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笑うストリーマー 19

 起床したイーダは朝食もとらず、そのまま世界樹教派の冒険者ギルドへむかった。予定どおりの行動だった。元々、昨夜の夢魔配信の報告をすることになっていたのだ。それに、王宮にいるヴィヘリャ・コカーリは自分だけ。ひとりっきりで王宮の召使さんたちにかしずかれながら、食事なんてしてもおいしくないだろう。


(みんなはもう到着しているのかな?)


 意外なことではあるけれど、仲間と離れて一晩をすごしたのは今回がはじめてだ。ちょっと心細く感じていたし、しかも襲撃を受けたから、この先ひとりっきりの行動が苦手になりそうでもある。


 とにかく、昨夜窮地を救ってくれたバルテリへお礼を言いたい。それはただ礼節を欠きたくないということじゃなくて、仲間が恋しい、なんて感情を起因としていることに、魔女は心の底で気づいてもいた。


 ギルドへ入って、身分証を見せる間もなく奥へ案内され、隠し扉の先にある階段をおりる。外には朝の光がさんさんとふりそそいでいるのに、ランプが油の匂いとともに燃えるそこは、夜の時間へ逆戻りしたかのようだ。


 と、部屋に入る前に、会いたかったみんなの声がしてきた。


「魔王、『レインの配信を監視せよ』との命令には反したが、構わんだろう? アム・レスティングの件が成果だ。少なくともこれで先手を取れる」


「もちろんよ。命令違反だなんて言わないわ。ご苦労様、サカリ。みんなを分散させて、情報を一気に掌握しようと考えていたけれど、あなたたちのやりかたのほうが正しかったみたいね。命令にとらわれない現場での判断。『グリーンライト』を渡しておいてよかったわ。オンニにもね」


「あいつならうまくやるさ。俺らに『これだけの人数を篭絡(ろうらく)させてきまシた』なんて戦果を誇りながら、戻ってくるに違いないと思うぜ」


 話によると、サカリはレインの夢魔配信を見ずにアム・レスティングのほうへ注力したようだった。となると、昨夜バルテリが寝室で護衛してくれたもの彼ら独自に判断した結果だろう。魔王の命とあれど、もっといい策が思いついたならそちらに切り替える。臨機応変な仕事っぷりは、まぶしいやら、ありがたいやら。


「そういえばイーダはどこなの? そろそろくるのかな?」、潜水艦が自分の名前を話題に出した。「おはよう、みんな」、イーダはドアを開けながら会話へ合流する。そして真っ先に義務をはたすのだ。「ありがとう、バルテリ! 昨日は助かったよ。実は結構あせってたんだ」


「よう、眠り姫のお目覚めだな。騎士としちゃあこれ以上にないお言葉だ。とはいえ、あれはサカリの案だぜ」


「そうだったんだ! サカリもありがとう! フギン・ムニンの守護があったから、今朝は無事『夜明けきたれり』って言えたのかもね!」


「ふふっ、おもしろいことを言う。だが素直に頂戴しよう。世界樹のにわとり(グッリンカムビ)にやらせるよりは、私が担ったほうがいくぶんか落ち着いた目覚めになるだろうからな」


 首を少しだけかしげ、両目を閉じて、微笑んで。サカリが満足をあらわす時、たいがいこのしぐさをする。どや顔と微笑が混じった、ちょっとかわいらしい表情でもって。でも端麗な彼の顔によく似合う。とくに冗談を口にする時なんかは。


 魔界らしい会話だった。北欧神話を題材にした、ちょっとコンテクストが高いジョークだ。でもそこにまざると「ここはホームだ」なんて思うのだから、魔女もたいがいに染まってきている。


 会話はそこでひと段落。彼女はすかさず聞きたかったことを聞く。昨晩ヴィヘリャ・コカーリがなにをしたか、確認することにしたのだ。


「そういえば昨晩の秒針の音、アイノのしわざだよね?」


「そうだよ! 撃ち損ねちゃったけどね」


「部屋中に書かれていた(エオルクス)のルーンは? 8面体の上質魔石のうち、エオルクスは私が使い捨てちゃってたと思うけど」


「あれを部屋中に書いたのはドクなんだ。普通の魔石をたくさん持ってきて、1時間くらいかけて書いていたよ! その後すぐ帰っちゃったけど、昨日はなかなか豪華なメンバーで撃退できたかも!」


「私が寝てから、ずいぶん部屋はあわただしかったんだね。私も夢の側からなにかしようと思ってたのに、出番なかったよ。ともあれ、ありがとう」


 実は自分が睡眠の世界に落ちてから、少なくともバルテリとドクの2名があの部屋へ入ってきていた。イーダはそんな事実を知ってちょっと驚いてしまった。事前に言ってくれていたら、とも思わなくはない。けれどそうだったら、たくらみごとの準備にテンションを上げてしまい、眠りに落ちるには時間がかかっただろう。


 だから知らないままで正解だった。


「本当はイーダの両まぶたから、いばらが飛び出るようにもしたかったんだけどね。時間がもったいないってことで、なしになっちゃった」


「え? やめてね?」


 いや、知っておくべきだったかも。


「なんにしても――」、雑談がはじまりそうな雰囲気へ、シニッカが話題を戻す。「昨晩の釣果は上々よ。イーダにも後で共有するとして、先に朝食をすませてしまいましょう。それに私としては、イーダの言った『夢の側からなにかしようと思ってた』が気になるわ。オーディエンスが魔術を使えるなら、戦術の幅が広がると思うの」


 なにやらたくらむ魔王の言。でもひとまず置いておいて、まずは空腹を満たすことに。


 1階のカウンターへ行き、各々好きな物を注文し……。


「……すごくおいしいんだけど。なんでこんなにおいしいの?」


「舌も魔界の基準になったわね、イーダ。残念ながら、不幸なことよ」


 一味は会議を続けることにした。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


「バルテリ、対戦した感触を聞かせてくれる? それほど強くない印象はあるけれど、防御力は高そうだったわね」


「そうだな、今までの勇者と比べて戦いやすい相手だと思うぜ。どういう理由かしらねぇが、アホみたいな魔力とか、致命の一撃みたいのを持たない印象だ。ただし防御力だけは他の勇者なみに高ぇよ。残念ながら俺の牙だけじゃ、あいつに致命傷をあたえることなんてできないだろうな。アイノ、お前さんはどう見た?」


「私の見立てだと、あの勇者はモンタナス・リカスで倒したイズキよりも硬いと思う。バルテリが攻撃した時、防御魔法の障壁が4枚あったよ。防具でもう1枚分あるとすると、魚雷が4本連続で当たっても戦闘可能だろうね。逆にいえば、後1本分をどうにかできれば勝機があるかも」


 ヴィヘリャ・コカーリが勇者に対する対策を練っていた午後のこと。「バササッ」と羽音を残しながら、部屋に1羽のワタリガラスが飛んで入ってきた。地下へ器用に侵入した鳥類へイーダは目を丸くしてしまう。が、よく見ると脚へ文をむすばれている。それはオンニが放った使い魔だった。


 最初にそれを読んだのは、オンニの上司であるサカリ。紙をぺらりと開き、黒ぶち眼鏡の奥で文章を追っていた彼は、読み終わると片方の眉を上げて難しい顔をした。


「どうしたんだ? 朝飯にトリ肉でも入っていたのか?」


「狼よ、今回の相手は夢魔だ。ならば夢魔同士の共食いも辞さん。しかしそうではない。グリゴリーが先日転生をはたした勇者かどうか、あやしくなってきたのだ」


 全員が「どういうことだ?」とカラスの顔を見た。対抗召喚機が自撮り棒を吐き出したのが6月7日、今から1か月半以上前。勇者グリゴリーは6月9日にトリグラヴィアへおりた人のはず。サカリの言動は、それが「間違っていたかもしれない」という意味だ。


「グリゴリー自身は1,2か月ほど前から冒険者として活動している。これは冒険者ギルドの登録簿を見たから間違いがない。しかし、やつは1年以上前にとあるダンジョンへ転生したようだ。つまり、そこから出たのが1,2か月前であり、転生自体はもっと前だったと言っている。事実、ダンジョンでの苦労話は複数の人間が聞いていたようだ」


「本人が言っているの? 情報の確度は高いのかしら?」


「残念ながら、きわめて高い。少なくとも勇者は嘘を言っていない様子だ」


 話を聞いて、イーダは思考が混乱した。これでは前提条件が崩れてしまうと、そう感じていた。だから頭の中を整理するため、質問を口にする。


「で、でもさ。その人が私たちを襲ったのは事実だよね? いくら顔が見えなかったからって」


「その情報だけでは確定ができんな。可能性だけを上げてみれば、それこそきりがないだろう。夢魔は変身魔術を使える。昨晩の男がグリゴリーだったかもわからぬし、そもそも男だったかもわからん」


「いや、少なくとも昨晩のやつは勇者だ。あの打たれ強さは勇者以外じゃありえねぇよ。俺がやつの名前を言った時、間違いなくあいつは動揺していたしな」


「じゃ、逆かな? ふだんのグリゴリーが夢魔で、昨日のグリゴリーが本物で……あれ? 混乱してきたよ! イーダ、助けて!」


「ええと……なんでそんなことしたんだろう? なにをどうだますつもりで、勇者に化けるのかな?」


 状況は混乱した。情報が飛び交い、会話へ参加する者はそれを空中にあるまま分析しようとしている。空を飛んでいるいくつもの紙飛行機を片っ端からつかまえて、開いて中を見ているような混沌とした状態だ。そんなことをしたところで、飛行機がどこからどこへ、なんの目的で飛ばされているかわかるはずもないのに。


 そう思ったからなのか、魔王は「ぱんっ」と手を打った。


「情報処理は正しく行わなきゃね。ま、落ち着きなさいな」


 紅茶の入ったカップを口元へ運ぶ。ゆっくり香りを味わった後、ゆっくりかたむけひとくち飲んだ。加速しすぎた討論は惰性のまま速度を落とす。全員が椅子へ座り直すころには、のんびり道を行く馬車ていどにゆるやかとなっていた。


 青い髪の少女は、ふたたび話し合いをはじめる。


「ひとつ、勇者グリゴリーは私たちの敵であり、倒さなくてはならない。これはヤネス2世との契約によるものよ。これはいいわね?」


「うん」、魔女はうなずいて次の言葉を待った。頭の中、子供部屋のように散らかった情報たちを、いったん部屋の隅へまとめて追いやる。おもちゃの山からひとつひとつ手に取って、シニッカに言われるまま正しい場所へ収納していくためだ。


「ふたつ、グリゴリーの正体はこの際なんでもいいわ。もちろん情報は集めるけれど、それは彼に勝つためであって、彼との戦いを避けるためじゃない。先日のイーダの言葉を借りるのなら、彼は『噛みつくべき相手』に変わりないから」


「さっきシニッカが言ったとおり仕事を受けちゃっているし、なにより彼から襲撃を受けてるもんね」


「みっつ、彼の転生時期だけど、これはオンニとサカリを信用する。けれど『彼がそう思っているだけ』という線も捨てない。つまりまだ情報収集の途中なの。利用するのは、なぜそんなことになっているのかを突き止めてからよ。今は捨て置きなさい」


「了解した」とサカリがうなずく。それに続いて、バルテリやアイノも了承の意思をしめした。ただ、魔女だけはじっと動きを止めたまま。口では「うん、わかったよ」と言いながらも、今回の事態にある裏へ想像力を働かせる。


(違和感があるな。もし勇者側の狙いだとしたら、全然メリットがなさそう。なら、これは「事実だけれど勇者も知らないこと」なのかもしれない)


 そうなると、よけいに不思議な情報だ。勇者にメリットがなく、魔界の側にもそれほどの不利益は発生していない。つまり、登場人物が足りていないような気がする。


(もし第三者がこれを引き起こしていたら? なんの意味もない「転生時期をずらす」のが目的なんじゃなくて、なにかを実行した結果の副産物だとしたら? 勇者もだまされているとしたら? そんなことしそうなのはスースラングスハイムだけだけど……)


 しかし推理を働かせる脳はそこで行き止まりに当たった。情報が足りない。シニッカの言うとおりなのだ。


「忘れないでおくことにするよ。細い線だけど、たどっていけば出口が見えるかも。毛糸をたどってミノスの宮殿を出る、みたいにさ」


「あら、私も同意見よ、イーダ。ただし、先にミノタウロスを倒す必要があるのかもしれないけれどね。さて――」


 魔王はふたたび話題を変えた。


「昨日イーダが言ったとおり『状況は私たちが作る』もの。目標が明確になったのだから、こちらから動こうと思うの」


「賛成だが、どうすんだ? 攻めるにしたって手駒は多いほうがいい。国王へ兵隊でも用意させるか?」


「いくらあいつの親衛隊を引っ張ってきても、勇者相手には戦力不足よ。といってこの国の勇者トマーシュは私のことが大層嫌いなようだから、選択肢から外さなきゃならないわ。ということで、サカリ」


 目線をむけるカラスへ、昨晩のように魔王は指示をはじめる。


「あなたはグリゴリーがいたダンジョンがどこか調査して。アイノは王宮へ潜入し、ヤネス2世の身辺調査を。もし可能なら、この国の固有パークも調査してほしいわ」


「了解、魔王様。バルテリとイーダは?」


「バルテリはここに残って予備兵力で。イーダは魔界へ戻って夢魔劇場に行き、配信装置を取ってきて。適当な夢魔ひとりと一緒に。必要ならクリッパーを頼るといいわ。それから、明後日になれば3公国の代表もそろうらしいの。そこにも同行してほしい。あわよくばもうひとり、重要な人物とも接触したいから」


 ふたたびシニッカはぱっぱと手際よくものごとを決めていく。でも今回、イーダは一歩踏みこんでその仕事を手伝いたいと思っていた。


 だから脳内整理の続きとばかりに、ちゃんと質問を投げかけるのだ。


「承知したよ。でもシニッカ、先に狙いを聞かせてほしいな」


「1週間後を目標に、ダンジョン内で勇者たちと決闘するの。もちろん夢魔配信をしながらね。そのためには、まず私が配信をはじめる必要があるわ。あなたにはその補佐をお願いしたいの。勇者たちへ手袋を投げるのも、大衆の面前、つまり配信の中としたいと思う。そうすれば相手は逃げられないし」


 大胆な狙いだ。けれど効果的に思えるし、なによりシニッカらしい。


「いいね。こう言ったらなんだけど、結構楽しそうだよ。チャンネル名は?」、やる気をスキップさせながら、いたずら心で聞いてみる。


「『国王に呼び出されたと思ったら勇者と戦うことになった件。でもみんなは知らないけど、私は魔王だから楽勝です』でどう?」


 返ってきたのは長大な名前。


「長いよ! 説明台詞にもほどがあるよ! あと、ちょっと腹立たしい!」


「いいのよ。見るのは娯楽を求める人たち。名前だけで内容が予想できる、目を引きやすいチャンネル名にしておかなきゃ。『魔王チャンネル』なんて、誰も『見てみようかな』なんて思ってくれないでしょ?」


 脳内整理を続けるイーダは「むむむ、たしかに一理ある」と、ごちゃっとした背表紙の本を手に取って神妙な面持ちだった。昨晩、そんなチャンネル名なんて見たこともないから目立つこと受け合いだろう。よい代案も思いつかない。


 にぎやかな絵が表紙を飾っているだろうその本を、「それもいいかな」と思い直して脳内の本棚へ。ついでに一歩引いてそれを見る。『ルーン文字の基礎』『ケニングと言遊魔術』『巫術基礎講座』なんていう堅苦しい背表紙たちの中にあって、『国王に呼び出されたと思ったら勇者と戦うことになった件。でもみんなは知らないけど、私は魔王だから楽勝です』は気軽に手に取ってしまいそうな1冊と思えた。


「縮めていうと『まおらく』だね」


 了承してみせる。生前読み漁ったライトノベルのような略称をそえて。


 でもなんだか、早くも人気の配信になるような気がして、彼女は脳内スキップを続けるのであった。

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