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笑うストリーマー 7

 夢魔アム・レスティングは「本当に危険なひとことはこれから」なんて口にした。それに対する勇者グリゴリーの返答は端的なもの。


「は?」


 発する文字数以上に高圧的で、相手の感情を押さえつけるような響きだ。アムは彼が怒りはじめていることくらい理解していたが、それに負ける必要がないことも理解していた。


 こうなったらもう、会話のペースはこちら側なのだから。


 蜂の巣をつつくような発言を続ける。「だって私、昨日アムチャンネルで、あなたの襲撃を配信したんだから!」


「はぁ⁉︎ ふざけんな! どういうつもりだ!」


 あははは! おおきな声でアムは笑う。「大丈夫、顔は映っていないから! でもおかげですっごくバズっちゃった! ちゃんとLifesPayをわけてあげないとね!」


「お前!」と勇者は声を荒立てた。肩を怒らせ1歩2歩、歩みよった体をレインに止められながら。「ちょ、ちょっと待ってグリーシャ! 話を聞くべきだって! アムは『あざ笑いにここへきた』って感じじゃないでしょ⁉︎」


 恋人の言葉に、グリゴリーは鼻で息をおおきく吸った。腹に力が入ったせいで、上半身をわなわな震わせて。彼だって馬鹿ではない。こんなところで刃を振るい、人を殺めることの愚かさなんて知っている。


「……わかった、いいさ。アム、これはビジネスの話ってことだな?」


「そう! そのとおり!」


 夢魔は笑いすぎて出た涙を、指ですっとぬぐう。表情をまじめなものに変えるためか、()の話とやらを今から話すのか、そう思った勇者も恫喝をやめた。


 予想の半分ははずれ。夢魔の表情は笑みのまま。残り半分は当たり。彼女は腰の小物入れから1枚の紙を取り出した。


「わかるよね? 魔法契約書(ゲッシュ・ペーパー)。あなたもこういう契約書で仕事を受けているでしょ? 依頼主の刻印、見覚えあるんじゃない?」


「これは……俺と同じ相手か。お前も彼らから依頼を請け負っているのか?」


 そういうこと、酒をひとくち口にふくんでうまそうに飲みこむと、夢魔は青い瞳を勇者へ戻す。「それに私はメッセンジャーでもあるの」


「俺たちあてのメッセージを、依頼主からあずかっているってことだな? わかった、聞かせろよ」


「『実力をしめし、有名になれ』って。『名をはせるほどになれば、後援者として協力する』ってことみたいよ?」


「唐突だな。だから俺の行動を配信したってのか? あまりに考えなしに思えるぜ。あの任務は極秘だったはずだ」


「依頼主が望んだことなんだから大丈夫。それにさっきも言ったけど、昨日ヤネス2世からペンダントを奪ったのがあなただって事実は、まだみんな知らない。ま、順を追って話そうか」


 アムはそう言い、勇者へ「依頼主」側の狙いを語りはじめる。「『依頼主』だとよくわからないから、ここでは『例の組織』とするわね」とつけくわえて。


 例の組織の最終目的は、トリグラヴィア王国の首のすげ替えだという。その理由は現王ヤネス2世の不人気に由来する。ヤネス2世は政治において強硬的な手段を取る人物だと知れていた。


「国王ヤネス2世って、あまり人気がないんだ。それは知っているかな?」


「くわしい部分は知らねぇよ。でも街であいつを馬鹿にする小話(アネクドート)ならいくらでも聞いた。『ヤネス2世は有能だ。3つの強い外部勢力が数百年にわたってトリグラヴィアを衰退させられなかったのに、彼は1代でそうするだろうから』なんてな」


「そうそう。性格が破綻しすぎててさ、内政も外交もうまくいってないらしいんだよねぇ。たとえばさ――」


 この話題には前提知識が必要だったから、アムは勇者にトリグラヴィアの現状を伝える。


 まずは内政における評判の悪い部分。ヤネス2世は、国民に課した高い税率と、特権警吏――現代地球における秘密警察を使った反体制勢力への抑圧で有名な人物だ。側近すらもあまり信用せず、しかし絶対王政という政治体制の恩恵を受けた彼の権力は絶大なものだから、それに意を唱えられる者などいないのだ。もちろん金の集まるところには悪いうわさがつきもので、王は豊富な資金の一部を懐におさめ、男女構わず売春しているという話もあった。


「でもそれは、あくまでうわさだろ? 内政が破綻してたなら、ここの国民はもっと暗いはずだぜ? 俺にはそう思えないな」


「破綻まではいっていないの。でもさ、実際に発生している部分とかだったら実感がともなうんじゃない? あなたも冒険者だから、害獣対応の人出が全然足りてないことくらい知っているでしょ?」


 アムの言うことは本当だ。国内に3種類ある冒険者ギルドでは、どこもかしこも依頼の張り紙だらけ。とくに害獣退治や街道護衛の仕事なら、いつ行っても両手にかかえきれないほど。


 既知の事実として、この国は宝守迷宮(ダンジョン)が多い。これらからは害獣が湧く。しかし国内に百か所以上という数は、密度で換算すると他の国の5倍にもおよぶのだ。国王はその対処に苦慮させられているといっていいだろう。


「ま、その部分は俺にも感じ取ることができるな。俺もレインも、冒険者ギルドから『配信もいいが、積極的にモンスター退治の仕事を受けてくれ』なんて要請されてるよ。なぁ、レイン」


「うん。ギルド事務所の人なんか、私の目を見て深刻そうな顔でそんなこと言うんだもん。肩身が狭くなっちゃうよ」


「あ、それアムちゃんもわかるよ。ちょっと心苦しいよねぇ。でさ、内政もよくないんだけど、外交もさんざんなんだよね、あの王様」


 外交においても、王のそれほど評判はよくなかった。ネメアリオニア、セルベリア、キマイラの間で生き抜く立ち振る舞いこそ最低限はできているものの、その実多くの代償を支払っていた。国内には3勢力の砦が堂々と存在しているし、関税に関しても非常に安く設定されている。すべて外部からの圧力にヤネス王が屈した結果だ。


 それをなんとかしようと、税収の多くは軍事費にあてられていた。傭兵を雇い、街道と砦を整備するという形でもって。しかし冒険者ギルドからのヘッドハンティングは賢い選択といえなかった。一時は険悪な関係に陥り、ダンジョンへの冒険者の派遣を拒否されることすらあった。


 くわえて、トリグラヴィア王国には3つの属国が存在していたが、王はその調停にも苦労している様子だ。3国はそれぞれバジリカゼミリャ公国、バートラグラッド公国、フェニクシア公国。これらは国家守護獣も健在な状態にある。ゆえに領土問題や関税の問題で強気な姿勢を取ることも多いのだ。


「国内外の荒事対処にお金がかかるから、この国って税金がやたら高いんだね」


 レインは椅子に腰かけて頬杖をつき、うんざりした顔でそう言った。おおきなカップに入れたビールを、渋い顔してぐびりと飲んで。「おっさんみたいだな」「なんだとぅ?」という短い応酬の後、アムは話題をその税金に移す。


「そのとおりなんだ。内外に対応するため、とにかく多くのお金が必要。この国におけるもろもろの税率は、平均して他の国の倍くらいあるんだって! それでも国民は、農業関連の仕事とか、冒険者の仕事とかで実入りがいいから、なんとかやっていけている」


「高い税金については他人事じゃねぇし、なにより許せねぇよ。他の国の倍くらいってのを聞いたらよけいにそう思っちまう。一般民衆からしぼれるだけしぼってんのに……。で、そこまでして金を集めてんのに、王の無能のせいで国のためになってねぇなんてな。やるせないにもほどがある」


「で、『例の組織』はその無能なヤネス2世陛下にご退位願いたいと、そう考えているわけ」


 彼らなる依頼者たちが、どのような立場にある者なのかは判然としない。しかし勇者には、話ぶりから分析するに、彼らが反体制勢力であろうことが見えてきた。


「じゃ、次はこのクーデターの部分の話をするね。誰を代役にすえるかっていう。現王ヤネス2世には兄がいたの。すでに故人の前王ディミトリ2世のこと。代役はその息子以外にありえないんだ。名前はスラヴコ。40歳くらいの男の人」


「なんでそいつが?」


「王位継承権を持つ人物が他にいないから、ってのが一番の理由かなぁ。でもねでもね、このスラヴコって人、ヤネス2世とすっごい仲が悪いの。30年前にお父さんが死んだのは、優秀な身内をうとんだヤネス2世の謀略ってうわさがあってね。本当かどうか知らないけど、スラヴコはこれを信じてるって話」


 くわえて、この人物は民に人気が高いという。ととのった容姿に公明正大な性格は民衆受けがいいし、なにより徴税率の引き上げに最後まで反対していたひとりだからだ。


「ねぇアム。代役はスラヴコって人いいとしてもさ、どうやって王を退位させるの? まさか殺すわけにはいかないよね?」


「うん、殺せない。王政が深く根づいたこの国において、王の死はおおきすぎる事件になっちゃうから。ふだんはヤネス2世を嫌っている人でも、いざ自分の国の象徴が殺されたなんて知ったら、それまでの感情なんか忘れて怒り狂うだろうし」


 暗殺という手段を取れない以上、選択肢はひとつだけ。王みずから退位してもらうのだ。


 そこまで聞いて、グリーシャにも今後の展開が見えはじめていた。


「つまり王に失点を重ねさせ、『自分には王の資格がない』って思わせるんだな。俺に対する依頼が暗殺じゃなく『ペンダントを奪う』だったのも、王の人気低下と自信の損失を狙ってのことか」


 ちょっとあくどいやりかただな、つぶやいた勇者へ、アムは言葉を返す。「暗殺よりもずっと穏便でしょ? それに『自分で判断した』って事実は、国民が王の交代を納得する最強の理由になるんだから」


「ああ、わかってる。でも俺はこの先、なんどもヤネス2世いじめなきゃならねぇんだ。あの老いぼれに同情なんかできねぇけど、さすがにおもしろい仕事とはいえなさそうだぜ」


「そこで――」


 夢魔の青い瞳がぎゅっとゆがみ、よからぬ考えがあるとグリゴリーにしめした。「もっと賢い悪事があるって顔だな」、あきれる勇者へ返された言葉は、実に楽しそうな声色をしていた。


「あなたがこの国の英雄になっちゃうの。義賊っていうのかな? 王の()()()()()、民衆の心を味方につける、そんな存在に。スラヴコはそんなあなたを支持し人気に相乗りする。その上で政治の実権は『例の組織』が手にする、ってね!」


「言葉を返して悪いが、それだけでヤネス王が『俺はもうだめだ』なんて思うか?」


「だから民草から人気を取るの。民衆から退位を願う声を上げてもらうんだよ! これはなかなか効くでしょう。心の中では『クソッ!』って思っていても、大規模反乱なんて発生したら困るから。もちろん王様の命とそれなりに豪華な生活は保証するって形で」


「まあ悪くはないか。じゃあ、さっきいった『不正を暴く』ってのについて教えろよ。すごく気になる言いかただぜ? その不正ってのは、ちゃんとこの世に存在すんのか?」


「それはきっと、あなた次第」


 つまりアムの返答は、あることないことを事件にしてしまえという意味だった。裏には「どうせ悪いことしているんだから、今さら嘘を盛りこんだって構わないでしょ?」という主張が見て取れる。


 その尖兵として利用されることに、グリゴリーは渋い顔をした。


「なんだよ、俺はいいように使われているだけじゃねぇか。ことが終わったら、俺自身が暗殺の対象にされそうだな」


「あなたは権力に無頓着であるべきだね! ちゃんと役割を演じ切るの。謀殺対象にされるのは嫌だろうし、そもそもグリーシャって政治家になる気ないでしょ? アムちゃんだって嫌だよ!」


「……まあなぁ」


「どのみち約束を守らせることは難しくないんだ。ゲッシュ・ペーパーってそのためにある道具だし」


「それはそうか。反故にしたら命を奪うって契約にすりゃいいんだな」


「そうそう、もちろん報酬の約束もね。ちゃんとお金はもらう方向でなきゃ! たっぷりかせいで、この先楽しく暮らすんでしょ? たとえばレインと一緒に豪邸に住む、とかね」


 勇者の恋人へ、アムは目線をむけてウインクをした。少々わざとらしく恋人を立ててみせたのだ。意図はわかっていながらも、レイン自身にとっても悪い話ではない。ゆえに「そうだねぇ」なんて悩むふりをし、たっぷり時間をかけてから了承することにした。


「ま、そういうことなら私も賛成かな。私たちにも利益があるし、国の人たちにも利益があるし。『例の組織』の狙いが不気味だけど、グリーシャの戦闘力なら恐れるに足りないと思うし。でさ、当の本人的にはどうなの、グリーシャ」


 恋人のビジネスライクな判断。というよりも、目の前の利益に喜ぶ内心を取り繕っているみたいな言動。


(はぁ……レインは乗り気か)


 じゃあ俺はどうだ? そう自分へ問いかけた。


 悪人を倒し、民衆の味方をする。ヒロイックな展開だし、そこに利益もついてくる。少々の嘘も、ダークヒーローだと思えば悪い気がしない。


(裏家業のヒーローか。体制に反発する犯罪者だが、民衆に好かれる英雄。……生前の俺は、そういうものにあこがれていたっけか?)


 転生の影響か、かなり薄くなってきた生前の記憶をたぐりよせる。


 残念ながら、ロシアこそ抑圧された国だった。少なくとも国民だった自分はそう感じていた。上の世代はそうでもなかったかもしれない。けれど自分たち若い人間は、常に疑問をいだいていたはずだ。とくにあの『特別軍事作戦』とやらなんて……。


 まともな収入を得る手段はかぎられていた。軍人にでもなるしかない。そうでなければ、石油や天然ガスの利権を持つ親の元へ、どうにか転生をはたす方法もあったのかもしれない。転生の存在を知った今だから思いつくことでもあるけれど。


 もしくは、配信者として多くのオーディエンスをかかえるなんて手段も。


 たくさんの人々に見られて、娯楽と喜びを提供するような、夢の職業に……。


(ダークヒーローにあこがれてたわけじゃない。けど、抑圧されている人たちへ楽しみをもたらしたいって思ってたんだ。なら――)


「……いいぜ、おもしろそうだ」


 グリゴリーは決意した。生前、自分の境遇を変えるには、足りないものばかりだった。それが転生後の今、状況は劇的に改善されている。


 ワクワクできる仕事になりそうだ。


「俺の短剣はするどいのさ。悪人をやっつける時は、とくにな」


 格好つけて言ってみた。不思議と、さまになっているように感じた。


 2022年7月8日。この日、ひとりの男が暗黒の道を歩こうと決めた。


 蛇たちが(うごめ)く、とても危険な道を。

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