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笑うウミヘビ 24

 謁見の間を離れ、スラヴコたちは城の食堂のひとつへ集まっていた。奇しくもイーダたちがヤネス王と会談したのと同じ場所だ。過剰にある暖炉もその時のままだし、ダリア型のシャンデリアも昨晩の襲撃を無事生きのびている。壁にかかった人物画がしかめっ面をしているように見えるのも同じ。今日はそこへ集まった反乱の首脳の面々に対し、「なんて乱暴な方々なのかしら」と眉をひそめているようにも見えた。


 絵画から非難を受けているのは、参加した貴族たちと有力商人たちが数名ずつと、傭兵隊長に守衛隊長がひとりずつ。それに冒険者ギルドの代表者が数名。ウミヘビの側からは勇者ディランだけでなく、商人ヨーエンセンとイヴェルセンまでもが合流をはたしていた。


 現在は会議の最中だ。これはもともと予定されていたもので、今後の方針を共有する場であった。が、演説の不調が貴族や商人たちを浮足立たせている。「民衆からの支持は得られるのだろうか?」とさっそく不安を訴えているのだ。彼らとしては利益と財産のすべてだけでなく、命までかかっているのだから当然ではあった。


 その動揺に対処したのはスラヴコではなかった。口を開いたのは、いれずみだらけのウミヘビ男だ。


「なにも変わらん。魔王を殺せばいいだけの話だ。なにをあわてふためいている」


「いやしかしイヴェルセン殿、国内の他の貴族たちや、属国3公爵がそれで納得されますかな?」


「やつらはそれなりに計算ができる者たちだ。こちらが優勢と見れば手のひらを返し、勝ち馬に乗ろうとするだろう。万が一反乱が起こったとしても、事前の取り決めどおりスースラングスハイムが援軍を出す。その結果、スラヴコ王を裏切った上級貴族が死ねば、主人を失った領地が出る。お前はそれに興味がないのか?」


 言の葉を何枚か重ねはしたが、一喝や一蹴という表現が似合う言い草だった。あえて王たるスラヴコに発言させなかったのも悪くない。これは王の配下同士で解決すべき問題であり、誰も彼もが新王への忠誠を疑うべきではないのだから。


(こういう時にあっさりと場をおさめてしまうのは彼の強い部分ですね。私もこれに感化され、ここまでついてきてしまったのでしょう)


 商人ヨーエンセンはそう思う。自分の目線から見て、この恐ろしいウミヘビはただ恐ろしいだけではないのだ。今回は失点のあったスラヴコを擁護しつつ、全体の方向性を見失わせなかった。これを言うために合流した節さえある。ディランに発言させなかったのも彼の意向だろう。こういう時、勇者は状況を改善するような言動ができないばかりか、人をあおってしまうことすらある。それくらい、恋人たるイヴェルセンが知らないはずもないのだし。


(これで動揺はおさまる。そうなると、工房の奪取へ話題がうつるはずですね)


 商人はよい方向へかたむいた会話の流れを切らないために、あえて割りこむようにして発言をした。「当面の心配事を排除すれば、もっと安心できるかと思います。やはりここは錬金術工房の占領に重点を置くべきではないですか?」


 こんな当たり前のこと、普段のイヴェルセンに言ったら返答すらもらえなかったろう。でも今は援護になった。「そのとおりだ。情報を共有しろ」なんて命令が即座に返ってきたのだから。


「まずは工房に立てこもる敵の戦力がきわめて少ないこと。これはそこから脱出した錬金術師、昨晩に偵察した傭兵の斥候、そして本日潜入した使い魔からもたらされた情報をあわせて判断したものです。おそらく1名か2名程度。入口も封鎖していますから、敵戦力が過剰に増えることなどないでしょう」


 ひとつめは敵戦力について。整頓済みの情報を順序よく口から流す。聞いている者たちもうなずいているから、ここに異論が挟まる余地などなさそうだ。


「ふたつめの情報です。どうやらトマーシュによって破壊された悪魔召喚魔法陣のほかに、持ち運び可能な魔法陣を敵は所有している様子でした。これも使い魔から得たものです。形はおおきな絨毯へ魔法陣を描いた物。同時に、これの奪取が作戦の目的のひとつとなります」


「そんなものがあるのか⁉︎ なんと面倒くさい。しかし奪取する理由がわからないな」と、冒険者のひとりが声を上げた。「燃やしてしまえばいいじゃないか。それとも魔界へ逆侵攻でもするつもりなのか?」


「それもいいかもしれませんが、狙いは違います。実は工房から脱出した錬金術師の数が、そこで働いていた数よりもずっと少なかったのです。つまりカールメヤルヴィ王国へ連れ去られた者たちがいるということ。戦いが終わった時、この方々を速やかにトリグラヴィアへ帰還させるために絨毯が必要なのです」


 なるほどな、冒険者が納得すると、あわせて貴族や商人、傭兵たちも了承の意をしめした。重ねてスラヴコが「錬金術師は重要な人材だ。魔法陣の絨毯を壊してはならん」と厳命したため、この件に関しても参加者たちのコンセンサスが得られた様子。


 ヨーエンセンは2、3回うなずいてから、最後の情報を話題へ上げる。傭兵隊長へ目線をやって「毒煙のことを」と発言をうながした。


「ああ、わかった」、彼は眉間へギンヌンガ・ガプのように深い谷間を作りながら、きわめて不機嫌な顔で要請に応じる。「工房にむかう通用口の鉄格子がおろされているため、私は傭兵隊を3度突入させた。しかし誰とも戦わぬうちに脱落者が続発してしまった。奥から毒の煙が立ちこめて、それを吸いこんでしまったせいだ。すでに死人も出ている」


「一緒に敵の姿も確認したのでは?」


「ああ、魔界のカラス男がいる様子だ。おそらく毒を発生させたのはその男だろう。サカリといったか、何度殺しても殺し足りないくらいに憎たらしいやつだ」


「命を落とされたかたへ哀悼の意をささげます。大変だったでしょう。戦いが終わったら、あらためて祈らせてください」、ひとまず商人は傭兵隊長の心象をよくするため、心にもないことを感情たっぷりに言ってのけた。相手から「感謝する」という返答があったのを確認した後、すぐに対策を口にする。語りかけるのは勇者ディランだ。「おこがましいかもしれませんが、トマーシュを投入するべきと進言します。毒にあるていどの耐性があると聞いていますゆえ」


「賛同するよ。本当は僕が行きたいところだけど、王の護衛を放り出すタイミングじゃないから。スラヴコ王、許可をもらえる?」


「構わん。冒険者たちと傭兵、それに衛兵はどうするのだ?」


「賛同していただいた貴族の方々や商人の方々の私兵もあわせて、ちゃんと役割を持ったほうがいいでしょう。冒険者の方々は――」


 少しずつ会話に巻きこむ人数を増やしながら作戦は決まっていった。ヨーエンセンはこういう会話の空気を作るのが得意だった。もちろん狙いあってのこと。全員に発言をさせれば全員から言質が取れるし、なにより国の重要事項へ参加しているといった自己陶酔感も得られやすいと知っているから。


 決まった内容は以下のとおり。冒険者は城外でトリグラウ城を守る。傭兵隊は通路から引き上げ、城内で再編成を行う。衛兵は城壁の守りと王の護衛を。勇者ディランもそこにくわわる。


 そしてイヴェルセンは「では私はあちこち走りまわるとしよう」の言葉どおり、遊兵として状況に対応する。このたくらみごとの主犯格たるこのいれずみ男も、最前線で魔王の手の者と戦う心づもりなのだ。


 商人は主人の好む高速で会議を進めてしまおうと決めた。


「イヴェルセン殿が外に出られるのなら、私は各集団の連絡要員をたばねて情報収集に走りましょう。さっそくですが、敵味方がわからなくならないよう符丁を決めておくべきと提案します」


「ほう? どんな符丁だ?」、めずらしく主人が上機嫌そうにたずねてくる。歓心を買えたことに、飴玉をもらった子どものような喜びを見つけた下僕たる商人は、つとめて表情をまじめなものに固定しながらおうかがいを立てた。


「『たいまつ』と聞き『嫉妬』と返す、というのはどうでしょう?」


 たいまつはヒュドラーの弱点。再生能力の高いその体も、切り落された傷口を焼かれれば復活することができなくなる。嫉妬というのはヒュドラーを倒した英雄ヘラクレスの死の遠因だ。ギリシャ神話にありがちな浮気性の英雄に対し、妻のデーイアネイラは深く嫉妬した。そして夫の下着へヒュドラーの毒をしみこませ、彼を自殺へと追いこんでしまったのだ。


「言うではないか。しかしおもしろい。私は賛成だ」


 苦笑交じりの主人の顔。場にいた彼の恋人以外の全員が目を丸くしてしまう。


「異論がなければ、こちらを部下の皆様へお伝えください」


 さすがの商人も顔をほころばせた。


 自分も一人前の悪人のひとりとして認められたと思ったから。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 回廊の中へ、兵士の足音のように規則正しく響く羽音がふたつ。トマーシュは、魔王の手下である2羽ガラスがこちらへむかってきた音だと気づいた。やつも魔獣なのならば、ある種の立派な化け物だ。それに対する自分もそう。異形になり果てているばかりでなく、顔へ笑みを張りつけているのだから。


 楽しもうと決めた笑顔を。


 さて、そんな化け物同士が今から戦う。ここで今から激しい戦闘が行われるだろう。同席している傭兵たちには悪いけれど、気をつかって戦うことなどできそうにない。そもそも自分をだました勢力に(くみ)する兵士たちへ、むける同情など持ち合わせてはいない。


 ゆえに自分は()()()()でいいのだ。トマーシュはふたたび決意を胸にいだいた。彼は今から、自分のためだけに、そして自身のエゴを押しとおすために戦うと決めた。それ以外のことなんざ知ったことではない。


 自分のやった衛兵の虐殺に心を痛めていた昨晩の彼と、カラスと戦う今の彼とでは、一見して精神的におおきな乖離がある。彼自身も思うのだ。一晩で雨の降っていた自分の心がついに泥水となってしまったのではないかと。その上それを肯定し、殺戮の中で生きて行こうと決意してしまったのではないかとも。


 ――けれど違う。


 トマーシュが自分のたくらみに不敵な笑みをうかべる中、先制したのはカラスの一撃。


「<(イス)矢よあれ(細い兜の葦)>!」、2羽の鳥顔がステレオで叫んだ。一瞬カラスたちのまわりを星のようなきらめきが彩ったと思った瞬間――ガガンッ! 体の上に衝撃が。


 カラスの魔術がさく裂しトマーシュをのけぞらせた。1ダースもの氷の矢で、赤黒い男は撃たれたのだ。


 ふらり、体勢を立て直そうと足を1歩引いた瞬間、「<(ソーン)刃よあれ(傷の蛇)>!」と追撃の声。


 ――ババッと血潮が宙へと煙を作る。皮鎧の破片と服の切れ端を巻きこんで、火山が噴石をまき散らすようにトマーシュの足元を汚していく。


 サカリの十八番(おはこ)、自身の体を刃に変えた激しい連続斬撃だ。(じん)旋風が剣を両手に持ったかのように、その中心にいる者へ反撃のすきをあたえない。それは勇者相手でも同じこと。


 カラスの攻撃は敵の四肢をとらえ、その場から動けなくしていた。


(ツヨイ。ダガ……)


 しかし唯一の欠点は攻撃が浅いこと。ある時は不死の亜人、ある時は勇者ディラン。そして今日のトマーシュにしても、大量の出血程度では死んでくれない相手なのだ。


 赤黒い化け物は乱舞の中で腕を交差させ、油断なく視線を走らせる。自分の意志でそうしたわけではなく、四肢に食いこむ操り糸が勝手にそういう動きをしている。その中、彼の思いどおりに動かせるのは両の目玉だ。


 2羽の軌道に注力すると、自身のまわりを旋回する軌跡が尾を引いて見て取れた。


 それが0.5秒後に、どこへむかうかも。


「ッァガア!」、トマーシュは雄たけびを上げた。抜きはらった剣が2羽の片側――正確にいうならフギンのほうへ振るわれる。防空ミサイルのように正確で、容赦のない迎撃だ。


 彼の開いた目に、カラスの驚愕した黒い瞳が映りこんだ。


 ――だから彼は四肢へ全力の力を入れたのだ。剣を速く振るうためではなく、()()()()()()()()遅く振るために。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それこそが、操り人形が傀儡師への抵抗をはじめた最初の瞬間だった。けわしい登り坂だけれども、その先に太陽が見えるような道を歩くと決意した。


 だから彼は、()()()()と決めていたのだ。


 ウミヘビの連中へのあざけりをもって、赤黒い顔へ笑顔をうかべて。

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