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笑うノコギリエイ 後編3

 天界での2日間は、勇者になる前の一樹(いずき)が人生で経験したどんな日よりも、足早に通りすぎた。ウルリカから伝えられたことがらは、大学講義のテキストのような膨大さだったはずなのに。


 この世界の概要を説明してもらい、ルールやガイドラインを伝えられ、自分がどのような勇者であるかを理解し、剣と魔法の使いかたを習得する。そんな忙しい2日だった。それがあっという間だったのだから、あるいは足早だっただけじゃなくて、人生で経験したどんな日よりも充実していたのかもしれない。


 世界樹の上、割り当てられたちいさな部屋で、彼は復習をしていた。理由の半分は、明日の朝にはここを出なくてはならないゆえ、聞き逃しがないようにしたかったから。もう半分は、ただ単純に楽しいから。


「ええと、俺の勇者としての種類は――」


 勇者が自分ひとりではない、という事実に、それほど驚きはない。会話の中で予想済みだった。しかし勇者の強さをあらわす「ステータス魔法」が、それぞれの転生者でまったく別のシステムだという事実には少々驚かされていた。


 個性というべきか、ただ単に「別のゲームのキャラクター」として召喚されたというべきか。わからないけれど、この世界が単純なものではなく、懐の深い長く楽しめる場所だと感じて嬉しくなる。


「簡易ビルドのパークアンドスキル方式。言葉で聞くと難しそうだったけど、普通のゲームのキャラクターメイキングに一番近そうなイメージだな」


 生前の記憶に重ね合わせた。彼はロールプレイングゲームの中で自由に主人公をメイキングできるものが好きだった。だからいろいろな作りかたがあることくらい知っている。この世界でも、それは同じなのだ。


 キャラクターメイキングにしても、フルスクラッチ、簡易ビルド、ランダムと3つも種類がある。能力の割り振りかたはさらに多彩。Auto――自動取得、Perk and Skilltree――パークとスキル、All random――完全ランダムなどなど。果てはDice judgement――サイコロ判定なんていう、完全に運まかせのものも。


 それを指し、ウルリカはこんなことを言っていた。「『勇者様』とひとくくりにすることはできませんの。十人十色ですわ。これは、私が勇者様にお力をあたえるのではないからですの。勇者様自身が持ちこんだ未来を見せ、選択いただいているだけなのですわ。ゆえに多種多様な方法があるというわけですの」


 要約するならば、勇者ごとに『ゲームシステム』が違い、当然持っている能力も違う。他人と同じゲームをする、のではなくて、他人は他人で別のゲームをしていて、世界観を共有しているといったところ。それが色濃く出ている部分は、魔法に関してだろう。


 魔法は、そのしくみも中身も成長のさせかたも、てんでバラバラとのこと。多種多様すぎて、女神様にも予想できるものではないらしい。さらにLv.(レベル)という概念にいたっては「技能のレベル、というと習熟度とあらわせますわ。けれど時々、『そのかたのレベル』が表示されていることもありまして……いまだに真の意味で理解できていないのですの」なんて言っていた。若干しょんぼりしながらつぶやいたので、チュートリアルをつかさどる者としては歯がゆい思いをしている様子。


 その時の顔(それはそれで魅力的だった困り顔)を思い出し、一樹はひとりでへらっと笑う。そんな自分が窓に映っているのを見て、いかんいかんと元の顔に。


 あらためて自分の能力をおさらいすることにした。


「ええと、能力値はバランス型。3属性のうち『雷』に強い魔法適正。スキルツリーは物理と魔法で、メインスキルは全武器熟練(ウェポンマスタリー)か。オーソドックスな構成だって言ってたな。得意なサブスキルは錬金と使役。ポイントが足りなくて中途半端なスキルレベルだな……」


 彼のステータスをあらわす本には、ぼやっと光る濃緑色の線で描かれたグラフと、読みやすい黒い字で書かれた解説文があった。筋力、敏捷力、魔力なんかをあらわす能力値の欄。どれもバランスよく数字が入っている。その下には自身の魔術属性をあらわす魔法適正の欄。よく見る地水火風ではなく「雷」「氷」「炎」と3つにわかれていた。大学ノートの罫線のような場所へ技能がならぶのは技能――スキルの欄だ。現在はウェポンマスタリースキルと、身体能力の強化にかかわるさまざまなスキルに多くのポイントが割り当てられていて、錬金と使役に関しては「覚えているだけ」のような状態になっている。


 彼の口にした「ポイント」は、このスキルに割り当てるもの。割り振れるポイント数には上限があるゆえ悩ましい。ある程度数字を行ったりきたりさせられるので、あっちを足したりこっちを足したり。得意(にしたい)分野へ多く割り振るか、いろいろなことができるようにまんべんなく割り振るか、なんて試行錯誤を繰り返す。


 光の本に書かれた自分の『ステータス』を見て、ああでもない、こうでもないと永続役得(パーク)技能(スキル)を選んでは消していた。頬がゆるんでいるのは、やっぱりその時間が楽しいからだ。


 ……天界が夜空を描きはじめた頃、ようやく彼の自分探しは終わる。


「ま、こんなもんかな」


 なんとなく、いろいろな種類のスキルにまんべんなくポイントを割り振った。覚えていれば成長させられるだろうけれど、覚えていないものを習得するのは骨が折れそうだと思ったのだ。だから一定の満足感とともに、なんどもそのステータスを見直している。


 そうして、さらに1時間。彼は重要なことを思い出した。


「あ! やべぇ、忘れてた!『固有パーク』をちゃんと読み直さなきゃだな!」


 女神に繰り返し確認をうながされていたにもかかわらず、楽しい時間に我を忘れた。あわててそのページを開く。


 ウルリカの説明によれば、『固有パーク』というのは「他の勇者とかぶらない自分だけの能力」とのこと。つまり自分の一番の個性なのだ。それだからなのか、説明文は長ったらしいもの。「これは……後にしよう」と思ったきり、時は現在にいたるのだった。


(あぶないあぶない)


 ぺらり、開いた光の本の該当項には、『君の右腕』という能力名が特別な装飾で輝いていた。あきらかに特別な能力であるとあらわしていた。その下、つらつらと書かれた説明文へ、()()イズキはようやく目をとおす。


 ――『君の右腕』の能力は、君の右手に5本の指があるように、君の旅へ5人の仲間を得られる力だ。彼ら(あるいは全員彼女らかもしれない)それらと、楽しい旅をするのに役立つスキルといえる。この仲間たちは旅を重ねるごとに飛躍的に成長し、ついにはひとりひとりが君の半分程度の強さにまでなる。つまり君にとってこの仲間は、いつまでも頼りになるという意味だ。ちなみに、この数が6人以上にならない理由を、君は片方の手を見れば思い出せるに違いない。一般的な手を持っているのであれば、だが。


「ガイジンみたいな文章だな……」、翻訳された海外のニュースなんかは、こんな語り口だった。


 ――ともあれ君は、君に友好的な人物を永続的に仲間にすることが可能だ。その仲間は君を裏切らない。君の手と同じように君のもとを離れることはないし、君に対して立てる中指もない。ただし君が指を替えたいと望むのであれば、それは可能だ。幼少期に遊んだことがあるか知らないが、プラスチックのブロックでできたおもちゃと同じくらいの手軽さで。もちろん君はそうしてもいいし、しなくてもいい。


「『君を裏切らない』か……。これってつまり、仲良くなった相手をゲームのコンパニオンみたいに連れ歩けるってことだよな? なんか洗脳みたいでヤバいけど、強くなるなら仲間になってから使うのはありかな。で、その相手は入れ替えられると」


 ――君が知っておかなければならないのは、離別した仲間は二度と元に戻らないことだ。それまで友好だったとしても、仲間からはずれたとたんに君へ剣先をむけるかもしれない。そしていくら自分の腕だからといって、ネズミを持つ手と逆の役割をそこに求めるのは感心しないと伝えておこう。能力がおもちゃのようであったとしても、その人物たちはおもちゃではないのだから。ともあれ、君にとって仲間がかけがえのないものになることを祈り、この文章は終わりとしよう。よき旅を。(1)


「仲間じゃなくなったら精神的な友好度は無効になるんだな。まあ、そりゃあそうだよな。後半よくわからないことも書いてあるけど……仲間は大切だってのには、賛成だ」


 ブツブツとひとりごと。しかし彼へそれを指摘する人物はいないので、重ねて「彼女とかできないかな……」と欲望をボソリ。


 これからの冒険を自分の右腕としてささえてくれる仲間。少々洗脳じみているが、勇者には孤独な冒険よりもにぎやかな旅が似合うだろう。できれば自分の活躍をもて(はや)して欲しいというちいさな願いをかなえてくれないだろうか。そして恋人という、今の自分には形のよくわからない存在になってくれないだろうか。


 ぼすっと音を立てベッドに横になる。頭の中は「大勢の前で大活躍する自分」というイメージでいっぱいになっている。興奮が全然おさまらない。


 そんな彼へ働きかけたのは、彼の寝そべるベッドの布団。人をだめにするために作られたであろうやわらかさが、「はぁい、休憩のお時間ですよ」なんて語りかけつつ、天使の羽のように彼の体を包みこんだ。


 彼は手足をぐぅっとのばす。背骨のあたりがパキパキ鳴って、凝り固まった体が弛緩していく。


 身をあずけ、目をつむった。


(いろいろと注意点を詰めこまれたから、ちょっと頭を整頓しよう)


 そして今夜中に、もういちど楽しもう。と考えるも、思いむなしく5分後にはまどろみの中へ。


(ま、世界を旅しながら……思い出そう……)


 チュートリアルはもうすぐ終わりだ。


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