笑うストリーマー 23
がっかりだ。イーダはふたたびがっかりした。
スラヴコは予定の時間になってもあらわれず、かわりにこれでもかというくらい礼儀正しい使者が、誠に申し訳なさそうな顔をたずさえて自分たちを訪ねてきた。
いわく、スラヴコは急用ができ、どうしてもここへこられないとのこと。それはどうやら急病のたぐいらしく、「魔王様へ誠に申し訳ない。さりとて病をうつすようなことは許されないがゆえ、どうかご容赦願いたい」なんてことづてだった。
非公式訪問とはいえ1国の王との約束を反故にしたのだ。かなりよろしくない行動だったことはイーダにもわかった。けれど当のシニッカが怒ることはなかった。予想の範囲内、というそぶりすら見せて。
「養生なさいと伝えてくれる? きっと私に会うという重圧で、胃に1ダース半の穴が開いちゃったのだろうから。私としても、久しぶりにオートミール以外の物を食べられて嬉しいの。病気をうつされて胃を傷めるわけにはいかないわ。心づかいに感謝する」
胃痛は伝染しないだろうし、重圧も伝播しないだろう。そもそもシニッカの胃を傷める相手なんて、きっと食べすぎか飲みすぎくらいなものなのだ。どんなプレッシャーの中にいても、笑顔で舌をチロチロさせるのだから。
なんにせよ、これはあまりいい知らせではなかった。
使者が部屋を出た後、魔女は魔王へ心配そうに聞く。
「スラヴコは敵側についた?」
「かもね。身分的に敵の旗印かも」
だとすれば事態は混迷を極める。国王とその甥が覇権を争うような状態になるのだから。そうなると今日説得に成功した3公爵だって、そのまま味方でい続けてくれるとはかぎらない。旗色が悪そうなら身の振りかたを考えるだろう。
「クーデター対策の件、動きにくいったらありゃしないわ。他所様の国じゃ自由なことができないし、老人ヤネスは許可をくれないし。できる範囲でやるだけね」
「話しぶりからして、ヤネス王も警戒はしているんでしょ? スラヴコさんと直接話をしていたりしないかな?」
「そうは見えないわ。さっきも言ったけど、どうもあの王様は自分が嫌われることを望んでいるような節があるし。ともかくスラヴコのことはしばらく置いておきましょう。説得できてもできなくても、どのみち私たちのやることは変わらないから」
「うん。大切なのは勇者との対決に勝つことだね。結局、その戦いで為政者も決まるだろうし」
どうやらこの国には、現国王の側につくか、将来の王に投資するか、2つの勢力が存在している。おのおのに別々の蛇が味方をし、戦いの準備段階から鎌首をもたげあっている。
けれど非常にシンプルだ。ようは勝ったほうが正しい。
「さ、それじゃあ仮眠をとってから、夜の夢魔配信の準備をしましょう。今夜、勇者に宣戦布告するの。勝負の場所を決め、時間を決め、方法を決めなきゃ」
「わかったよシニッカ。でもさ、作戦はあるんでしょ?」
不調に終わった交渉ごとを、頭の中からささっと掃き出す。次の悪だくみを準備して、どんどん前へ進んでいくのだ。
「当ててみなさい」
「うーん、そうだね。まず戦場は宝守迷宮でしょ? しかも勇者グリゴリーさんが降り立ったっていう場所。相手にとっては地の利があるし、断りにくいと思うんだ」
「だんだん思考が私に似てきたわね。正解よ。彼の降り立った『カルストの迷宮』は、3つの冒険者ギルドすべてで最高難度のAクラスに分類されるダンジョンなの。石灰岩なんかの大地が水に侵食されてできたカルスト地形、その地下に巨大な迷宮が広がっているわ。当然地下には川も湖もある。とっても戦いにくい場所でしょうね」
「でも、水の上でも疾走できるバルテリとか、水が大得意なアイノがいるから、私たちにとっても有利な場所だと」
そのとおりよ、魔王は満足げな顔をして言った。魔女はそれが正確な回答をした自分へむけられているとわかって、やはり笑顔を浮かべた。だから「時間は?」の問いにも「この前シニッカが言ったとおり、1週間後がいいと思う。それだけあれば今回の戦いがトリグラヴィア全土に知れ渡るだろうし」と答えてみせた。そこへ「近隣の街から、配信を見ようと人が集まるにも、それくらいがちょうどいいと思うんだ」とつけくわえてもみた。
「いいわね、じゃあそうしましょうか。私たちの準備期間もたっぷり取れることだし。それじゃあ最後。戦う方法は?」
「うーん、それはダンジョンの構造をもう少し理解してからかな。できればバルテリが活躍できる広い空間と、アイノが得意な水のある場所がいいかも。グリゴリーさんの性格上、ちゃんと正面から殴り合う形がいいと思う。危険だけどね」
そこまで口にして、魔女は視線を魔王から外す。帽子のつばの裏側を見て、なにか考えるような所作をして。
数秒そうやって思考をまとめた魔女は、あろうことか――舌をぺろりとさせた。
「あらあら。あなたにも蛇のご先祖様が?」
「悪い友人に感化されたのかもね。ねえシニッカ。どう戦うかについてはまだ考え中だけど、どう勝つかについては、ひとつ、考えがあるよ」
「知っていた?『魔界のWitchの意見』という文は、『魔王の興味』の言いかえだって」
ふたりは顔をよせ、なにやら話し合いをはじめた。それは仲のいい友達同士が、とびっきりのいたずらの相談をしているようで……。
トリグラヴィア城のその部屋の中、床や壁や天井たちが、魔界からの訪問者の悪だくみへ興味深そうに聞き耳を立てた。




