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笑うウミヘビ 13

 時はふたたびさかのぼり、トリグラヴィアの動乱よりしばらく前。そこにはふたりの勇者がいた。スースラングスハイムの勇者ディランと、トリグラヴィア王国の勇者トマーシュ。策謀によりその後者が、()勇者になり果てたその日だ。


 同席した恋人たるイヴェルセンとふたりで、ランプだけが明かりをもたらすちいさな部屋の中、ディランはうつろな瞳で椅子に座るトマーシュを見おろしていた。


「さ、トマーシュ。君の固有パークについて教えてよ。もちろん嘘は禁止だ。わかっているね?」


 操り人形になったあわれな男へ、その口を開くように命ずる。彼の固有パークの中身を知り、うまく活用するためだ。


「……私の力は、この世にストリーミング配信を持ちこむことだ」


「それって動画配信サイトでインフルエンサーがやっていることかい? 魔界には夢魔劇場なんてものがあるけど、ストリーミングなんてのは聞いたことがないな。どんな内容なの?」


「まず多くの夢魔を作る。次に夢魔たちが接続できるプラットフォームを作る。夢魔たちは他者の夢に介入できるから、眠る者をそのプラットフォームへ接続させられるのだ。視聴者――オーディエンスたちは、そうやって用意される」


「なら配信者はどうやって用意するの?」


「夢魔が実質的な配信者だ。ただし演者――アクターを別に設けることもできる。夢魔と他の誰かが一組となって、配信活動を行うことが可能だ」


 なるほどね、ディランはうなずき、イヴェルセンの顔を見る。口の端が上がっているのは、彼自身がよからぬことを考えた証拠だった。「イヴェルセン、これってどう思う? 僕にはかなり魅力的な能力に思えるよ」


「『同感だ』などと言わなくても君にはわかっているだろう? たとえるなら、これは水銀だ。多くの者が美貌の保持のため、あるいは若さを手放さぬために、これを求めるだろう。他者によく見られたいと願うあまりな。しかし私も君も、それを化粧品に使うことなどない。一見華美なこの力の裏には、死にいたる中毒が影を潜めていると知っているからだ」


「この新しい仕組みは、魔界にある映画チックな夢魔劇場とは違うね。間違いなく君は好きでしょ? 情報の拡散が劇的に速いから」


「ああ。そして新しい情報伝達手段には、新しいリスクがつきまとうもの。情報操作にある程度の警戒心をいだいている現代地球人と違って、この世の民は耐性がない。少なくとも今のところはな」


「そういう部分も水銀と同じかな? 化粧品として、まだ毒性が問題になっていない時代なんだ。なら今のうちに活用しなきゃならないよね。電信の発達が偽電報を生んで普仏戦争を発生させたように、Eメールの普及がトロイの木馬を流行させたように」


 彼らの会話はひとつの事実を背景としていた。つまりトマーシュの転生以前には、ストリーミングなどというプラットフォームはこの世になかったことだ。それは転生による現実改変によってフォーサスにもたらされ、ゆえにこの世のほとんどの人間がそれに気づくことがない。


 悪用しがいのある事実だ。


 とはいえこのままでは少々利用しにくいのも事実。数秒悩んだディランは「そうだ」とひとつ思いつき、傀儡へむかって尋問を続ける。


「ねえトマーシュ。もうひとつ教えてよ。ストリーミング・プラットフォームへ接続している人々って、魔術的につながっているんだよね?」


 質問に元勇者は全身を痙攣させた。縄できつく縛られた罪人が、逃げ出そうとしているような動きだ。


「ありゃ、抵抗してる。嘘をつこうとしているのかな? 悪いけど、そういう無駄な時間は嫌いなんだ。僕も、彼もね」、傀儡師は自身の拳を握る。パキパキと骨の鳴る音がすると、トマーシュの額から脂汗が噴き出してきた。


 苦痛をあたえているのだ。だから抵抗していた操り人形は、観念して答えた。「……が、ぐ。あ、ああ。そうだ」


「そこに魔術的な盾が入る余地はあるかい? つながった人々を洗脳させるようなことをした時、盾はファイアーウォールのように機能するのかな?」


「あが……た、盾は持ちうる。もし害をおよぼそうとするならば、強い力が必要となるはずだ」


 人形は抵抗できなかった。抵抗しようとすれば激しい痛みがあったからだ。四肢に突き刺さった操り糸が骨の内部まで浸透しているような状態であり、ディランが力をこめれば神経へ直接激痛が走る。そうでなくても意識ははっきりしていなくて、気分が悪い。まるで2日間も寝ていない睡眠不足に過剰労働の筋肉疲労が加わり、それを大量のカフェインとビタミン剤で補っているような、最悪の状態だ。


 それでも彼は抵抗したかった。自分を陥れた者たちは、間違いなく人々へ悪意を振りまこうとしている。そこに自分の能力が使われることなど、地獄でしかない。


(ああ、なんて最悪なんだ)


 彼がこの力を得たのは、まだ天界にいた転生初日のことだった。自分が死んだという事実をどうしても受け止められず、感情は「恋人のネルに会いたい」の一心。そんな中、女神ウルリカとともに自分の固有パークの存在を知ったのだ。


 すぐにそれを使ってなんとか恋人と連絡が取れないかと考え、彼はこの世へストリーミングというプラットフォームを持ちこむと決めた。自分のいる異世界フォーサスと地球がつながっているのなら、きっとこちら側からむこう側へと声を届けることだってできるだろうと。自分が転生時にとおってきた、世界樹の枝葉のように。


 結果、地球へ枝葉をのばす苗木は、それに十分な水も肥料もあたえられぬまま他者に奪われた。持ち主たる自分が傀儡の身に落ちたから。


「よさそうだね、イヴェルセン。僕は強い出力の魔術を行使できるし、君たちウミヘビは不死の者に人生をあきらめさせるほど強い毒もある。これは切り札として取っておこうか」


「ああ、君が昔いったとおりだ。人々を効率的に殺したくば、水源へ毒を投げこめばいい。テロリズム(Terrorism)とはそういうものだろう?」


 トマーシュは自分が最悪な相手に力を奪われてしまったと嘆く。人々の命をもてあそび、自身の利益を追求する、こんな――


「僕たちがトリグラヴィア王国でやろうとしていることはテロじゃなくて『政治工作』でしょ?」


「ああ。つまり我々の取りうる手段が増えたということだ」


 ――こんな、ろくでなしどもに。


(ああ、誰か止めてくれ! 私は殺戮なんてごめんだ! 助けてくれ!)


「ありがとう、トマーシュ。トリグラヴィア王国をパイのように切り分けるため、君のようなナイフが必要だったんだ」


 悲痛な叫びをあざ笑い、ウミヘビたちは手際よくたくらみごとを進めていく。表では人々へストリーミングの文化を植えつけ、裏では有力者たちへ国家転覆の話を持ちかけて。途中でグリゴリーという新たな勇者までだまし、その戦力と作戦の規模を拡大しながら、蛇はその胴体を長くながくのばしていくのだ。


 3人のグライアイたちは、それにしめつけられていく。


 そして対象に魔王が加わったのは、つい最近のことだった。


「情報によるとさ、どうやらトマーシュの現実改変が行われた時、魔王たちは魔界を離れていたらしいよ?」


「朗報だな。あの()()()女を巻きこむぞ。やつの20年ほどにもなったつまらん治世など、今年で終わりにしてしまおう」


「君の最大の野望を遂げるわけだね。でも簒奪するんでしょ? カールメヤルヴィは君を新国王として受け入れるかな?」


 問いへ、いれずみだらけの男は実に愉快そうに肩を上下させた。


「魔王シニッカもそうしたのだ。魔族には国の外部へむかう生きがいが必要だ。私は彼らの先頭に立ち、悪魔種が悪魔的に振る舞う喜びを存分に教えてやる。だから私は――」


 彼は恋人の顔を見て言った。彼らしからぬ目の輝き――ほんの数名にしか見せない純粋なもの――をたずさえ、夢を追う者のような顔つきをしながら。


「私は、魔王の座を奪うつもりだ」

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