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笑うダンジョンマスター 11

 ふたつめの試練は篭絡合戦。領主様に対し性的なアピールをする、なんて内容の。


 取り巻きのふたりのアピールタイムが終わったところで、夢魔のリリャの出番となった。


(さてト……)


 頭の中でシミュレート。彼女たちには悪いが、夢魔にとって魅了する行為は息を吐くのと同じこと。だからたっぷり頭をなでられた女性が領主の元を離れた時、リリャの篭絡手順は決まりつつあった。


(むこうのふたりの外見は、そろって『大人の女性』っスね。対してこちら――アム・レスティングの外見は、性的なれど『少女』の枠を出ない。ならアプローチを変えて、この外見を存分に活かしてみせまショ)


「さて、ではそちらの桃色髪の出番としよう」、領主が目線をうつしたのを見て、リリャはアムの姿のまま、彼の前にトコトコ歩み出る。けれど長い袖を前後に振って歩く姿は、妖艶さというよりも少女らしさ、もっといえばガキっぽさすら漂っていた。


(あ、あれ? もっと色っぽくしなくていいの?)


 ようやく勝負に関心を戻したイーダの目に、領主の目の前で腰へ手をやり、いよいよ悪ガキの立ち振る舞いになったリリャの姿が映る。「なぜ仁王立ち? それで相手を魅了できるの?」なんて思う魔女とは裏腹に、自信たっぷりで。


 そして彼女はそのまま顔だけ相手に近づけて、挑発的な笑みのまま言い放ったのだ。


「いやぁ、その程度で()()()()を熱くするなんテ、領主様も単純っスね! そんな思春期の少年みたいに過敏な感性をお持ちでしたら、床の上でもさぞ敏感なことデしょう」


(な、なに言ってるのリリャ⁉︎)


 誘惑・魅惑・蠱惑(こわく)のたぐいを、どこへ忘れてきたのやら。まさかまさかの挑発開始に、魔女は「あわわ」と慌ててしまう。


 当然領主は「……なんだと?」と、一瞬にして怖い表情に。


「ありゃ? もしかして怒ったんスか? 性格も短気にすぎるんじゃ、()()()()()()もすぐ終わっちゃうかもっスね」


「こ、このガキ……!」


「ま、どんなに貧相な剣でも、磨いてやるのが僕の務め。魚でいったら稚魚や雑魚でも、ちゃんとおいしくいただきまスから。もちろん相手するのが怖いなら、それでもいいっスけどねぇ」


「い、言わせておけば! 貴様なんぞすぐヘバらせてやるわ!」


「ええ~? 本当っスか? そんな青筋立てちゃっテ。血管を浮かびあげるトコ、違うんじゃないっスかぁ? あ、もしかして怖い? やっぱあなたの剣は雑魚ぉ?」


「はぁああ⁉︎」


「雑ぁ魚、ざこざこ、雑魚男。ご立派なのは、ひげだけ男」


「このメスガキァ! 俺が床の上でぶち転がしてやる!」


 ――効果てきめん。むしろ効きすぎ。


(こ、これはずるい……)


 魔女はあっけにとられてしまった。あんなこと言われたら相手をするしかないのだ。それ以外の選択肢なんてなくなって、わなわな震えながら彼女の手を取るしかありえないのだ。


 そして相手を決めた時点で試練はクリア。つまりこれで船が借りられる。


「みな出て行けぇ! 明日の朝まで誰も入れるなぁ!」


 領主はリリャの細い手を、かっぱらいが荷物を奪うかのように勢いよく手に取って、ロングハウスの奥にある寝床へと連れて行った。シャッと天幕が下ろされたむこうから、「勢いはいいっスけどぉ、最後まで持つんスかぁ?」とあいかわらずの挑発が。


「……出ようぜ」「……そうだね」、狼と魔女はいわれたとおり、ロングハウスを後にする。後ろに続いたふたりの女性が、「あ、あんなうまい手段があったなんて」と驚愕するのを聞き流しながら。


 こうしてふたつめの試練――試練と名のつくものの中において、もっとも下世話な部類のもの――は攻略された。


 一晩続いたその試練の余韻でもって、領主へ新たな性癖を植えつけて……。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 その一晩(リリャが対象を開発している時間)は、ヴァイキングの村ですごすことになった。これはイーダにとって非常に刺激的な時間だった。


 この街の作成にダンジョンメーカーがどこまで干渉したかは不明だ。が、そこはカールメヤルヴィの街に比べてあきらかに物がそろっていない場所。つまり「本当に中世の暮らしをしている」としか感じられない文明レベルだったから、イーダはなにをするにも楽しくてしかたがなかった。


 たとえば家の造り。木と漆喰で造られているのはカールメヤルヴィと変わらないけれど、家に暖炉というものはない。日本でいう囲炉裏と同じように、部屋の中央で火が炊かれているのだ。それからパン。酵母が発見されていないから、パンも洗練されていない。この村ではビスケットのように硬いパンが主流だった。それでもオートミールに比べると食べ応えがあって、これはこれでいいかなと思ってしまったのは、カールメヤルヴィ王宮の料理人の水準がいかに時代遅れかというのをあらわしている。


 そんな村ではあるが、活気はあった。鍛冶屋が鉄を打つ音へ耳をすませながら、狩りの獲物を切り分ける人がいる。そのかたわらにはニワトリの毛をむしる母親と、そのまわりをワイワイと楽しそうに駆けまわる子どもたち。その子たちは目ざとくイーダを見つけるや否や、天界の天使たちと同じく、村の外の話をせがむのだ。せっかくだからと魔界の魔女は、魔王から聞いた「クッカとカップと命のチップ」を披露した。


 トイレやお風呂がなかったり、食彩がカールメヤルヴィに比しても貧しかったりするのはご愛敬。けれどなぜかお酒だけは豊富にある。蜜酒(ミード)と呼ばれる種類のもので、はちみつに水をくわえて発酵させただけのものだ。そのために養蜂をしている小屋まであったから、これには驚かされてしまった。


 で、お酒があれば飲む人も集まるし、酒飲みが集まれば勝負ごとだって発生する。


「さぁ狼殿! 口論詩では負けましたが、飲み比べではどうですかな!」


 老戦士が両手に持ってきたのは、なみなみと蜜酒が入れられた角杯(動物の角で作った酒杯)だ。同じく角杯を手にした戦士たちを連れ立って、彼はバルテリへ新たな勝負を挑んできた。


「おいおい、俺は終末の日に太陽を飲みこむ予定なんだぜ? それでも俺と飲み比べを?」


「飲むのに理由が必要と?」


「たしかにな」、狼はニヤリと笑って、酒で重くなった酒杯をその手に受け取る。鼻を近づけ「おお、強めに作ってあるな」なんて満足そうな顔をすると、自由の女神がトーチを掲げるかのように、酒を頭上へ高々と掲げた。


「今日は試練をあたえるのがお前たちの務めだった! お前たちはそれを滞りなく行ってみせた! ならば酒宴を盛り上げるのが俺たちの務めだ! 俺はこれを滞りなく飲み干してみせよう!」


 フェンリル狼が取った音頭に、戦士たちが「おうっ!」と応じる。すでに2、3杯飲んでいた気の早い者も、赤い顔を狼へむけていた。


Skål(スコール)!」、乾杯を告げる声へ、「Skål(スコール)!」、酒飲みたちが了承の意を叫ぶ。


 これを合図に、ヴァイキングたちは酒宴を開始するにいたった。当然そこには飲み比べもふくまれていて、イーダの予想どおりフェンリルは挑戦者を次々に打ち倒した。


 一方の魔女はしつこく話をせがまれて、くりかえし魔王クッカ=マーリアの賭けごとの話をする羽目に。


 狼が15人目の挑戦者に勝ち、イーダの口が疲労で筋肉痛になった頃、宴はグダグダな雰囲気のままお開きになり、ほとんどの者がその場で寝息を立てるにいたった。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 生前、船の穂先に立つ機会があるだなんて思わなかった。そこに立つのは映画に感化されたロマンティストか、実際にそれを仕事としている船員さんくらいなもの、なんて考えていたのだ。それが今、不思議なことに自分はそこへ立っている。ななめに飛び出した船首に片足を立て、そこからマストにのびるロープを片手でつかんでいる、()()()()()姿で。


 でも楽しい。やみつきになるほど。なにせ、上流へ逆行しているにもかかわらず、顔へ強い風が当たるのだから。


(なんて速い! どのくらいの速度が出ているんだろう? アイノを連れてきてあげたかった!)


 試練をふたつ終えた翌朝、イーダたちはヴァイキングのあやつる船の上にいた。


 ――ロングシップ。それはヴァイキングご自慢の船の名。


 それは細長く、喫水は浅く、そして優美な船だった。どうしたらこんなに綺麗な曲線を描けるのだろう。船体はまるで生き物がしばしばみせる機能美を極めたかのように、いくつもの木板がひとつの流麗な塊を形成していた。船首と船尾がちょうどドラゴンの首と尾のように高く持ち上げられているから、ドラゴンシップという別名を持つのもうなずける。


 船の両舷には、片側10名以上の兵士たちがずらり。みんな手に長いオールを持って、船を飛ぶように走らせていた。中央に鎮座するマストは、折りたたんだ帆を船体へおろせる構造になっている。しかも横に90度回転するから、細長い胴体の中央へすっぽりとおさまっていた。こうすると細い川でも邪魔にならないのだとか。


 川の流れが穏やかだとはいえ、苦も無く川上へ遡上(そじょう)するロングシップ。地球のヴァイキングたちは、川を伝って内陸部の都市まで襲撃したというけれど、この俊足ならそれが可能だったと納得できる。


 そんな海賊たちになくてはならない特別な物がこの流麗な船。当然、詩的な言いかえ(ケニング)だって特別に多い。


(『マストの馬』『波の獣』『海王のスキー』に『フィヨルドの鹿』)


 これだけ生き生きと波の上を駆けるのだから、生物にたとえられるなんて当たり前だろう。そして盾が『船の囲い』というケニングを持つのも納得した。軍船であるこの船の舷側には、兵士たちの使う丸い盾が据えつけられている。邪魔にならないようにそうしているのもあるだろうし、もしかしたら敵の火矢から船体を守る用途もあるのかもしれない。けれどなにより見た目がよかった。等身の高いモデルの人が、綺麗な首飾りをつけているかのような豪華さだ。


 スマホがあったらシャッターを押しまくるのにと、魔女は早くもこの船の魅力に取りつかれている。


 船旅を満喫するイーダだったが、しかし今日の旅先は行楽地でない。3つ目の試練を受けるため、老戦士の言った神殿へとむかっているのだ。だから船首の特等席に立つイーダは、真っ先にその姿をとらえることに。


「あ! あの丘の上! きっとあれが巫女の言っていた神殿だよ!」


 川辺からなだらかに続く丘の上。木々のすきまに見えたのはローマ時代の遺跡を思わせる神殿だった。遠くから見ても朽ちているのがわかるものの、白い柱が太陽の光を反射させてずいぶんと目立っていた。


「よぅし、船をよせろぉ!」、老戦士のかけ声で、戦士たちはロングシップを川岸へ導く。やや速度を落としたその船は、それでも人が走るくらいの勢いでもって川辺へズザァと乗り上げた。


 ここから神殿までは目と鼻の先。歩いてむかっても10分とかからない。イーダは船首からひょいっと身を投げて、土と水草の上へ着地した。それに狼と夢魔も続く。けれど、戦士たちは船上から離れようとしない。


 彼らとはここでお別れだ。魔女は一晩とはいえ、さみしい気持ちが芽生えるくらいには彼らのことを好きになっていた。砂浜から船上の戦士たちを見上げ、お礼を言う。


「ありがとう、波の馬を駆る者たち。詩と酒杯の守護者たち」


「こちらこそ、白樺をたずさえる者。お三方とも、お元気で。あなたがたに雷神ソールの加護があらんことを」


 ヴィヘリャ・コカーリの3名は、おのおの思いおもいにお礼を言った。そして浜辺へ背をむける。別れの次は、出会いの時間。高い位置から見おろす白い神殿が、灰色の雲を背景に冷たい視線を放っていた。


 歩みを進めながら、彼女らは神殿の方角を警戒する。そこから敵意のようなものが自分たちへむけられているのに気づいていたからだ。


「選択の試練、次はなにを求められるんだろうな?」


「戦闘か、それとも知略かっスね。どっちがきてもいいっスよ」


「もしくは両方同時というのもありえるのかもね。いずれにせよ――」


 魔女は帽子のつばから片目を出して、巫女がいるであろう遺跡をにらむ。


「戦いの匂いがするよ。きっと昨日の試練とは違って、命を賭けるたぐいのものが」


 戦士のような言いぐさだったのは、剣のぶつかる音を予感していたから。


 ダンジョンに閉じこめられて2日目、イーダたちは3つ目の試練へ一歩一歩近づいていた。

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