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笑うストリーマー 25

 対峙する勇者と魔王の姿は配信中だ。見守るのはトリグラヴィアの民たち。有名人同士の戦いがどのような結末を迎えるのかと、固唾を飲んでいる状態だった。いつはじまるのか、であるとか、はじまる前にどんな話をするのだろう、であるとか。


 すると、勇者の近くにあるたき火あとをちらりと見て、魔王が口を開いた。


「どうやら待たせてしまったみたいね。食事はちゃんとすませたかしら?」


「きたな魔王。それに狼と魔女。なかなか挑発的な宣戦布告だったな。だけど受けて立ってやろう。なかなかいいところじゃねぇか。お前の髪と同じ色の空間なんて、お前の墓場にちょうどいいと思うぜ」、勇者が先制攻撃とばかりに威圧の言葉を放つ。


「気に入ってもらえて嬉しいわ、グリゴリー。あなたは()()()()()場所を好むんじゃないかと思って選んだの」、即座に魔王は言い返した。イーダの予想した勇者の死亡原因をちらつかせながら。


「……なんで俺の前世を知っている? それも女神が言っていた対抗召喚のおかげか?」


「実際のところお前の前世なんて知ったこっちゃないわ。大切なのは今これから。それはお前もそうなのでしょ? さりとて、なにか言い残すことはあるかしら?」


 言い残すことは、なんて、いかにも悪役な言いかた。「ははは!」、笑うフェンリル狼の横で、魔女も「まったくもう」と苦笑する。シニッカときたら悪ぶることに躊躇がない。次は冥土の土産でもくれてやるつもりだろうか、なんて思う。


 とはいえ言われたほうはいらだちを覚えるに違いなかった。事実、魔女はグリゴリーの顔へ不快感が浮かぶのを見逃さない。当然ながら彼はさらに言い返す。


「言うじゃねぇか魔王。ならひとつ、アネクドートでなぞなぞを贈ってやるよ。『それを買ったら売ることはない。それを使った者はふたつめを求めない。それが必要なやつほど欲しがらない』。ついでにいうならお前にも必要なものだ、魔王。これがなんだかわかるか?」


「答えは『棺桶』でしょ? あなたには()()()()が必要じゃないかしら」


【おお! なるほどぉ】【魔王様、ちょっとくらい悩んでから答えを言ってよ。私、自分がバカに思えてきた……】【心配すんな、俺にはまだわからん】【てかさ、グリーシャって一回死んでるの? 人が生き返ることなんてないでしょ?】【たとえだろ、たとえ】


「なら私もアネクドートをお返しするわ。グリゴリーは言います。『魔王はすでに追いこまれた! 崖っぷちだ!』と。さらに勝ち誇って言葉を重ねます。『いつだって俺はあいつに先んじて行動しているのだから!』なんて」


【ん? どういうこと?】【あはは! 落ちてる! 崖から落ちてる!】【舌戦は魔王様の勝ちですね】


 これにはイーダも噴き出してしまった。おかげで勇者はますます不機嫌になった。「ちっ!」と強く舌打ちして、怒りを隠そうともしない。


「……まあいいさ」、冷静を装う言葉を吐きながら、彼は短刀をシャッ! と抜いた。「悪口合戦はこれくらいにしておこうか。もっとシンプルに、暴力での戦いのほうが好みだ。オーディエンスたちもそれを望んでいるだろ?」


「ええ、構わない。私も武器を手に取ることにする」、魔王はいちど頭を下げた。両手をだらんと下げ、息をふぅっと吐き、ゆっくり顔を上げる。


 その口にルーンをたずさえながら。


「<(フェフ), ( )ᚱᚨᚾᛃᚨ(ランヤ), ( )ᚷᚨᛟᛁᛊ(ガオイス)>」


 ふわっと白樺の香りがして、魔王の両手それぞれに武器があらわれた。彼女が持つのは2本の古い槍で、両方とも身の丈ほどの長さ。つまり二刀流ならぬ二槍流だ。しかしイーダはそんな武装よりも、魔王のルーンへ注視していた。


(フェフ)? めずらしいな。ゲルマン・ルーンか)


 知られている中で一番古いルーン文字がゲルマン・ルーンだ。見方によっては由緒正しいともいえる。だからおそらく、あの2本の槍もそういうたぐいのものなのだろう。


 魔女はそう考えながらも心を静めた。冷たい戦いの空気が水辺からただよってきて、「そろそろ君も準備しなさい」と言っているようだったから。


(私はいつもどおりアングロ・サクソンルーンを。と、その前に)


 ショートソードへ右手をのばす。そろりと柄に手をそえて、ぐっと握りしめる。手のちいさい自分にもちょうどいい太さだから、数年間使い続けた道具のように、ぴたりと手のひらへすいついた。


 刀身を鞘の口へこすりつけないよう、ゆっくりと抜き放つ。銀色の光が刃をなめたのは、まるで舌なめずりをしているかのよう。刃のついた武器なんて手にすることがあまりないから、イーダはぶるると身震いを覚えた。けれど気おされている場合ではない。手に持った剣を胸の前へ垂直に立てる。


 あいた左手は懐へ潜ませた8面体の魔石を、服の上から握りしめた。そうやって目を閉じ、精神を集中させる。


 今日持ってきたのは北欧神話の軍神、テュールを意味するルーンの魔石。他のアース神族と同じく、彼にも多くの名前がある。たとえば『戦いの神』『狼の養父』など。『片手のアース』というのもあって、これはフェンリル狼をグレイプニルでしばる時に片手を失った逸話に由来する。


 なんにせよ彼は軍神だ。俗に勝利のルーンといわれる『(テュール)』が、彼の名を冠していることに疑いの余地はない。ゆえにヴァリュキュラいわく、「勝利欲さば剣の峰に(テュール)を刻み、高くその名を2度咆えよ」とまで謳われているのだ。だからイーダは今日の対決にこのルーンを選んだ。勇者と白兵戦をするにあたって、とびっきりのひとつを使うべきだと思ったから。


「――<(テュール), ( )(テュール)>」


 神の名に反応したか、剣がぼやっと輝いた。強い白樺の香りを放ちながら、てのひらに知識と経験が流れこんでくるのを感じた。


 流れこんできたのは武器のあつかいかただ。魔女は自分が剣を使えるようになったと理解した。敵へ刃を振りおろす時、両手をどのように動かすのかであるとか、足をどのように運ぶのであるとか、そういうものが一瞬にして自分の手の中にすっとおさまったのだ。


(すごいな。剣を握っただけで一流の剣士になれちゃった気分)


 剣が手取り足取り教鞭を振るってくれている。言葉をしゃべっているわけではないけれど、「ああしろ、こうしろ」という指示が四肢へ直接伝わっているかのようだ。


 魔女は魔王へ顔をむけ、ひとつうなずいた。「準備できたよ」という所作だ。それに魔王は自身の頬をトントン、と叩く。「ペストマスクいらないんじゃない?」なんて言いたげに。


「わかった」、そう言って魔女は留め具を外し、マスクをベルトに引っかけた。黒髪黒目、鼻の低い顔が敵の目の前にあらわれる。勇者は「やっぱりアジア人か」と忌々し気につぶやいた。


「カールメヤルヴィ人だよ、グリゴリーさん」、ニコリともせずに魔女は応じた。【おお! 魔女ってあんな顔してたんだ】【杖じゃなくて剣を使うの?】【魔界の連中って、ひと癖もふた癖もあるよな】、好き勝手なコメントが流れても気にしない。意識はすでに戦闘へむいているのだから。


(数ではこちらが優っているから、ちゃんと有利な状況だね。戦いがはじまったら、バルテリとシニッカと私で勇者をおさえこむ。3分15秒経過すれば、アイノの魚雷で勇者の鎧を破壊できる。そうしたら()()()()でとどめだ)


 立ちまわりの予習も終わり。戦いの空気が空間に満ちた。「さ、そろそろはじめましょうか」と、魔王が開始の音頭を取る。


「ねえグリゴリー。もうひとつ問いかけをしようと思うの」


「言えよ」


「この音の正体は?」


 パチン、指を鳴らす。直後――チッチッチッチ、雷撃へのカウントダウンが開始された。


 そして――


「<加速せよ(羽をたたむ隼)>!<体力よあれ(駆けるたてがみの脚)>!」


「<ダンパーよあれ(スレイプニルの脚)>!<腕力よあれ(秋のアリの口)>!」


「<獣化せよ(失せろグレイプニル)>!」


 ヴィヘリャ・コカーリは一斉に魔を唱えた。青い毛並みの狼がその巨躯をあらわにし、魔王は二槍を段違いにすきなく構え、そして魔女は剣をふぉん! と一振りした。潜水艦も見えないところでぺろりと短い舌を出す。


 戦闘準備は完了だ。武器も闘志も持ってきた。後は作戦どおりに動くだけ。


 魔女は狼が鉄砲水のように敵へ襲いかかり、先端を開くと予想していた。勇者はそれをいなすだろうから、すかさず追撃を入れようと身構える。けれど……。


 役者はまだそろっていなかったのだ。


「なるほど、あの時の音か。だがな魔王、お前らは3対3ないし4対3のつもりだろうが、敵が30かもしれないとは予想しなかったのか?」


 勇者グリゴリーはニヤリと笑い、天井を殴りつけようかといわんばかりの勢いで右腕を突き上げた。「Активи(アクチヴィ)ровать(ーロヴァチ)!」、すなわち()()()()と叫びながら。


(な、なに⁉︎ 嫌な予感!)


 それは魔女の予想どおり。ズズズ、肉を地面へこすりつけるような音がそこかしこでする。はっとなりまわりを見まわすと、戦場の水辺部分へ浮かぶのは、数十名分の人型の影。


 スライムとかウーズとか呼ばれるもの。そんなモンスターが人のシルエットを作ろうとしている。


【おいおい! なんだあれ⁉︎】【グリーシャが呼んだの⁉︎ これ罠じゃん!】【さすがに地の利はグリーシャにあったか】【おもしろくなってきちゃった! あれってなんだろう⁉︎】


 オーディエンスたちも一斉に盛り上がる。コメント欄が夏のセミのようにさわがしい。


「……グリゴリー、説明いただけるかしら?」、魔王は口元へ笑みを浮かべたまま、しかし油断ない目線を勇者へ送った。


「この部屋のギミックだ。知らなかったかもしれねぇが、俺はここに1年間も閉じこめられていたんだぜ?」と、勝ち誇って勇者は言う。「だからたとえばこの空間に隠されたスイッチがあることとか、それを入れれば()()()()()()()()()()ポップ・モンスターがあらわれることとかを知っている」


「ずるいわ」「知ったことか」、会話が終わる頃には30体ほどのスライム人間がヴィヘリャ・コカーリを囲んでいた。各々が剣や槍、弓などの武器を手にたずさえ、獲物を追いこんだ狩人たちのように魔界の住人へ殺意をむけている。


(こ、これは予想外。というかピンチなんてもんじゃないよ!)


 さっきまでの威勢はどこへやら。魔女は口の端をヒクヒクさせて、頬へ汗をつたわせる。「ど、どうしようか?」なんていうなんの役にも立たないつぶやきを口からひとつ放りながら。


 雲行きは極めてあやしくなった。数的有利を作って戦いへ挑めると思っていたのに、今や敵はこちらの10倍もいる。この人数相手にどうやったら勝利できるのか、魔女にはさっぱり思いつかない。絶望感にめまいまであらわれかけているのだ。


「ははは! これはやられたぜ! なかなかいい性格してるじゃねぇか、勇者様よ!」


 けれど劣勢を感じさせない狼の高笑いが戦場に響く。言葉とは裏腹に、逆境を予想していたようにも、むしろ歓迎しているようにも思えるほど愉快そう。


「前菜を用意してくださるとは気の利いたことだ。見てのとおり体がデカいんでな、お前さんたちだけじゃ腹一杯にならないかもなって心配してたんだ」


「どっちが食われる側か、わかってねえようだな!」


「肉を食うのは得意さ、勇者グリゴリー。そいつが『自分は強いんだ』と思っている時にはとくに。ラグナレクで俺が誰を一呑みにしたか知っているだろ?」


「私たちを食事あつかいするの⁉︎ 最低ね、クズ狼!」


「お前さんはレインだったか? デザートにとっておいてやるよ。もしお前さんがヴィーザルだったなら、俺もおとなしく討ち取られてやるさ」


 バルテリは動じていない。それがわかったから魔女も動揺するのをやめた。かわりに我がパーティーの頭脳たるシニッカへ、青歯王の魔法をとおしておうかがいを立てる。


(あらためて、どうする? シニッカ。勇者には4人で当たる予定だったけど)


(あなたは隠しスイッチを探して。勇者はバルテリと私で足止めする。スライムさんたちもなんとかするわ)


(猶予は?)


(3分15秒)


 わかったよ、そう答えて魔女は凛々しい表情へと戻った。ふと思い出すのは先日の野球の試合。勇者イヴォは逆境においてすばらしい成長をしてみせた。なら私も。


 これはのび悩みの自分が成長するチャンスだと、意識高めに気取ってみせる。


 イーダは勇者へ声をかけた。


「勇者さん、真名だけじゃなくって、いろいろ教えてくれるんだね。あなたはやさしいよ」


「どういう意味だ、カールメヤルヴィ人」


「スイッチのこと教えてくれてありがとう」


 わざわざ相手に警戒させる言動をする。これなら少しはシニッカたちの助けになるから。


 それに、なにも自分ひとりで探すわけではないのだ。


 なにせここにはアイノと、()()()()()()()()んだから。

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