笑う夢魔劇場 10
「イーダと!」
「シニッカの」
「「夢魔劇場へようこそ!」」
「『燃やす』というのは、対象物を『酸化させる』こと! こんにちは、魔女のイーダです!」
「では『魔法を使う』は、対象者を『魔化させる』こと? こんにちは、魔王シニッカよ」
「今日はそこのところ――つまり『魔術』のざっくりとした概要について説明したいと思います! いつもどおり聞き役が私。シニッカは魔術の先生をお願いします」
「白樺の魔女へ教鞭を取るのも違和感があるけれど、おおせのままに。じゃあさっそく質問を。イーダ、『魔法』ってなにかしら?」
「意味の広い言葉だからひとことであらわすのは難しいね。『魔素を用いて発生させた、なんらかの現象』なんてどうかな? これでもまだふんわりとしちゃってるけど」
「魔法自体がふんわりとした概念だからいいのよ。では本題に。魔法とは『魔素』というエネルギー源によって発生した現象のこと。そのエネルギー源が『魔腺』――生物内の魔素の通り道で『生命力』と混ざり『魔力』になる。この魔力に特定の技術たる『魔術』で干渉し、魔法という結果を生み出すの」
「魔素と生命力が集まると魔力に、魔力へ魔術で干渉すると魔法になると」
「そうね。冒頭で説明したとおり、燃焼にたとえるとわかりやすいわ。魔素は酸素、生命力が可燃物。両者が一緒にある状態だと魔力という『いつでも火を着けられる状態』になるの。そしてその魔力へ魔術で干渉し、『魔化』――燃焼でいうところの酸化をさせると、激しい化学反応が起きるというわけ」
「それが魔術師の体の中とか表面とかで発生している現象なんだね」
「ええ。ついでに言うと、酸化と魔化は燃えた後のことも似ているわ。可燃物が酸化すると酸素の分だけ重くなるけれど、魔化後は体も同じように重くなる。といっても重量が増えるのではなく、疲労という形で発生する。これが魔腺疲労ね。激しい反応が起こっているのだから、その部位が痛めつけられるのよ」
「でも人類には生命力を回復するすべがある。ゆえに元気になれば魔法をまた使える、と」
「肝になるのは、魔化は燃焼と違い発熱反応以外の現象を発生させられる点ね。氷も作れるし石だって呼び出せる。なんとなれば物質ではなく『幸運をもたらす』なんて概念すら呼び出せるの」
「どれもこれも素材は魔力。でも素材が同じにもかかわらず、結果は千差万別になるんだね。昔ドクが『魔術こそもっとも発展した錬金術だよ』なんて言っていたけど、その万能ぶりはまさに賢者の石なのかも!」
「それが、どんな人でも『魔法ってすごい!』って感想を持つ理由なのかもね。さて、この世にある魔術の大半は、基本的な素材が一緒だとわかったんじゃないかしら。そしてきっと『魔化させる方法が多種多様に分岐しているんだろうな。それが各種魔術の種類にむすびつくんだろうな』と予想していると思う。実際、フォーサスには非常にたくさんの種類の魔術があるからね。ゆえにここでひとつ釘を刺しておこうと思うの」
「というと?」
「使う素材だけじゃなく、魔化の方法も一緒なのよ。使う魔術が言遊魔術だろうがルーン魔術だろうが、宮廷魔術や冒険者の魔術だろうが、魔法があらわれる根本的な方法論はすべて同一といえるの」
「つまりどんな魔術を使っても、魔力と魔化は同一の技術で動いていると。どんな技術なんだろう? もしかして『大呪術』の出番だったりする?」
「さすが魔女、そのとおり。フォーサスにおける魔術は例外なく『類感呪術』と『感染呪術』によって魔法を呼び出しているわ。類感呪術は『類似点のあるものはたがいに影響をおよぼす』という考えのもと魔法を発現させようとするもの。代表例は雨ごいね。感染呪術は『もともと一緒だったものは離しても影響をおよぼしあう』というもので、呪いたい相手の髪をこっそり拝借して燃やすみたいな使われかたをするわ」
「いつも思うんだけどさ、感染呪術って類感呪術の一種じゃないの? 今の例だと『相手に災いを!』と思って髪を燃やすんだよね? それって類似点によって相手を痛めつけようとしている行為じゃないかな」
「一理あるわ。実際、感染呪術を類感呪術の発展形として分類することもあるの。仮にその説を採用するともっとシンプルに説明できるわね。たったひとこと、『この世の魔術はすべて類感呪術である』ですむし」
「たしかに。でもそれだと『桜もオークもイチイも、すべて樹木である!』みたいな極論になっちゃうね。話を戻すと、どんな体系の魔術を行使しようが、最終的には類感呪術の『起こしたい結果に関連する行為』によって魔力は魔法に変わるんだね?」
「そうなるわ。種類が多いのはその前段階。『どうやって類感呪術を行うのか』という方法論なの。言葉遊びで結果を引きよせる言遊魔術、ルーン文字の意味を通じて結果を引きよせるルーン魔術、といった具合に。だから雨ごいのため水を撒いて地面を濡らすのも、『水よあれ』と唱えるのも、湖を意味するᛚのルーンを刻むのも、最終的には水に関連する類感的行為で魔法を発現させているというわけ」
「別のものにたとえるならどんな感じかな?」
「マッチ棒が魔力、火が魔法だとすると、魔化という行為とは『マッチ棒を使って火を起こす』という行動になるわ。バリエーションがあるのは『どうやってマッチ棒を使うか』となって、これが魔術といわれる部分ね。たとえばマッチ箱にこすりつけてもいいし、火打石を使ってもいい。虫眼鏡で太陽光を集めても火は着くし、たき火にくべたっていいのよ」
「たき火の炎を使うって本末転倒な気もするけれど……」
「他の魔術からお裾分けしてもらう、なんて行為はいくらでもあるわ。神のお力をお借りする、のと同義と思ってもらえれば」
「あ、そうか。強大な存在に助力を得る魔術って、たき火から炎を借りてくるのと同じなんだね。他にもたとえられるものはある?」
「そうね、火の話題が出たから、火器なんていいかも。銃火器、つまり銃のことね。弾丸と火薬が魔力。火薬に火を着ける行為が魔化。どうやって火を着けるかが魔術」
「ほうほう。銃っていろいろな種類があるよね。弾丸も火薬も着火方法も」
「そのとおりよ。丸い鉛玉と黒色火薬を銃身に詰め、火縄で点火することもある。実包――薬莢に火薬・弾丸・雷管が入った現代的な物を銃身にこめ、撃鉄で叩いて点火することもある」
「日本でいうと戦国時代の火縄銃と、現代のお巡りさんが使う拳銃との違いみたいなものかな?」
「そうね。これって勇者の強さをあらわすのにも便利なの。強い魔力を使える人は、より大きな弾丸をより迅速に投射できるから。現代地球人にとって想像しやすいものでもあるし」
「たとえば?」
「イーダの魔力は黒色火薬と、口径12ミリ・重さ11グラムの鉛玉。言遊魔術は点火用の火縄と先ごめ式の銃身。言葉遊びのトリガーを引くと、およそ600ジュールのエネルギー量で魔法を放てる。発射速度は毎分1発から2発」
「私は火縄銃だね!」
「対して勇者は無煙火薬と、口径12.7ミリ・48グラムの金属製弾頭。チート魔術は弾丸にセットでつけられた雷管とベルト給弾式の銃身。手軽なトリガーをなにげなく操作すれば、18,000ジュールのエネルギーが即座に発生する。発射速度は毎分1,000発」
「つ、強い……」
「たとえがM2ブローニング重機関銃だからね。地球上のありとあらゆる生物――目標にするにはちいさすぎるものを除く――を瞬時に殺害せしめる兵器だし、西暦1,600年ころの火縄銃とくらべれば強くて当然よ」
「勇者が手ごわいわけだよ」
「けれど火縄銃も重機関銃も銃に違いないわ。魔術を使えない人たちにとっては、どっちも脅威といっていいのよ。さっき紹介し損ねたけど、魔術を使うためには『魔覚』という感覚を持っている必要がある。これは10人にひとりくらいしか持ちえない、一種の才能。これが一番重要なの」
「魔覚を持っていないと、そもそも魔力を体内に生成できないもんね。でもさ、スクロールとか魔法具なんかは使えるよね? あれはなんで?」
「魔力も魔術もセットになっている物品だからよ。そこに条件発動魔術をつけくわえているの。『ボタンが押されたらマッチ箱からマッチ棒を取り出せ。次に箱の側面へマッチ棒の先端をこすりつけろ』みたいな命令文と一緒にね。ボタンを誰でも押せる物理的なものにしておけば、すなわち魔覚を持っていなくても問題ないというわけ」
「だから魔術師でなくても魔法を使えるのか。じゃあちょっと脇道にそれちゃうけど、ついでに『魔法がないと生きていけない生物』たちのことを聞かせてください」
「承知したわ。魔法がないと生きていけない生物っていうのは『フォーサスにはいて地球にはいない生物』のことと思ってもらえればいい。たとえばドラゴンとかね。これらの生物って、魔法のない世界では死んでしまうの」
「どうして? ドラゴンって強いでしょ?」
「彼らは魔法抜きの物理法則の下では、科学的に生きていけないからよ。端的にいうと、脚の太さに対して胴体が重すぎるの。あれは魔法が体重をささえているから死なないですんでいる。魔法というささえがなくなったのなら、即座に自重でつぶれちゃう」
「逆にいえば、魔法があるからこそフォーサスには多種多様な不思議生物たちが生きているんだね。世界律『青い星』に感謝だよ」
「さて、本題に戻りましょう。そろそろフォーサスにおける各種魔術――つまり『どうやって類感呪術を使うのか』という方法論を紹介していきたいと思うの」
「待ってました! 思うにそれこそ聞いている人が一番ワクワクする部分だと思うんだよ!」
「一般の人むけ、ということなら否定しないわ。魔素の源を突き止めたあなたみたいな例外は置いておいて」
「じらさないの!」
「はいはい。まずは『言遊魔術』。トリガーの部分に言葉遊びを入れることで類感呪術を行使する方法ね。この世では魔界を中心にかなり広い範囲で使われる魔術なの。自由度がとっても高いのが特徴よ。一方で体系化されていない部分もあるから、最先端の魔術なんかとくらべると『古臭い』なんて言われることも。学者によっては古呪術の一種に分類する人もいるわ」
「蛇口をひねってはや幾年。生まれてはじめて行使した魔術だから、私にとっては魔法のルーツでもあるよ」
「次に『Runic Gand』。これも魔界中心に世界中で使われているわ。ルーン文字の持つ魔法的な力を活用する魔術ね。主たる種類はゲルマンルーン、北欧ルーン、アングロ・サクソンルーンの3つ」
「各種ルーン・アルファベットを使いわけているのはカールメヤルヴィの人たちだけな印象だね。国外だとゲルマンルーンを使う人が圧倒的に多いかな。次にアングロ・サクソンルーン。北欧ルーンを使った魔術ってかなり少ないイメージ」
「碑石なんかは北欧ルーンばかりなのにね。さ、魔界の外に目をむけましょう。前回の夢魔劇場で話しそこねたのが『The Guilds Magic』、いわゆる『冒険者の魔術』ね。冒険者って5人から4人にひとりくらいが魔術を使える職業なの。つまり一般的な職業よりも倍くらいの人たちがいるわ。ゆえに大陸でも有名な魔術のひとつが冒険者の魔術といえるわ」
「どんな特徴があるの?」
「言遊魔術なんかと正反対で、効果と名前がはっきり決められており、なおかつ体系化されているところね。冒険者は戦闘を生業にする職業だから、分類も戦いで使うか否かといった目線で決められていることが多い。おおきくわけて2つ。戦いで直接的に役立ちそうな魔術である『Arms Magic』、そうでないものをまとめた『Knapsack Majic』ね」
「『武器』と『背嚢』だね。おもしろい分類だっていつも思うな」
「大分類の下には各種魔法が置かれているわ。アームズだと攻撃魔法、防御魔法、能力操作魔法、回復魔法とか。ナップサックは探知系魔法、使役系魔法、生活魔法なんかね」
「出たね生活魔法。水生成、火おこし、洗浄などなど。旅をするのに便利だから、これを覚えるために冒険者ギルドへ入るって人も多いよね」
「そこが重要ね。冒険者の魔術は基本的に冒険者ギルドの構成員から構成員へ教えられるの。おおざっぱな仕組みと効果、どのように魔腺へ魔素を流すかという方法論なんかをね。もちろん有償で。魔法学校を経営しているギルドもあるわ。といっても国から認可を受けているわけじゃないから、教習所っていったほうがいいかもしれないけれど」
「どんな感じで呪文を唱えるの?」
「非常にシンプルで、集中した後に魔術の名を口にするだけよ。『フォーティファイ・アーマー』といった具合に。裏に『防御力強化』という言葉が縫いつけられている部分は言遊魔術に似ていると思う」
「基本、英語なんだね。じゃあ次は宮廷魔術なんてどうかな? あれは詠唱が独特だし」
「いいわ。宮廷魔術はその名のとおり各国の宮廷魔術師が使うものよ。王国でない国には宮廷がないから、韻律魔術と言ったりもする。これは韻律詩を口にして類感呪術を実施する方法なの。宮廷魔術師たちに言わせれば『由緒正しい魔術』とのことよ」
「たしかに聞きごたえはあるかも! 例を教えて?」
「詠唱って結構長いものもあるから、最後のむすびの部分だけ紹介するわね。『寒波きたり、火は逃げ去り、衣なき君、凍える息吹。軒の垂る氷に、空には霜月、命凍えし、氷の剣』。これはいわゆるアイスソードの呪文ね」
「尾韻を踏んで小気味いいね! これぞ詠唱って感じで! でもさ、魔術を唱えるのって長いと不便じゃない? 前に聞いたところだと、1分くらい詠唱が続くものもあるって」
「ふふっ、思考が完全に戦闘モードね。たしかに敵と対峙している時にそんな余裕ないけれど、宮廷魔術っていうのは文化的な側面が非常に強いの。宮廷詩人とか宮廷音楽家とかと一緒。王に雇われて娯楽を提供する一面もあるのだから、時には大仰なものでないと用をなさないわ」
「あ、そういう」
「もちろん時間をかけただけあって、発現する魔法はなかなかに強いものよ。それと宮廷魔術師たちは魔法の研究や開発なんかも主な仕事としているから、娯楽のためだけにいるわけじゃないこともつけくわえておく」
「ともかく宮廷っていう文化の中に生きている魔術師なんだね。じゃあ、次は?」
「次は教会の魔術を。これって『奇跡』であるとか『神の言葉』であるとか『The Pray』であるとか、呼び名がオージンのごとく多いから、ここでは教会魔術で統一させてもらうわ」
「それってエァセン教のテクラ教派、エレフテリア教派、世界樹教派の聖職者さんたちが使う魔術のことだよね?」
「ええ、そのとおり。冒険者の魔術――敵を倒すための魔法と正反対に、教会魔術は人を生かすための魔法を主としている。たとえばけがや病気の治療だったり、たとえば争いを鎮めるような魔法だったり」
「具体的にはどんな感じなのかな?」
「やはり重宝されるのは治療関連ね。洗浄、殺菌、解熱や解毒。止血とか縫合なんかも。世界に数名だけ失った部位を再生させられる者だっているわ」
「再生はドクもできるよね。あれってすごい技術だったんだね!」
「彼も世界で数人の中のひとりだからね。もっとも彼の場合は教会魔術ではないけれど。話を戻すと、治療関連以外に便利なのは争いを鎮める魔法かしら。とくに怒っている人をなだめる『鎮静』の魔術は紛争解決のために使われているのよ。裁判になりそうな個人同士のいさかいなんかに出むいて行って『まあまあ、まずは私がお話をうかがいますから』なんて言いながらビビッと魔法をかけるのね。おたがいが冷静になってから話を聞いたほうが解決しやすいものだから」
「出番多そう! 聖職者の人たちってそういう役割も持つんだ」
「これは半分笑い話で半分事実なのだけど、転生勇者たちがいだきがちな感情として『宗教家は悪いやつらだ』なんてものがあるの。まあ金の亡者みたいなのもいるから気持ちはわかるわ。けれど多くの聖職者が教区の人々へよりそって、日々その助力をしていることも忘れるべきではない」
「それこそ勇者もそうだけど、社会的地位で人のステレオタイプを決めるのは冗談の中だけにしろって話だね。あ、いやジョークもTPOが求められるけれど」
「聖水よあれ、とか?」
「言ってるそばからやめてね。じゃあドクの話が少し出たから、錬金術についても軽く教えてください」
「フォーサスにおける錬金術も多種多様だけれど、ここでは主たるものを挙げるわ。すなわち魔術と魔法の器具を使って、魔法具を作成する錬金術のことね」
「ドクの工房そのまんまだね」
「錬金術師というのは、この世界で疎んじられている者なの。これは火薬の作成を禁じた世界律があるから。化学者ないし科学者の側面が強い錬金術師たちからしたら、硫黄、木炭、硝石を混ぜることなんて朝飯前だし」
「けれどどの国にも錬金術師が存在しているよね」
「それは彼らの作成する魔法具が生活になくてはならないからよ。それこそ星の数ほどの種類がある魔法具は、冒険者にとってもそうでない人たちにとっても日常的に目にする物品なの。どこの家庭にもある、というほどではないけれど、ちいさな村にだってひとつくらいは魔法具があるものだし」
「どんな魔法具が多いのかな?」
「圧倒的に多いのは浄化の魔法が付与されたものね。これは『神が世界にあたえた』といっても過言じゃないくらいの数がある。井戸の桶だったり井戸の構造体そのものだったりするわ。これらが壊れてしまった時、魔道具屋――つまり錬金術師の出番になるの」
「魔道具屋さんって錬金術師の別名だったの?」
「表立って活動できないから、そう名乗っているやつらがきわめて多いわ。『魔道具を売るだけです、作ってはいませんよ』なんて言い訳するのね。もちろんまわりの人たちも事情はわかっているからなにも言わない」
「なるほど。冒険者たちが戦闘で使うような、魔法の剣みたいなのも錬金術師が作っているんだよね?」
「ええ、そうね。そしてそういう魔法武器を打つのはドワーフないしドヴェルグルたちと相場が決まっている。……地球で特定の人種が特定の職業をしている、なんて言ったら政治的な正しさに反するのかしら」
「急に毒吐くのやめてね! 魔法武器の鍛冶屋さんには理由があるでしょ?」
「指輪系種族のドワーフ、北欧系種族のドヴェルグルたちは、鍛冶に関する魔術が得意だからね。全人口の5分の1くらいが鍛冶魔術を使えるの。ミョッルニルを作成したことで有名な兄弟の名前をとって、『Brokkr ok Sindri』といわれるわ」
「ん、あれ? 他にも名前がなかったっけ?『なんとかガンド』みたいなやつ」
「同じく鍛冶魔術の『Völundr Gand』ね。こちらはドワーフ種やドヴェルグル種以外の種族が使う鍛冶魔術全般のことを指すわ。ちょっと違うやつなのよ」
「へぇぇ、そうだったんだ。というか錬金術師の概要をお話ししていたら、鍛冶魔術の話になっちゃったね。あまり長くなるとなんだから、錬金術に関してはこのあたりで。有名な魔術っていうと、あとは古呪術のたぐいかな? 交霊や降霊、未来予知、占いとかおまじないとか」
「この世の魔術の9割を占めるやつね。けれどそれを解説しちゃうと私の口から言葉のミズガルズオルムが出続けちゃう。フォーサスの魔術を虫の数ほど多種多様にしている原因が、そのオールド・マジックの多さにあるわけだし」
「シニッカがミズガルズをウロボロスのように囲む前に、そろそろ終わりにしたほうがよさそうだね。じゃあ最後にさ、マイナーな魔術の中でシニッカのお気に入りがあったら教えて」
「それなら『The Ballad』ね。別名『音物語』ともいわれる、演奏や歌唱と魔術を組み合わせた音楽魔術なの。吟遊詩人の魔術のひとつね」
「おお! おもしろそう!」
「ほとんどが歌とか演奏をすることで類感呪術を呼び出しているのだけれど、この曲のタイトルがどれも斜に構えている感じで素敵なのよ」
「ちょっと皮肉気なのかな? たとえばどんな?」
「酒宴の席でみんなの心を高揚させる歌『酒飲みのドラゴンの咆哮』とかね。歌詞の内容は『酒飲みは竜のように大食らい。彼らは蛇のように大酒飲み。でも太陽は聖剣のように竜を殺す。翌朝、その頭痛と吐き気でもって。だから彼らの咆哮は、いつの日だって床をひどく汚す』」
「吐いてるじゃん! 汚いよ!」
「実際、歌の最中に数名が吐いたわ。おかげで吟遊詩人は酒場をつまみ出されてた。あれは傑作だったわ」
「止めてあげなよ……」
「くわえておもしろかったのが、翌晩に同じ酒場へあらわれたその吟遊詩人だったわ。音物語のタイトルは『酒飲みの我慢強いドラゴンの咆哮』。歌詞の最後に『けれど俺らは我慢強い。なんにせよ、もったいないから』って取ってつけたような一節を入れていた」
「へこたれないね。他にもあるの?」
「傭兵や冒険者の戦いの場面にうってつけの音物語があるわ。戦士の力を増すような効果のやつね」
「すごいじゃん! でもタイトルが気になるよ」
「『英雄は犬のように死んだ』よ」
「やっぱりひどい!」
「歌詞の最後に『さりとて犬は人類最上の友である』と入っているのを補足しておく」
「あ、ちょっといい話っぽい。……死んじゃってるけど」
「さ、これくらいにしておく?」
「そうだね! 次回はまた興味深い話題を提供できるようがんばります! じゃあねみんな、バイバイ!」
「Moi moi」




