笑う夢魔劇場 11
「イーダと!」
「シニッカの」
「「夢魔劇場へようこそ!」」
「ダンジョンといったらやっぱり宝箱! こんにちは、魔女のイーダです!」
「しばしば牙ある宝箱。こんにちは、魔王シニッカよ」
「ミミックのことだね! ドクの工房にも1匹いたよ。よくアイノが食べられてた」
「あれは害獣としてのミミックではなく、人造魔法生物としてのミミックね」
「へえ、そうだったんだ。どんな子だったの?」
「甘噛ミミックと呼ばれている個体よ。私が魔界に侵入してきた勇者用に作らせたものなの。歯が食パンの耳なみにやわらかいから怪我はしにくいけれど、力がそこそこあるから簡単には脱出できない。そして箱の中では蚊の飛ぶ音が流れ続けて耳を苦しめてくるの。目を狙って飛んでくるレモン汁と一緒にね」
「さ、最悪だよ! なんでそんなもの作ってもらったの⁉︎」
「魔界のダンジョンに仕掛けようかなって思って。嫌がらせに」
「本当、嫌がらせのためだけに作られた存在だね、甘噛ミミック。なんか今回の話とやんわりつながっちゃうのが癪だけど、今日のテーマは『宝守迷宮』――いわゆるダンジョンです!」
「イーダが聞き役、私シニッカが解説をしていくわ。じゃあ早々にはじめようかしら?」
「よろしく!」
「ではさっそく問題。そもそもDungeonはなにを意味するかわかるかしら?」
「わかるよ!『地下牢』だよね!」
「そのとおり。でも元々は中世のお城に見られる施設のひとつ、敷地の中心にある塔をDonjonと呼んでいたの。Keepのことね。ここって城の中でも最終防衛ラインだから、ひときわ頑丈に作られていたわ。だから入口も地上1階部分ではなく2階にあることが多かった。梯子をのぼって入るわけね」
「それと地下牢とどういう関係があるの?」
「地上1階部分が牢獄とか倉庫として使われたのよ。井戸がある場所もあったかしら? なんにしてもこれがダンジョンの由来になるわ」
「元々はお城の施設のひとつだったんだね。それが地下牢という意味に変わっていったと。でもさ、いわゆるゲームのダンジョンってもっと『迷宮』に近い印象だよね。フォーサスにおける宝守迷宮もそうだけど」
「『古い建物の地下には秘密がある』なんていうロマンティシズムが発祥かも。『私たちがささやかな探検のために入った古城の地下。そこはただの牢獄ではなかった。そこはいくつもの牢獄といくつもの部屋、数えきれない数の曲がり角、そして無限に続くのではないかと錯覚する通路で構成されていた。この城の地下牢は、まるで迷宮のようだった』なんて」
「ちょっとワクワクさせないでよ」
「ほら、気持ちがゆれ動かされちゃうでしょ?」
「うん、たしかに」
「このロマンあふれる概念が流行するきっかけになったのは、テーブルトークRPGにおける『ダンジョンアドベンチャー』という種類のシナリオなの」
「ええと、『テーブルトークRPG』ってなんだっけ?」
「コンピューターゲーム以前のロール・プレイング・ゲームよ。略称TRPG。主に複数人で行われ、会話形式で話を進めていくの。紙と筆記用具、それからダイスを握りしめてね。『なんとかロール』とか『ファンブル』とか『クリティカル』とか、そんな用語が飛び交う愉快な遊びなの」
「ありがとう、思い出したよ! じゃあさ、『ダンジョンアドベンチャー』ってなに?」
「RPGには筋書きが必要でしょ? そういったシナリオの中で、登場人物たちに不思議な地下迷宮『ダンジョン』へ入ってもらい、そこを探索してもらうのがダンジョンアドベンチャーという形式よ」
「それがコンピューターゲームにも取りこまれていったってこと?」
「おそらくそのとおり。TRPGにくらべると、コンピューターゲーム上のRPGはハードウェアの制約にしばらられるぶん、ゲーム容量を気にしなくてはならないわ。今日は街で謎解きをし、明日は野外でキャンプをし、明後日はついにダンジョン探索、なんてやっていたらゲームの容量が足りなくなっちゃう」
「それってどうするの?」
「ダンジョンアドベンチャーだけにすればいいのよ。そうやって作られた黎明期のテレビゲームが流行したことで、この『危険と宝の眠っている地下迷宮』という概念も人々に広まったの」
「ありがとう、地球の話はわかったよ。けれどさ、フォーサスではどうなの? 何百年も前からダンジョンという概念はあったんだよね?」
「奇しくもあったわ。おそらく語源も一緒でしょうね。ただ、数十年前までは一般的な語ではなく、本当に古い地上施設の地下にあるものだけをダンジョンと呼んでいたの。それ以外のものは『Labyrinth』もしくは『Maze』ね。なんでもかんでもダンジョンっていうようになったのは、フォーサスにおいても2,000年代に入ってからのことよ」
「若干地球とリンクしているのがおもしろいね」
「まさにそのとおり。そもそもそういう概念を『ダンジョン』と呼びはじめたのが、他ならぬ転生勇者だったの。転生勇者は冒険者ギルドに所属しがちだし、そこで武勲も立てがち。そんな強くて頼りになる人が『ここはダンジョンだ』なんて口にするから、他の冒険者たちも使うようになったのね」
「インフルエンサーが流行語の発信源になった、みたいな感じだね。そしてやっぱり、冒険者とダンジョンは切っても切れない仲なんだ」
「ダンジョンは害獣駆除を実施する場所でもあるし、一攫千金を狙える場所でもある。行商人におけるロバのように、冒険者にとってとても重宝する場所なの」
「じゃあさ、どんなふうに重宝するか教えてもらってもいいかな?」
「承知しました。では冒険者におけるダンジョンがらみの仕事を紹介していくわね。最初は害獣駆除。ダンジョンへ潜り、そこにいるモンスターを討伐するというお仕事よ」
「それって放っておいちゃまずいの? 迷宮内から出てくることってなさそうだけど」
「それがそうでもないわ。ダンジョンの浅い場所には、洞窟トカゲとかゴブリンとか人型盗賊とか、『弱いけれど繁殖しやすい』魔物がよくはびこっているの。数が多いと、食糧なんかをもとめて外に出ることも多くなる。そうすると周辺の村や町、街道なんかが危険にさらされるから、その地を治める者たちが駆除・討伐依頼を出すのよ」
「人型盗賊ってどうやって繁殖するの? 盗賊同士で増えるの?」
「あら、いきなりセンシティブな話題に踏みこんでくるわね。やつらも湧き出る害獣だから、突然ポンっと生まれるわ。人類を誘拐して繁殖行為におよぶこともあるけれど、そうやって増える個体は多くないわね」
「そうだったんだ。ともかく、ダンジョンってその中だけじゃなく、周囲も危険地帯になってしまう場所なんだね」
「だからこの種類の依頼が一番多いの。ただし、基本報酬というのは危険に対して多いわけじゃない。領主や商人たちの財布にも限界があるのに、害獣には限界がないから」
「それでも受ける理由ってのは、その『基本報酬』っていう言いまわしの裏に隠されているのかな?」
「正解よ。冒険者たちが依頼を受けるのは、付随のオプション報酬があるから。ひとつは出来高制のものね。ただ単に1階層の害獣を駆除したら基本報酬が支払われ、さらに奥の階層まで駆除を完了したらオプションとして上乗せ分を受け取れる」
「『ひとつは』ってことは他にも追加報酬を得られる機会があるの?」
「ええ。それこそ『宝守』の名前どおり、ダンジョンにあるお宝を回収すること。みんな大好き宝箱を開け、その中身を丸々受け取れるわけ」
「いよいよみんなが頭に思い浮かべるダンジョンらしくなってきたね! どんな種類のお宝が眠っているのかな?」
「それこそ金銀財宝――古い時代の硬貨であるとか、宝石であるとかが代表格ね。他にも古文書であったり、名剣のたぐいであったり。とにかく換金可能で価値の高い物が多い印象よ」
「そうじゃない物もあるの?」
「金銭へ換えにくいという意味ではたくさんあるわ。たとえば次の階層へ潜るための鍵であったり、そのエリアの魔物を全滅させるようなスイッチであったり。けれどおしなべてそこにいる冒険者にとって価値のあるものよ。ただし、あえて『はずれ』の宝箱が設置された性悪な場所もあるけれど」
「なんだか不思議だな。ダンジョンと宝物がイコールでむすばれている理由がわからないよ。そもそもなんで宝箱っていう物品が用意されているかも不明だし」
「まったくもってそのとおり。そして不思議なのは宝箱の存在だけじゃないわ。ダンジョン内の生物の生態系はどうなっているの? とか、そもそもこの複雑な建造物は誰がなんの目的で造ったの? とか。その存在理由を悩ませるものってたくさんあるからね」
「理由はわかっていないってこと?」
「ええ。合理的な説明がつく場所なんて、全体の1パーセントにも満たないわ」
「なんか勇者の特殊能力を思い出したよ。勇者のパーティーメンバーが、みんなそろって『なぜか彼のことが好き』って言っているのがまさにそう。『好き』っていう結果が先にあって、その理由はない。あえていうなら『そういう魔術がかけられているから』になるのかな?」
「なるほど、似ているわね」
「そこまでいうなら当然の質問をしようか。シニッカ、ダンジョンってどうしてあるの?」
「答えはシンプル。『神のみぞ知る』ね」
「それずるいよ!」
「しかたないじゃない。結局どこの学者さんがどう頭を悩ませたところで、ダンジョンという環境に自然な発生原因を紐づけられないもの。これはなにか強大な力を持った人、たとえば神様が『かくあるべし』と考えて創ったとしか思えないんだから」
「うーん、それだと納得いかないなぁ。じゃあさ、残りの1パーセント未満にあたる、理由があるダンジョンってどんななの?」
「たとえばダンジョン自体がひとつのおおきな生物、なんてパターンもあるわ。人が体内に多数の腸内細菌を飼って生きているのと同じく、侵入した人間なんかの生物を消化して生きているような場合ね。魔法生物学的にはミミックの一種に分類されているわ」
「うわぁ、いきなり大物が出てきた感じだね! ドラゴンもそうだけど、フォーサスには魔法があるぶん、地球基準だと信じられないような生き物が存在していて圧倒されるよ!」
「あえて地球らしい発想をするなら、ダンジョンに雌雄があるのか気になるところね。他のパターンとして、勇者の固有パークで創られたなんてものもあるの。これは容易に想像できるでしょう?」
「うん、入ったことあるから。思い返すと興味深い場所だったなぁ。苦い思い出もあるけれど」
「あなたが思い出に浸る前に最後の話題へ。一般人にとって、ダンジョンがどのように思われているかという視点はどう?」
「いいね。冒険者以外の人々にとっては、やっぱり危険な場所と認識されているのかな?」
「当然だけれどそのとおり。湧き出る害獣のせいで、いちど制圧された場所であっても油断なんてできっこないし。ただ、実は普通の人々も冒険者と同じく、ダンジョンへ財をもとめる傾向があるの」
「どういうこと?」
「たとえばなんだけれど、迷宮の中って休憩できるような場所があるものよね? そこに潜った人がキャンプを張れるような場所が。綺麗な水辺があって、簡単に調理できるキノコとかが生えていて、比較的安全な」
「よくあるね。あれも不思議だって思うな。どの場所に行っても必ず2、3か所は存在しているし。誰かが用意したみたいに」
「誰が用意してくれたかについては謎のままなんだけど、でもそこって近隣住民にとっても貴重な場所といえるわ。フォーサスの多くの川は、流れが穏やかなせいで水もにごっているの。昔っからそこに住んでいる人でさえ、そのまま飲むとお腹を悪くしちゃう」
「じゃあ綺麗な水をもとめてダンジョンに足を踏み入れるってこと?」
「ええ、よくある話だわ。他にも石造りの迷宮なんかは加工済み石材の宝庫だし、中に森がある特殊な場所についても木こりが日々出入りしていたりする」
「資源として使っちゃっているんだ。おもしろいけど……すぐに枯渇しそう」
「それがそうでもないの。モンスターが湧き出るのと同じく、ダンジョンの構造もいつの間にか修復されていることが多い。石も木も水も取りたい放題。おかげで村々はそれなりに潤い、害獣駆除の費用をねん出できるなんてことも」
「よく考えたら、それってすごいよね。政府でも商人でもそうだろうけど、資源なんてのどから手が出るくらいに欲しい物だもん」
「一説によると、パハンカンガスもひとつのおおきなダンジョンらしいわ。魔石とか石炭が多く、くわえてつきない理由がそうなんだって」
「害獣がつきなかったことを考えると、納得しちゃう」
「というのが、今回のテーマ『ダンジョン』の説明でした」
「いや、待ってほしいよ。結局、ダンジョンってなんであるのさ。インテリジェント・デザインじゃ納得できないよ!」
「意外と粘るわね」
「そりゃそうだよ。今回の題材の根幹を置いておくなんて、魔女の沽券にかかわるよ! せめてこの世の研究者たちがどんな見解を持っているのかくらい聞かせてくれたっていいじゃん」
「しかたないわね。ダンジョン研究の進捗については月並みな答えを用意してきたことだし、ちゃんとあなたに伝えておくわ」
「やっぱあるんじゃん! で、なに?」
「『きっと誰にもわからずに、迷宮入りするだろう』って」
「ああ、ずるい! ずるいよ!」
「さ、こんなところで説明はおしまい。次はガラッと話題を変えて、地球とフォーサスの両方にある『北欧神話』なんてどうかしら?」
「むぅ、ごまかしたね。でもその題材は魅力的だな。ルーン、ガンド、フェンリルやフギン・ムニンやスリーズルグタンニ。この世、とくに魔界と切っても切れない神話だもんね」
「でしょ? もちろん別の話題でもいいわ。『君はそうしたっていいし、しなくてもいい』」
「ミスター固有パークさんの語り口、やめてね! ま、今回はこのへんで。次回もまたお会いしましょう! バイバイ!」
「Moi moi」




