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笑うベースボール 15

「――<調和と平等の名のもとに、我らは連帯して戦いを創る。そこにあらゆる差別は存在しえず、ただただ平らな野があるのみである。今日コロッセオはここへドームとなりて、木の剣とすばらしい兜、皮の籠手をたずさえあらわれる>」


 詠唱一節、魔力が渦をなして彼らをつつんだ。勇者イヴォを中心として、彼の仲間と魔王の一団を巻きこみ光り輝く。水面にできた渦が水底へ螺旋を描くのと同じように、飲みこまれた者たちは落ちていくような感覚にとらわれた。


 そしてパツン! テレビを消した時と同じ一閃の光が暗闇をもたらしたから、これをはじめて体験するヴィヘリャ・コカーリの面々は、魔界が球界のかわりに冥界にでもなったかと軽口を叩く。映画がはじまる直前の暗闇、そこにワクワクするのと同じだな、なんて魔女は思った。


 そして視界を覆う黒い幕は、風が草原を通りすぎるさぁっとした音と同時に、開けた視界へと姿を変える。はるか頭上には骨組みの天井。おおきなクジラのお腹の中で、ろっ骨を内側から見上げたかのように、骨のむこうには分厚い皮を思わせる天蓋が張られている。その下に広がるのは3つならんだおおきなビデオ画面、数万人は入りそうなひな壇、数メートルの緑色の壁、そして見事に整備されたグラウンド。


「ドームだ!」


 まっ先に反応したのは魔女のイーダだ。反射神経の鋭い狼やワタリガラスよりも早くその情景の名前を叫び、彼女の引き連れた選手団へ、ここがベースボールでいうところの戦場だと告げる。


 予想よりずっとおおきくて広い。日本では場所の広さをあらわす時に「東京ドーム何個分」なんて表現をするけれど、たとえそれが1個分や2個分だったとしても、巨大に変わりはないと知れた。


「ようこそ、ワゴンブルク・ドームへ。先日お話ししましたとおり、ここにはさまざまな設備がととのっています。ダッグアウトから奥に入ればロッカールームが、そこの廊下から階段を上ると各種トレーニングルームとバスルームがあります。もちろんサウナ室も」


 1塁側のダッグアウト(ベンチともいう)を指さして、勇者イヴォが説明をしてくれる。ベンチの横には投手が投球練習するブルペンも備わっていた。


「ありがとう、イヴォさん。私たちのダッグアウトは1塁側?」


「ええ、そちらでお願いします。試合は1時間後に開始としましょう」


 ありがとうとお礼を言って、チームを引き連れベンチに入る。いったい誰が用意したのか、棚にはビニール袋に入ったヒマワリの種がいくつも置かれていた。


「あら、これは? 炒ってあるのかしら?」


「アメリカのプロ野球選手って、ベンチでそれを食べてるイメージがあるよ。口にふくんでから殻だけ『ぷっ!』って吐き出すんだ」


「いいね! みんなでやろう!」


 魔王と潜水艦は順応性も高く、さっそく試合中の楽しみを見つけたご様子。しかしそれ以外のメンバー、無表情な骨さんたち以外は少々落ち着きがない。


「なんてか、あれだな。見たことねぇ素材だらけだ。いやに小綺麗で落ち着かねえよ。どこもかしこも預言天使エレフテリアが創ったみてぇにきっちりしてるぜ」


「同感だ、狼。定規を使わずに造られた物などなさそうな雰囲気だな。シンメトリーがすぎる。塗料もずいぶん分厚く塗っているようだな」


「鉄のポールにダブレットのようなものが巻いてありますね。鉄の棒の防御力を高める必要はないのでは? ビオンさんはどう思います?」


「うん、ヘルミ。たぶんそれは、人がぶつかった時、怪我しにくくするためのものだ。鉄を丈夫にしているんじゃないと思う」


 好き勝手なことを言いながらも、情景に圧倒されているようだ。目に入るもののほとんどがフォーサスにはない。彼らの知っている建造物の中で、ならぶものがあるとしたら天界のコロッセオくらいだろう。そしてその円形議場には決してなかった物も多い。天井には巨大な照明が煌々と光を放っているし、バックスクリーンには電光掲示板が電子の文字を描いている。そもそもポールを保護するウレタンも、あちこちに使われているつるんとしたプラスチックもフォーサスにはないのだから、その情報量たるや脳がオーバーフローを起こしたあげく暴走して停止しかねないほどだった。


 そんな状態に対して――


「すごいっスね! この広さなら、ドラゴンの巣とか作れそうっスよ!」


 純粋に楽しんでいる者もいれば


「ここに本を敷き詰めたなら、世界中すべてのものが入るでしょうな。司書が100人ほど必要になりそうですが」


 さっそく別の用途を思いついた者。さらに――


「……広い。……広すぎて怖い」


 ふるふるふるえる者も。


 骨58号の左大腿骨をつかみながら最後尾をそろりそろりと移動する少年へ、「ああ、かわいいなぁ」と鼻の下をのばしながら、魔女はみなを奥の施設へいざなった。


 廊下を抜けて映画館のような扉を開けると、そこが戦士たちの控室、ロッカールームだ。20畳くらいの広さの部屋、その外周にひとりにひとつスペースが用意され、ロッカーや物を置いておく棚、着替えの時に使う椅子なんかがならんでいた。そして中央のおおきな机にはさまざまなサイズの野球道具も。バットにグローブ、スパイクにユニフォーム。ヘルメットがずらりとならぶ横には、数ダースのボールが箱に入れられている。


「これが、イヴォさんの言っていた野球道具だね! ユニフォームまであるなんて!」


 魔女ならずとも目を輝かせた。スポーツ用品店からそのまま輸送してきたような新品の野球道具たちが、「さあ今すぐ俺らを手に取って、戦闘準備をしたまえ!」と言わんばかりにきらきらと輝いていたから。なぜ道具がならんでいる光景って、こんなにもワクワクするんだろう? そう心を躍らせながら、さっそくユニフォームを広げてみる。


「おおっ!」


 シャツはグリーン、ズボンは白。肩と胸には緑の円形章(ヴィヘリャ・コカーリ)のワッペン入り。白い背番号は赤でふち取りされていて、ところどころに枝嚙みのひし形チェック模様も入っている。もちろん、その上には英語でつづられた選手の名前も。


「あら、なかなかのセンスじゃない。さっそく着てみなきゃならないわね」


「そうだね!……あ! シニッカ! ちょっと待って!」


 おもむろに服を脱ごうとする魔王様を、従者に戻った魔女が制止した。服を脱ぎかけた彼女は、首をひっこめた亀のように上着を上げ、上体を折り曲げながら両腕をゾンビみたい前へ突き出す。そしてその状態で静止した後、首の部分から顔をのぞかせて「なぁに?」とのたまった。


「なぁに、じゃないよ! 男性陣もいるからね?」


「いまさらね。この前、男3人のサウナ室に突撃したくせに」


 それはいいの! と、イーダは男性経験皆無女子特有のわたわたとしたムーブでもって男連中を追い出す。途中、オンニと骨さんたちがどちらにふくまれるか少々なやんだものの、とりあえず全員をロッカールームから退出させた。


 魔王は奇妙なポーズのまま、魔女の顔をのぞきこむ。


「性別が気になるの?」


「分別があるの!」


 短いやり取りの後、彼女らは真新しいユニフォームへ袖をとおすことになった。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 全員が着替え終わると、そこにはひとつの戦闘集団が出現していた。緑と白で構成されたおそろいの戦闘装束に、対抗召喚がもたらしたバットを肩にかついでいた。全員でならんでみると壮観だ。背丈はみんなバラバラだけど、衣装のもたらす一体感に、「今から同じ方向をむいて行進するんだな」とチームの結束力が高まるのを感じる。


(この空気なら……よし、やってみよう!)


「みんな、円陣を組もう。気合を入れたいと思うんだ」


 勝負に勝つため、というよりも、純粋にやってみたいと思った。少々探りさぐりに、魔女はみんなの顔を見る。


「いいね!」


 間髪入れずに潜水艦が乗ってくれた。こういう時、アイノのノリはありがたい。テキパキと机を隅に追いやって、真ん中にスペースを作ると、両手を広げてみんなに「集まれ!」のジェスチャーをした。


「おもしれぇな。今から合戦でもやるかのようだぜ」


「ああ、悪くない。我々が『円形章』と名のついたチームだというのもあわせて」


 14人は肩を組み、頭を突き合わせてひとつになる。


守備位置と打順(オーダー)はわかっているよね。細かい作戦を立てる時間はなかったけど、私たちならきっとうまくやれると思うんだ」


 円陣を組んだ状態でみんなを見ると、すごく顔が近くて、ちょっと緊張した。でも今日は自分が監督なのだと、魔女は気合を入れなおす。


「前にシニッカが言ったとおり、『勇者最強!』なんて道理、私たちには通用しない。勇者をやっつける専門家が、ここに14人もいるんだから」


 狼は「いいこと言うじゃねぇか」なんて顔をしてうなずいている。サカリの表情は「当然だな」か。となりにいるからシニッカとアイノの表情は近すぎて見えないけど、鼻歌のような同意の声がステレオで聞こえてきた。


 いや、サラウンドかもしれない。ヘルミもオンニも、クリッパーだってきりっと笑ってくれた。残念ながら表情が見えないドクも、うなずいているから大丈夫だろう。骨さんたちは……あご骨をカタカタ武者震いさせている気がする。


 しかし、ノエルだけは不安そうだ。でもいいのだ。


 彼は尊いのだから。


「だから勝つのは私たち。まずは気合を入れなきゃね」


 若干雑念混じりの魔女は、短くこの場をまとめるため、息をおおきく吸いこんで、それを戦意の形にして吐いた。


「さあ、行くじょ!」


 おうっ! 心強い応答に、緑のユニフォームでできた円形章がドクン! と心臓のごとく鼓動する。戦意十分、みな背すじをのばし、道具を手にしてロッカールームを出ていく。


(……ごまかせた)


 あの勢いなら誰も気づいていないはず。耳は真っ赤になっているけれど、帽子なりヘルメットなりをかぶればそんなもの目立たなくなるのだ。だからここ一番の大切な言葉を噛んだことなんて気にしない。気にするはずもない。


 たぶん。


「ようし、俺は『柵越えホームラン』とやらを狙っていく()()


「やめてやれ、狼」


「私はずる賢いことをしてみたいですね。あざむいてやるじょの精神です」


「いくじょ! いくじょ!」


「僕につばを飛ばさないで、アイじょ」


「や、やめてぇ!」


「噛むから悪いのよ、魔じょさん」


 かくして彼女らはフィールドに出て、勇者たちと対峙した。


 ホームベースをはさんでずらりとならぶ2チームがあいさつをして、片方は守備につき、片方は打撃準備のためベンチへ戻る。


 1回の表がはじまるその瞬間まで、魔女の耳は赤く染まったままだった。

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