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笑うストリーマー 22

(なんでみんな使っちゃってるんだよう!)


 がっかりだ。イーダはひどくがっかりした。


 王宮の豪華な部屋の中、魔王と魔女の前にいるのは、トリグラヴィア属国のそれぞれの国主。バジリカゼミリャ公国、バートラグラッド公国、フェニクシア公国の3名の公爵だ。


「しかたなかったのです。森での狩りは見とおしが悪く、しかも馬に乗って高速起動するがゆえ……しばしば枝が凶器になるのですから」


 髭の立派なフェニクシア公国の公爵は、死んでも蘇られるというとびっきりの国家守護獣の力を、娯楽中のアクシデントに消費してしまっていた。力を使えるのは1年に1度。枝に叩かれ落馬して、首の骨を折ったのは2週間前。


「しかたなかったのであります。街の民をねぎらう祭典の中、あの量の肉を焼くには我が火力が必要だったのであります」


 続いて発言したのは、こんなところでもお気に入りの全身鎧を着たままですごす、バートラグラッドの公爵。サラマンダーの貴重な力を、お祭りの料理に使ったのが今年の春。理由は「なにせ燃料代もばかになりませんので」ときたものだ。


「しかたなかったんです。朝起きたら、部屋の隅におおきなクモが。そりゃあびっくりしてビビッ! とやっちゃうでしょう?」


 バジリカゼミリャの女公爵にいたっては論外だ。そりゃあおおきなクモは不気味だけれど、その排除に国家守護獣の力を使うなんて考えられない。しかもなんでそれが5日前のことなんだ。もう少し我慢してほしかった。


「クモなんて食べちゃえばいいのよ」


 頬杖をつく我らが魔王様も、あきれるあまり雑な回答。骨53号が作ったオートミールを見るような目で3公爵を責める。「ええ⁉︎ クモを⁉︎ 食あたりしますよ!」「生食が嫌なら、サラマンダーの炎であぶったら?」「嫌ですよ! 毒を持っていたらどうするんですか⁉︎ 死んじゃいます!」「フェニックスの力で復活すればいいんじゃない?」、非建設的な会話は続く。


(3公国の国家守護獣の力、当てにしていただけあって残念すぎる……)


 今日、ここへ貴族たちを呼んだのは、まったくの無駄になりそう。魔女は渋い顔をした。あまりに渋かったから、今誰かが彼女のペストマスクをはぎ取ったのならば、スカンクの放つ悪臭を至近距離で嗅いだような顔が見られるほど。きっと3人の公爵をギョッとさせただろう。


「まあいいわ。あなたたちがヤネス2世からの恩寵を賜り損ねたこと、我が国の伝記に記しておくから」


 どうしょうもない権力マウントを取ってから、シニッカは深いため息をついた。それが深淵に届きそうなくらい深かったから、3公爵は深々と頭を下げて深慮なき行動を「面目ない」と陳謝する。「もう少し深謀があったならなぁ」と、魔女も一緒になって「深」のくだらない言葉遊びへ興じはじめていた。


「じゃあ、次の話へうつりましょうか」、魔王は話題を切り替えると決めたようで、両手を頭の上へ「ううん」とのばす。


 そのままの姿勢で……彼女はいきなり虚を衝いた。


「――イヴェルセンに協力しないほうがいいわ」


「っ⁉︎……意味を測りかねますが?」


 3人の顔色が変わる。頬にあった油断のたるみを消して、眉を目の上へするどく飾る形にして。


「あなたがたが会った商人のヨーエンセンね、背後にはスースラングスハイム王国のエミール・ヴィリアム・イヴェルセンがいる。あなたたちだって、なんとなく勘づいていたんじゃない? もしくはもう会っているとか。おおかた『もしこの国に大事件が勃発したとしても、侯爵の身の安全、領地の保全は私たち商人が保証いたします』なんて言われたんじゃないかって思ってる。それとも『緊急事態の発生時、軍を編成し公国内の警備に当たらせるべき』かしら?」


 魔女も言葉に仰天した。そんな話を公爵たちにするなんて、聞かされていなかったのだ。首すじから頭にざわぁっと嫌な感覚がさかのぼってくる。とても不快だったから、今すぐ部屋を出たくなった。


 同時に彼女は、魔王が理由もなくそのようなことを口にするわけがないと理解してもいた。幸い驚きの表情はペストマスクが隠してくれている。ならば自分の務めは、ただ黙って姿勢よく立ち、魔界の従者の不気味さでもって公爵たちへ心理的な圧迫を続けることだけ。そう考え、マスクのくちばしを3公爵へむけた。


 その目線の先、フェニクシアの公爵が険しい表情をした。


「いやはや魔王様。あなた様が脚本作家であることは私たちも知っております。しかし今のご発言は、想像の翼を広げすぎというもの。我々としても、国王への忠誠心を疑われては立つ瀬がありません。どうか、お取り消しいただけませんでしょうか」


 言葉づかいこそ丁寧ではあるが、そこへ強い反発の意思をこめながらの反論。これは当然だった。魔王の言が真実であれば、国家反逆の罪で死の罰を受けるのだから。


 しかし魔界の王様は、のばした手を下におろすと、こり固まった肩をほぐすように首を左右交互にかしげる。それが終わってぱちりと開いた目にも、悪意とか戦意とか、そういったものは存在していない。ただ普通に人と話す時の表情だった。


 おかげで相対する3人は表情を作りかねた。さっきの発言――暖炉へ壺に入った油をぶちまけるがごとき台詞に対し、魔王の表情は穏やかすぎるのだ。


 そしてそんな()()の表情に反し、口から出たのはするどい言葉。


「悪魔の前で嘘をつくべきではないわ。さらにいうなら、嘘が発覚した後に、嘘を上塗りするべきではない。人は口から入れた物で体を作り、口から出す言葉で人生を作るのだから」


 その発言を聞き3公爵は押し黙る。イーダの目には3人がそれぞれ頭をフル回転させ、この状況へどう対応しようか、魔王の言へどう返そうかと思案しているのがよくわかった。なぜなら血の気が引いた顔などひとつもなくて、ゆえに彼らは冷静でいるだろうと感じ取ったからだ。


(これは……返答に時間がかかりそうだね。言い訳を考えているって感じじゃなく、どううまく乗り切ろうかって考えている感じだ)


 シニッカが完全に間違っている、という危険性は薄い。彼女が間違っているのなら、公爵たちは考えこまずに堂々と反論したらいい。


 つまり彼らはイヴェルセン本人、もしくは使者から接触を受けたのだ。絶対に見すごせない。


(時間をあたえるのはよくないな)


 疑惑を確信に変え、次に魔女は自分の役割を考える。「私は魔王の従者として、ここに立っているだけでいいのだろうか? 私は魔界の魔女になりたくて、こうして魔王についてきたのではないか?」と。


 そして思いついた。


 勝手に行動することに少し勇気がいるけれど、今日は一歩踏み出してみようと決めた。


「――<やまびこよあれ(声の鏡)ᛈᛁᚾᚷᛖᚱ(ピンガー)>」


 誰にも聞こえないよう、ちいさな声で魔法をつづる。潜水艦魔術こと『Sukellus(スケルス)veneen(ヴェネーン) taika(・タイカ)』、その中の探知魔術。()()()()()()()()タイプの方法、アクティブ・ソナーをひとつ放った。


 コーン、水の入ったコップを叩く音が3公爵の頭へ響き渡る。それは彼らに姿勢を正させ、思考能力を奪うに十分な働きをした。


「い、今のはなんでありましょうか?」、動揺隠せぬバートラグラッド公爵。「潜水艦じゃないかしら?」、このタイミングで音が鳴るとわかっていた言いぐさの魔王。


 属国の国主たちは、そろって汗腺へ冷たい汗を噴き出した。潜水艦なる魔界4大魔獣の一角。するどい牙を持つ上位ゴーストと知られており、今もって本性が判然とせず、墓地に吹く夜風のように恐ろしい存在。そんな者の名が魔王の口から出たのだから、自分たちの立場――まさに言葉どおり今立っているこの場所が、いかに危険なところであるかを想像してしまった。


「お、お待ちください!」、たまりかねたのはバジリカゼミリャの女公爵だ。「なにも私たちは、我が国王へ反旗をひるがえそうなどと考えてはいないのです!」


 頬に汗をつたわせる姿へ、魔女は一定の満足感を得た。自分の行動は悪くない結果を生みそうで、勇気を出したかいがあっただろうと。


「知っているわ。だからあえて話をしたんじゃない」


 そして魔王の、きっと相手にとっては予想外の言葉。「あなたたちが味方だっていうのは、最初から知っている」というやわらかい雰囲気をたずさえている。そのやわらかさは凍えていた体へかけられた毛布だ。これでは3公爵が嘘をつき続けることなんてできないだろう。


「あなたたちの立場も理解しているわ。もしヤネスになにかが起こったら、自分たちの国を自分たちで保持しなきゃならないものね。だから私は『3公爵がスースラングスハイムの使者と接触した』なんてことをヤネス王へ伝えたりしない。それは必要になった時、あなたたち自らの口で説明なさい」


 つまり、話の本題は反意の有無を確認することではない。魔王はそう口にした。3公爵はひとまず心を落ち着かせたものの、同時に「ではなぜそのようなことを聞いたのか」と疑問に思う。


 森へ狩りに出かけたら地元猟師に狩り終わった獣の肉料理を出された時、なんて言えるくらいに複雑な表情を浮かべる3人。その中でフェニクシアの公爵が1歩前に出る。どうやら疑問を口にすると決めたようだ。


「では……言いかたを変えさせていただきましょう。私たちは意味ではなく、真意を測りかねています。なぜあえてこのようなことを、我々の前で口にしたのですか?」


「私と勇者のどちらが勝つと思うか聞きたかっただけよ。あなたたちの宗主国で発生する戦いなのだもの。あなたたち自身が賭け(ベット)をしなくてどうするのって、悪魔としては気になるじゃない」


(……半分本当、半分嘘だな)


 ここでようやく、魔女にも「真意」なるものが見えた。「どちらが勝つと思っているか」については本心に違いない。戦いに臨む身として当然の感情だ。


 そして嘘、というよりも口にしなかった部分に関しては、他ならぬ3公爵自身が一番よくわかっているはず。簡単なことだ。「敵にまわるのなら容赦はしないぞ」と選択をせまっているのだから。地位が高く社交界へ身を置いている3人は、そういう「言葉にしない交渉」に敏感であるべきだし、実際に感じ取っているだろう。


「我々が呼ばれたのは、我が国王へ協力するため。それは今現在も変わりません。ゆえに魔王様、あなたの勝利を望みます」


 返答に満足そうな顔をする魔王様。「その言葉だけは、ヤネス2世へ伝えておくわ」と言って、ぺろり、舌で唇をなめる。その口元を見たから、魔女は「ああ、そうだよね」なんて察していた。


 まだ会話を続けるために唇を濡らしたのだろうな、と。


「もしくはね。私と一緒に賭けを楽しむ、という選択肢もある」


「一緒に、ですか? その真意もうかがいたく思いますが」


「配信には英雄を生む土壌があるわ。同じ賭けるなら額はおおきいほうが楽しいと思うの。たとえば、あなたたちの名誉すべてなんかを」


「なにかお考えがあるとお見受けしますが、思い当たりませぬ。浅慮な身をお許し願いたく存じます」


「この戦いは、おそらく王都の数万にのぼる人間が見ることになる。だから私たちが勇者に勝った時、あなたたちもそこへ登場したらいい。枝噛み十字の旗の下、私は誰のおかげで勝てたのか、正直に話すでしょうね」


(これはなかなか、魅力的なお誘い。君主にとって、権力の誇示は義務みたいなものだものね)


 イーダはそう思いながら3人の顔を見る。ううむ、そんな声が聞こえてきそうな顔で、あきらかに悩んでいた。表情はいたってまじめ。魔王の提案からどう逃げようか、という思考ではなくて、この賭けはどれくらい価値があるだろうか、という前むきな検討をしている様子。


 しばらくの後、まずはフェニクシア公爵が考えを決めた。


「私は乗らせていただきましょう。危険を冒すが冒険です。冒険者の多いこの街で、その判断こそが正しいと思いますがゆえ」


「では、私もそうさせていただく所存であります」、すぐにバートラグラッドの公爵も続く。「火に身を投げるがごとき行為、正直に申し上げて、心がおどるものでありますから」


 ふたりに取り残された、バジリカゼミリャの女公爵。「えっ? えっ?」、展開を予想していなかったのか少々キョドキョド困惑し、「ええと……」と決断の時がきたことに、覚悟を決めて口にした。


「で、では私も。その……長い物には巻かれろと言いますゆえに」


「私の舌も、体も牙も、あなたの考えるよりずっと長いわ。部屋の隅のクモへ届くくらいにはね」


 茶化して言うその目は、決して嘘を言っていない。深海より深い青色の瞳孔に、うずまく蛇が浮かんでいるから。


 こうして魔王は3人からの協力を得た。「具体的な話は、明日にでもしましょうか」と提案し、一度彼らを解散させる。去り際にバジリカゼミリャの女公爵だけ「あの、4大魔獣のおひとりとお会いする機会をいただけませんか?」とお願いされたが、「潜水艦?」なんて言い返されてすごすごと帰っていった。


 部屋に残されたのは魔王と魔女のふたりだけ。


 公爵たちの足音が十分遠ざかるのを聞いてから、イーダはシニッカへ聞いた。「さっきの魔術、勝手なことしちゃったかな? うまくいくって思ったんだけど」


 と、魔王はわざとらしく驚いたような表情をむけ、おどけながら目を見開いた。「あなたのしわざだったの⁉︎」なんて台詞のふきだしが似合いそうな、そんな顔だ。


「あはは!」、ついつい魔女は笑ってしまった。虚を衝かれたのもあるし、自分の行為がうまくいったのだと安心したのもあった。「わかってたくせに、もう」


「まさか、知らなかったわ。あなたがあんなにうまくやるなんてこと」


 えへへ、破顔は照れ笑いに変わる。ほめてもらって嬉しい。それになんだか、一緒に()()()()をなしとげたようで、心地よさがむずかゆい。


 余韻をたっぷり味わって、魔女はお仕事を続けることに。


「さ、今日はまだ人に会うんだよね? それって誰なの?」


「次期国王とうわさ高い、現国王の弟の息子、スラヴコよ」


 予想していたわけではないが、イーダはそれほど驚かない。この国の重要人物だから、きっと出番があると感じていたのだ。


「へえ、それはまた大物がきたね。でもさ、スラヴコさんってヤネス2世と不仲って聞いたよ? 協力してくれるかな?」


「それなんだけどね……」


 シニッカは上がっていた口角を下げ、物憂げな顔で頬杖をつく。なにか思うところがあるようで、魔女は「どうしたの?」と()()を問うた。


 返ってきたのは難解な言葉と、それに乗せたただの予想。


「ヤネスってそんなに悪いやつなのかしら? あいつの悪いといわれている部分、どこか演技臭いのよね。かのFoldar(フォルダル) valdr(バルドル)は、Folkafelli(フォルカフェリッル)rかVölsunga(ヴォルスンガ) niðr(ニズル)か」


 ひとりごつように語るのは詩的な言いかえ(ケニング)の韻律。『気の利いた翻訳』が仕事を放棄したせいで、「王」を意味するケニング3つが孤独のままに宙へ消える。もちろん魔女には通じていない。


「あるいはFáfnis(ファフニス) bani(バニ)ということも? どちらにしても、一概に『悪いだけ』とは思えないわね」


「『悪いおこない』に()()()()()、シニッカが言うならそうかもね」


「? なにやら皮肉気な言いかたじゃない」


「だってわからないケニングがあったから。知っていたかな、シニッカ。『知られていない言葉』はね、『魔女イーダの足かせ』と言いかえられるんだよ」


 すねたような魔女の言い回しに、魔王はクスクス笑いを返す。そして彼女たちはふたたび、話題をヤネス2世へうつした。


 顔をよせて相談するのだ。


フォルダル・バルドル(国の支配者)』たる彼は、うわさどおりの『フォルカフェリッル(暴君)』なのか。それともうわさは間違いで、外敵から国を守る『ヴォルスンガ・ニズル(英雄の一族)』なのか。


 はたまたFáfnis(ファフニス) bani(・バニ)、つまり『ファーヴニル()の殺し手』なのかもしれないかも、と。

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