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笑うウミヘビ 21

 いくつもの指輪をつけた手がゲーム盤の上にのびる。短く、そして細い指が。しかしそれは外見に似合わない力強さで、盤上の駒をぎゅっとつまんだ。そのまま敵の駒の上をヒョイッツヒョイッと2回飛び越えさせる。障害物を華麗に飛ぶ馬のような手つきでもって。


 自分の駒を離れた位置へと移動させた手は、盤面から少し浮いて手のひらを見せた。それは相手に見せつけるような、いじわるな手つきだった。たっぷりの余韻を持ってから、その手はふたたび盤上へ。コインをつかむ商人のような手つきで、頭上を飛び越えられた2つの駒を回収するのだ。


(ああ、そうだ。叔父上はDraughts(ドラフツ)がめっぽう強かった)


 それは新王スラヴコ1世が見ている夢だ。いや、夢というよりも過去を思い出しているといったほうが正確だった。若いころにヤネス2世と興じたボードゲーム。ドラフツという有名なゲームに興じる光景だった。


 ルールはそれほど難しくない。縦横10マスの盤上に、各々20の手駒を持ち、双方交互に1回ずつ駒を動かすのだ。駒は斜めだけに動かせる、相手の駒は飛び越えられる、飛び越えた駒は盤上から消せる、状況が許せば連続で飛び越えることもできる。成り駒などの細かいルールはあるものの、子どもでも覚えられる程度のもの。地方によって細かいルールの差異や、名前の差異(たとえばルーチェスターではチェス盤を使ってチェッカーと呼ばれている)はあるものの、世界中で遊ばれている楽しい遊戯盤なのだ。


(懐かしいが……しかし嫌な思い出だ)


 一方でこのゲームは、対戦者同士に重圧をかけるものだった。それは預言天使エレフテリアから「対戦者同士が完全に平等なゲーム」であるとのお墨付きを得ていたせいだ。チェスやリバーシ同様、偶然性が排除されており、勝敗を左右するのは遊戯者の能力のみ。どのような定規で計ろうと、勝者と敗者という構図が変わることなどありえない。


(私がなにをしても、彼は勝った。どんな手を使っても……)


 スラヴコはこのゲームでヤネスに勝ったことがなかった。幼少期は年齢の未熟さを言い訳にもできた。けれど父が死に、自分が大人になってなお、ヤネスには一度たりとも勝てなかった。こちらがどのような戦術を考えてみても、かならずそれが相手に覆されるのだ。積極的に駒を取れば罠のごときカウンターを返され、守りに重点を置いてみれば猛犬のように食いちぎってくる。自分で張った伏線を最悪な形で回収されたといってもいい。


 彼はこのゲームが大嫌いだった。そもそも父殺しを疑う彼との対戦などしたくもないのに、彼が満足するためだけに対戦を命じられるのだ。今ではゲーム盤を見かけただけで嫌悪感に眉をひそめるほど。仲のよい貴族へ「私が王になったらドラフツ禁止令でも出そうか」などと冗談を言うくらいだったのだ。


(しかしなぜ、今そんなことを夢に見ている。いや……)


 玉座の上、覚醒が近い意識の中で、スラヴコはその理由を探した。というよりも理由はとうに判明していて、それを考えずにはいられなかった。


 自分はクーデターの成功のためにいろいろな手段を講じてきたはずだ。ウミヘビを飼い、魔王を罠に落とし、戦力の充実よりも一撃のするどさを優先して行動した。ヤネスから王座を譲るという言葉を引きずり出し、その上全国民へ即位を知らせる機会まで設けた。


 が、今思うのはヤネスとのドラフツの結果と同じ。こちらの手筋は相手に読まれていて、やることなすことが裏目に出ているのではないかという疑念だけ。


(ウミヘビの連中は自分の利益を優先しているように思える。魔王は罠などものともせず王都にせまっている。すばやい行動は足元の不安定さにつながってしまったし、叔父上には嘘をつかれた。そして民から支持を受けるためだった即位の配信は……)


 彼はゆっくり目を開けた。謁見の間はまだ十分明るい。寝ていたのは1、2時間程度だろう。


 硬くなった首をやわらげようと、頭を左右にねじる。そうやって窓に目をやると、そこにはうっすらと自分の姿が映りこんでいた。玉座を囲む数名の貴族、その私兵、勇者ディランに囲まれている椅子へ腰かけた男の姿が。


 そいつはかなり疲れて見えた。


「お目覚めかい、スラヴコ。さすがに疲労困憊で寝ちゃったみたいだね」、勇者ディランが口を開く。「だから休めと言ったでしょ?」なんて具合に肩をすくめながら。


 その所作に反応してやる義理も感じず、スラヴコは「ふんっ」と鼻を鳴らすだけ。自分が寝ている間に事態が急展開しているわけでもなさそうだと判断し、無視して状況を問うことにした。「魔王はどうなった? 監視の目は行き届いているのか?」


「やっぱりそれを気にするよね」、返ってきたのは茶化すような物言い。スラヴコは目線をキッときついものに変える。仮眠を経たとはいえ、機嫌はよくない。「愚弄など容赦しない」との強い姿勢だ。


 すぐさま相手は両手を上げて降参のポーズをした。「ごめんごめん、わかってる。ええとね、魔王たちの監視は無事再開しているよ。夢魔の使い魔でね。気になるならストリーミング経由で見てみる?」


「そうだな、そうさせてもらおう。目を離さずにおかなければ。やつは我が庭に入った盗人と同じだ。とはいえ逃げ足も速い。玄関口までおびきよせ、殺し間の中で血だるまになってもらおう」


「承知したよ。けれど先に聞きたいことがあるんだ」、ディランは夢魔へ準備をうながしながら、ひとつの提案を口にする。「ヤネスは殺しておいたほうがいいと思うけど?」


「なにを言い出すかと思えば、そのようなことか。絶対にだめだ。勝利後、民へなんと説明するのだ。『前王は国を裏切った』などと言っても誰も信じぬだろう。叔父上は生かしておく。魔王が死んだ後に『やはり彼は魔王に操られていた。私たちがそれを救った』と宣言せねば、国民の支持を得られるものか」


「とはいうけどね、彼をかかえつづけることは僕たちにとって負担だと思うよ? 護衛の対象が増えるんだし、万が一奪回でもされちゃったら面倒でしょ?」


 食い下がる勇者へ、スラヴコは「絶対にやってはならない」という言葉を繰り返した。それでも何度か督促は続いた。そのせいで彼はますます機嫌を悪くしてしまったから、最後には強い口調で言い放つ。


「貴様らからすれば、私が失敗し、叔父上が死んだ状態が一番都合のよい結末だろう! それくらいのことがわからないとでも⁉︎」


「違うちがう。ヤネスが死ねば魔王は戦う理由を奪われるでしょ? その上で彼女の処理を僕たちが全力でやればいいじゃない。僕があなたの護衛からはずれられるのなら、トマーシュとふたりで彼女を襲えるんだから」


「まったくもって受け入れられぬな。闘争といえど、最低限のルールは守らねばならん。ゲームに興じる際、相手を殴り殺してなんになる。悪いが議論は終わりだ。はやく配信をはじめろ」


 ぴしゃりと会話の扉を閉めた。「そこまで言うなら、わかったよ。じゃあはじめさせるから楽にして」、了承の言葉に心をいくぶんか落ち着かせ、スラヴコは全身の力を抜く。


 夢魔の歩みよる音が聞こえた。彼女らはある程度の睡眠術を使える。こちらが抵抗しなければすぐに眠りに落ちられるのだ。


 はじめますねとの言葉へうなずいた新王は、すぐに荒地へ俊足で駆ける青い狼を視界へととらえた。

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