笑うベースボール 12
その日は1回の表裏が終わったところで、お開きになった。ルールを覚えるためにかなり時間を使ってしまった。「タイム」ひとつとっても回数制限だったりとか、プレー中と判断された場合は受け入れられないこともあるとか、しっかり教えなければ試合に挑めないのだ。おかげで時間はあっという間に15時に。対戦相手のチーム毒蛇は、みんなプロ選手ではないため、家庭の事情だったり仕事の都合だったりがある。とりあえずは解散し、残りの時間はヴィヘリャ・コカーリだけで軽い練習をした。
とはいえ守備も攻撃も経験できた形だ。スコアは0対10。ヴィヘリャ・コカーリが1回の表を無失点で切り抜け、攻守チェンジの後に打線へ火をつけた結果だった。
1番バッターから9番バッターまで、打者一巡した時点で得点は8点、アウトカウントは1。ちゃっかり9番に居座ったイーダもライト前へヒットを放った。人生はじめての経験だったから無駄にテンションが上がり、おおいに上がりすぎたその結果、リードをおおきく取りすぎてあえなく牽制死。とぼとぼベンチへ下がった後に、追加で点がふたつ入った。
――その後、次の日もその次の日も、練習試合に明け暮れることになった。気づけば猶予は残り半分くらい。日を追うごとにルールを把握してきた参加者たちのおかげで、9回の試合終了までなんとかこぎつけることができた。
5月31日、少ない練習時間をけずることになるが、今日は練習をお休みにして、ヴィヘリャ・コカーリは王宮の食堂に集まっている。そろそろポジションなんかを確定しておいたほうがいい。
「案を作ってみたよ。みんなの意見を聞かせて」
魔女監督は日記の見開きを使ってまとめた、全員の特徴とポジション案をメンバーへ見せた。
ピッチャーは文句なしでシニッカ。目算時速150キロくらい出ているノビのある直球と、打者の手元で鋭く曲がるカーブが持ち球だ。足が速いから、打順を決めるなら1番とか2番とかがよさそうに思える。
1塁手――ファーストはリンナ浴場の主、骨58号。彼は骨らしからぬダイナミックな打撃フォームが持ち味の選手だった。背が高いし、骨なので体がやわらかいなんてもんじゃない。1塁はその特性上、ベースに足をつけ、体をのばして捕球する機会が多い。内外野へゴロになったボールを放られる可能性が高いからだ。くわえて彼は左利き。これは捕球した後、2塁とか3塁とかに投げる時、右利きよりも体をひねらないですむ。つまりエラーが起きにくい。「彼は生前、1塁手という職業についていたんだ」とはドクの嘘だが、仮に本当だったとしても驚かないかもしれない。
2塁手――セカンドと呼ばれる、1塁ベースと2塁ベースの中間を守る内野は、図書館の司書クリッパーさん。ペサパッロ経験者で守備がうまく、反射神経もいい。打球をさばく時に高度な判断が求められる2塁手にもってこいだ。
遊撃手――ショートは2塁手と同じく守りのかなめ。ここはサカリがそのまま入った。ペサパッロをやったことないのに、持ち前の身体能力の高さと冷静さから選ばれている。セカンドとショートの間――二遊間は、コンビプレーも多いので、仲のいいクリッパーさんと名コンビを形成するのだ。
サードこと3塁手はヘルミ。実は、3塁は内野手の中で1番けがをしやすいといわれている。この世界でも右利きの人が多いため、都合右利きの人が打ちやすい右打席でバットを振るう人も多い。で、人は通常、打球が真正面でなく自分の体側に飛んでいきやすいのだ。これもそうするほうが打ちやすいから。いわゆる「引っ張った打球」になる。
そういう打球は速度も速いし、3塁手はそこへ体を張って止めねばならない。防御が得意なヘルミ以上の適任者はいないだろう。
ピッチャーの女房役、捕手(キャッチャー)は夢魔オンニにお願いすることとした。スパイという特性上、彼は非常に観察眼が鋭い。打者の弱点や打ちづらそうにしている投球なんかをつぶさに見て、投手をリードする。「相手は内角が苦手だから、えぐるように変化球を投げろ」とかいうのを、サインとミットを構える位置でシニッカへ伝えるのだ。
盗塁を防ぐ役だから強肩の持ち主がよかったけれど、それ以上に盗塁の予兆を感知できる能力に期待してこのポジションをまかせた。
「内野はこんな感じでどうかな?」
「ああ、よさそうだぜ。理由を聞けば『それしかなさそうだ』って思うくらいにな」
「私も賛成だ。狼と二遊間になったらどうしようかと思っていた。クリッパーとならうまくやれるだろう」
反目しつつ意見は同じ。仲がいいのか悪いのか。ともあれ異論は出なかったから、魔女は次に外野のメンバーを説明することに。
フェンリル狼は中堅手を守る。外野の中央ポジションのため、豊富な運動量が求められるからだ。肩も強ければ脚も速い。身体能力だけでいえば魔界トップクラスに間違いない。たぶんだけれど、身体能力上限が定められたルールの中、一番損をするのが彼だ。人の身で100メートルを5秒くらいで走るし、垂直跳びなら2メートルくらい跳ぶし。もはや人類なんて比べものにならないほど。まあ、身体能力の高さが地球の野球選手プラス5パーセントを上まわっている人は彼だけじゃないけれど。
左翼手に入ったのはリンナ浴場の骨47号さん。スケルトン・オートマタの面々にしてはめずらしく、背すじがしゃっきりのびた、おそらく女の人だ。生前は冒険者だったらしく運動が得意。なんでもそつなくこなすユーティリティープレイヤーとして参加している。
右翼手は魔界最低の料理人、骨53号とした。理由は……あまりない。打撃フォームも守備の様子も悪くはないのだけれど、彼の無味な料理と同じく、特徴らしき特徴がないのだ。ただやる気はあるようだし、とりあえず先発メンバーに入れておくこととした。少なくともチームの食事担当にするよりは活躍できるだろうし。
9か所のポジションはこれで埋まった。残りは自分とアイノ、ドク、ノエルに骨36号さん。
「しかし監督さん、これだと他のかたは? イーダさんもアイノさんも主力と思っていましたけど」
まさに欲しかった質問をヘルミが聞いてくれた。残り5人はどうするのか、重要な問題だ。
「うん、私は1塁の、アイノは3塁のベースコーチに入ろうかと思って。走者に『まわれ』とか『止まれ』とか言う人ね。経験者がやったほうがいいと思うんだ。骨36号さんはベースコーチが交代した時に、かわりになってもらおうと思ってる」
「でも、もったいない気もします。おふたりともベースボールができるのだし。それにルールによると、ベースコーチは選手交代できないですよね?」
指摘は正しかった。ベースコーチはフィールドプレイヤーと交代ができない。つまり、先ほどいった「骨36号さん」の出番もルール上許可されていない。
でもイーダには考えがあった。
「実はイヴォさんに、2点だけルールの改正を要求するつもりなんだ。私たちって人数が少ないから、ある程度自由に選手交代できないと、けが人が出たり疲労がたまったりしたら、9人維持できなくなっちゃうかもだし」
勇者はまだ国境線の宿屋に宿泊しているらしいから、明日彼の元をたずねて提案をするつもりだ。ふたつの改正点というのは以下のこと。
「1点目はベースコーチもフィールドプレイヤーと交代可能にしてもらうこと。2点目は代走専用の選手枠を用意してもらうこと。もちろんむこうも同じことができるように。それほど無茶な提案じゃないから、たぶん飲んでくれるんじゃないかって思ってるよ」
「監督よ、ベースコーチはわかるが、代走専用選手枠ってのはなんだ?」
「塁に出た打者と交代になる走者が代走。これはみんなわかるよね。でも、代走を出された人ってもう試合に出られないし、代走になった人は引き続き試合に出続けないといけない。だから、『代走だけ交代する人』を1枠もうけてもらおうと思って」
そう言って、魔女はひとりの男の子を見た。ジトっとした黒目が印象的な、魔女いわく「尊い存在」であるところの。
ノエルだ。
「なるほどな、そのルールならノエルの脚を有効活用できそうだ」
「でしょ?」
ふふんと得意げな魔女の横、悪魔種の男の子もまた「その手があったか」なんて意外そうな顔をしていた。




