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笑うストリーマー 16

 イーダが偵察のために視聴を決めたアム・レスティングのストリーミング。今夜の舞台は……まさか、まさかのトリグラウ城だった。


 今、そこで寝ているにもかかわらず。


「そう! お久しぶりです、トリグラウ城! 今日はですねぇ、どうやら彼、ここへ再侵入を果たそうって魂胆みたいですよ!」


(ど、どうしよう! 私の部屋とかにきちゃったら、無防備をさらすことになっちゃう!)


 今すぐ覚醒したいのだけれど、どうにもそれがうまくいかない。意識は手足をバタつかせるのに、どうやら体はぴくりとも動かない。バルテリ風にいうなら「グレイプニルに縛られている」ような状態だ。


(う、動かない⁉︎ 動いてよぅ!)


 イーダはあせりながら、早くも勇者が自分の部屋へきてしまった時に言い放とうと、体のよい言い訳を思い浮かべた。


 私は悪いことなんてしていない。狼ではないし、ましてや軍神の右手を食いちぎろうともしていない。テュールの手からしかご飯を食べないなんてわがままも言っていないし、革のいましめ(レージング)筋のいましめ(ドローミ)を引きちぎるような暴挙も犯してなんてないのだ。せいぜいがオートミールに文句を言っていたことくらい。だから勘弁してほしい。なんて。


「しかも今回の理由はですねぇ。なんと! ヤネス2世が悪魔を召喚したかららしいんです! 悪魔ですよ、悪魔! そんなのと契約して、なにをしでかす気でしょう? ま、今までの流れだと、ろくなことじゃないでしょうけど」


(悪魔⁉︎ 悪魔種だと悪いって意味⁉︎ じ、人種差別だぁ!)


 悪魔種は人類の一種。だから差別される道理はない……けれど、ろくでもないことをしようとしているのも事実であるので、魔女の主張はそれほど道理がとおったものでもなかった。


 なかったのだが、それはそれ。文化の一面から見てみると、やはりフォーサスの住人は少々困惑していた。


【悪魔? 悪魔種のこと?】【モンスターとしての悪魔じゃないか?】【え、でも悪魔召喚ってカールメヤルヴィ王国のやつだよね? あそこって悪い国だっけ?】


「あ! ええとですね、つまりトリグラヴィアのみなさんに害をなそうとしているかどうかっていうのを調査するみたいです!」


 アムは苦しまぎれのフォローを早口で入れて、その場をなんとかおさめようとした。その言動に【もしかしてカールメヤルヴィとヤネス2世が同盟? これは目が離せない】とはやし立てる者も、【俺はあいつらと同盟したら嫌だなぁ】とさっそく拒絶してみる者も。【魔王様って舌が長いらしいよ。2メートル】、ドクのような嘘をつく人もいれば、【長い舌で耳をなめられたい】と不敬罪をはたらく人もいた。


 魔王勢力の登場は、状況に混沌をもたらしている。イーダにとって外から自分の国を見るいい機会になった。一様に好かれているとか嫌われているとかではない。コメントには畏敬のたぐいも侮りのたぐいもあり、反応は千差万別といってよかった。唯一間違いがないのは、大陸最北端から遠く離れたトリグラヴィア王国においても、魔王シニッカの名前が知れ渡っていることくらいだろう。


(い、いや、それどころじゃない!)


 自分の置かれている状況を思い出し、魔女は無意味な抵抗――金縛りを無理やり解こうと手足に力をこめる行為を再開する。まったく進捗を見せない彼女の動作に反し、配信は着々と先に進んでいた。


「お! 早くも動き出しますね!」


 勇者とおぼしき()が走り出すと、スレイプニルもかくやというほどの速度ですっ飛んでいく。衛兵は見える範囲だけでも10人以上いて、門、城壁のまわり、城壁の上をたいまつ片手に警戒している。にもかかわらず勇者は影から影へするするっと移動し、衛兵たちの死角となる城壁の一部へ取りついてみせた。


(す、すごい速い! 壁、登るのかな?)


 イーダの予想に反し、アムは待ってましたという顔で「きますね!」とオーディエンスをあおる。男は「<Ярлык(ヤロイク)>」と短く詠唱し、そして姿を消した。


(ええ?)


「追跡しますよ!」、アムの使い魔が男に続いて壁の中へ。視界は2秒間だけ真っ黒になった後、城壁の裏側を映し出した。油断なく壁にはりつき、衛兵たちの様子をうかがう勇者の姿もあった。


(か、壁を抜けられるのか)


 これはまずいと魔女は身を震わせる。勇者が持つ能力は、魔界でいうならアイノと同じ。あらゆる壁を幽霊のようにするりと抜ける技術だ。彼が望むのであれば、王の部屋でも宝物庫でも、そして魔女が寝ている来賓用寝室でも侵入し放題だろう。


 存在を否定され悲し気に月光を反射させる石壁から離れ、勇者はふたたび走り出した。広い庭の生垣から生垣へ移動し、木の脇をとおって次の壁まで。追跡する使い魔の映像も速度があって大迫力だ。地球のドローンレースを見たのなら、きっと搭載しているカメラはこんな画像を視聴者へ提供しただろう。これだけでも立派なエンターテイメントといえる。


(い、いや、だからそれどころじゃないんだって!)


 脳が冷静な分析から加熱する焦りへシフトアップする。ふたたび勇者は壁を抜け、王宮の内部へ侵入した。配信の開始からわずか1分あまり。あんな相手、どうやって防いだらいいかまったく思いつかない。


 思いつかないからよけいにあせる。まだ行き先が自分のところだと決まったわけではないのに、魔女はふたたび金縛りとの対決をはじめていた。そして――


「彼は今回、どこに行くんでしょうね? 狙いとするなら王の部屋か、もしくは召喚された()()()の部屋か。まあ後者でしょうけど」


(やだよ、やめろよぅ! くるなよぅっ! 無実! 私は無実を主張する!)


 さんざん悪事を働いてきた魔界の住人であるくせに、あわてた魔女は見苦しく拒絶していた。もちろん体はぴくりとも動いていない。


 そうこうする間にも、映像はどんどん悪いほうへ進んでいく。寝る前に歩いた階段、あきらかに見覚えのある廊下、「うちの宝物庫より豪華じゃん」とひとりごとを言ったドアに、自分の指紋が残っているであろうドアノブ。


 つまり魔女の寝ている部屋の前へ。


「ついたみたいですね!」


(ああ……ちょっとシャレにならないよ)


 いよいよ余裕のなくなった魔女が叫ぶのすら忘れると、きぃ、ちいさな音を立ててドアが開いた。最初はひかえめに開かれて、数秒の後に広く開放される。


 魔女は覚悟しはじめていた。そこにはベッドの上で布団にくるまり、枕元に銀貨の入った袋を置いた黒髪の少女がいるはずだと。悪いことにベッドの脇の机へ魔女の帽子を置いてあるから、正体だって一発でばれてしまうのだと。


 しかし――


「ここは婦女子の部屋だぜ、勇者様よ。夜這いとは感心しねぇな」


 おおきな窓から差しこむ月光を背景に、机の上へ腰かける男性がひとり。青い乱れ髪を月の明かりにゆらめかせ、逆光で影のかかった顔へ青い瞳をらんらんと光らせて。


 バルテリ・フェンリル・ケンパイネン。カールメヤルヴィ王国の国防大臣にして、元国家守護獣のフェンリル狼。


「っ⁉︎ お前……4大魔獣のフェンリルだな?」


 今まで無言を貫いていた勇者が、ついに声を発した。オーディエンスにとって、ヤネス2世へ語りかけた時ぶりの彼の声だった。でも、それに反応する者は少ない。


 注目されているのは青い髪の男のほうだ。


【げ、魔界のフェンリルじゃねぇの⁉︎】【うわぁ、ヤッバイのが出た……】【すごい! はじめて見たわ!】【バルテリ様! バルテリ様だぁ!】


 コメントがざぁっと鉄砲水のように流れていく。ざわつき、というよりも驚愕と狂乱といった具合に。アム・レスティングも案内人の仕事を忘れ、おおきく口を開いたまま。


 みなの視線が集まる中、狼はゆっくり机から立ち上がる。右手に持ったちいさな酒瓶をことん、と机に置きながら。月の光も相まって、この上なく雰囲気たっぷりな所作だった。


 その強者の雰囲気を維持しつつ、彼は勇者へ返答する。


「ああ、そうさ。ヴァン川の魔(ヴァナルガンド)にしてロキの息子、主神を主食にするHróðvitnir(フローズヴィトニル)、つまり『悪い狼』だ」


「……その悪いお前が、ここでなにをしている」


「俺は国防大臣でな、騎士爵のひとつくらい持っているのさ。だからRitari(騎士)よろしく、婦女子を守ろうって魂胆なわけだ。それに――」


 狼は微笑みながら言葉を切って、いちどベッドの上の少女を見た。顔の半分が月光にさらされて、端麗な顔が輪郭をあらわにする。さっそく婦女子が(そして一部の紳士が)黄色い声援をコメントにした。いつの間にやら、彼は動画の主役を食ってしまったようだ。


 たっぷり時間を取った後、バルテリはふたたび勇者を見やる。口の端を上げ、眉を鋭角にし、青い目にただならぬ戦意を輝かせ。


「――魔界の住人たる俺が、勇者であるお前さんと対決するのは、当たり前じゃねぇか」


「……俺とやり合おうってのか」


「お前さんをやってやろうってのさ」


 宣戦布告の言葉へ、勇者はシャラン! と短剣を抜いた。姿勢を低く構えると、そこにはまぎれもなく暗殺者がいた。


 狼もまた武器を手にする。直立不動のまま、堂々たる所作で。手に持つそれは全金属性の片手持ち戦槌ホースマンズ・ハンマー。武骨で重量を感じさせ、視聴者たちには短剣をへし折るのにちょうどいい道具に見えた。


【これは好勝負! 目が離せない!】【今日見にきてよかった! 魔獣の戦いが見られるなんて!】【今までで一番ワクワクしているかも】【国防大臣、武器が渋い……】


「な、なんとも予想外の展開になりましたね」


 魔界の魔獣があらわれるという状況と、コメントの嵐に圧倒されながら、アムはようやく発言をした。けれど口にした台詞と同じく、とっ散らかった思考のままふたりの対峙を見る羽目に。


 そんな配信で唯一静かな人物は、布団にくるまる少女だけ。もちろんそれは見た目だけの話であって、彼女は彼女なりに心をはずませていた。


(ああっ、バルテリ! きてくれてたんだ! ありがとうぅ!)


 事前に言ってくれればいいのに、なんて思わない。自身のピンチへ駆けつけてくれた信頼たる仲間。騎士を気取って、でもちゃんとかっこいい。転生2日目にはじめて出会った時、彼は「勇者がお前さんを殺しにくる」という話をした。「でもお前さんには4大魔獣と魔王様がついている」なんて言葉をそえて。今彼は、それを実行してくれているのだ。


(これは私も、無様に眠りこけてなんかいられないよね! なにかできることは……)


 あわてふためいていた心もすっかり元どおり。眠っているから表情なんてかわらないのに、彼女は自分が魔女の顔をしていると確信できるほど。さっそく加勢手段を探す。


 その夜、転生勇者たちによって引き起こされた一連の事件は、大衆の知るところとなった。


 生起した最初の戦いの配信における同時接続数は5千を超え、アム・レスティング自身の持つ記録を軽々と上回ってみせた。

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