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笑うストリーマー 1

挿絵(By みてみん)


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


「はぁい、どうも! 案内人のアム・レスティングです! はじめましてのかたは『アムちゃん』って呼んでね! そうじゃない人も『アムちゃん』って呼んで! 今日もたくさんの人が見てくれているね、ありがとう! さて、ちょっと暑くなってきたこの季節、みなさんお元気にしていますか⁉︎ え? 元気? それなら大変結構!」


 その名のとおり「夢魔」なのだから、彼女は人の夢に侵入できる。本来だったらその夢は、色気と欲望に満たされるもの。夢魔は人の欲望を栄養に、自身の存在を強めていくゆえ。


 けれど()()()はそうじゃないのだ。せっかくもらった()()()()、性的娯楽だけじゃもったいない。料理の上手な夢魔だっているし、歴史の好きな夢魔だっている。だったらそれを世に広め、趣味の仲間を増やすのも一興。それが夢魔なりのコミュニケーションなのだから。


 もしくは人気の職業を追っかけて、その働く様子を伝えることなんかも。やっぱり一番人気は冒険者。宝守迷宮(ダンジョン)攻略に害獣(モンスター)討伐なんてのは、映え(バエ)る仕事の典型だ。そんなおもしろそうな仕事、夢魔が飛びつかないわけがない。


「さてさて、この『アムチャンネル』は、さまざまな方々のお仕事風景を紹介する()()です! 今日はじめて見る人もいるだろうから、ちゃんとおもてなしのお言葉を言わなきゃね。じゃ、そういうことで――『ようこそ、ストリーミングの世界へ』!」


 惑星フォーサスにおける『ストリーミング』は、地球のWeb動画配信とほとんど一緒だ。配信主がテーマに沿った内容を、不特定多数の人間へ見せる。見る側は取捨選択できるし、もちろん見ないこともできる。違いがあるなら、配信主は人間種のインフルエンサーではなく夢魔で、ネットワークはWWW(ワールドワイドウェブ)ではなく夢魔の精神接続魔術というところ。そして夜間限定であることと、配信の範囲がひとつの国を超えないことくらいか。


 概念自体はずっと昔からあるといわれているのだが、スポットが当たったのはここ1年くらい。突然のムーブメントは、とある国からはじまった。今この夢が放送されているのは、大陸中部南東側にある国、トリグラヴィア王国。北東をネメアリオニア、北西をセルベリア、南東をキマイラ同盟諸国に囲まれた、地政学上の「死んだ立地」にある国だ。


「で、今日はですねぇ、なんとなんと、ここです! ここ、どこだと思います? わかります⁉︎ そう! この国の王様がいる場所、トリグラウ城! 3本の鐘楼がおしゃれですよねぇ。月によーく映える、とっても綺麗な場所なんです! みなさんもそう思うでしょ? ね⁉︎」


 なぜそんな場所で流行したのかというと、理由は簡単。それは宝守迷宮(ダンジョン)が多いから。他の国の数倍にもなるダンジョンの密度は、自然多くの冒険者を集めていた。ゆえに夢魔たちも活動場所に困らない。冒険者クランなりパーティーなりに撮影許可を求めれば、功名心の高い彼らのこと、断られるほうがめずらしいというもの。


 そんな文化の中にいるひとりの夢魔が、この配信者、アム・レスティングだった。


 色気と無邪気さが共存した声は夢魔そのもの。耳に残るし、若干くせにもなる。身にまとうはゴーストを思わせる衣装。フードつきのローブをかぶり、服の前を開いていて、そこから下着のような、肌もあらわな衣装を見せつけていた。見た者は例外なく「彼女は媚びを売っているな」と感じる外見だ。視聴者たちを見つめる両目は晴れ空のようにあざやかな青。その両側に、フードのすきまから飛び出した桃色の髪が、狭苦しそうにたわんでいる。同じ色の唇から長い八重歯も見え隠れしていた。


 彼女は人気者だった。つまり、同業の夢魔たちの中で一番視聴者を集めているのだ。


 理由は、なんともするどい彼女の目のつけどころ。配信夢魔は冒険者と一緒に行動するのが常だが、彼女はあまりそうしない。それよりも埋もれた才能を見つけ出し、それを派手に演出するのが得意だった。それは少々過激な行為をともなった。たとえばスリ師が金持ち商人から金品をかすめ取る一部始終だったり、秘密警吏が詐欺の犯人を撲殺するところだったり。


 今夜も彼女はそうしている。だから彼女は、国王ヤネス2世の居城であるトリグラウ城なんかを配信しているのだ。


 なにせ、そこに忍びこもうとしている盗賊こそが、今回の主役なのだから。


「今日、()()()()()がこの場所を『攻略』するみたいですよ⁉︎ え?『そいつ誰だよ』って? そうだよねぇ、気になりますよねぇ。でもですね、警吏とか衛兵のかたたちも見ているかもしれないわけじゃないですか。だからぁ……秘密です! プライバシー保護のため、なんやかんやうまい具合に、みなさんへお届けする所存です!」


 アム・レスティングの立ち振る舞いは子どものそれながら、体つきも顔つきも妖艶な印象の女性だ。全身でおおげさなゼスチャーをして、笑顔をむけて、これ以上になく楽しそうにしている。見ている者たちの視界の近くに彼女が立っているから、視界の左半分は彼女の胸(こちらもおおげさにたわむもの)から上で隠れていた。そしてもう半分には――


 城壁の外、木々におおわれた人どおりの少ない場所。そこにある茂みのひとつに、注意深く身をひそめるひとりの男性。


「あ! 今『お前うるさいから邪魔になるだろ』って言った人いましたよね⁉︎ 大丈夫大丈夫。私の声も姿も、彼には見えてませんよ! 使い魔を放って撮影した映像に、離れた宿屋の部屋にいる私の姿をはめこんでいるだけですから。……え? 部屋にいる姿をはたから見たら、ただの変なやつ? そういうこと言うな!」


 視聴者――『オーディエンス』と名のついている夢魔の配信を見ている者たちは、「なるほどな」と夢の中でうなずいた。こんな静かな夜の街、しかも城壁の近くで、こんなにも大声を上げていたら、『彼』なる盗賊の邪魔にしかならないだろう。なんともうまくできたしくみだな、なんて、感心しながら寝ている者も多かった。


「じゃ! さっそく、ついて行ってみましょう!」


 長い前振りがようやく終わり、映る景色がずずっと男にせまっていく。茂みの脇で片膝立ちになり、油断なく静かな呼吸をする男。するどすぎる目つきと、それ以外を布で覆った頭部。月光にさらされた細い四肢には、すきまなく皮布を巻きつけている。


 盗賊か、もしくは暗殺者かといった風貌だ。逆手に持った持った短剣が濡れたような光を放っていた。


【あれが今回の仕事人なのかな?】【覆面の下はすごい美形だったり?】【アムちゃん今日もお疲れ様】


 画面の下側3分の1くらい、その位置には「コメント欄」なる枠が用意されていた。きっちり枠が設けられているわけではなく、視聴者たちのつぶやいた言葉が右から左へ流れていく領域だ。各々ただの感想を言っているのにすぎないが、これが存在することでオーディエンスたちの臨場感を湧き立たせる効果があった。


「お疲れ様ぁ。みんな暗くて見にくいけど、我慢してね。ええと、どうなっているかなぁ……。あー」


 夢魔からもコメントが見える。彼女はいくつかのコメントに反応しながらも、『彼』をとりまく状況へ言及した。


「どうやら裏口には衛兵がいますね。王城なんだから、そりゃそうですよね」


 茂みと木々に囲まれた、ふだんなら誰にも見えない箇所。衛兵がかたわらに立って、見張りをしているのが、彼女のいう「裏口」だ。


 深い草木に埋もれる形で設けられた、石造りのちいさな出入口。アムがその存在に言及していなかったら、オーディエンスたちが見落としていただろうくらいには、巧妙にカモフラージュされている。衛兵がいるということは、重要な場所なのだろう。


 アムの知るところではなかったが、正確にいえば、そこは裏口でなかった。王族が退避するための隠し通路の出入口、そのひとつなのだ。衛兵がつきっきりなのもそれが理由。目立たないように黒く染めた外套を甲冑の上から着こみ、たいまつなどの照明も手にしてはいない。


「『彼』のほうはどうするのでしょう? てか彼、なにものなんでしょうね? え? そうですよー、実はアムちゃんも知らないでついてきたのです! よい子のみんなは、知らない人へついて行かないようにね!」


【知らないのかよ……】【彼って盗賊かなにかなのかな?】【実はアムちゃんに気づいていたりして】【関係ないけど、アムちゃんって悪い男にひっかかりそう】


 能天気な女のむこう側、盗賊の男は衛兵を注意深くうかがっていた。しばらくそうしていた彼は、いちど小首をかしげ、もう少し衛兵を見やすい場所へ移動する。藪から藪へ、風のようにさぁっと動いたので、夢魔は「見ました⁉︎ 今の動き!」なんて言って視聴者たちをあおってみせた。


 そんな女の行動も、彼にとってはあずかり知らぬところ。するどい目つきを崩さぬ彼は、10メートルほど先にいる衛兵へじっと注目していた。手に持った短刀を慎重に鞘へおさめ、立ち位置を直すように両脚の位置を微調整する。その上でいちどすぅっと呼吸をととのえた。


「衛兵の目をあざむかないとですね」


 夢魔がひとりごとを言った、次の瞬間。


「あぇ?」


 男は消える。――いや、すでに彼は衛兵の背後にいる。


 トスン、首の裏を手刀で叩くと、兵士は紐の切れたマリオネットのようにその場へくずおれた。


「はぁぁ⁉︎ なにそれ⁉︎ 見えないんですけど⁉︎ な、なにしたの?」


【消えた!】【ええ⁉︎ 速い! 神業⁉︎】【冒険者ギルドのAランクの人とかってあんな感じなの?】【俺、ギルド所属だけど、あんな速くねぇよ】


 画面の手前でわたわたとする夢魔。リアクション芸を生業にできるほど、状況を盛り上げる慌てた所作。「速ぁ……」と余韻を残しながら、あっけに取られること数秒。


 盗賊の男が彼女の動きを見ていたのなら、振り返って苦笑くらいしたかもしれない。けれど映像は使い魔によるもの。彼はそれに気づく気配も見せず、ふたたび風のように裏口へ消えた。


「ああっ! 待って! 待ってよ、これ実況だから! 置いてかれたら実況になんないからぁ!」


 届くはずもないのばした手。「いや、追わないと!」なんて我に返ったアムは、「むっ!」と力をこめて使い魔を操作する。盗賊の男よりずっと遅い動き(それでも猫ほどには速かった)で裏口から侵入し、彼の後を追った。乗合馬車の発車に乗り遅れた旅人、そんな慌てぶりでもって。


 扉の奥は、外から想像するよりも広い廊下が広がっていた。そこには数百年前から通路があり、先代の王によるおおがかりな工事を経て、見栄えのよい姿に変えられている。人が3人はならんでとおれる幅と、オーガ種くらいなら腰をかがめないですむ高さの通路。使い魔の視界は、通路の角へさしかかった男の背中をとらえる。


「追いつい――」


 いや、また消えた。ふっと音を残すかのように。


【いねぇじゃねぇか】【だめそうですね】【アムちゃん、がんばって追いついて!】


 少々だらけてきたこの配信は、それでも配信者の努力によって引き続き娯楽を提供し続けた。

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