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笑うベースボール 21

 ファウルボール。鋭い打球がバックネットへ突き刺さる。回転やまぬ白球が網をザララ! と激しくこすり、その裏にいた観客のオートマタを青ざめさせていた。


 同時に観客席はまたまた沸いた。電光掲示板に表示された球速が、いよいよもっておかしなことになっていたから。


 ――168km/h


(嘘だろ⁉︎)


 打者はバルテリ、フェンリル狼。魔界で一番の身体能力を持つ彼が、剛速球に押しこまれている。


(ちっ! これが勇者の固有パークの力かよ)


 彼は長い犬歯でもって、ぎりりと歯噛みした。自分のバッティングを少々口惜しく思っていたのだ。魔獣たる自分の力を最大限発揮できるのなら、人型であっても、相手の投球が時速170キロを上まわっていても、力負けすることなんてなかっただろう。でも全力を出せない理由があった。それは勇者の固有パーク、具体的にいうなら「身体能力は2019年当時の地球トップたる野球選手を基準とし、最大値が基準プラス5パーセントを超えることはない」という長い1文。


(体が思うように動かねぇ。重りでもつけられてるみたいだ。たちの悪いグレイプニルだぜ)


 考えているうちに、相手投手は振りかぶっていた。ハンデがあっても負けてやるわけにはいかない。それをこみで戦いに挑んでいるのだから。


 2球目の直球は高めに浮いた。打つのに絶好の球だ。失投気味といっていい。しかしそれも速度がもう10キロ遅ければの話。


 バットの芯よりもやや手前で、ボールの下側を叩くのが精いっぱいだった。打球はふたたびバックネットへ。さっきもいじめられた網が執拗な攻撃を受け、涙目になりながらその身をよじった。


 速度は169km/h。先ほどの投球速度を塗り替えたため、スタジアムは熱狂している。


(ヤバいな。俺でこれじゃ、ほかのやつも苦戦するぞ)


 あの速球は打てない。いや、当てるだけならなんとかなるし、それがヒットになることもあるかもしれないが、少なくとも幸運の助けが必要だ。それに得点へむすびつけるためには、次の打者も同じように打たなければ意味がない。もしくは思い切って強振し、柵越えホームランを狙う手も。投手が元気なこの打席において、少々部の悪い賭けに思えるが。


 ベンチへ戻ったら対策を立てなければならないだろう。


(……いや、打ち取られること前提に考えるのは下策だな)


 自分らしくもない考えに、彼は頭を振った。どうにか状況を好転させる必要がある。この短い打席の時間に、うちの魔王様や魔女のごとく脳みそをフル回転させるのだ。


(……待てよ?)


 彼はすぐに思いついた。発想の転換だ。もしアウトが避けられないとしても、アウトになる前にやれることがある。ひとつは情報収集、もうひとつはこざかしいこと。


 3球目、バルテリは全神経を集中して飛んでくる169km/hの直球を見た。あの回転はフォーシーム。ならば変化は少ないだろう。そして今回の球は外角低め。ストライクゾーンからははずれている。


Ball(ボール)


(どうやらコントロールはそれほどでもないな)


 まずカウントは1ボール2ストライク。フォアボールにはまだ3つも余裕がある。狼は次の球を予想した。投手心理としては、ストライクゾーンへ入れることより、剛速球であることを優先して投げこまれるだろう。もしくはストライクゾーンを外し、空振りを狙うような球か。


Ball(ボール)Two(ツー)


 次の球速は165km/hまで落ちた。回転は少し変化する直球、ツーシーム。予想どおりだ。じゃあ次はどうか。これはわからないから、打つ準備をする。


 5球目、外角ストライクゾーンぎりぎりにゆるい球がきた。ゆるいといっても140km/h、アイノの直球と同程度の変化球だ。どうやらカーブに見える。放っておけば、ストライクになる球筋だった。


 バルテリは迷わずバットを振る。カンっと音がしてファールボール。またバックネットがいじめられた。


(これでいい。続けるとするか)


 かわいそうな網は、6球目、7球目、そして8球目にもむごい仕打ちを受けた。ボールをひとつはさんで3ボール2ストライクのフルカウントから、さらに2回。12球目が空振りの三振に終わったことで、ようやく長い虐待は終わりを告げる。


 別にフェンリル狼は「網いじめ」が楽しくなったわけではない。これはカット打法という、ひとつの戦術だ。本来は自分の打ちやすいコースへ誘導するため、打ちにくい球をファールにして投手をじらす戦法であり、バルテリも半分はそのためにカットを続けていた。


 理由のもう半分は、投手を疲れさせるため。今はまだ2回だから投球数も少なくスタミナ切れなんておこしていないだろうが、試合終盤になればじわじわ効いてくるはず。そう思って自分のできることをやり切ったのだ。


 ベンチに下がる際、ネクストバッターサークルで待機していた5番打者の骨58号へ耳打ちする。「打てないなら投げさせろ。魔界らしく、小ずるくいこうぜ」と。


 スケルトンのオートマタは、コクリとうなづき打席へむかった。


 彼と6番バッター骨47号がアウトに打ち取られた時、恐竜投手の投球数は初回からの合計で33球になった。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 2回の裏は三者凡退に終わり、現在は3回の表、つまり守備の時間だ。7番バッターである横長耳の小島(ロドス)エルフが内野ゴロに打ち取られ、アイノは8番バッターへ戦いを挑んでいる。縦耳長の大陸中央(ミッド)エルフ。ふたりのエルフはともに外野手だ。


 マウンドはアイノにまかせておいて、監督イーダは手元の魔石を見ていた。今日は各人2つ、おおきめの魔石を持ちこんでいる。勇者マルセル・ルロワの対抗召喚で得られた8面体のものでなく、魔界で採れた天然物。その中で上等なやつがいくつも王城にあったから、ここぞとばかりに根こそぎ持ってきていた。


(ルールで禁止されているから、青歯王の魔法、今日は使えないや。でも疲労回復とか能力の向上とか、使い道ならいくらでもある。うまく活用しないとね)


 使い道はそれぞれだ。単純な疲労回復もそうだし、身体能力の強化のためや動体視力を上げるため、はたまた「運動が得意になる」なんてふんわりした魔術をかけることだって。敵も味方も魔術を行使し自身の能力を上げているのだから、魔石は非常に大切な生命線でもある。


 けれど、勝利を約束してくれるものではない。魔石は万能の道具じゃないから。


 そもそも魔石は、魔腺疲労をおさえるための物だ。通常、魔術を使う時は魔腺へ魔力を流し収束させる。魔腺疲労はこの時、筋肉痛のように発生する。でも魔石を使えば魔腺へ魔力を流すかわりに、手元の魔石から魔力を取り出せるのだ。だから疲労が発生しにくい。


 逆にいえば、発生しにくいだけで発生しないわけじゃない。いくら魔腺をいたわれるからといって、最終的に魔術を使うのは術者の力が必要なのだ。だから魔石があれば無限に魔術を使えるかというと、そうじゃない。


 それに活用しにくい部分も多い。ひとつの魔術に使える魔石はひとつだけで、それ以上を使おうとしてもうまくいかないのだ。疲労回復にしても癒せるのは熱を持った筋肉や酷使した関節なんていう肉体的なものだけ。魔腺の疲労は人体の器官として形を持っているわけじゃないから、疲労回復魔術の対象範囲外となってしまう。


(魔石で勝とうとしちゃだめだ。あくまでベースボールの内容で勝負を挑まなきゃ)


 石を袋にしまい顔を上げると、自分のベンチの上、観客席から拍手の音。アイノが8番バッターを三振に打ち取ったのだ。勇者は本当によく考えてくれていて、観客の3分の1は勇者側を、3分の1は魔界側を応援するよう固有パークの内容を決めていた。残りの人々は「にぎやかし」なのだそう。


 選手たちからしてみれば、こんなに張り合いのある空気の中でプレーできるなんて幸せだ。そして勇者は本当にベースボールを愛しているのだろう。


(だったら……負けられないよね!)


 こちらも全力をつくして戦う。魔界らしく、ルールで許される範囲、どのような手段を使ってでも。


 イーダはふたたび柵から身を乗り出してフィールドを見た。


 2分後、9番バッターの恐竜投手が三振に倒れ、3回の表が終了した。

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