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笑うストリーマー 24

 腰に下げた剣が重い。魔女は歩きながらその剣を鞘の上からつかんで位置を調整する。1キログラム程度という重量に見合わぬ重さが、手のひらへ主張を返してきた。実際より重く感じる理由は、それが武器という人を傷つけるための道具だからだろう。きっと「心して身につけよ」なんて顔をして、持ち主に覚悟を強要しているのだ。


(ショートソードって、名前ほど短くもないし軽くもないな)


 そう思うのもなんどめか。手を離したとたんにベルトが右の腰にグイグイ食いこみ、主張をやめてくれそうにない。彼女は魔女なので剣よりも杖の似合う存在なのだが、今日は自ら選んでこの武器を持ってきた。理由はもちろん戦闘で使うため。


 けれどもしかしたら別の理由があるのかも、なんて自分で思う。つまり「ダンジョンにきているから」なのかもしれない、なんて。


 昔、とある人がこう言った。「ひとたび『宝守迷宮(ダンジョン)』という単語が人の口から出れば、それを聞いた者は感情をかき乱される。そして一刻の後には剣をたずさえている」と。ずいぶんその迷宮に入れこんでいるような台詞だったが、それは発言者が冒険者であったからだ。


 心を高揚感で乱されてしまうがゆえ、彼ら冒険者は命をかけて迷宮へ足を踏み入れる。自身の成功を目的としたり、ただスリルを味わうためにそうしたり、理由はさまざまなのだろうけれど。


 そんな背景をもってしても、彼らの間で合言葉のように広く知られるこの一文は「少々表現が安っぽい」などと評されてしまう。誰に? と問われれば、答えは主に詩人たち。「この世界の詩人たちときたらね、他人の言動にケチをつけることにおいて、政治家や弁護人とならぶ3大巨頭になっているの」とは魔王の弁だ。


 人のこといえないと思う、ペストマスクの魔女はひそかに苦笑した。だって今まさにシニッカは、この場所へ皮肉を吐いている。


「『冒険者の大腿骨』『剣の墓場』『肉食の壁』『黄金(蛇の寝床)の寝たきりの臥床(がしょう)』『必ず失敗にいたる唯一の建造物』、なんてね」


「魔王様よ、そいつはダンジョンの詩的な言いかえ(ケニング)か?」


「後半はただの揶揄よ」


 暗い通路、こもった空気を震わせるのは、数名の足音だった。それと、足音にくらべれば酒場の喧騒程度にもにぎやかな武器のガチャガチャ鳴る音も。


 1週間前の夜、シニッカは夢魔配信の中で勇者に対する宣戦布告をした。決戦の場所はダンジョンの中。各々が決められた時間までにそこへ行き、両者揃ったら雌雄を決するのだ。


 2022年8月7日の夜。ヴィヘリャ・コカーリのメンバー3人は、難度Aランクのダンジョン『カルストの迷宮(クラスキ・ラビリント)』にいた。そこは想像していたよりもずっと広く立派で、そして暗い雰囲気の場所だった。


 壁も床も天井も、この場所はすべて石造りでできている。どこの誰が造ったのか、それらは高い強度となめらかな平面を持ち合わせていた。地面がちゃんと水平なことから、度量衡をつかさどる預言天使エレフテリアが一枚噛んでそうだ。


 地下だというのに、灰色の通路は繁華街の裏路地程度に明るい。一定間隔で魔法のランプが、迷いこんだ(そして侵入した)人々へ視覚的な補助をあたえているせいだ。


 そんな光景を、魔王はオーディエンスたちへ紹介する。


「みんながダンジョンの中を見るのはめずらしくもないでしょうけれど、ここはその中でもとびっきりのやつなの。他の場所と違って、ここには天然の洞窟とか鍾乳洞とかを思わせる荒々しい壁面は存在しない。かわりにあるのは、エレフテリア様の加護を受けているかのように整然とならぶ石レンガの壁よ。太古の王様が自身の死体と多くの財宝を眠らせている、なんて言っても信じちゃうでしょう?」


 配信は先ほどはじまったばかりだった。実は昼過ぎからこの迷宮に潜っていたが、ようやく勇者との待ち合わせ場所――つまり決戦の場所までほど近くなったので、まおらく――『国王に呼び出されたと思ったら勇者と戦うことになった件。でもみんなは知らないけど、私は魔王だから楽勝です』が開始されていた。


(しかし……使い魔かわいいなぁ)


 今日、配信をしている夢魔(先日カールメヤルヴィから連れてきた人)はここへきていない。彼女の使い魔がイーダたちのまわりを飛んで、撮影者(ビデオグラファー)になってくれている。


 その姿はネコヘビらしきもの。いや、ネコヘビそのもの。どういうわけか宙へふよふよとただよい、その目で見た光景を視聴者たちへお届けしている。もちろん死骸をドローンに改造したわけではない。ちゃんと舌も出し入れしているし、呼吸だってしているのだ。太い首には青い首輪も。(フェオ)――財産のルーンが描かれているのは、ネコヘビカメラの中継を魔女が共有するためのもの。


【魔王様がしゃべると、長い舌が見えて興奮する】【不敬罪】【今日、戦いがはじまるんだなぁ。不敬だけど、すごく楽しみ!】【それもぎりぎり不敬罪】【バルテリ様! 私を噛んで!】【不敬……罪?】【お前は黙っていろよ狼信者】


 おかげで絶好調な視聴者たちの、好き勝手なコメントも目の端に見えている。そんな彼ら彼女らは、時々「シャにゃ~」とネコヘビが鳴くと【かわいい】の文字でコメント欄を埋めつくす。なんだか早くも「訓練されたコメント」なる文化が発生しているご様子だ。


(なんだか気が抜けるなぁ)


 実際は「ネコヘビばかり見て気を抜いている者たち」筆頭格の魔女ではあったが、今日は自分にも役割があったことをなんとか思い出した。シニッカがひとりでしゃべり続けると状況も伝わりにくいので、彼女に対する質問役を命じられているのだ。


 鳥顔のくちばしを魔王へむけ、さっそく役目を演じることに。シニッカが手に持った()()()への質問を。


「ところで魔王様、その手に持った棒ってなんですか?」、答えは知っているけれど。


「これは11-foot po(11フィート棒)leよ。ダンジョンにおける、古式ゆかしい必須アイテムのひとつなの。迷宮は罠だらけでしょ? 昔はこういうのであちこちをツンツンつつき、罠の有無を調べたのよ。これが罠でバキッと折れたなら迷わず腰の剣を抜く、なんて具合にね」


 なるほど、と相づちを打ったイーダに、ふといたずら心がわいた。「別名はありますか?」なんて聞いてみる。物品があったらそのケニングを聞く、なんていう魔界あるあるを前面に押し出して。


「『罠の食料』『戦いの前にある剣』『落ちるはずだった手首の身代わり』『現在におけるほどよく加工された木の死骸かつ、未来における惨殺された木のごみ』かしら?」


 魔王様もコメントに負けず絶好調。あまりにキレがよいものだから、魔女はついつい「ひ、ひどい」と素直な感想をぽつり。そんな彼女にもコメントが容赦なく飛ぶ。


【となりの人、例の魔女だよな? 帽子に白樺差してるし】【魔界のメンバーってことは「白樺の魔女」? 最近なんか話題に上がるよね】【あの人はプラドリコで……いや、なんでもない】【消されるぞ!】【なぜあの人がバルテリ様の近くに? そこ変わってよ】【ぶれねぇな、お前】


(なぜバレてるの⁉︎)


 今日はちゃんとペストマスクをかぶっているのに、どうやら正体は露見していた。ただし「イーダ・ハルコ」の名が知れているわけではなさそうなので、ペストマスクを顔からはがすことなどしない。それに――


(あ、でも有名になったのはザ・カニングに一歩近づけた証かな? だとしたら嬉しいかも!)


 表情を隠すマスクがあることで、彼女はだらしのない笑い顔を数千人へ見せずにすんだ。


「さ、オーディエンスたち。そろそろ見えてきたわ。槍の遊び場、盾の墓場、フギンの餌場、すなわち戦場(いくさば)がね」


 その発言にイーダもオーディエンスたちと一緒に前方へ視線を送った。どうやら今歩いている通路から広い空間へ出そうだ。そこからは水の流れる音と一緒に、ひんやりとした空気が流れこんでくる。近づくにつれ水の気配はおおきくなっていき、「ちょっと肌寒いな」なんて感じる頃に、彼女たちはその空間へ到達した。


(広い!)


 先日のワゴンブルク・ドームと同じくらいの広さと高さのある空間。ただし幅も高さも奥行きもそれぞれ一緒くらいに見えるから、巨大な立方体の中に出たような印象だ。床はチェス盤のように正四角形がならべられている。1辺5メートルくらいありそうなそれはちゃんと2色に分けられていて、片方は足場、片方は水辺だ。つまり広い湖の上へ、正方形の足場が整然と間を開けて浮かんでいるのだ。


「ここが最近発見された場所、『エレフテリアのゲーム盤』よ。計算されつくした構造が預言天使エレフテリアによって設計されたように見えるから、そんな名前がついているのね。はじめて見る人も多いのかしら? 水はかなり冷たくて深いのだけど、上に浮く足場はとても頑丈なの。古くは神々がなんらかのスポーツか、もしくはゲームを行う遊技場だってんじゃないかって学者たちにいわれているわ」


 魔王はオーディエンスたちへこの場所を説明する。


「視点をあの高い天井の真ん中にうつしてみてごらんなさい。スイッチがあるのわかるかしら? あれを押すと外側の足場から少しずつ水没していって、最後にはすっかり湖になってしまうの。神々の遊びはきっと性悪なものだったに違いないわね。ゆえに……私たちはここを戦場に選んだというわけ」


 ニコリとニヤリの間の笑み。そして天井を指す指を、広い空間の真ん中あたりへむける。数十メートルほど離れたその場所には勇者たちがいた。「彼が溺れるところを見たいと思わない? それが水であれ、おのれの力であれ」、さっそく性悪な台詞を口にした魔王は、狼と魔女を連れ立って勇者の元へ歩いていく。足場の角から足場の角へ、ひょいっと身軽にはねながら。


【おい、どっちを応援する?】【あたいはグリーシャかな。彼とアムちゃんの配信っておもしろいし】【魔王様だろ。どう考えたって『まおらく』のほうがおもしれぇよ】【そろそろ「バルテリ様一択です」ってコメントが入るに違いな――】【バルテリ様一択です!】【どっちかが今日見られなくなるのって残念だな】


 距離があるため時間もたっぷり。両者が近づくごとに視聴者の期待感も高まっていった。それぞれを応援する人数は半々程度だ。片や勇者グリゴリーとアム・レスティング、それにレイン・グスタムの3人。片や魔王と魔女と狼の3人。魔王があっという間にチャンネル登録者を増やしたせいで、ストリーミング界隈の1位と2位が直接対決をする事態になっている。


【3対3か。どうなるんだろう?】【本当に3対3なのか? 魔王様の宣戦布告には人数の指定ってなかったよな?】【魔王様たちが伏兵を潜ませてるかもってこと? それありうるね】


 いぶかしく思うコメントへちらりと意識をやりながら、魔女は今回の作戦をおさらいする。


(まず、相手より多くの戦力を集められたかな。アイノもちゃんと連れてこられたし)


 ストリーミングには映っていないが、アイノは姿を消してついてきていた。というより、配信がはじまってからずっとイーダに曳航されていた。ものぐさ少女は器用にも両手だけを異空間から出し、魔女のベルトをつかんでふよふよ引きずられているのだ。


(戦いがはじまったら足場は早々に水没させる。そうすればバルテリとアイノが有利になる)


 潜水艦たるアイノは言わずもがな、バルテリも水辺を得意としている。フェンリル狼は水の上を疾走することもできるのだ。さすが、神話で口から川を流すだけのことはある。ただし「フェンリルは地水火風でいう水属性」というわけではない。彼は口から炎くらい吐けるらしいし、そもそも地水火風という属性は錬金術におけるものであって、彼の生態に直結しているわけではないからだ。だから「属性の相性がいい」とかはなくて、ただ単に「穴だらけの足場で相手より自由に動ける」のがメリットになる。


(そして勇者へ十分ダメージをあたえたら、とびっきりの一撃を――)


 魔女が作戦を最後までおさらいする前に、勇者たちと魔王たちの両者は対峙する距離まで近づいた。空間の中央、足場のない5メートルの水辺を境界線にして。それでも魔女の体へ殺気が伝わってくる。風のない場所なのに水面を波立たせるくらいには。


 戦いの予感とともに、魔王と勇者は対面をはたした。

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