表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

209/306

笑うストリーマー 11

 さあ、どんな国なんだろう? トリグラヴィア王国について予習を済ませたイーダは、すぐにはじまった実習の時間を歓迎していた。旅支度もこなれたもの。というより、転移魔法陣によってしばらくは行き来できる環境にあるから、それほど荷物は多くない。


 大切なのはペストマスクとノコギリだ。ヴィヘリャ・コカーリのシンボルなのだから。それに日記帳と筆記用具。これは結構かさばるため、専用の防水鞄へ入れてある。そうでもしないと、鞄の空間をまるで暴君のように占有してしまい、すきまに入った歯磨きやら手ぬぐいやら、その他生活必需品に肩身の狭い思いをさせてしまうのだ。横柄に振る舞うさまを、今から行くトリグラヴィア王国のヤネス2世を重ねたわけではないけれど……。


(横柄に、か)


 正直なところ、イーダにはヤネス2世がそのようにする光景など想像つかなかった。天界で出会った彼は柔和な表情と温かみのある声で、「魔界は寒いだろうから、お腹を冷やさないように気をつけなさい」と気づかってくれたのだ。どうひかえめに考えても、王冠と玉座よりかは縁側と猫の似合いそうなご老人。それが国に変えると豹変し、口角に泡を立てながら「あれをしろ! これをしろ!」なんてのたまうのだという。


(そんなパワフルな人にも、パワハラな人にも見えなかったけどなぁ)


 この世は不思議なことばかり。理由はすごく気になるけれども。


 どのみち会ってみないとなにもわからないので、気を取り直し一緒に行くメンバーたちへ目線をやった。


(今回はバルテリ、オンニ、シニッカと私か)


 ドクとヘルミはお留守番。アイノは任務へ参加しているけれど、予備兵力として魔界に残ってもらうことになっている。すでに現地にはサカリがいるから、そこそこ本腰の入った編成といえた。もちろん理由はある。


 国王直々の悪魔召喚なのだ。ある程度の人数がいなければ、礼節を欠くというものだ。


「今回はヤネス2世みずから悪魔召喚をしたんだね。それってめずらしくない? 召喚者と代償を支払う人って一緒だよね? それとも一緒じゃなくて別々でもいいの?」


「同一人物である必要はないわ。召喚魔法陣と魔法誓約書(ゲッシュ・ペーパー)は連動していないし、その必要もないから。でもね……」


 魔王はペストマスクを頭の横に留め、ベルトに巻きこまれた髪をさっとかき上げる。「あのおじいさんのこと、そこまで考えてないんじゃないかと、こっちが心配になるわ」


「ええ⁉︎ 国王ってそんなに無思慮なの? だって自分の命が奪われるかもしれないんだよ? 国王の命がなくなっちゃったら、王国はどうなっちゃうのさ?」


 魔女の指摘は至極まっとう。だから国防大臣のフェンリル狼が「言ってやれ、言ってやれ」なんて口調で魔女を焚きつけた。「うちの魔王様も自分の命の価値を知らねぇ。俺が預言天使エレフテリアに会えたなら、いちど魔王様をはかりに乗せて、どれだけ重いのかをしめしていただきたいところだ」


「ああ、そういえばシニッカも簡単に命を賭けるよね」


「つまりヤネスはそうゆうたぐいの男よ」


 反省するそぶりもなく、むしろ同族を誇るような言いぐさに、はぁっとひとつため息が。今回の王様同士の会話は、きっと絶妙な――緊迫度の低い、けれど油断ならない――緊張感を生むだろう。前に味わった、ネメアリオニア国王ラウール2世の時とは別の方向、音があるならバタバタしたものに。


 今から行く国へ無礼な思いをはせていると、準備を進めるシニッカが、ついでとばかりに国情をつぶやく。


「トリグラヴィア王国はね、大国に囲まれているという立地の悪さと、それに起因する国内の締めつけの強さから『国を捨てたがる人が多い』なんて話があるの。いわゆるステレオタイプのジョークだけれどもね」


「それは大変そうだね。どんな冗談なの?」


「王が言いました。『この馬小屋で出されるようなまずい料理を作ったのは誰だ! 追放してやる』と。従者はすかさず答えます。『正規の料理人はすでに逃げ出しました。今は厩舎で働く人間が作っています』と。またある日、王は『この穴だらけの服はなんだ! 仕立て屋を連れてこい』と言いました。従者は『仕立て屋もすでに国を捨てました。それは法律家が作ったものです』なんて答えます。そしてある朝、王はまた怒鳴ります。『なぜ着替えを持ってこないのだ! 従者はなにをしているのだ!』。けれど答えはありません」


「ああ、従者にも逃げられちゃってる」


「そこで王はにやりと笑い、こう叫んだのです。『このふざけた国の王は誰だ!』」


「さては王様も逃げる気だね! ひどいよ!」


 そこまでこけおろされるなんて、トリグラヴィアの将来が心配だ。シニッカもシニッカで「まだ国にいればいいけれど」とぽつり。


「さすがにそこまでひどくは……ないよね?」


 返答を期待せず、魔女も魔女で準備を進めた。ペストマスクの影に隠れがちな、魔界のシンボルマーク、医療用ノコギリを手に取る。ギザギザの刃が鈍色に光ると、とある魚を思い出した。それは笑うノコギリエイ、つまり前世の最後に見た絵であり、この世で最初の友人のシンボルマークでもある「お魚さん」。いたずらするのが待ちきれないといった具合の、あの表情が。


 ペストマスクをかぶりながら、魔女はちょっと皮肉気に言った。


「波乱の予感があるのなら、私は今それを全身に感じているよ」


波濤(はとう)を超えていきたくば、全身全霊で泳がなくちゃだめよ?」


 ペストマスクの王様は、魔女へ苦笑いを返した。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


(えっ⁉︎ なんかまぶしい!)


 悪魔召喚の魔法陣をくぐった先にあったのは、まさか、まさかの明るい部屋。こういう時には地下室なんかの狭くて暗い場所を選択するものなのに、悪魔と魔女が出迎えられたのは光たっぷりの広い空間。


 ファンタジックな映像作品でよく見た、王に対する謁見の間だ。


 おおきな窓が明かりを取りこみ、金刺繍の赤い絨毯とか見事な彫りの柱なんかを輝かせている。でも足元には血で描かれた魔法陣。使用人たちがそそくさと出て行ったのは、きっと山羊の死骸を運び出すため。


 コメディ映画のような混沌の光景に、さっそくめまいを覚えてしまう。でも目の前にいる王様は「待ちかねていたぞ!」というそぶりで、両手を広げて歓待するのだ。


「おお! ようこそ我がトリグラウ城へ。魔王よ、久しいではないか!」


(うわっ! 本当に別人みたいだ!)


 天界で会った時とまったく違う。あの時は肩をすぼませ、手に手を重ね、猫背で座ってニコニコしていたはずだ。今みたいに鳥みたいに両手を広げる人じゃなかったし、あんなに迫力のある笑顔をする人でもなかった。あまりに破顔がすぎたから、口の奥にある金歯もキラリ。そんなところが見えることなんて、この人にかぎってはないと思っていた。先日と一緒なのは女性的な体格だけなのだ。


 王の豹変ぶりへ口を開けていると、シニッカは霧雨の降る森のような目で、ヤネス2世の歓迎に応じた。


「ほんの3か月前に会ったばかりじゃない。それと、召喚場所が謁見の間とは驚かされたわ。ねぇヤネス、ここって毎日使う場所でしょ? 血濡れにしちゃって、明日から執務にどこを使うつもり?」


 妙に明るい豪華な場所、緊迫感とは程遠い会話。今までの悪魔召喚の時、当然のようにあった緊張感なんてもの、どこかへ姿を消してしまっている様子。きっとミスター緊張感は吸血鬼かなにかのたぐいで、こういった日光の多いところだと「うぎゃぁぁ」と霧散してしまうのだろう。これはこれで気楽だけれど……。


「心配にはおよばん。トリグラウ城には謁見の間が3つある。食堂も、厨房も、執務室や儂の寝室もだ」


「悪魔に対する緊張感も、人の3倍は欲しかったけれど? とくに悪魔召喚なんてする時にはね」


 魔王は心底あきれたそぶり。イーダにはちょっと新鮮な光景だった。会話の主導権はヤネス王にある。それを明け渡すなんてこと、シニッカが許すと思わなかったのだ。


「先に言っておくけれど、召喚魔法陣は消しちゃだめよ? 任務の最中に私たちが使うんだから」


「ははっ! それは我が依頼を受けると、そういう意味だな! 素直に言ってもよいのだぞ?『あなたの依頼なら受けない理由がないわ』とな!」


「あなたとの会話に愛想をつかした時、すばやく帰宅するためにも使われるわ。いいから『立ち話もなんだし』なんて口にして、私たちを落ち着ける場所へご案内いただける?」


 もちろんだとも、王は張り切ってヴィヘリャ・コカーリを先導した。王の動きに召使いたちがあらわれる。訪問者を中心に、周囲を固めるように。まるで外海航路におもむく護衛船団だ。歓待のためについてきてくれているのだろうけれど、艦隊が編成されたと、イーダは友人(潜水艦なる妖怪)からおよぼされた悪影響によってくだらないことを考えていた。


 魔界の面々が案内されたのは、来賓をもてなすための食堂だった。長机がいくつもならんでいて、天井にはダリアの花弁を思わせるシャンデリアが3つ吊り下げられている。3つもある暖炉は、暖かいこの国に少々オーバースペックというもの。冬に来客が凍えることなど、絶対に許さないという意思を感じる。壁にはお高そうな人物画。微笑みをたずさえているものの、魔女にはどこか苦笑しているように見えた。


 ヤネス2世の依頼は、そんな雰囲気の中で幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ