笑うダンジョンマスター 5
時間はさかのぼり、魔王対勇者のストリーミングが突如終了してから5分後。配信を見ていなかった2羽ガラスの男は、配下の夢魔からその旨を聞いて「ふんっ」と鼻を鳴らす。魔王たちが勝つことなど予想していたし、そこへなんらかの干渉があることも予想済みだったから。
「サカリ様、これは少々やっかいな事態では? 魔王様たちは閉じこめられたのだと予想します。我々の戦力の大半が」
彼の目に映る、部下たちの浮かない顔。状況が状況だけに理解はできる。反面、それが最悪の事態とは程遠いこともサカリは理解していた。
「気にするな。そのために私たちがいるのだ。この街で動乱が生起するのにまだ若干の猶予はあろう。つまり今は『戦闘の前の時間』なのだ。戦士の出番はまだ先で、それこそ我々斥候こそが活躍する時。ゆえに今時点だけを考えるなら、戦力はこれっぽっちも削がれてはいない」
普段のクールな物言いからすると意外なことに、彼は部下をはげましてみせた。淡々と事実だけを述べ、けれど自分たちが不利などと考えてはいないことをあらわしたのだ。
もちろん部下たちはホッとした。冬場に太陽がなかなか登ってこない山並みを「今日は日が出ないのではないか」と不安気にながめていたら、その輪郭がうっすらと光にふち取られたのを見た時のように。
「了解しました、局長」
カールメヤルヴィ諜報局の局長、それがフギン・ムニン・サカリ・ランピの肩書だった。諜報というのは「秘密・機密のたぐいを、その所有者の許可なく入手する行為」のこと。国家の安全保障のため情報を集めることでもある。
(今回も長期出張になったな。最近、局長室にいる私を見るのは、冬場に陽光を浴びるよりも少ないのかもしれん。これでは国防大臣のことを悪く言えないというものだ。職務放棄もはなはだしい)
自省のとおり、彼が局長にふさわしい仕事――たとえば組織運営や各種書類仕事――をしているかといえば、答えはNoだ。そういう仕事は「副局長」の名をあたえられた政府の役人がしっかりになってくれているがゆえ、局長たる彼は一種の名誉職に就いているだけなのだから。彼の記憶には「シビリアンコントロールは大切でしょ?」などと言った魔王へ、「めずらしいことに意見の合意を得たようですネ」と返した首相がいる。つまり実権は政府にあり、自分にはない。……あくまで表むきは。
(ともあれ、ありがたいことだ。一日中オージンの両肩から動かないなど、私の主義に反する)
表があるなら裏もある。実際には世界各地へ散らばる夢魔に対し情報収集を命じることも、夢魔の一部の人事権も、サカリにはあたえられていた。つまり普段から自由に動ける都合のいいポジションを、王と政府からたまわっているのだ。これではシビリアンコントロールもへったくれもあったものではないのだが、彼はこれを歓迎した。
だから今回も自由に――イーダいわくグリーンライトでやらせてもらえる。主神の肩を飛び立って、アースガルズでもニヴルヘイムでも世界中の自由な場所へ翼をはためかせて行けるのだ。
そんな彼は今、世界樹の冒険者ギルドの一室(セーフハウスと呼ばれている場所)で、数名の夢魔からの報告を聞いていた。
「サカリ様、食料と冒険者むけ武器・防具の値段が急騰しています。それから魔道具も。どうやら流通制限がかかっています」
(それをできるのは次のふたつのどちらか。事態を察知したヤネス2世が敵へ物資を渡さぬために強権を発動したか、クーデター側に組みした者たちがそろって横流しをはじめたか。間違いなく後者だ)
彼は思考と記憶を働かせ、部下へ質問する。「王宮の動向は? 王がなんらかの布告を発した形跡は確認されていなかったと記憶しているが」
「はい。流通制限は各々の商人たちが自発的にはじめた、と見て問題なさそうです。不自然にも、みな一斉に。むろんこれはウミヘビのしわざと思われます。商人ヨーエンセンの手の者があちこちに出入りしていましたから」
「対象の商人たちをリスト化しておいてくれ」、指示を出す。そうしながらも、思考はすでに別の対象へ。
(商人の次は傭兵団、貴族、教会の動向だ。少し頭を整理するか)
カラスは黒い瞳へまぶたをかぶせる。報告済みの情報と自分の仕入れた情報を、いくつものマスで区切られた小物入れへ、多種多様な洋服のボタンを整頓するように入れていくのだ。
◆ ① ⚓ ⑪ ◆
その夢魔は意外なことに、売春宿への出入りをしていなかった。かわりに、もう2年間もトリグラヴィアで冒険者むけの商店で売り子をしていた。売り物は霊薬のたぐいや身に着けるタイプの小物入れ、テントなどの宿泊装備、時々入ってくる魔法具などなど。外見は小柄の男性型形態を愛用し、男女問わず愛嬌を振りまいて(そして時々相手の性的欲求を刺激しながら)売り上げに貢献していた。
おおきな商店が故、人も集まる。それは1週間前のこと。懇意にしてもらっていた卸売商のひとりが、なにやらあわただしく店へ駆けこんできて言ったのだ。「霊薬の在庫はあるか? それから煙を発生させるたぐいの道具も。卸売商の私が奇妙と思うかもしれないが、それらを売ってほしいのだ」
「もちろんですとも。ご主人様はその商品を私にまかせてくれてありますし」、商品の管理権限を持っていた彼はすぐさま要求に応える。ついでに「戦争もないのに大口の取引をお取りになられるなんて、やはりあなたは有能ですね」なんて具合に無垢な笑みを投げかけてみる。
相手の反応ですぐにわかった。目線が右上へさっとむいた。少々の動揺、そして嘘の兆候。どうやら荒事関連であることは間違いない。
ここまでくれば自分の積み上げた信頼を存分に使うべきだ。わざわざ「あ、いえ……」と言いよどんでみせてから、不安そうな上目づかいで卸売商の顔を見上げてやるのだ。目だけで「もしかして近くで戦争が?」と語り、庇護欲をかき立てるために。
若干の沈黙があった。が、すぐに夢魔は目的を達成した。
商人がそっと耳打ちをする。「大丈夫だ、不安はない。けれどお暇をいただけるなら、それもいい」と。
(示唆するところは「街中で争いごとがある」。取引先は冒険者じゃない)
確信があったから、夢魔は商館を出た商人を尾行した。30分の後、行き先は傭兵団であることが判明した。過去にとある貴族――反ヤネス2世で知られる者――と契約をしたことのある兵士たちだ。そうやって彼は重要情報をまんまとせしめ、それを自らの本当の主人へ伝えたのだった。
もちろん彼とは別の夢魔だって街に展開している。その夢魔は正攻法――売春宿で客から情報を仕入れるのが得意だった。「まじめに働く人が大好き」を公言してやまない彼女の情報収集はいたって簡単。ひとつ、思慮深さを見せないこと。ふたつ、相手の仕事の話へ目を輝かせること。このふたつだけ。
「こんな話してもおもしろくないだろ?」なんて言われれば「汗を流す人って素敵! もっと聞かせてよ!」とせがんでみせるし、相手がついつい愚痴をこぼしたらしめたとばかりに「あなたはがんばっているのにそんな悪いやついるんだ」とはげましてみせる。それは相手に深く語らせるため。人間というものは同情してくれたりほめてくれたりされれば、自然と警戒心が薄くなってしまうから。次会った時は半分くらいしか覚えてないふりもするため、相手は警戒心をいだくこともなく、よけいに話を弾ませてしまうのだ。9割9分はなんの役にもたたない情報だという欠点もあるけれど。
その残りの1分があらわれたのは、5日前の夕方のこと。
貴族の元で働く独身の庭師がふらりとやってきて、夜まで酒場で飲むことに。「急に忙しくなってな」と言う彼へ理由を問うたところ、なんでも名のある貴族がやってくるから大急ぎで剪定を終わらせる羽目になったという。「がんばった! ご褒美!」とお酒を飲ませ、まずは口を軽くさせる。そしてしばらくしてから思い出したように言う。「私のお客さんだったらどうしよう?」
「んなわけあるか。大商人様だぞ?『なんとかの息子』って名の」
(なんとかの息子? つまり「なになにソン」とか「なになにセン」かしら?)
この街の大商人かつ、そんな名前。真っ先に浮かぶのはJorgenの息子、つまりJorgensen 。
(大当たりかもしれないわね)
とはいえ急げば仕損じる。その夜はたっぷり楽しんでから、翌朝ボスのカラスへ報告することに。すぐさま魔界屈指のくせ者たる艦船の派遣が決定されて、盗聴なるスパイ活動が開始されたのだ。
残念ながら貴族とヨーエンセンの会話は抽象的で、反乱だと判断できる証拠は得られなかった。けれど当該貴族がなんらかのたくらみごとに参加しようとしていることと、そのつながりの強い数名の貴族たちも芋づる式に要注意リストへ記載できた。
質としては十分だ。欲しいのは関係者の数と名前であって、たくらみの詳細な計画ではない。果実を切るのには果物ナイフで十分であり、竜の鱗すら寸断せしめるほどの名刀などいらないのだ。少なくとも、今の段階では。
このようにして夢魔たちの情報はサカリの手元に集まっていた。傭兵団の連中、そして貴族たちの動向が。
そこへ、彼――サカリ自身が仕入れた情報も補完する。
教会だ。
これも5日前、彼はトリグラヴィアの一角にある教会にいた。エレフテリア教派のもので、天秤の冒険者ギルドが併設されている規模のおおきなところだった。
魔王がもたらしたルンペルスティルツヒェンの認識阻害魔法によって、彼の容姿に気づく者はいない。いつもより愛想よく振る舞っているせいで、彼の性格に気づく者もいない。だから彼はいつもそうするように、ニコニコと笑顔の仮面をかぶりながら牧師へ話しかけるのだ。「こんにちは牧師様。実は心配していることがありまして」
「こんにちは。どうされたのですか? こみ入った話でしたら、時間を取りましょうか?」
「いえいえ、お忙しい身でしょうから立ち話で結構。いえね、最近街がなにかと騒がしい気がするのです。私は今年、病気に悩まされた年でしたし、なにかよからぬ1年になるのではないかと心配しているのですよ」
よく教会に訪れる人たちが話す、ささいな心配ごと。ともすれば牧師に「大丈夫ですよ」とひとこと言って欲しいだけの相談内容。そんなふうをよそおって、サカリは言葉を続けるのだ。「戦争でも起きやしないかと」
「ご心配されるのも無理はありません。たしかに不穏なうわさというものが飛び交っているようですからね。けれど神も、そしてエレフテリア様も秩序をこそ望まれています。ゆえにあなたも心を落ち着け、お祈りをしてください。きっとあなたの心にお返事をいただけるはずです。『神の信徒である以上、心配することはない』と」
「ありがとうございます」、カラスはそう答えて、ひそかに魔力を編む。次に鼻でゆっくり息を吸った。それは彼のささやかな能力を発現させるためだった。
(あやしい匂いはしないな)
鼻腔には教会の持つ清潔な香りだけが働きかけていた。もしここに彼の望むような情報――たとえばクーデターをたくらむ証拠なんかがあれば、違和感のある香りを嗅ぎつけたはずだ。なにせ元国家守護獣たる彼には「自身の望む情報のありそうな場所がわかる」という能力が備わっているのだから。
(武器のたぐいを隠すのならば教会の地下が一番だ。しかしここにそれはなさそうだ。教会は反乱への協力をしていないのかもしれないな)
その後いくつかの教会をまわり同様のことをした彼は、3教派の教会すべてが反乱へ参加していないと確信を得る。どこからもあやしい匂いがしなかったし、数件の教会の地下へ(カラスに姿を変えて)侵入しても、武器のたぐいや不自然な物品は見当たらなかったからだ。
こうして数日間、フギン・ムニンは情報を集めていた。
話は現在――2022年8月7日の夜に戻る。
◆ ① ⚓ ⑪ ◆
セーフハウスの中、情報がならべられた机の前で、サカリは両目をゆっくり開いて言った。
「敵で判明している職業は商人、貴族、傭兵。貴様らは引き続き冒険者ギルドの立ち位置を調べろ」
「承知しました。サカリ様はこちらにいらっしゃいますか? それともどちらかまわられるのでしょうか」
「私は別の個所を調べる。不在時にはルーンで暗号を残せ。もし敵の襲撃があったら、かまわん、ここへ火を放て」
相手がうなずいたのを見て、彼はさっと身をひるがえす。ドアを開け階段を上ると、壁にしつけられたランプの灯りが、かしこまってお辞儀をするようにゆれた。
(王宮の動向を観察しておこう)
今までの調査対象は敵になりうる者ばかりだったが、次は味方の裏事情を知っておくことにした。正直、これはおまけのようなものだ。今までの情報がコース料理でいうところの前菜からメインディッシュへ連なるものであったのなら、最後のデザートに当たる部分なのだ。
しかし非常に重要なことがらともいえる。食後に飲むコーヒーは、食事を栄養摂取の行動から満足感を得る文化的な活動に変えてくれる。
諜報だって同じだ。多数の情報が羅列されたリストの最後には、しっかり打たれたピリオドが必要になる。
(ヤネス2世、彼の持つ国家守護獣の力が不明だ。潜水艦の潜入も1回目は空振りに終わった。粘り強く調査する必要があるな。古くからある国だというのに、よく情報統制されているようだ)
地上階に出たら酒場のホールを抜け外へ。今は夜。雲が多いのか、空の色は真っ暗だった。
(もういちど、こんどは私が潜入してみよう。本来の私からすれば、夜更けにはオージンの両肩へ戻るのが筋なのだろうが……しかし、こう目がさえていてはそうもいかん。鳥目というわけでもないのだしな)
妙な言葉を心へ浮かべたのは、彼の好む情報収集という仕事へ心をおどらせているからに違いなかった。「サカリからクールさを取り上げたら、なにが残るというの?」とは魔王の弁だが、そんな他者からの目には映らない燃えたぎる感情が今の彼にはあった。
要するに楽しいのだ。王都メスト・エニューオーというおおきな箱に入ったピースを集め、おそらく戦乱の絵が描かれているであろうパズルを完成させる作業そのものが。
そんな思考を働かせ、記憶の欠片を集めに行く。
「――<獣化せよ>」
深夜に似つかわしくない言葉と、2羽分の羽音を夜空へ残し、彼はこの遊戯を続けるのであった。




