笑うストリーマー 14
「3名まではしぼれた。ゆえに意見を聞きたい」
経過報告、端的に。過不足のない見事な言葉と、予想よりもおおきな結果。
声の主は潜入していたサカリ・ランピ。その言にイーダでなくても目を丸くして、口を「お」の形にしたまま息を呑んでしまう。
「……フギンとムニンが優秀だったこと、私が死んでヴァルホッルへ行ったら、オージンにちゃんと伝えておくわ。けれど少々はしょりすぎよ。まずは状況を説明してもらえるかしら?」
世界樹教派系の冒険者ギルド、その隠し部屋のような地下室にて。室内を明るくしている魔法のランプがふっとゆれたから、この照明器具すらも「え? もう見つけたの?」なんてびっくりしたんだろう。きっとそれは、私たちと同じく。
魔女はそんなふうに思考をまとめ、魔界のカラスを賞賛した。インターネットもスマホもないこの世において、なにをどうしたらこんな早く情報処理が完了するのか。狼も「お前さんに露見しちゃならねぇことをする時は、お前さんが生まれてくる前にやっておかねぇと手遅れだな」と彼なりに褒めているし、部下であるオンニにいたっては無言で肩をすくめるだけだ。
「承知した。まずはストリーミングという文化に対する、トリグラヴィア国内の現状からとしよう」
当の本人はニコリともしない。賞賛を受け取るべきだった両腕をさっさと組んでしまい、椅子へ腰かけて足まで組んだ。もう最初から完全にお仕事モードだ。バルテリが机の上にあった酒瓶から自分の分の酒を注ぐ前に、彼の話ははじまった。
「どの街においても、ストリーミングと夢魔、そして冒険者たちを歓迎するムードだ。新しい娯楽に飛びついている、そんな印象だな。投げ銭――睡眠前に枕元へ金銭を置いておき、配信の最中に配信者へささげる行為が流行している。いわゆる『推し活』だな。推しというのは特定の配信者をとくに応援する概念で、そこに活動なんていう大層な動詞を合体させたものだ」
「『推し活』っていうのは私も日本でよく耳にしたよ。簡単にいうと、好きな人を応援するファン活動のことだね」
少々堅苦しいサカリの言葉をほぐしながら、イーダはこの世が現代地球風に改変されている事実を噛みしめた。推し活なんていう俗っぽい呼称すら市民権を得ているのだ。
「場所はトリグラヴィアの国内各地。とくに人口の多い3大都市では顕著だ。『昨日は誰の配信を見た?』なんて会話が、貧困層から上流階級まで共通でなされているのは興味深いな」
「それが貧しい者と富める者たちの垣根を壊したらおもしろいわね。続けて?」
「投げ銭の他にも、配信者たちだけにLifespayなる仮想の通貨が配られるという。これは現実世界のさまざまな物品と交換可能だ。過大とはいえないものの、現状の経済へ若干の影響をおよぼしているだろう」
「そのうち、おおきな問題になりそうじゃねぇか? 魔石なんかに変換されたら、カールメヤルヴィの貿易に悪影響が出るだろ。ぞっとしねぇ話だな」
「そうかもしれんな。次に人気のある配信だが、これはやはり冒険者たちの労働を映したものだ。夢魔が冒険者と手を組み、その様子を視聴者――オーディエンスに見せるのだ。そして――」
そのまま、サカリの話は30分ほど続いた。情報はよく整頓されていて、魔女はこの人を先生と呼んでいることにあらためて納得することになった。けれどやはりというべきか、そこまでの話に目新しい部分はない。地球での文化をフォーサスで実現できる形にした、といった様相であったから。
30分後、シニッカが「お腹が空いてきたわ」なんてのたまった頃。話題は1番人気のAm・Restingの話も終わり、ようやく勇者らしき人物たちの会話に戻ってきた。
「――多くの配信冒険者の中で、条件にあう人物を探した。アルバマ・ツァーリ系、つまり魔王がいうところのロシア系の名前であること。私がアム・レスティングの配信で見た男と同じ体系であること。同じく目つきがするどいこと。ここ1か月くらいの活動が顕著であり、それ以前の情報がないこと。最後にこの街で配信が行われた以上、この街にいること」
「といってもさ、サカリ。男の人の配信冒険者だけでも、この街に数百人くらいいたんじゃない? アム・レスティングを探すことはしなかったの?」
「夢魔はこの世の種族では珍しく、変身魔術を得意とする者も多いからな。同じひとりを探すのなら、勇者側のほうが発見できる公算も高いと思ったのだ。これだけ条件が多ければとくにな」
なるほど、納得したイーダの前に3枚の紙が出された。似顔絵と簡単な概要つきで。ぱさっと広がったその3枚は、地下室にいることも相まって、殺人事件の容疑者リストのようだった。
ならば私たちは刑事か探偵か。むむむとあごに手をやって、ホームズよろしく考えてみる。実際のところ彼女の役割がワトソンの枠を出ることなどなかったが、ともあれ推理を働かせてみたかった。
ひとりめはЕгор・Кирович・Абакаров。30代後半で、両手剣と片手剣を使いわけるという。相棒の夢魔はLan・Korenという女性型。シニッカよりずっと薄い青い髪の持ち主だ。
ふたりめはГеоргий・Иванович・Кузнецо́в。20代くらいの若い男であまり特徴がないとのこと。Rein・Gstamというオレンジ色の髪の夢魔と一緒に仕事をしている。
3人目はЛев・Мартынович・Коровкин。こちらも20代。魔法を使うことができて、その火炎魔術は評判がいいらしい。パートナーはNayan・Lazar。栗色のくせっ毛が特徴的で、3人の中では一番知名度が高い配信者だった。
「ざっとならべてみても、なかなか目星がつかないね。どんな視点で分析すればいいの? なにかコツとかある?」
「そうだな……。ここまでくると、足で情報をかせいだほうがよいだろうと考えている。3パーティー6名であれば、我々の人数でも十分調査が可能だろうからな」
(それはそうかも)
目星をつける、という部分に関していえば、すでにサカリが実施済みだからこそ3名までしぼれているのだ。配信冒険者の活動時間は夕方から明け方にかけて。ちょっと眠くなるかもしれないけれど、今からだってギルドに繰り出すことも可能かも。私は誰の調査をするのかな、そう考えていた魔女だった。
しかし彼女は自分たちの組織を甘く見ていた。具体的には組織の長、魔王のインテリジェンスというものを少々侮っていた。
「グリゴリー・イワノヴィチ・クズネツォフ。こいつね」
シニッカは迷うことなく、彼の情報が書かれた紙へ手をのばす。折った中指で紙の上から机をコツンと叩くそのさまは、まるでドラマのワンシーン。物語中盤、優秀な刑事が推理を働かせ、犯人を突き止めたかのようだった。
「なぜわかるんだ、魔王様よ。考えがおよびつかない俺たちへ、ぜひともその推理を披露しちゃくれねぇか?」
「Am・Restingと、グリゴリーの相方Rein・Gstam。両方変わった名前でしょ?」
「たしかにあまり聞かない苗字だが、それだけで理由になるか?」
「ふたりとも『Streaming』のアナグラムじゃない」
魔女が「ええっ?」と声を上げ、そのならびかえを頭の中で実施するのには少し時間が必要だった。考えている間に、まずサカリとオンニが「なるほど」とうなずき、バルテリも「おお、本当だ」なんて納得していく。
5名の中で最後に事実を再確認した魔女は、「ふぇっ」と一声鳴き、感嘆した。「すごいねシニッカ! 一目見てそんなことまで思いつくの⁉︎ 脳みそを少しわけてほしいよ!」
「あなたが人食いレヴァナントになったのなら、そうしていいわ。なんにしてもサカリ、情報収集お疲れ様」
「いやはや……」
ねぎらいの言葉へ、魔界の諜報担当責任者は肩をすくめるしかない。その部下だって、となりで「いやぁ、さすがっス。先を越されるとは、くやしいっスね」と口にしながら降参のポーズをしていた。「そういうことは、せめてあと10分経過した後に発見してほしかったっス」とも。
「時間は大切でしょ? かせいだ時間で私はお昼寝をするの。あなたたちも労働時間が有効活用できるわね。今日はまだまだ働ける」
いじわるに舌をぺろりと出しながら、魔王様はご機嫌だ。
「ともかく、アム・レスティングとレイン・グスタムにはつながりがある。変身魔術が得意な以上、同一人物とも考えられる。そこを確認したいけれど、アムが見つかっていない以上、レインのほうを優先的に調べるのがいいと思うわ」
「同一人物か、もしくは別々の人物か。なんか聞いた話だと、同一人物って線が有力に思えるけど……」
「『ストリーミングを活用した大規模な娯楽』という文化が勇者の固有パークによって持ちこまれたことに、疑いの余地はないわよね? もし同一人物ではなく、夢魔がふたりいるのなら、勇者自身がそう望んだからなのかも。彼らは意識的にせよ無意識的にせよ、ハーレムを作りたがるものだから」
「だから別々の線も消さないでおくということだね」
「とにかくこれで的はしぼれたってわけだ。時間が大切ってのは俺も賛成だ。次はレインの配信を確認するか? 兵は拙速を好む、とはちと違うが、相手に時間をあたえてやる道理もねぇ」
「配信ということなら、レインとアム、両方を確認しましょう。それが終わったら、冒険者ギルド経由で彼ら彼女らの人となりを徹底的に聞き出すの。その中でこいつらがなにをしたのか、見えてくるでしょうから。排除の要が認められるなら、最後にその方法を構築する。勇者たちにかんしては以上ね」
「勇者たちにかんしては? それ以外の情報収集もあるっていう意味?」
「彼らが誰かに利用されていないかどうか、ね。裏になにかがいるかもしれない。私とヤネスが話をしたとおり、この国はウミヘビにほど近い位置にあることだし」
会話を進めた魔王は、そこで一呼吸入れた。うつむきかげんに1点を見つめ、どうやら頭を整理しているようだ。
すぐに顔を上げた彼女は、リーダーにふさわしい顔つきでもって、ヴィヘリャ・コカーリ全員へ指示をする。
「イーダ、あなたはアムの配信を偵察して。サカリはギルドで引き続きグリゴリーたちの情報収集を。それからレインの配信内容の確認も。オンニはこの国の諜報員と接触し、裏でなにかが動いていないか調べてほしい。宮廷内もふくめてね。バルテリは至急魔界へ戻り、アイノを呼んで」
ぱぱっと指示をする姿が、イーダの目には格好よく映った。加速感があるふるまいを見ると、自然とテンションが上がってしまうというもの。自分も流れに乗りたくなったから、つられるように口を開く。「わかったよ! で、シニッカはどうするの?」
「ご飯とお昼寝」
「え?」
「ご飯。それにお昼寝」
せっかくの雰囲気を自らだいなしにする魔王様。それを聞いた全員が、天を仰いでおおきなため息をついた。
「他にすることがあるんじゃないの?」
「だってお腹が空いたのだもの。お腹を満たせば眠くなるでしょうし」
「あきらめろ、魔女さんよ」、バルテリのあきれた声に、とりあえず全員がうなずいた。
秘密の部屋に集まった5名は、4名の仕事人と1名のなまけ者に分割され、各々の役割をこなすのであった。
◆ ① ⚓ ⑪ ◆
『ᚠᛁᛁᚾᛏᛁᚾ:ᚼᛅᚱ:ᛁᚾᚴᛁᚾ:ᚠᛅᚴᛚᛁᚱ』――Fjenden har ingen fakler.
北欧ルーンを使って手紙に書かれた短い報告書が、スースラングスハイム王国の王城へと届けられた。石造りの部屋の隅、国王エルフレズ10世はそれを見て、王に似つかわしくないほど粗末な椅子へ背をあずける。ぎぃっと鳴った不気味な音に、くしゃりとゆがめた彼の顔。けれどしかめっ面をしたわけではなく、それは笑顔だった。顔に刻まれた無数の深いしわを、蛇牢の囚人に群がる蛇のようにしたのだ。
「ああ、そうだったなイヴェルセンよ。儂はたしかに『好きにやれ』と言った」
午前4時の地下牢のように、低く冷たい声。けれどその中に少しだけ、空に日の出の兆候を見つけたような喜びが混ざっている。
「お前はいつも言っていたな。この世を取り巻く蛇にふさわしいのはヨルムンガンドにあらず、ましてやスヴァーヴニルであろうはずがないと。ウミヘビ――ヒュドラーこそがそれにふさわしいのだと」
部屋の壁に意識があったとして、それすらも慎重に聞き耳を立てなければわからないほどのちいさな声で、彼はボソボソとつぶやいていた。
「だから言ったのだ。『その役に儂がふさわしいとは思えぬ。いったい誰がその責務を、重責を、名誉を請け負うのだ』と」
ぎぃっ、彼は立ち上がる。手紙を持ったまま、近くにあった机へゆっくりと歩みはじめながら、言葉を続けた。
「貴様は言ったな。『その時はお暇をいただきたく』などと。……フフッ」
出たのは鼻で笑う音。ただし侮りとか冷笑とか、そういったたぐいの感情をふくんでいない。なぜなら闇夜のような表情に窓からさした光が当たると、孫でも見ているかのような穏やかたる感情をあらわにしたのだから。
彼は机のランプの火へ手紙をかざす。
「貴様はオージンのように知的で、ヒュドラーのように獰猛だ。この老いぼれにはなにもない。知性も名誉も武力も、息子すら病で失った。が、儂にはお前がいる。黄金の果実のような――イズンのリンゴかラードーンのリンゴか、どちらにせよ得難いお前が」
紙の端にチリチリと炎が燃えうつった。細い白煙がすらりと立ちのぼり、すぐにそれは黒色を帯びて燃え広がっていく。
「そして儂にとって孫同然のお前の子もいる。だからなんどもでも言おう。『好きにやれ』と。お前のよき恋人とともに、この世を思うがままに動かすのだ」
灰になろうとしている手紙を、無造作にランプの皿へ放る。パチパチと音を立てる心ばかりの火勢が、老人のしわだらけの肌をぼんやり温めていく。
しばらくの後、炎は消えた。王は背をむけ、椅子へと戻る。
「この世界をお前たちのものとするのだ」
そう言って、ウミヘビの王は目を閉じた。深く腰かけ満足そうに。
すぐに寝息が聞こえてきた。老いで狭くなったのどへ、蛇が身をよじらせるような音をたずさえながら。




