笑うダンジョンマスター 4
ダンジョン内を移動する魔王と勇者の一行は、時間があることこれ幸いと現状の整理をはじめていた。
題材は「今回の騒動の登場人物」と、その相関図。誰がどのようにかかわっているのか、頭を整頓する必要があったのだ。
魔女はサッと日記を取り出し、忘れないようにメモをはじめる。いくつか項目が出てくるだろうからと、まず「1」の数字を先頭に書いて。
(さて、今回の劇における登場人物たちは)
前提として、たくらみの首謀者はスースラングスハイム王国のイヴェルセンとする。今は姿が見えないものの、空を飛ぶウミヘビが先ほどの戦いを中継していたことに疑問の余地はないから。他にもある。少なくともヤネス2世はウミヘビの干渉を匂わせていた。
(そして彼らの狙いはトリグラヴィア王国の頭のすげ替え。グリゴリーさんたちはクーデターの一端をになっていたんだから)
「ねぇグリゴリーさん、クーデターについて知っていることを教えてくれないかな?」、イーダはあらためて確認することにした。
「もう知っているかもしれねぇけど、俺たちはヤネス王を退位させ、甥のスラヴコを王位へ就けようとしていた。実質的な反乱をどうやるかについては情報を共有されてねぇ。とにかくヤネスの失点をかせぐのが俺たちの役割だったんだ。なあ、レイン」
「ええ。そしてその依頼をしてきたのがヨーエンセンという商人よ。あなたたちは、あいつのことを知っているの?」
「うん、知っている。ちょっと因縁浅からぬ仲なんだ。直接会ったことがあるわけじゃないけれど」
このあたりの情報は、アムの記憶を盗んだリリャから教えられたとおりだった。ヨーエンセンが実質的な現場指揮官といえるだろう。そしてサカリの情報によると、そのヨーエンセンはウミヘビの国で一番油断ならない男イヴェルセンの配下だ。
「はっきりしてるじゃねぇか」、バルテリが口を開く。「スースラングスハイムにすりゃあ、隣国トリグラヴィアに親キマイラ政権を樹立させるいい機会だな。トリグラヴィアだってそれなりにデカい国だ。同盟に引きずりこめるなら、2大大国に対するパワーバランスもおおきく変わる」
(このあたりの情報は簡単な復習って感じだね。気になる部分もない)
至極はっきりした人物相関図と、明確な狙い。少なくともトリグラヴィアでのクーデターは、スースラングスハイムの国益にかなっている。
じゃあ次の議題だ、イーダはメモに「2」の数字を書き足して、新しい欄を作成した。もうちょっと視点をミクロにし、どうやって騒動を完遂させようとしているか、という詳細部分を知らなくてはならない。そこにはグリゴリーさんの力を奪った方法なんかもふくまれてくるはずだから。
さっそく「2ー1」という欄を追記し、魔王へおうかがいを立てた。「ねぇシニッカ。あなたがグリゴリーさんの力を奪うのなら、どうやってやる?」
「ほとんど唯一の手段が魔法契約書ね。たとえばこんなのはどうかしら? 勇者グリゴリーの転生を知ったウミヘビ男は、すかさず彼に接触した。そこで『ひとつ勝負ごとをしないか?』なんてことを口にするの。そうね、たとえば勇者たる者が放っておけない状況を作り出してその気にさせるとかどうかしら。誰かが人質に取られてしまっていて、それを救うためのゲームに参加させる、なんて」
「ありえそうだね。グリゴリーさん自身はどう?」
「癪な話だが、ありうると思う。そういうシチュエーションに俺は弱ぇだろう。もし『弱い人間が奴隷にされそうになっている』なんて状況を突きつけられたら、なんとかしてやりたいって思うに決まっているからな。……続けろよ」
「細かい方法までは予想するしかないけれど、そこであなたに魔法契約書へのサインをさせたんじゃないかしら。『負けたらすべてを奪われる』とか、もっと単純に『記憶と能力を奪われる』とか。あのいじわるな契約書にはすさまじい強制力があるわ。勇者であっても拒めないほどのね」
「それで俺は勝負に負けて、記憶と能力を奪われたってのか。それは偽の記憶を植えこむこともできんのか?」
「巫術か夢魔術かわからないけれど、そういう魔術は複数あるわ。通常そういう魔法って強制力が弱くて、簡単に抵抗されちゃうものなの。けれど契約書で無抵抗な状態にされていれば話は別よ」
「そしてグリゴリーさんを生かしておいて、ふたたび手駒に利用しようとしたんだね。こんどはヨーエンセンっていう部下を使って、『ヤネス2世は悪いやつだ』って甘言をあたえて」
イーダはいったん会話をやめ、メモに「2ー2」を書きくわえる。そしてすぐに、そこへ書くべき内容を自分の口で語るのだ。「さらに蜂起のタイミングでカールメヤルヴィからの干渉を遠ざけるために、ダンジョンでの勝負をさせて、ここに閉じこめたと。グリゴリーさん、この場所で戦うことは私たちが提案したけど、ヨーエンセンはなにか言っていた?」
「ああ、言っていた。『ちょうどいいですね。私だってそれを提案したでしょう』ってな。お前らが言いださなかったら、俺から提案しただろうって思う」
ウミヘビにとっては渡りに船だったのだろう。また彼らの好きにやられた気がして、悔しさが心へ去来する。そのからみつく感情をサッと手で払いのけて、イーダは「2-3」と筆を走らせた。
おどらされているのは自分たちだけじゃないのだ。きっと多くの人が円を描く蛇の内側にとらえられているのだろうから。
「話題を少し変えちゃうけど、外ではなにが行われているんだろう? クーデターにはトリグラヴィアの有力な人たちの協力が不可欠だよね? ウミヘビが3公爵に接触してたっぽいのは私たちも知っているよ。あの3人と話をした時、そんな気配があったから。それからヤネス王の甥のスラヴコさん。彼は私たちとの会合の約束にこなかった」
「そうでスね」と応じたのはリリャだ。彼女は魔界の情報担当のひとり。いわゆる「情勢」というやつにはくわしいはずだと、イーダは期待しながら顔をむけた。彼はアム・レスティングに化け、相手の重要人物――商人ヨーエンセンと直接会話しているくらいだから。
「サカリの話と、僕がヨーエンセンの近辺から聞いた話だと、貴族や商人、聖職者なんかに接触をしたらしいっスよ。おそらく『現国王とスラヴコのどちらにつくか』なんて選択をせまったんデしょう。現状、ことが起こる時期とか規模とかは不明でス。けれどこのタイミング――つまり魔王様がダンジョンに閉じこめられている時期を逃したりしないんじゃないでスかね」
「それは今すぐにか?」
「最悪、それもありうると思いまスね。ここにくる前には『武装蜂起が今すぐはじまりそう』という兆候は見られませんでしたケど、ウミヘビの連中は手際も非常にいいですかラ。とはいえ今日ではないデしょう。兵を動かすとなると、食料とか武器とかの流通が活発になるはずでス。その準備には少々時間がかかりまスから」
リリャの言葉が正しければ、ほんの少しの猶予はある。ほんの少しも余裕がないことにはかわりないけれど。
「ねえシニッカ、リリャ。情報はヤネス2世に共有してあるの? シニッカだってトリグラヴィア王国がひっくり返ることなんて望んでいないよね?」
「もちろん間者をとおして伝えてあるわ。それを彼がどう活かすのかについては未知数だけれども。迅速に行動してくれることを祈るのみね」
どうやら予想より時間がないと思っているのは魔王も同じ考えだった。帰ってみたらトリグラウ城が占領されていましたでは、帰途に困ることとなる。
とはいえできることは多くない。予備戦力として王都にサカリを残してきているから、一応、取れる手立ては取っている状態だ。今はダンジョンの突破を優先すべき。ここから出られなければなにもはじまらないのだから。
ただ、頭ではわかっていても、心には少々つっかえるものが。
(……今の会話、なにか見落としているな)
魔女は気持ち悪さを感じていた。胸の片隅にもやもやしたものがいて、心へ語りかけてくるのだ。それはもうひとりの自分が「あのことを忘れているぞ」なんて具合に、きっと今までの情報を正しく理解できていれば思いつくたぐいのものなのだ。
日記帳に書くべき「3」の項目があると直感した。今すぐに思いつくことはできなさそうだけれど、忘れてしまってはならない疑問だった。
(書いておこう)
「3.違和感。けれど正体不明」、そうペンを走らせる。自分がThe Cunningを目指すのなら、きっとこれは自身の手で解決すべき問題だと思ったから。
そろわない登場人物を尻目に、今回の劇は続いていく。それが悲劇に終わることなど許さないと決意した。筋書きがうろ暗い結末を示唆していようが、無理やりにだって書きかえて英雄譚にしてやるのだ。
「みんな、ありがとう。なんとなく現状は把握できたよ。でもまずはこの場所から出なきゃだね」
「次はどんな部屋が待っているのかしら。楽しみね」
気持ちを切り替え、目の前の問題へ集中する。
頭の隅で「サカリ、よろしくね」と、地上の仲間の活躍なり暗躍なりを期待しながら。




