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笑うダンジョンマスター 10

 船を逆さまにしたような建物、ロングハウス。ヴァイキングたちご自慢の船大工の技術が流用されて造られた、領主の家と集会場をかねるおおきな建物だ。どれくらいおおきいかというと、長さは50メートル以上あるし、幅も10メートルくらいある。港にあるヴァイキングの船(ロングシップ)とは比べものにならないほどなのだ。高さだって幅と同じ10メートルくらいあるのだから、これはもう宮殿の一種なのではとイーダは考えていた。


 その中、甲板のように広いホールのまわりには、舷側(げんそく)を思わせる力強くて高い壁。丸い盾や武器、動物の首や毛皮なんかで誇らしげに装飾されている。壁の上端からさらに上へなだらかな曲線の板がのびていって、頂点で合流し天井を形作っている。太い梁がどんな横風(この場合は横波?)にも負けないと胸を張っていた。


 ところどころに建てられた太い柱の頼もしさは、船でいうならマストそのもの。今すぐスルスルっと登ってみたら、気持ちがいいのかもしれない。まあ、うっかり手を滑らせて、床で「ぐぇぇ!」と鳴くのは嫌なので、今日はやめにしておこう。


 そんなことより領主に合わなければならない。ロングハウスは部屋が区切られていない施設。だから入口をぐぐった直後に彼の姿は視野に入っていて、目も合ってしまっているのだし。いや、女性(しかも美女)を2人()()()()()いるから、正確には「彼ら」だけれども。


 イーダたちは入って右側の奥へと進んだ。そこは他よりも3段ほど高くなっていて、立派な椅子が据えつけられていた。もちろん領主はそこに座っている。左右へ色気あふれる女の人を立たせ、後ろの壁へおおきな旗と熊の壁掛け首印(トロフィー)を飾りながら。


気前のいい領主(黄金を損なう者)よ、老戦士を持つ者よ。俺はロキの息子、悪狼にしてヴァン川の水源フェンリル。まずは出会いに感謝しよう」


「ああ、よくきたね狼。君も私と同じで女性をふたり連れ立っているなんて、なかなかいい偶然じゃあないか」


 領主の男はそう言いながら、両腕を鳥のように広げた。両脇に立つ女性ふたりが、その開かれた手に身をよせる。「恋人というより愛人って感じだな」と魔女が思ったのも無理はない。体をゆっくりと領主へもたれかける女たちの所作が、どこを切り取っても色気にあふれているのだから。


「で、領主様よ。俺たちは試練とやらに挑まなきゃならん。あんたもその一部だと教えられているんだが」


「巫女の話ではそうなのだろうな。しかし私は君らと口論詩を交わすでも、剣の切っ先を交えるでもない。もっと私が楽しめるものでなくてはならない」


「へぇ、そうかい。そりゃますます気が合うぜ。試練の内容が享楽だってんなら、歓迎だってしたい気分だ。でも酒飲み勝負をしようって表情にも見えないな。『貢物を持ってこい』って、そんな顔だ。高座にいる者はなにをもとめる? 黄金か? それとも女か?」


「後者が正解だ。私は女性を求める者であるからな。ただし、並大抵の者では相手がつとまらん。そこでこんな試練はどうだろう」


 なにやらトントン拍子に話が進む。男女の仲というものにあまりくわしくない魔女は、「え? え?」と梅雨雨の下のアマガエルみたいな声を上げるしかないのだ。


 けれど領主は気にもとめずに、彼なりの提案をした。「私にはふたりの美女がいる。君らにはもうひとり、私の眼鏡にかなう美女を連れてきてもらいたい。そうさな、たとえばそちら、桃色の髪の女のように魅力的な者をな」


「こいつをお前さんにくれてやれるわけじゃないが、続きを聞こうか?」


「では単純に言おう。君らが連れてきた女と、ここにいるふたりとで、篭絡(ろうらく)合戦をしてもらう。もっとも私をうまく誘惑できた者が勝者だ。当然、一晩相手もしてもらおう」


 なんと欲望にまみれた試練だろうか。さっきまで「え?」と口にしていたイーダは、ついに「うぇっ⁉︎」と鳴き声を変えた。トノサマガエルみたいな声だったから、両生類たる彼女が領主のお相手に選ばれることはない。ないのだけれど、リリャにこの領主の相手をさせるのも嫌な気がしてしまっていた。


(い、嫌だなぁ。あんな偉ぶった態度の人にリリャを差し出すようなマネなんて……)


「あ、いいっスよ」


「ぐぇ?」


 ついにガマガエルへ進化したイーダを差し置いて、リリャはいともあっさり了承する。魔女のことなどお構いなしに。ついついイーダは聞いてしまった。「り、リリャ。いいの?」


「? なにかダメなことありまスか?」、対するリリャの動じないこと。性的な仕事なんて当たり前すぎて、本気でなにに心配されているのかわかってもいない様子だった。


(私はアホか。夢魔の生態を忘れていたよ。これは止めたら失礼になっちゃう)


「ううん。よろしく」


「まかされまシた」、彼女は一歩前に出る。「僕がお相手しまス。アピールの順番はどなたかラ?」


「そうだな、まずはこちらのふたりからとしようか」


 こうして風変わりな試練がはじまった。


 まずむかって右の女性から。彼女は領主のひざに両手を置いて、胸の谷間を目いっぱいアピールする。そのまま後肢を猫のようにのばしつつ、ととのった顔を彼へ近づけた。


 彼女の口は耳元へ。そこで2言3言、愛の言葉を。なんて言ったのかイーダには聞こえなかったが、きっとそれはそれは煽情的な台詞だったろうなと思う。そうでなければ領主の顔が、あんなにスケベになるはずもない。


(セックスアピールってやつで合っているのかな? 慣れているなぁ……)


 顔も赤らめず他人ごと。「そういう世界もあるんだな」くらいの、それほど興味がない分野。「へぇ」なんて偉そうな声を漏らしたせいで、となりのリリャは苦笑した。無関心にもほどがある、夢魔として仕事のやりがいがない人だな、なんて。


 それはそれと置いておいて、魔界の夢魔は桃色の髪のすきまから領主の観察へ意識を割くことに。


(うーん、異性慣れしてまスね。豊満な身体であるとか、性的な言葉であるとか、直接的なアピールの効果はそれほどないように見えるんスよね)


 その後女は男の後ろにまわり、たっぷり体をすりよせた。かなり時間をかけたから、魔女が関心を領主の後ろにある熊のトロフィーへうつすほどだった。リリャの目に、いよいよあくびを押し殺しているイーダの表情が入った頃、ようやくアピールの時間が終わる。


(この子は妖艶さが売りのお嬢さんっスね。さて、お次はどうでしょウ?)


 領主様は満足げ。次はむかって左の女性。


 あえて、なのだろう。彼女は男の前でひざまずくと、手を組み祈るような仕草をした。しばらくそうした後、ほどいた手を領主の太ももへ置き、上目づかいで顔を見上げる。リリャの目からは女性の表情が見て取れなかったが、だいたい想像もついていた。


(たぶん懇願するような顔してまスね。なかなかおもしろいじゃないっスか。庇護欲をくすぐるためか、それトも嗜虐心をかき立てるためか。ま、領主の顔を見りゃわかりまスけど)


 ひげ面の男の顔は、そりゃもう悪い笑みだった。自分より下の者を見ていて、今からそいつに罰でもあたえんばかりの、支配的な表情だ。


(なるほど、あいつはサディスティックな一面があルと、そういうことっスね。それなら……)


 頭の中でシミュレート。彼女たちには悪いが、夢魔にとって魅了する行為は息を吐くのと同じこと。だからたっぷり頭をなでられた女性が領主の元を離れた時、リリャの篭絡手順は決まりつつあった。

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