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笑う夢魔劇場 9

「イーダと!」


「シニッカの」


「「夢魔劇場へようこそ!」」


「オバケよりも自打球が怖い。こんにちは! 魔女のイーダです!」


「ファールボールにご注意ください。こんにちは、魔王シニッカよ」


「ピッチャー返しもね。そうでしょ?」


「ええ、許さない。私が世界征服した折には、ファールボールとピッチャー返しを亡き者にしてくれるわ」


「球技のルールを滅亡させようとする人、はじめて見たよ。さ、毎度毎度のことながら、ここでは惑星フォーサスにおけるさまざまなことがらを紹介していきたいと思います」


「今日はどんな危険球を紹介してくれるのかしら?」


「うん、しないよ! 今日紹介するのは『冒険者ギルド』! もし擬人化技術によって『ファンタジックな異世界さん』という人物ができたのなら、その人が7つ道具に持っているであろうひとつ。ビジネスパーソンにおけるネクタイの役割のもの!」


「いつもどおりイーダが聞き役、私シニッカが話し役として進行していくわ」


「フォーサスではおおきく3つの冒険者ギルドがあるけれど、それぞれの特徴についてお伝えしていきたいと思います。ではまず概要からどうぞ!」


「承知しました。さっきもイーダが言ったとおり、地球以外の世界においてしばしば登場するのが、この『冒険者ギルド』ね。車におけるナビゲーションシステムみたいなもの。なくても走行機能は損なわないけれど、あると自分が今どこにいるのか知るのに便利、そんな立ち位置の組織なの。冒険者はモンスターの退治、ダンジョンの調査と攻略、未踏地域の開拓、陸路の護衛任務や戦場への戦力提供なんかが仕事。そんななんでも屋さんたちを国家という枠組みよりも広い範囲でまとめ、有機的に活用できるようにした組織が『冒険者ギルド』よ」


「なんでも屋さんっていうくらいだから、冒険者はなんでもできる。けれど選択肢が多すぎて逆に困っちゃうこともある。そんな彼らに仕事の指針だったり、自身の社会的地位だったりをしめしてくれるのが冒険者ギルドなんだね。ところでさ、そもそも『ギルド』ってなに?」


「地球では中世から近世のヨーロッパの諸都市における、職業別の組合のこと。たとえばおおきな都市の中、商人たちが組合を作って価格の調整をしたり、鍛冶職人たちが品質とか規格とかを決めたりとか、そういうものよ。所属していると相互扶助により安定した生活を送れるわ。半面、保守的な組織だから改革にはむいていないのかもね」


「でもそれって、冒険者ギルドにはあてはまらない部分もあるよね? 冒険者ギルドは影響範囲が都市レベルじゃなくて大陸レベルだし。そもそも冒険者以外のギルドって、今のフォーサスに残っている?」


「あまり残っていないわ。絶対王政の国が多いフォーサスにおいて、前述の商人ギルドやら各種職人ギルドやらって解散させられてしまっている都市がほとんどなの。グリフォンスタイン王国なんかに行くとまだまだ現役でがんばっているけれどね」


「となるとギルド制度の生き残りが冒険者ギルドともいえるんだね。でもなんで?」


「ひとつは前述のとおり、その規模。国家をまたぐくらいおおきいから、力を持っているのね。もうひとつは他の都市型ギルドとは利用者が違う点。通常のギルドは組合員だけが利用する場所だったけれど、冒険者ギルドは一般の人の依頼窓口としても広く周知されているの。すると人が集まって、取引が行われて、そこに別の職種の人たちが商機を見つけて、なんて具合に盛況となっていく。街で一番おおきな酒場、宿屋、食堂を兼任しているところも多いのよ」


「一般人にとっても需要がある場所だから生き残ったんだね!」


「そのとおり。じゃあ、そもそもの成り立ちから解説しましょうか。地球と違ってフォーサスには多種多様な湧き出る害獣(ポップ・モンスター)がいる。生物学だけでは説明できないような繁殖をする連中、ありていにいえば地球におけるビデオゲームの無限湧きしてくる敵のことね。でもどこにどんな種類がどれくらいあらわれるかについて、ある程度の傾向があるの。だから昔は為政者が傭兵を雇って対処させていたわ」


「傭兵なんだ。国の軍隊じゃないの?」


「イーダがいう軍隊って『国民軍』のことよね? ああ、つまり『国民国家における常設の軍隊』という意味ね。フォーサスには国民国家というのが地球ほどないのだから、当然国民軍もないわ。ゆえに国がかかえる常設軍もない。地球でもナポレオンが取り入れるまでメジャーでなかった概念よ。だから傭兵を使うの」


「そうなんだね。でもあえて言うけど、傭兵って悪いイメージがあるよ。雇い主のいうことを聞かなかったり、民間人から略奪をしたり、なんて」


「一概にそうとはいえないけど、否定できない部分もある。これは難しい問題なの。暴力装置たる者が横柄に振舞うことなんて人間の(さが)。それを抑えられるかは、傭兵団の性格にもよるし、その時の状況にもよる。ただひとつ、はっきりしていることもある」


「はっきりしていることって?」


「『傭兵は仕事にあぶれると盗賊に変わる』ことね。食べていけなくなれば生きる手段を探すものだから。戦争後に仕事のなくなった傭兵が治安を乱した例なんて枚挙にいとまがないわ。けれど戦争がはじまったら必要不可欠な存在。この職業がなくなることなんて未来永劫ありえないのかも」


「こ、困っちゃうね。傭兵から守るために傭兵を雇うわけにもいかないし、治安維持のために警吏とか自警団の数を増やしたって限度があるだろうし」


「そこで平時において、各領主たちはポップ・モンスターの対処に傭兵をあてることにした。モンスターはどこにでもいるから、仕事なんて腐るほどある。この施策のおかげで幾分か治安が保たれたの。しかも仕事の資金は依頼者の懐から出る。つまり領主の懐も幾分か楽になった。これが冒険者ギルドのはじまりといわれているわ」


「その仕組みはうまく機能したの?」


「その当時だと『やらないよりマシ』くらいだったらしいわ。最初は限定的な効果しかなかったし、時にはマイナス面すらあった。でもこの『荒くれ者たちの二毛作』は為政者から一定の評価を得たのよ。『もっと洗練させれば、かなりうまくいくんじゃないか』ってね。で、組織体系に改良を重ねられていったその集団は次第におおきくなった。ひとつの貴族の領土からいくつかの領土へ広がり、それが国に広がり、最終的には国境を越えて今にいたる。当時とは別物といっていいくらいに進化しているわ」


「権力を持った人たちが音頭を取って進めていったんだね!」


「そうやって進化した冒険者ギルドは、かかわる人たちの種類も増えていく。いろいろな技能を持った人たちが集まれば、その労働力を求める人たちが足を運ぶようになる。現在は人材派遣センターみたいな側面が非常に強いの」


「ギルドは依頼された仕事に応じて人を仲介してくれるんだね。仲介手数料も取るのかな?」


「ええ、収入源のひとつね」


「仕組みはよくできているって思うけど、ちょっと不思議に感じることがあるんだ。今って独立した組織じゃなくて、教会の下部組織になっているよね? 20年くらい前の政教分離騒動の時、収益が悪化していた冒険者ギルドを3つの教派が参加におさめたって聞いているよ。それまで順調におおきくなってたのは利益を得られていたからでしょ? なんでここにきて利益を生み出せなくなっちゃったんだろう?」


「理由はいくつもあると言われているし、『ひとつの理由でそうなったわけじゃない』というのが主流の考えね。薄利多売をしすぎたであるとか、慈善的な活動を実施しすぎたであるとか。実は収益モデルは優秀なままで、教会の陰謀によって取りこまれたなんて説も。冒険者が増えすぎたって理由もあると思うわ。今だって子が親に『俺は将来冒険者になるんだ!』って言って、『それだけはやめてくれ』なんて顔をされるのが日常であるくらい人気の職業だしね」


「なんか現代地球における『将来は人気動画配信者!』って言う子どもの話みたい。親がそれを快く思わないところなんかがとくに」


「さて、そんな反対を押し切って冒険者になった方々には、いろいろな任務が待ち構えているわ。イーダ、冒険者の仕事で一番嫌われている依頼内容がなんだかわかる?」


「ええ? なんだろう。辛くて危険で、報酬が安いものとかは嫌われてそうだけど」


「一番不人気、それは下水道における各種任務よ。街の下水道に出たスライムを退治してくれとか、下水の補修をするために護衛をしてくれ、とか」


「下水でスライム⁉︎ スライムって水分を吸っておおきくなる種類もいたよね? すごいことになってそう。というか私もそれは受けたくないな……」


「ところがそうもいかないの。ギルドは荒くれの集まる先頭集団。ゆえに上下関係が厳しいところもあるわ。その代表例が『新人いびり』。新人は汚れ仕事なんかをさせられたり、きつく当たられたり、時には暴力を振るわれたりと手荒い歓迎をうけるのが通過儀礼よ。ベテラン曰く、『新人はこうやって精神を鍛えてもらう』のだそう」


「うわぁ、それは嫌だな。そんなの許されるの?」


「許されるわけないじゃない。そんなことしなくたって新人を鍛える方法なんていくらでもあるのだし。プラドリコのマルコやロペが聞いたら怒るでしょうね。けれど危険な世界に入る時、ヘラヘラしているのも正解ではない。ゆえに怒られるやつも、性根を叩き直されるやつもいる」


「そういう人に下水関連の任務があてがわれる、と。なんだか普段からそれを仕事にしている人にとっては複雑な気分だろうね」


「同意するわ。もちろん正規でそういうことをやる人の給料は、冒険者よりもずっと高いけれどね」


「で、無事通過儀礼を終えて冒険者になった人たちは、どんな生活を送っているの? カールメヤルヴィのギルドをのぞいてみたけど『毎日忙しくなにかの任務に従事している』ってわけではなさそうに見えたよ。どちらかというと暇をしている人がたくさんいたかな」


「暇な人は暇をしているし、そうでない人はギルドになんていないわ。目の下にクマを作って働いているの。どちらにせよ歩合制の職業だからかなり個人差がある印象ね。前述のとおりギルドは基本的に人材の派遣を行う。そうなると多くの技能を持っている人とか、専門性の高い技能をひとつ持っている人とかに仕事が集中しちゃうの。とくに変身魔法って使い手がかぎられているから、ものすごい忙しいらしいわ」


「優秀だから仕事が集まる、っていうと聞こえはいいけど、本人たちは大変そうだね。あらためて聞くけれど、代表的な仕事の内容ってどんなのがあるの?」


「害獣駆除とか戦争への従事なんかの荒事。隊商や要人の護衛、街の警備とかの治安維持。火災や地震など自然災害への派遣。魔法による傷の治療、鍛冶や錬金なんかの魔術系サービス。学術系の技能を生かした教育や研究。未開拓地とか宝守迷宮(ダンジョン)、各種航路の探索任務」


「ほ、本当になんでもやるんだね。なんか『世界を動かす大企業』なんてイメージだよ」


「他にも金融業とか不動産業、卸売りや小売りもやっていることがあるわ。範囲がおおきすぎるがゆえ、『ギルド長すらも全容を把握できないこの状況は、まさに冒険者ギルドそのものが一種のダンジョンのように混沌なのだろう』なんて揶揄されることもあるくらい」


「そりゃそうなるよ。ちなみに誰の言葉?」


「『黄金の頂』こと、セルベリア国王カルロス6世よ」


「ああ、彼らしい言いかただ。それはそうと、とにかく冒険者ギルドは多種多様な仕事を請け負い、ゆえに冒険者たちも多種多様なサービスを提供しているんだね」


「それがわかったところで、次は3つの冒険者ギルドの違いについての話題にうつりましょうか。テクラ教会系、エレフテリア教会系、世界樹教会系の概要をまとめていきましょう」


「いいね! やっぱそれなりに違うところがあるの?」


「提供されるサービスにそれほどの差はないかも。でも信条とかはちょっとずつ違うわ」


「おもしろそうだね。じゃ、まずテクラ教会派からお願いします」


「3つの冒険者ギルドの内、一番多くの冒険者をかかえるのがテクラ教派冒険者ギルドなの。ネメアリオニア王国とセルベリア王国という2大大国がテクラ教だから当然よね。別名は『清流のギルド』。シンボルマークは水瓶。本部はセルベリア王国の港町コスタアズールにあるわ」


「セルベリアってロス地中海に面しているし、経済的には大陸最強だから人の往来も多そうだね。特色とか、組織の風土とかがあったら教えて」


「伝統を重んじること、攻勢よりも守勢に重きを置いていること、なにより準備が大切と考えていること。彼らのモットーである『伝統・盾・戦の準備』が、それをよくあらわしているわ。ラテン語で発音すると『Traditio(トラディーツィオ), ( )Scutum(スクートゥム), ( )Para(パラ) bellum(ベラム)』ね」


「パラベラムって聞いたことがある単語だ! なんて意味?」


「ラテン語の警句『Si vis pac(汝平和を欲さば、)em, para bellu(戦争にそなえよ)m』の一部よ。地球でポピュラーな拳銃弾である9mmパラベラム弾にも名前が流用されているわ」


「そうだったんだ。あ、話を戻すね。テクラ教派冒険者ギルドは割と保守的な印象を受けるけど、当たっている?」


「そうね、当たっている。伝統を重んじるから書類にしても儀礼にしても格調高い印象を受けるわ。彼らが『人々を守る盾』を目指す光景は、勇士をあらわす詩的な言いかえ(ケニング)『戦の樹』のイメージそのまま。そして仕事にはきっちり準備して挑む風土がある」


「なんかマルコさんやロペさんを思い出すよ。あの人たちも用意周到だったもんね。イメージぴったりかも!」


「逆にいえば、若干柔軟性に欠ける部分もあるわ。昔ながらのやりかたを変えようとしないから。たとえば昔はダンジョンの罠を探るために先頭の人が長い棒を持っていたの。現在はあまり使われないけど、公式に『必ず持っていけ』と最後までいっていたのが清流のギルドの人たちだったわ」


「なかなか特色が出てて興味深いね! じゃあ次はエレフテリア教派冒険者ギルドについてお願いします」


「承知しました。名前が長いから別名の『天秤のギルド』と呼ぶわね。こちらは2番目におおきいギルドで、当然シンボルマークは天秤。本部はトリグラヴィア王国のメスト・エニューオーという都市にあるの。トリグラヴィアはネメアリオニア・セルベリア・キマイラ同盟に囲まれた場所にある土地なのだけれど、ここってダンジョンの密度が高い地域なのよ」


「ダンジョンが多いから冒険者も集まるし、冒険者が多いから自然と本部もそこにできた、と」


「そのとおり。モットーはこちらもラテン語で『Usus est m(経験は最)agister op(良の教師)timus(である)』。実戦至上主義といっていいかもね。すばやい行動が好まれ、ゆえに盾ではなく剣が重視されるわ」


「テクラ系と好対照だね!『迷うくらいならやれ!』って姿勢に感じるよ」


「同時にそれが欠点でもある。同じくカルロス6世の揶揄するところによると、『彼らにとっての迷いとは行動の前になく、行動完了の後にある後悔の言いかえである』。良くも悪くも現場が重視される傾向にあるから、書類仕事が残念だったりするわ」


「事務官さんは大変そう……。実は私、彼らの会話、というか言い争いを聞いたことがあるんだ。『今回の任務で消耗品はどれくらい使いましたか?』『はぁ? たくさんだ!』『もうたくさんだ! いいかげんなことしやがって!』ってけんかしてた」


「あはは! 見たかったわ!」


「そういう人ばかりじゃないんだろうけど、あれは驚いたね。じゃ、天秤のギルドについてはここまで。最後に世界樹教派冒険者ギルドについて解説をお願いします。長くなっちゃったし、今回はその解説を最後にしよう」


「わかったわ。『世界樹のギルド』は3大冒険者ギルドの中で一番ちいさいもの。その名のとおり世界樹をモチーフにしたシンボルマークを用いているわ。カールメヤルヴィにあるのもこれね。本部はルーチェスター連合王国の本土にあるアローブリッジという街。けれどエァセン教における世界樹教派と同じく、ゆるやかにまとまっているギルドなの」


「ということは地方によって特色も違ったりする?」


「ええ。共通の組織ではあるのだけれど、報酬体系とか事務管理上の手続きとかが場所によってバラバラね。支部の数も規模もそれほどではないから、清流のギルド、あるいは天秤のギルドと同じ建物に入っていることなんてザラにある。おかげで『彼らは世界樹。とくにヤドリギを指す』とか言われちゃうことも」


「それも言ったのカルロス王でしょ?『世界樹とか大仰な名前をつけているけど、実態はそれにからみつくヤドリギだ』っていう意味だよね。まあ私もそのギルドの一員だからわかるよ。他の冒険者ギルドの人に言われたことあるし」


「私が聞いた悪口の中で一番のお気に入りは、『世界樹のギルドでは書類がよく燃える』ね。いいかげんな書類仕事を『火事で燃えちゃった』とか言って、なかったことにする人たちが一定数いるわ」


「そこまでいくと感心すらするよ」


「そんなギルドにも一応共通のモットーはあって、それが『Lorem(ロレム・) ipsum(イプサム)』よ。建物に入るとあっちこっちに書いてあるでしょ?」


「見たことある! これもラテン語っぽい響きだね。どんな意味?」


「これね、実は意味のない言葉なの」


「ええっ⁉︎ ど、どういうこと? 標語なのに意味ないの?」


「ええ。まったくのデタラメで、本当になんの意味もない一文よ。正式には『Lorem(ロレム・) ipsum(イプサム・) dolor(ドロール) sit amet(・シット・アメト)』。長くなったところで文章へ意味が付与されるわけではないけれど。ただ、ギルドの人たちはこの無意味な文章へ『自由に生きよ』とか『戦いに決まりはない』なんて解釈をしている人たちが多いわ。意味がわからないのをいいことにね」


「ど、どうしてそんなことに」


「私が作ったから」


「え?」


「私が作ったからよ。共通の標語がなかったから、調停会議の時に適当なものを提案してみたの。『昔そういう由緒正しい一文があったらしい』『意味は現在でもわかっていない』『解き明かすのも冒険者の役割といえる』なんて言葉をそえて」


「なぜそんなことを⁉︎」


「え? いたずらだけど」


「ちょっとちょっと! だめだよ! 大変なことになっちゃってるじゃん! 私、知ってるよ! カールメヤルヴィのギルド長が『ロレム・イプサムの意味がわからないのは、すなわち冒険者に命題があたえられていることを指す。我々は生涯を駆けて探求し、それを解き明かさなくてはならないのだ』ってみんなに説いてまわってるんだから! みんなそれを真剣に聞いて冒険者稼業をしているんだよ!」


「あいつもグルよ」


「……えぇ」


「そんなわけで、世界樹のギルドは非常にいいかげんな組織なの。でも自由に満ちあふれている。もしかしたら一番冒険者らしい生きかたができるギルドなのかもしれないわ」


「絶句。絶句だよ」


「しつこくカルロス6世の言葉を引用するわ。『我々は知っている。世界樹はその葉に、その枝に、その幹や根にそれぞれ存在意味を持つことを。そこに住む多くの鹿、イノシシ、鳥や蛇たちにも生きる意味があたえられていることを。エァセン神は生命の粘土を清い水で洗い、黄金の秤でもって量り、アダマスの定規とダマスクスのナイフでそれらを正確に創られたのだ。ゆえにこの世は計算されつくした混沌によって、しかし整然としているのだ。それぞれ背の高さも背表紙の色も違う本たちが、本棚へ列をなすように。それを一冊一冊手に取る権利が我々にはある。それを読み、考える力が備わっているがゆえ、我々は彼の行いをよく知っている。――当の世界樹ギルドの者をのぞいては』」


「一番念入りに揶揄されちゃってる!」


「ちなみに彼はこうも言っている。『ゆえに忘れるべきではない。あの樹には蛇が噛みついていることを』」


「それたぶんシニッカのことだよ」


「さ、これで各ギルドの特色は解説し終わったわね。冒険者ギルドを語るにはちょっと尺が足りなかったわ」


「ごまかして……。まあ尺が足りないってのはそのとおりだね。冒険者たちの魔術なんかもお話できなかったし」


「なら次はそれもふくめて『魔術の概要』なんてどうかしら? あなたも本領を発揮できるだろうし」


「む、それはいいね! じゃ、最後にひとつ聞いておこうかな。シニッカ、冒険者の詩的な言いかえ(ケニング)は?」


「古ノルド語で言うところの『Varga(ヴァルガ・) fyllir(フィリル)』、すなわち『満たす者』ね」


「へぇ。それはなんで?」


「死んで狼の餌になるから」


「お腹を()()()って意味だね! ひどいよ! でも今日はもうあきらめる! じゃあねみんな、バイバイ!」


Moi moi(バイバイ)

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