見ろよ。なにか書いてあるぜ?」


「おう、ありゃルーン文字か? 俺は読めねぇが……どうだ?」


「私も読めないわ。けどきっとルーン魔術を放つためのものだろうね」


 トマーシュやディランが情報共有をしなかったせいで、彼らはいったん足止めを食らう。慎重に文字のまわりを調べること5分、危険がないと判断してさらに奥へと進んでいった。


 次にあらわれた異変も、またルーン文字だった。床や天上、壁のあちこちにルーンが1文字ずつ点在している。


「ちっ、めんどうくさいことしやがって。これも調べてかなきゃならねぇじゃねぇか」、アレンは舌打ちしつつも慎重に行動した。口が悪くとも腕はよい。ギルドからそう評されているとおりの仕事をするのだ。


 魔力に反応すると色が変わる剣を各文字へと近づけた。けれど、全然反応はない。20ほど書かれた文字すべてが、ただ単に石材へと刻まれた意味のないブラフだった。


「クソ野郎が」と、ついつい毒づく。足止めを企図したものであることはあきらかで、しかもそのやりかたは人を小馬鹿にするようなもの。先ほどはダンジョンで死んだ傭兵たちをあざけっていた彼らも、残念ながらあざけられる側になると頭を沸騰させてしまう。


「次の罠が罠じゃなかったら、無視して奥へ進んでいくか?」


「それもいいだろう。こんなところで時間を使いたくねぇ。まごまごしてっと、給料にかかわってくるかもしれねぇからな」


 工房の入口まできた時、またルーンがあった。みたび足を止めて慎重に分析するも、やはり子どもの落書きのように価値のない()()()()()。「傭兵どもはダンジョンの歩きかたを知らなかったが、魔王たちはダンジョンの作りかたをわかってねぇんだな」


「構ってられるか、こんなもん。目的地はもうすぐだ。とっとと先に行こうぜ。バカらしい」


 文字へ蹴りをひとつくれてやり、3人は「進むぞ!」と後続へ合図をした。いらだっていたのは他の冒険者も同じ。思い思いの悪態を口にして、歩を先に進めるのだ。


 そもそもこれほどの警戒が必要だったのか疑問に感じていた。この工房には2か所の出入り口がある。ひとつは自分たちが歩いている広い通用口。ここからは敵の出入りの形跡がない。


 もうひとつは――正確には出入口といえない――鉄格子のはめられた幅2メートル程度の水路だ。水が入ってくる上流と、出て行く下流の口には、それぞれ頑丈な鉄格子が二重に設置されている。敵はカラスの姿を取れるらしいから、出入りするならここを使うだろう。けれど今は各々にも冒険者集団が派遣されている。しかも下流側(細長い物品なら水に乗せて運び出せるほう)にはイヴェルセンなる男が同行している。


 いずれからも、なんの連絡もない。通用口とあわせ、誰も出入りしていないのだ。くわえて、工房の側から人の気配すら感じられない。となるとここには誰もおらず、警戒の必要などないはず。


「もう敵はいないみたいだな」、とアレンがつぶやいたのは、そのへんの事情を思い浮かべたからだった。彼らの任務のひとつ、敵情の偵察は空振りに終わりそうだ。


 そうなると、もうひとつの任務を優先させたくなる。それは悪魔召喚魔法陣が描かれた絨毯の発見および奪取。こちらこそが本題であり、成功報酬も高いもの。やつらが工房外に運び出すのを阻止しなくてはならない。


 なんの障害もなしに冒険者たちは工房への侵入をはたした。明るい照明、開けた空間、奥の壁には誇らしそうに壁掛けされた巨大な国旗。高級な錬金術用の器具がずらりとならぶ壮観な場所。とくに大型の錬金器具は非常に高価で、物によっては家1軒ですまないほどの価値がある。持ち出していいといわれたのなら、全員で根こそぎ運び出したくなるほどだ。ここは宝守迷宮ではないものの、今見えているのは宝の山だと確信していた。


 と、アレンは金の匂いに満ちあふれているその場所で、とびっきりのひとつを視界にとらえた。たとえるなら金銀財宝で作られた小山の上に、抜いてくださいとばかりに突き刺さる宝剣だ。


 それは机の上に置かれた細長い木箱だった。わざわざ国旗が背景になるように置かれているせいで、嫌でも目についた。形状こそ細長いものの、おおきさはそれなり。奥行きは2メートルもあり、作りも頑丈そう。幅だけは子どもの顔より少々狭く作られているから、まさに水路へ流すのにぴったりの形をしていた。


「あったぞ!」と声を上げ、早足で歩みよる。途中床に書かれたルーンを2、3個踏んだものの、予想どおりなにも起きなかったから、戦闘の3名だけでなく後続すら宝へ群がっていった。


「これが例の絨毯か? どうやら俺たちが外を見張っていたせいで、水路へ流せなかったみたいだな」


「下流の城には傭兵連中も詰めているらしいしね。ねえ、これってさ、接続先は遠く離れたカールメヤルヴィなんだよね? 私たちこそ水辺へ旅行としゃれこめるんじゃないかしら?」


「実際ありうるぜ、それ。連れ去られた錬金術師たちを取り戻せ、なんて依頼が飛びこんでくるかもしれねぇんだ」


 ワクワクするじゃねぇか、笑いながらアレンは箱に手をかける。もし中身が絨毯なら、相当な重さがあるはずだ。数人がかりで肩にかつぎ、木材を運ぶ大工のようにエッチラオッチラと城へ戻らなくてはならないのかも。


 とはいえ、彼がそんな楽し気な労働に従事する必要などなかった。なぜなら彼はすぐ、体からその機能を失ったから。


 まったく忘れるべきではなかったのだ。


 黄金の詩的な言いかえ(ケニング)に、『蛇の臥床』という言葉が当てられていることを。


 だとすれば宝の山の頂点にいるこの木箱が、毒の牙を持つ蛇だということも。


 ――ドシャシャッ! 水気たっぷりの剣で肉を切断する音が連続した。あるものは木箱の側面から、とあるものは先ほど無視されたルーンから。それぞれ近場の生命体に目がけて無数の刃が宙を駆ける。


「あっ! ああぁあっ!」「ぐぁあっ!」「がはぁっ!」、悲鳴がサラウンドで響く。巻きこまれた10名ほどが、口々に死の音――断末魔を奏でている。


「ア、ア、ア……」、アレンの目に入ってきたのは、机に落ちる自分の両腕。それと、天板の上を転がってきた後輩の頭部。誰の物かもわからない肉片が舞い散り、そこらじゅうを汚している。大量の血痕が錬金器具のガラス面へべったりと張りついて、ナメクジの歩みようにゆっくりと重量へと引かれて落ちた。


 机のまわりの数平方メートルは、阿鼻叫喚の地獄絵図。切断された自分の下半身を乗り越えて血の海を這う者や、飛び出た内臓を腹に戻して母の名前を叫ぶ者。頸動脈から噴き出す大量の血液で蛇のような絵を描く者さえいた。


 そして次第に、声はおさまっていった。その中のひとりにアレンを巻きこみながら。


 しばらくすると、死神が忙しく魂を刈り取るその場へ、カツカツと複数の足音が響いた。生き残った半数が振り返ると、肩をすくめる勇者たちの姿。


「あーあ。だから気をつけてって言ったのに。こんなに散らかしちゃって、もう。次の任務はここの掃除かな」


「て、てめぇ!」、激高したひとりがディランへつめよる。胸ぐらをつかんで、顔を近づけ、大声で怒鳴り散らすのだ。「なんだその言いぐさは! 俺らの仲間が殺されたんだぞ!」


「僕の手が落ちたわけじゃない。だから僕は冷静でいられるよ。君の手が落ちたなら、君は叫ぶだろうけれど」


 勇者は自分をつかむ腕を、両手でつかみ返した。そのままスナック菓子の袋でも開けるかのような軽い手つきで、各々の手を外側に引く。ボキリ、鈍い音と一緒に、痛みを主張する叫び声が響く。あらぬ方向へと折れ曲がった腕を押さえながら、冒険者は地に尻もちをついた。


 ディランはそれを一瞥すると、残った冒険者たちに視線を送る。


「さ、悪いけど任務の続きだ。見たところ罠はもう発動ずみだから、これをトリグラウ城へ運んでくれるかな? ああ、ただしふたが開かないよう慎重に。万が一開いちゃったら、そこにある未発動の魔術が君たちをつるしたケバブみたいにスライスするかもしれないから」


 空気は凍りついていた。冒険者たちは目の前で起こった仲間の死と、それに対してなんら同情していない、冷酷な男を受け入れられない。血の臭いが満ちていくこの場所にあって、勇者ディランへ不快なほどの違和感を覚える。シンプルに怒りと言いかえてもいい。仲間の死を穢されたのと同じなのだから。


「嫌だね、お前には従えない」、ひとりが拒絶の意志をしめした。「私もだ」「アタシも嫌だね」、同調の環はあっという間に生き残った全員に広がっていき、ディランをすっぽりと包囲してしまう。


 ただ、彼らも忘れるべきではなかったのだ。勇者ディランという男が、冷酷で残忍で、人の死に共感やためらいを持つたぐいの人間でないことを。


 勇者は「じゃあかわりを呼んでくるよ」という言葉の後ろへ、ぼそりとひとつ魔術を放った。刹那、暗緑色の矢が20本ばかり彼の全周へふわりと浮いた。それらはすでにたっぷりと引き絞られていて、各々が冒険者ひとりひとりの命を射抜かんと舌なめずりをしている。


 冒険者集団が死者の列になったのは、そのわずか0.5秒後だった。そろって毒の矢を体へ受け、絶叫とともに命を散らした。


 断末魔を最後まで聞き終わらないうちに、ディランはスタスタと工房の出口へむかう。「まったく、どういうことか理解できない。傭兵たちの死を喜劇みたいに楽しんでいたと思ったら、自分たちの死は悲劇みたいに振る舞うんだから」などと心底あきれた表情で独り言ちながら。

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