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笑うダンジョンマスター 18

 ウミヘビたちがたくらみごとをしているのと同時刻、サカリは王都メスト・ペムブレードーの冒険者ギルドへ戻っていた。


 魔王たちがダンジョンへむけて出発したのは今日から2日前、8月6日の朝。そこから2日間で、事態は予断を許さなくなっている。


 変化があったのは街の表側ではなく、街の裏側。


 傭兵たちの拠点では食料の煮炊きが非常に多い。戦の準備をしている証拠だ。一部の(おそらくウミヘビとスラヴコの側についた)商人たちは脱出の準備をはじめたり、取引を最小化したりと嵐にそなえているようだ。それは一部の貴族たちも同じ。庇護下にある村から体格のいい者を連れてきたり、冒険者ギルドに「邸宅の警備任務」を依頼したりと戦力を集めている。


(予想よりずっと早いな。後2週間程度余裕があると思っていたが……勇者グリーシャの敗北を見て、時期を早めたか)


 拙速――雑な仕事といってもいいかもしれないが、そんなことは当の敵だってわかってやっていることだろう。おそらくこれはプランBというやつで、事前に計画されていたたくらみの1種類でしかないのだ。


 だから油断などできようはずもない。サカリは呼びつけていた配下の夢魔たちと作戦を練ることにした。


「まずは現状を再確認する。クーデターは早ければ今晩か明日の早い時間に発生すると見こまれる。魔王たちがダンジョンから出てくるのも同じくらいだろう。あの狼の脚なら丸1日でここに戻るだろうから、24時間程度は敵に時間があるわけだ」


 クラシキ・ラビリントからメスト・ペムブレードーまでの道なりは険しい。通常なら10日ほどかかる行程だ。だがフェンリル狼なら1日で駆けてくる。この速さは戦略的な意味を持つ。


「逆にいえば24時間しか猶予がない戦いを、敵は実行しようとしている。少々強引にな。これは『敵にも時間がない』という朗報であるとともに、『敵はそれも承知の上で作戦を立てていた』という凶報でもある。時間の少なさは、我々にも平等に負荷をかけるのだ」


 今すきを突かなければ敵の勝利は確実になる。相手はたいまつを持って納屋に火をつけようと、見とおしのいい農場を堂々と侵攻中なのだ。桶に水をくんで、盛大にかけてやる必要があるだろう。「頭を冷やせ」という言葉と一緒に。


「ゆえに我々は、今すぐ行動する」


 机をコツンとひとつ叩いた。聞いている夢魔たちへ、今口にしたことへ覚悟を持ってもらうため。


 こちらだって、準備などとうに終わっているのだ。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 敵の拠点の洗い出しは、常日頃から行われていた。イーダが転生者であるという重要情報を、あえて広げたのが約2か月前。翌日にはカールメヤルヴィの酒場からスースラングスハイムのスパイが出発したから、サカリは配下とともにこれを追跡した。スパイたちが情報をつないでいくにはそれなりにおおきな街が必要となる。そういった場所にはほぼ例外なく売春宿があるものだし、当然ながら夢魔のネットワークもあるわけだ。


 半月ほどの追跡でスパイ網のひとつがあきらかになった。カールメヤルヴィからスースラングスハイムまでをつなぐ、それこそ蛇のように細長い情報伝達路だ。次は経由国の首都などの大規模な場所から順に、拠点の監視や分析を行った。


 だからトリグラヴィア王国首都メスト・ペムブレードーにおいて、ウミヘビ側の隠し拠点はおおよそ位置が判明している。


 さらに踏みこんだ諜報活動を行ったのは、ちょうど魔王がヤネス2世に悪魔召喚を受けたころ、つまり1週間ほど前のこと。絶対の隠密性能を誇るカールメヤルヴィの潜水艦、彼女を敵拠点へ忍びこませ情報収集をさせたのだ。狙いはクーデター作戦の概要。集めようとしている戦力や関係者の洗い出しを徹底的に行い、具体的な戦闘発起点をあきらかにした。敵は情報を書簡に記さず、口頭での伝達だったから少々骨が折れたものの、魔王たちがダンジョンへ出立した直後には必要な情報が集まっている。


 そして昨晩、サカリはヤネス2世と面会をしていた。もちろんトリグラヴィア内のクーデターに対し、ヴィヘリャ・コカーリがどういう立場を取るか表明するためだ。


 窓から月明かりが差しこむヤネスの寝室の中。老人は安楽椅子へ腰をかけ、カラスは腕を組みながら壁に背をあずけ、おおよそ一国の王と他国の使者が対面しているとは思えない雰囲気だった。


 会話の出だしは非常に静かで、端的で、事務的なもの。


「3人の老婆を束ねる王よ、たいまつに火をつけよ」


「多頭蛇の頭の切り落とされた部分を焼くためにか?」


「いいや、戦火をもたらすためだ」


 サカリたちにとっては他国での戦闘になる。事前通告すらなければ、国際問題待ったなし。だから彼は王へ許可を求めたのだ。


 つまり、先制攻撃の。


「こちらからはじめる理由があろうか⁉︎ 我がかわいい民草たちへ、血を流させようとでもいうのか⁉︎」


 怒る老婆のように高い声で、ヤネスは返事をした。しかし声が上ずってしまったのは、彼に迷いがあったからだ。それは動揺といってもいい。自分の国が戦場になると聞けば、誰でもそうなるのだから。


 一方であきらめの雰囲気もあった。事態は彼の考えているよりずっと深刻で、予断を許さないと気づきはじめていた。


「他に手が? 9つの頭を持つ大蛇へ、毒牙を突き立てられる者をあなたは所有しているか?」


 カラスはそのくちばしで、迷う心をするどく突く。ゆえに王は「ううむ……」と発した後、長く沈黙してしまう。


 時計の秒針が1周するほどの時間を経ても、ヤネスは「自国の首都が戦場になる」という事態を回避せんとしていた。悪あがきをするかのように「トマーシュを呼び戻せれば」などと口にする。「我が国の勇者はメスト・エニューオーから西にいったところにあるダンジョンへ潜っている。しかし浅いダンジョンと聞く。早馬を使えば接触もできよう」


「本当にその男はいるのか? そこにいるのか、という意味ではなく、()()()()()()()()()()()()?」


「どういう意味だ?」と驚くヤネスへ、サカリは情報を出し惜しみせずたたみかけた。「私の手の者が調査したところでは、トマーシュという人物がそのダンジョンへ入ったという形跡がない。それどころかこのメスト・ペムブレードーから出たという痕跡も見当たらない。過去、彼は存在していたのかもしれない。が、今もそうとはかぎらない」


「殺されたと言うのか⁉︎ あの強い男が⁉︎ いくら貴様が魔王の配下といえど、嘘偽りは許さぬぞ!」


「勇者とは我々以上に嘘偽りの得意な存在なのだ、王よ。()()()()()()()()()ことすらあるのだから」


 カラスの言葉に、王は黙りこんだ。目の前の男を信じたわけではない。ただ、自分の記憶の中にある勇者トマーシュの姿がひどくおぼろげで、その存在について自信を持てなくなってしまった。


 ふたたび沈黙するヤネス2世へ、サカリは再度発起をうながす。


「もし彼が実在していたとしよう。最悪なのは彼が私たちの敵になることだ。少なくとも勇者トマーシュはダンジョンに行っていないのだから、『最初からいなかった』もしくは『敵である』という危険性を考慮するべきだ。私の言葉が真実かどうか、ゲッシュ・ペーパーを使ってたしかめても構わない。しかし大切なのは時間がないことと、少なくともトマーシュなるあなたの勇者が今回の事態に味方として登場する可能性が低いことだ」


「……凶事は今にもはじまりそうなのか? スラヴコはどうした?」


「彼はきっと、あなたの敵だ」


「そうか……」、王は静かに深くため息をつく。探していた平穏という道は、どうやら幻想にすぎなかったと気づいたのだ。自分が愛でていた庭の花壇には、どうやら2匹の蛇が身をひそませているようなのだ。


 ヒュドラーとスヴァーヴニル。神話も違う2匹の蛇に。


 このままでは花壇の土は毒液で汚染され、花をつけるバラはその枝を噛み千切られてしまう。されど自分ひとりで2匹を追い払うことなどできない。どちらかを味方に引きこみ、もう片方を追い出さなければならない。


 ではそのどちらが味方となりうるのか。戦いが終わった後、どちらの生存がこのトリグラヴィア王国の利益になるか。


 王の心はようやく決まる。


「承認しよう、スヴァーヴニルの使者よ。魔王に伝えよ。9つの頭をことごとく落とせと」


「感謝する、3姉妹の守護者よ。約束しよう。海蛇(かいじゃ)は死して星座になると。そしてヤネス王よ、やると決めたからには徹底するべきだ。玉璽(ぎょくじ)の使いかたとあなたの身の振りかたについて提案がある」


「……聞こう。好きに述べよ」


 かくして枝嚙み蛇は、ウミヘビへ牙を立てることを許された。


 後日、歴史上では『トリグラヴィア動乱』と、裏社会では『2玉座の簒奪戦』と呼ばれることになる戦いの火ぶたは、こうして切られたのだ。

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