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笑うストリーマー 13

 広い謁見の間からアーチをくぐり、これまた広い廊下を歩き、お茶会の席が1ダースくらい設けられるテラスを抜けて……。中庭では、これもダース単位で数えたほうがいいほどのたくさんの使用人に送られながら、イーダたちは門をくぐった。トリグラウ城の建物から城の敷地外へ出るまでたっぷり20分ほど。王様というのは座りっぱなしで不健康な職業だと思っていたけれど、自分の居城を歩きまわるだけで健康になれるだろうと知れた。比較対象がカールメヤルヴィ王宮――こぢんまりとした、どう見ても半分廃墟の建物だというのは抜きにしても。


 いったん王城から出たイーダたちは、その足を街の中央部にあるとある建物へむけた。王宮から街の中央部をつなぐ1kmもある直線の道、脇を高い梢が整然と肩をならべる場所へのんびりと歩を進めながら。


「これがリンデンの並木かぁ」


 この国の3大名物のひとつ、リンデンの並木。植えられている数は100じゃきかないだろう。


 白みがかった幹はすらっと天を目指し、それが途中で枝分かれしながら背の高いシルエットの骨格となっている。枝葉は上下左右にバランスよく四肢をのばし、とても健康的な印象だ。葉は緑色を力強く放っていて、その間にクリーム色の花が咲いていた。透きとおるほど薄く幅の狭い花弁の中、長いおしべがなん本も放射状に広がっていて、中心部には球形の台座から太いめしべが1本まっすぐ生えている。なんだか玉座に座る女王様が、取り巻きの男性たちをはべらしているみたいだ。


 なぜなら、この場所にはその花がもたらした甘い蜜のような香りが充満していたから。それが決して不健康的でいやらしい、粘りを感じさせるような匂いではなく、鼻腔をかすかにくすぐる程度の上品な香りだったものだから、魔女は女王様にも悪感情なんて持たなかった。むしろ上流貴族のお上品なたしなみ、なんて錯覚する程度には好印象を持っていた。


 香りを取りこむためにペストマスクを微妙にずらし、魔女は上機嫌になる。


「いい香り……。これは名物になってしかるべきだよ」


「リンデン――菩提樹(ボダイジュ)の花言葉は夫婦愛とか結婚とか。なんともすきのない樹木よね。目によし、鼻によし、心によし。もし私が草原で死んだのなら、胸から生やす植物はあれにするわ」


 魔王の勝手な言いぐさへ、「魔王様よ、あんたが死んだ時に生えるのはトリカブトあたりだと思うぜ」「僕はスノードロップを推しまスね。花言葉に『あなたの死を望む』なんてのもあるらしいでスし」と、部下が即座に異を唱えた。シニッカもシニッカで「失礼な人たちね。あなたたちは胸から大麦でも生やせばいい」なんて言い返し、ぷいっとふてくされた顔をする。


「まったくもう。こんな素敵な場所なのに、よく悪口を言いあえると思うよ」


「結婚の権化たる樹木の下にいるのだから、結婚の権化たる大天使の口の悪さが感染したのよ。……ヤネスに許可を取ってから、グレースにリンデンの苗を送ろうかしら」


「グレースさんは喜ばないと思うよ」、イーダは肩をすくめてしまう。でもその裏で「あの人も未婚だよね? リンデンを贈ったら皮肉になるのかな」と至極魔界の住人らしい思考に陥っていてもいた。


 そんな魔族らしき考えも、魔王の言葉で形を変える。


「そんなすばらしいリンデンもいいけれど、今から目指すのはトネリコの樹。イーダ、国外の世界樹教派系冒険者ギルドってはじめて入るかしら?」


「あ、うん。はじめてだよ。正直ちょっと楽しみにしてるけど、ここのギルドはおおきいの?」


「ええ、もちろん。なにせ冒険者が集まる国だからね。宝守迷宮(ダンジョン)探索のエキスパートたちがたくさんいるわ。今回、彼らの技能が必要になるかといわれると、微妙だけど。ダンジョンに潜るつもりもないし」


 それは少々残念だ。異世界転生を果たした身なら、いちどくらいは入りたい。石造りの通路にさまざまなトラップ、ダンジョンならではのモンスターに、絵に描いたような宝箱。もしかしたら屋内なのに広大な空間があるのかも……。


 でも今回そこに行くのは拠点確保のためだ。サカリたち諜報員にとって、そこは一種のセーフハウスになっているのだ。トリグラウ城を拠点とするより目立たないし小回りも利く。なにより事情を知っている仲間たちも多い。これ以上にない場所といえるだろう。


「サカリはもう情報収集をはじめているんだよね? まだそれほど集まっていないのかな?」


「どうデしょ? うちのボスは仕事が速いっスから。トリグラヴィアにかぎらず、夢魔のつながりっていうのは各地で組織化されているんでス。もうどのギルド所属かくらいの目星をつけていても驚かないっスよ」


「そこでいう『夢魔』は、ストリーミングをやるこの国の夢魔たちもふくむの?」


「なかなかいい質問っスね」、オンニは頬にえくぼをうかべながら、大前提となる知識を共有した。「答えはNoでス。ストリーミングを使う夢魔たちは、カールメヤルヴィとつながりのある夢魔と別なんでス。まあ、派閥が違う、みたいな感じでスね」


「そうなんだ。あれ? それって私たちの仲間の夢魔ネットワークに、簡単に侵入できちゃわない? ここにいる味方の夢魔たちも、勇者の固有パークの影響を受けているよね? たがいの勢力の境界線が、あいまいになりそうな印象があるよ」


「さすが、するどいご指摘でスね。ボスはその混乱収拾からはじめていまス。まあもともと『符丁を知っている夢魔が諜報仲間』って決めていましたかラ、影響は限定的でしょうケど」


「こんな事態にそなえがあるなんて、それこそさすがだって思うよ」


 ペストマスクの下から賞賛をひとつ。ヴィヘリャ・コカーリの落ち着きぶりは頼もしい。とは思いつつ、今回の事態がかなりややこしい事態をまねいていそうで、少々めまいを覚えていた。影響を受けた人は数万人か数十万人か。配信なんていう文化が一気に勢力をのばし、我が物顔で傍若無人に振る舞ってしまっている。土着の自然環境を侵す、侵略的外来種のような怖さがある。


「このまま独自の文化として残り続けるのかな? というか夢魔さえいれば、カールメヤルヴィでも流行しそう。排除するかどうかって、難しい状況だね」


 どうしたものかな、そう考えながらつぶやいた言葉。そこに魔界の王様は、堂々たる答えを用意していた。


「商人らしく言うのなら『あらゆる逆境は商機である』、傭兵らしく言うのなら『過酷な戦場はより多くの銀貨を生む』、なんてね」


「俺ら軍人に言わせりゃ、『でかい城ほど高い戦果になる』さ。同じ勝鬨(かちどき)を上げるなら、より高いところで咆えたほうが遠くまで声も届くってもんだ」


「頼もしいよ、皮肉抜きでね」


 ふふんと笑う王と国防大臣へ、魔女は笑顔を作ってみせた。ついでにまねして言ってみる。「『状況は私たちが作る』ってことか」


「あらあら、素敵な言いぐさじゃない。そんな言いかたしたやつを、私はひとり知っているわ」


「え、そうなの? それは誰?」


「コルシカ島生まれの皇帝、ナポレオン・ボナパルトよ」


「わぁ……。彼の皇帝も異世界の魔女に同じことを言われるなんて、思ってもみなかっただろうなぁ」


 戦意をゆっくり編みながら、一行は冒険者ギルドを目指す。魔王に魔女、国防大臣と諜報員。相手が勇者でなかったら、「魔界は戦争でもはじめる気か?」なんて疑われかねないほど強力な戦力だ。


 彼女らは日が高い内に、世界樹のレリーフが飾る門をくぐった。


 まずは悪だくみの準備をするために。

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