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笑うダンジョンマスター 6

 イーダたちはダンジョンの中を歩き続けていた。冷たい床へ1時間近く足音を立てたころ、おおきな扉(城壁へしつけられた門のようにおおげさな)が行く手にあらわれた。


 それをギギィと開くと、そこに広がっていたのは、気取った装飾の目立つホール。立った者の姿を映し出しそうなほどつややかな白い床の先、ちょうど指を3本立てた手のように、3つの階段がむこう側へのびている。その先にはまた扉。つまりこの部屋から先は3か所へ枝分かれしている様子だった。


「あ、立て看板があるよ」


 手のひらの中心の部分、「読まずにはいられないだろう?」と主張している石造りの立て看板。イーダたちはそれに近づいて、なにが書かれているのかとのぞきこむ。


「なんか、この先のルールっぽいね」、つぶやく魔女の目に入ったのは、彼女の言ったとおりこの先のダンジョンにおけるルールだった。そこに描かれていたのは以下のようなこと。


 ――ここより先へ踏み入れる君たちは、いくつかのことがらを肝に銘じておく必要がある。ここに書かれたリストを注意深く見ることだ。その一番上に書かれている言葉は、とある国のとある人物が口にした名言。つまり「彼を知りおのれを知れば百戦あやうからず」という一文になる。自分自身を把握することは勝率を5割まで高めることと言いかえてもいい。


(う……私と同じこといってる)


 ――まあそれは置いておこう。ふたつめ以降が重要だ。君たちが不注意をきわめていなければ、目の前に3つの扉があると気づいただろう。あれは世界樹からのびる3つの根のようなものだ。それぞれHelheim(ヘルヘイム)Miðgarðr(ミズガルズ)Jǫtunheimr(ヨツンヘイム)に続くBilröst(ビルレスト)だと思ってもらえればいい。


 と、そこまで読んで狼があきれるように言った。「ビルレストときたか。俺たちにラグナレクでもさせる気かよ。そもそもあの橋はミズガルズからアースガルズにかかるものじゃなかったか?」


「まあいいじゃない、ささやかな間違いくらい。それよりも『ビフレスト』ではなく『ビ()レスト』ってあるのが気になるわね。新しい『散文エッダ』では前者、古い『詩のエッダ』では後者ね。ちょっと頭の片隅へ置いておきたいところよ。ま、続きを読みましょうか」


 ――君たちが3人以上であれば、人数を分割し、必ずすべての扉を一斉にくぐる必要がある。いちど門をくぐれば引き返すことはできない。また、誰も入らない門を作ってはならない。なに、合流先はひとつだから安心したまえ。次は各々の世界がどういうものかについて説明しよう。


(これは気になるな……。よし、ここはみんなに相談しながら読み進めよう)


 イーダは気になる点を残さずにルールを把握するため、みなに自身の予想を話しておくことにした。「ねぇ、これってグリゴリーさんが奪われた固有パークで、かつ()()()()()()ルールだよね。証拠に、3人以下の時のことが書いていないし」


 つまりこれを仕組んだ者は()()()()()()()()()()()()()()から書き忘れたのだろう、という意味だ。


「ちっ、たしかにお前の言うとおりだな。さっきの部屋といい、俺らを殺すためリアルタイムでダンジョンを生成しているように感じるぜ」、そう言った勇者は視線を天井へ。重力を無視してそこに這うウミヘビ――おそらく配信の使い魔へ、刃物のような目線で切りつけるためだ。


(さっきの部屋では見失っちゃったけど、やっぱついてきていたんだ。つまり敵にずっと見られているんだね。これはダンジョンがいつまで続くかわかったものじゃないな。行く先々で新しい部屋を作られてしまうかもだし。いや、考えてもしかたないか。相手の魔力切れを祈るしかない)


 帽子のつばに手をやって、魔女はウミヘビから視線を切った。目を合わせるのが嫌な気もしたし、変に意識することが悔しいなんて気持ちもあった。勇者の恋人が「おりてきたズタズタにしてやるんだから!」と声を上げるのを制止して、「続きを読もう」と目線をルールへ移動させる。


 ――左の門、ヘルヘイムは武力の試練だ。そこには門番たる猛犬、ガルムがいるのだから当然だろう。この扉をくぐった者は多くの戦いを強いられる。出口はヘルの館エリューズニル。敵の襲撃を切り抜け、そこにたどり着けば君たちは先に進めるのだ。


「バルテリ、ヘルはあなたの妹でしょ? あいさつしてきたら?」


「あいつは死者の爪で戦船(いくさぶね)を造るのに忙しいのさ。完成前の物を見せたがりやしないだろう。ラグナレクの時になったら『いい船じゃねぇか』って褒めてやるとするよ。アイノ、お前さんはどうだ? 同じ船として『死者の爪の船(ナグルファル)』に興味があるんじゃねぇか?」


「うん! 兵員輸送船の一種だよね。(まと)としては大好物だよ! でも水に浮いているやつがいいなぁ。船台の上じゃ魚雷が届かないもん」


 こともあろうか沈める気満々の潜水艦。彼女へ苦笑を放りながら、一同は次の試練の内容を読む。


 ――真ん中の扉はミズガルズの試練へつながる。ここでは『選択』によって試練の内容が変わる。切っ先を交えるもよし、舌鋒を交えるもよし。全人類種の中でもっとも汎用性に富む人間種が住まう世界なのだから、さまざまな選択肢を選んで進むというわけだ。飛んではねて、頭を使って。そんな立ち振る舞いが求められることになるだろう。ゴール地点は虹の橋。そこを渡ればめでたく合流地点へ到着するわけだ。


(虹の橋ってビ()レストのことだよね? ここにあったんだ。なんかややこしいな)


 ――右の扉はヨツンヘイムに続く。こちらは知の試練が待っている場所だ。扉を開けるのにハンマーではなく「Open(オープン) Sesame(・セサミ)」という合言葉を思いつく者や、高いところにある物体を見た時にその運動エネルギーが気になって「E = mc2」の公式を思い浮かべる者にむいている。決してふたりのロキとロギを混同するような者は愚か者が立ち入るべきでない。ここの出口はとある屋敷。この扉をくぐろうとする者には、その名を言わなくたってわかるだろう?


「ウートガルザ・ロキの屋敷を探せというわけね」と、きっと一番この試練にむいているだろう青い髪の少女が口を開いた。そして意外にも、魔女がそれに言葉を重ねる。「骨つき肉をたくさん食べるチャンスかな?」


「あら、イーダ。いつの間に北欧神話を勉強したの? あなたの言うとおり、この先は巨人の国ヨツンヘイムにあるウートガルドだと思うわ」


「図書館に置いてあったから、つい。魔界のみんなの話って文脈高いんだもん。とくに北欧神話まわり。そりゃ気にもなるよ」


「『つい』で神話の本を手に取れる友人を持って、私も鼻が高いわ。ロキとロギとウートガルザ・ロキの区別がついていることもね。あなたならギュルヴィのようにたぶらかされないのかも。さて――」


 褒められて「うひひ」と気味悪く笑う魔女の前、魔王は最後の一文を読んだ。「『さて、これで話は終わりだ。君たちがいろいろと欠ける――たとえば人数だったり四肢の数だったり――ことなく試練を終え、出口で合流することを楽しみにしている』ですって。なんだか勇者の固有パークに似た言いまわしね」


「なあ魔王様よ、このルールってのは信用できると思うか? 俺には口八丁で戦力を分散させているように思えるぜ」


「それにかんしては心配ないと思うけれど、グリゴリー、一応あなたの意見も聞きたいわ」


「腹の立つことに信用できると思う。これが『固有パーク』であるなら、お前が読み上げたとおり『攻略不能にしちゃならねぇ』し『嘘にはペナルティがある』はずだ。で、リアルタイムで生成しているらしい現状を見るに、固有パークの力で造られてるのは間違いなさそうだろ」


(たしかにそうだったね。これはルールを信用したほうが賢明だな)


「ええ結構よ。この力を使っているやつがペナルティを受け入れているなら、甘んじてだまされてやるとしましょう。さ、メンバーをどう割り振るか考えましょうか」


「うん、3か所同時に入らなきゃならないんだよね? ええと、じゃあさ、グリゴリーさんとレインさんはどうしたい?」


 魔女は真っ先に勇者へおうかがいを立てた。ヴィヘリャ・コカーリがすべてを決めてしまうのはよくないと思ったのだ。せっかく一緒に戦闘をして多少なりとも友好的になった勇者たちを、(かろ)んじるような行動をしたくなかったから、ともいう。


「そうだな、俺はレインと一緒に行動したい。んで、望めるなら武力の試練がいい。頭を使うのは得意じゃねぇ」


「私もグリーシャと同意見。『私たちの頭が悪い』って思いたくはないけど、『あなたたちの頭がいい』ことくらいは認めようかって気分だし」


 反応を聞いてシニッカの顔を見た。彼女は笑顔のまま首をかしげ、「いいんじゃない?」というそぶりだ。


「じゃあさ、私たちはどうしようか? 選択式の試練と、知の試練。そこに5人を割り振らなきゃね」


 野球監督の経験が生きたか、場を取り仕切る形になった魔女。そこへ潜水艦が「イーダはどう思うの?」なんて意見を求めてくる。魔女はなんだか()()()()()になったような(浅はかな)気分を得ながら、案をひとつ挙げることにした。


 ちょっとだけ勇気のいる提案を。


「私とシニッカはわかれたほうがいいかも」、言った自分でも意外な選択肢。彼女はシニッカという魔界で一番頼りになる者と離れ、試練という名の冒険へ踏み出そうという魂胆なのだ。もちろんそこには理由もある。


「どういう狙いでそうするかについては、今は話せないよ。ウミヘビが聞いているだろうから。でもシニッカなら同意してくれると思ってる」


(勇者は地球出身。もしかしたら地球の知識が求められるかも。なら地球で15年すごした私と、地球の情報へアクセスできるシニッカは別々に行動したほうがいいよね)


「ええ、賛成だわ。私にも私の考えがあるし。そうなると……そうね。イーダはバルテリとリリャを連れ、3人でミズガルズへ行くのはどう? 私はアイノとふたりで知の試練へ」


「うん、異論はないよ」、すぐに返答した。選択の試練というのは、裏を返せば「なんでもできるようにしておけ」という意味だろう。武と知の両方が臨機応変に求められるなら、人数は多いほうがいい。戦闘の得意なバルテリと洞察力の高いリリャのふたりはとても頼りになりそうだ。


 一方アイノはシニッカと同行するのがいいと思った。彼女は絶対に知の試練で役に立つ。とても高い計算能力を持っているからだ。魚雷の射角計算をするからか、はたまた航法を知っているからかわからないが、この潜水艦は数学にかんしていえばドクよりも得意とするところなのだ。


「いいね!」、あいかわらずの勢いの潜水艦に、「僕も異論ないっス」「俺もだぜ」と夢魔と狼も賛同の意。人の割り振りは決着を見た。


「時間がもったいねぇ。俺らはヘルヘイムの門をくぐるぜ? 構わねぇよな?」


 議論が終われば行動の時。勇者はレインと一緒に左の門へ歩きはじめる。しかし、そこに魔王から「待った」がかかった。


「いいえ、待ちなさい。嘘じゃない手段でだまそうとしている予感があるの」


「なによそれ? どういう意味か説明しなさいよ」


「この橋はわざわざ『ぐらつく橋――Bifröst(ビフレスト)』ではなく、『あざむく橋――Bilröst(ビルレスト)』と書かれているわ。きっとそっちは武の試練ヘルヘイムじゃなくて、知の試練ヨツンヘイムだと思う。どうかしら?」


「そんなことある? さっきのルールに『左の扉が』って書いたあったでしょ。嘘はつけないと思うけど?」


「『どちらから見て左右か』わかったものじゃないわ」


「……てめえはそういう性悪なことに、俺たちより敏感なんだろうな。お前も敵も属性は一緒だ。ゆえに一理あるな。――俺たちは右の扉へ入ろう」


「いいのグリーシャ?」


「いいだろ。もし本当にヨツンヘイムなら、敵に頭を使わせず、スピードで勝負してやるよ。もしそれがうまくいかなかったら……レイン」


「なに?」


「俺と一緒に死んでくれ」


「しょうがないな、もう」


 ちょっとしたノロケだったのかもしれない。けれどイーダの目には、自分たちを信頼してくれた勇者の姿がまぶしく映った。


(いいな、こういうの)


 彼らは早々に門の前へ立つ。「早くしろよ、同時だろ?」と振り返るグリーシャを見て、魔女は少々いたずらな顔を魔王へむけるのだ。


「ねえシニッカ、グリゴリーさんのこと『どちらかといったら嫌いなタイプ』なのは、今も?」


「あら、いじわるな質問ね。誰に似たのかしら? けれど今も嫌いよ、ああいうやつは。恥ずかしい台詞を聞かされる身にもなってごらんなさい」


 なんだか満足げな魔王様は、潜水艦を連れ立って左の門へ歩いていく。「私たちも行こうか」と、魔女も狼と夢魔を連れていく。


「3」が名物のトリグラヴィアのダンジョンで3つにわかれた一行は、それぞれの試練へ戦意をむけて、一斉に門をくぐったのだった。

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