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笑うストリーマー 12

 トリグラウ城の食堂のひとつで行われようとしているのは、魔王とトリグラヴィア王の対談。というよりも、悪魔召喚による勇者災害への対応依頼。


 王がふたり対面に腰かけると、社交辞令も抜きに、さっそく話がはじまった。オンニが少々あわてたそぶりで、荷物から書記型魔法契約書(ゲッシュ・ペーパー)を取り出し設置する。


「『ストリーミング』を知っておろう? それによって儂が迷惑しているのも。さてさて、どこから話すべきか。というのも、儂はこの話を怒りの感情抜きで語ることなどできぬのだ。まったく思い出しただけで……さっそく怒りがこみ上げてきたぞ!」


「なるべく太い注射針で、鎮静剤をたっぷり打ってからお話しなさい。ちゃんとことの最初からね。でないと私の召使いを魔界から呼んで、あなたに生ゆでのオートミールを食べさせるわよ。落ち着きを取り戻させるために」


(それさ、毎日食べてる私たちへの精神的拷問なんだけど?)


 ヤネス2世は魔王にしっかり叱られた上で、「うむ、遠慮しよう」ときっぱり拒絶の意思をしめす。そしてゲッシュ・ペーパーの設置が終わったところで、半月ほど前から発生した問題点を上げはじめた。


 まずは冒険者の間でストリーミング配信が一気に流行したこと。「長くこの国で生きておるが、このように急激な変化など見たこともない」というのは王の弁。といっても、彼だって(たぶん勇者がもたらした)認識・常識改変の影響は受けているはず。流行が勇者によってもたらされたという認識はなかった。


 もちろん一般の人々にとってもそれは同じ。うわさを聞いたのか、国内の夢魔の数は数十倍に膨れ上がっていて、冒険者たちはこぞって契約し、みずからの仕事を中継してもらっている。それをみんな楽しみにしていて、3つある国の名物のひとつがはやくも入れ替わりそうなほど。


 ヤネス2世も「まあ、その古臭い夢魔の技術を娯楽にしたことについては、『なんとそんなやりかたがあったのか!』と感心もしておる」なんて具合にまんざらでもないご様子。ただ、「夢魔は色気があるの」と欲望まみれのひとことをつけくわえたので、魔女はさっそく頭痛をひとつ。


 次の話題は問題点の部分。つまり配信によって王の名誉が汚されたり、王自信が標的になって被害を被ったりしたことだ。


「やつらめ、この国のちいさな問題ばかりを取り上げて、儂を無能と罵るのだ。いくら慈悲深いこのヤネス2世も、我慢の限度というものがある!」


「あなたが慈悲深いのなら、私はそろそろ聖人にたてまつられる頃合いでしょうね。それであなたが奪われたペンダント、まだ見つかっていないのかしら?」


「そうとも! 依頼のひとつめはまさにあのペンダントだ! やつめ、目ざとく隠し通路から侵入しおってからに!」


「隠し通路というくらいなら、ちゃんと隠しておいたほうがいいわ。あらかた城の近くに出入口でも作っていたんでしょ?」


「ふん、もっと長い通路もあるわい。ともかく、あのペンダントは高価な物だ! あれを奪還し、儂の元へ持ってきてもらいたい!」


「おおきな声を出さなくてもわかっているわ。さっきから金歯が丸見えよ。そっちも隠しておきなさいな」


「はっ! これはわざわざ魔界で入れた物だぞ? しかもお前に! 忘れたのか? 高い金まで支払ったのだから、恩義を感じてもいいと思うが?」


「興奮しないで、ヤネス2世。話があっちこっちに飛びすぎ。いいから本題に戻りなさい。その男と夢魔について、もう少しくわしく聞きたいわ」


(こ、これは会話が大変な王様だ……)


 勢いがよすぎるあまり、会話がコースアウトしがちなヤネス王を、シニッカはめんどくさそうに手綱取っていた。魔女は「ご愁傷様だよ」なんて思う。さりとて今回の登場人物を洗い出す必要があるから、頭の中を整理しながら聞くことにした。


 犯人の男――おそらく勇者は、覆面をした盗賊風の者だという。背丈も肉づきも人間種としては標準的で、特徴がない。唯一わかっているのは目つきの異常なするどさくらい。王から「視線だけで豚を屠殺できる」なんて表現されていた。


 夢魔のほうは「アム・レスティング」という名前にくわえ、外見も性格(あくまで配信上の)もはっきりしている。話を聞いたかぎりだと「そういう夢魔も魔界にはいそう」、つまり一般的な夢魔だとイーダは認識した。王が「とはいえなんとも憎めぬのよなぁ」とつぶやいて鼻の下をのばしたから、イーダはふたつめの頭痛を覚える。


 そして登場人物はそれだけじゃない。一番重要なのは、配信を見ている民衆たちだ。


「配信の影響で、国の現状に不満を持つやからが急速に増えた。やつらが徒党を組み、よからぬことをしでかす日もそう遠くないであろう。さっそく周辺3国から、必要であれば軍事支援をするなどと話があった。『国内事情ゆえ対処は我が国で』などという手紙を書かねばならぬとは、忌々しいにもほどがある!」


「心中お察しするけれど、不満を持つ人が増えたんじゃなくて、不満を口にする人が増えただけよ。今まであった問題が顕在化しただけでしょ? むしろあなたも配信をしてみたら?『儂は国のため、こんなに大変な仕事をしているのだぞ』って」


「ふんっ! 王が国民へおべっかつかいをしてどうする! 孤高だからこそ頂点なのだぞ⁉︎ お主はそうでないだろうが」


(うわぁ、プライド高いなぁ)


「蛇は地を這う生き物だから、名誉にとらわれることなんてないわ。だから誰よりも地に足がついているの」


(こっちもこっちで、うまいことへりくつを言って……もう)


 3つ目の頭痛。シニッカが会話を楽しむだけの非生産的な状態にならないよう、こっそり神へお祈りした。この国は3が特徴だから、これでコンプリートとしてほしいです、と。


「周辺3国はいいとしても属国の3公国はどうなの? 蛇ニワトリ(バジリカゼミリャ)と、火トカゲ(バートラグラッド)と、不死鳥(フェニクシア)。協力してくれそう?」


「ああ、儂に恩を売りたいだろうからな。必要なら呼びつけるが?」


「そうね、呼んでもらえると助かるわ。それと、あなたの勇者は? 今回の件には動員しないのかしら?」


「トマーシュとお主を会わせられるものか。やつはお主を殺そうとする。それに、やつには害獣退治やら国境警備やら、その他いろいろな任務をさせている。ずっと忙しくさせてしまっておるのだ。これ以上仕事を押しつけてはやつから三行半を突きつけられようよ」


 頭痛の種は置いておいて、会話が進んだことで、ようやく登場人物たちのシルエットが判明してきた。王と属国の人たち、民衆と冒険者たち、そして勇者とアム・レスティングなる夢魔。配信をしている勇者とは別に、この国にはトマーシュという王に雇われた勇者もいるけれど、今回の任務には参加しなさそうだ。


 そんな人々が3のつく国の中でもみあっている。トリグラヴィアの現状を端的にあらわせば、そんな感じだろう。


(舞台の大枠はなんとなくわかったかな。でも……)


 イーダは隣国が気になった。キマイラ同盟、とくに盟主たるウミヘビの家(スースラングスハイム)が。


(彼らはここよりずっと遠いプラドリコでも暗躍していた。今回は隣国。近場となれば手も届きやすい)


 スタンピード騒ぎで、まんまと勇者暗殺の片棒を担がされる羽目になったことを、魔女は忘れていない。スースラングスハイム国王エルフレズ10世の渓谷のように深いしわと狩人のような目も。王の側近エミール・ヴィリアム・イヴェルセンの顔にあった蛇の入れ墨と、低く冷たい声も。


 ふたたび利用されるなんてお断り。イーダは頭の中にあらわれたくせ者ふたりへ、ぷいっとそっぽをむいた。できれば私と関係ない世界で生きてください、と勝手なことを思いながら。


 それを魔王が現実に引き戻す。


「それで『東の蛇』の動向は? あなたのこと、どうせ国外にはニコニコしながら、国内でスースラングスハイムのスパイ網の洗い出しくらいしているでしょ?」


「いいや、そんなくだらんことはせぬ。間者連中など好きにさせておけばよいのだ」


「しらばっくれちゃって。なら、ひとつ小話をはさみましょうか。『寒い北方で働くスパイが、休暇を上司に申し入れました。上司は思案した末に、トリグラヴィアへ行けと言いました。トリグラヴィアといえば暖かいし、なにより楽園だったからです』とね」


「ああそのとおり。この国は()()()()()だ。密偵に対し無警戒だと揶揄されておるし、それを笑うアネクドートも承知している。が、儂は気にせぬよ」


「もう少し嘘の練習をしたら? これ、()()()()()()()()アネクドートでしょう?」


「ほぅ……。なるほど、蛇を2匹も相手取るとなると、舌が1枚では足りぬな。さてさて、どこまで話をしたものか」


 突如会話の空気が変わった。豪快で無配慮に見えたヤネス2世の顔つきが、一瞬にしてチェスのチャンピオンみたいな知的の色を帯びている。


(んんっ⁉︎ なんだなんだ?)


「どちらも毒蛇に違いはないけれど、少なくとも『北の蛇』には領土欲がないわ」「どちらであろうと、毒蛇を懐に入れて持ち運ぶ者がおろうか。遠き砂漠の地の童話では、女王が蛇にその胸を噛ませて自死したというではないか」、会話は蛇の話題を基調に進んでいく。そして続きは――


「魔王よ、地域の平和と安定こそ、お主の基本路線ではなかったか? 蛇同士の食らいあいなど聞いたこともない」


「今回はあなたの心の安定が地域の安定を生むと信じている。それから蛇は蛇を食べるわ。形が同じで呑みこみやすいから」


 なんだか国家規模の方向へ。


(あっ! 話についていけてない! この展開、なんかひさしぶり!)


 ちょっとした郷愁感とともに、イーダの目の前には「王様同士の会話の意図がわからない」事態があらわれた。前回これを味わったのは、ネメアリオニアのラウール2世とシニッカの会話だ。いきなり会話のテンポが上がって、外交と銘打たれた国家間のやり取りがはじまったのだ。


 こうなってしまうと本気を出さねばならない。非常に努力を強いられるから。王様たちは会話のコンテクストを下げてくれない。ゆえに冠雪が見えるほど高い文脈の山脈へ、思考のロープと記憶のザイルを持って挑まなければならないのだ。魔女に高速回転を命じられた脳みそが、低酸素症を恐れてじんわり鳥肌を立てた。


(さっきの「あなたが流した小話でしょ?」っていうのは、きっと「油断を誘うため、わざとスパイに対して無警戒を装っている」って意味だな)


「この死んだ立地であなたは見事に立ちまわっていると思うわ。そして、この先もそうし続けるでしょうね。けれどそろそろ衣装を変えなきゃ、舞台を見る人たちがあきてしまうかも」


(ええと……ヤネス2世にはなにか秘密がある。シニッカはそれを知っていて、ここで(おおや)けにしろと言ってるんだ)


「はっ! 王が王たる衣装を脱げば、それは裸と同じではないか。それとも全裸で演説をしろと? 蛇は言うことが過激でかなわぬ」


(で、ヤネス2世はどうやらあまり乗り気じゃない。秘密の中身はなんだろう?)


「大切な話はサウナで行われるのよ。たまには国民と同じお風呂に入りなさいな」


「相手はヒュドラーぞ? 風呂上がりに下着へ毒を染みこませられてはかなわん。儂が偉業をたたえられ星座になるのは、まだまだずっと先のことだろうて」


(うーん、話が進みそうにない。ただ、登場人物はまだいそうだな)


 会話の横で、魔女はふたたびウミヘビの国を思い出していた。ウミヘビとは『うみへび座』のこと。あの国の守護獣は、海の中を泳ぐ蛇ではなく、ギリシャ神話の多頭蛇ヒュドラーなのだ。


 北の蛇スヴァーヴニルと、東の蛇ヒュドラー。西の蛇と南の蛇もありそうだけど、それは置いておくとして、トリグラヴィア王国は2匹の蛇の間でゆれている。端的にいえば、魔王に()()()()()()()と問われているのだ。


 シニッカが強制することはないだろう。一見言葉の応酬をしているように見えるけれど、彼女は選択肢を提示しているだけだ。ついでに会話を楽しみながら。


(東の蛇スースラングスハイムは、すでになんらか接触をヤネス2世へしているのかな?)


 これはちょっと怖い想像だった。エルフレズ10世もエミール・イヴェルセンも、魔王を罠にかけることへ躊躇などしなさそう。だとすると悪魔召喚は撒き餌であり、自分たちは今まさに針へ食いつこうとしている状態だ。きっと釣り針はヒュドラーの牙でできているだろうから、がぶりと食いついたが最後、毒に焼かれて生き続けるか、死んで星になるか選ぶことになってしまう。


(……いや、それは考えすぎかも。この場合、餌はヤネス2世自身だ。スヴァーヴニルに噛まれて無事でいるなんて考えないだろうし、自殺を考えているようにも見えない)


 では、スースラングスハイム王国はどんな形で今回の件に干渉しえるだろう? そもそも干渉など存在しない、という楽観的な選択肢は、ハードボイルド気取りに捨て去ってみせるとして。


(じゃあ前回と同じで、勇者の側に接触している可能性が高いか。その場合、ヤネス2世も知らないはず。……ともすると、勇者自身もスースラングスハイムになにかされているなんて気づいていないかも)


「――まあいいわ」、シニッカの会話を区切る言葉で、魔女は現実に戻ってきた。今回の勇者災害、要件を聞く部分すらまだ終わっていない。続きを聞かなきゃならないし、()()()()()()だって終わっていない。


 ここには魔法誓約書ゲッシュ・ペーパーがあるのだ。


 シニッカはすっと背すじをのばし、依頼主の王様へ青い視線を放る。


「望みを聞かせなさい、ヤネス2世。ひとつはペンダントを取り戻すこと。もうひとつは?」


「あの覆面の男と、アム・レスティングなる夢魔を排除すること」


「――代償を聞かせなさい」


 相手が誰だろうと、王族であろうが魔族であろうが、この問いが変わることなんてない。


「儂が生まれながらに持っている、大切なものをひとつ」


「それが真意かどうか、聞かせなさい」


「この望みは本物である。神と、儂の地位に誓って」


「聞いたな、魔法誓約書ゲッシュ・ペーパー。記せ」


 契約書が、今日もいじわるな赤い光を放つ。舌なめずりするそのさまに台詞をつけるなら、「おもしろくなってきたな」といったところか。


「よろしい」と、シニッカも舌を出し入れした。「あなたの望み、この魔王が請け負ったわ。ゆえに努々(ゆめゆめ)忘れないで。あなたが契約したのは魔族の王だということを」


「儂はまだ、もうろくするには若すぎると思っておる」、ヤネス2世も顔色を変えない。命を賭けたばかりだというのに。


「ならよかった。きっといくらか、死人が出るから」


「儂のかわいい民草以外に、いくら死人が出ようと知らぬ」


 王様同士の取り決めは、それはそれは残酷で……。魔女は一見ぬるま湯のようだったこの会見が、暗殺の算段であったことを思い出す。


(よし、私も()()()に取り組まなくちゃ!)


 そしてその事実を知った上で、彼女は体に白樺を香らせた。

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