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笑うベースボール 9

 場所は王宮の食堂。集まったのは魔王と魔女と4大魔獣。そこで告げられたのは、ヴィヘリャ・コカーリの今週の目標――正確には2022年5月27日から6月1日の7日間、魔王とその一味が心に止め置いておくべき指針。


『まじめにベースボールをする』。


 まじめの体現者たるイーダ・ハルコがそう決めた。


「やるからにはちゃんとルールを守ること!」


 生前、学級委員長になれるほどの度胸などなかった彼女は、ここにきて一転、場を取り仕切ることにした。本当はそんなのガラじゃない。けれどこの人たちにまかせておけない。なぜなら――


「なあ監督よ、1塁までの距離なんて、獣化すりゃあっという間だと思わねぇか? ボールへバットを当てさえすりゃあいい。ゆっくりコロコロ転がすんだ。で、そのうちに走り抜ける。めでたくヒットになるって寸法さ」


「獣化禁止だよ! 勇者の決めた追加ルール、ちゃんと覚えてね。『選手は身長2メートル半以下の人型にかぎる。それを上まわる場合、ルールの力が強制的に対象選手をちいさく、そして人型にする』って書いてあるんだから」


「イーダ監督、アイノは姿を消せるわよね? あれなら使ってもいいんじゃない?」


「だめだよ!『なんびとたりとも審判の視覚を阻害するなど、ジャッジの邪魔をする行為は禁止する』ってあるからね」


「監督よ、私は飛べるし2羽になることもできるが、それもだめなのか?」


「だめだよ。『飛ぶな、増えるな』って書いてあったからね。あ、たぶん減るのもだめだよ」


「イーダさん。いえ、監督さん。思うのですが、打つ時にバットでボールをヒットせず、バットを投げて投手へヒットさせるというのはどうでしょう?」


「暴力行為は禁止だよ! 特殊ルールを持ち出さなくたってだめだよ!」


「はい、監督! おやつは持っていっていいですか!」


「いいよ!」


 とまあ、こんな具合だから。


「せっかくイヴォさんが正々堂々と戦いを挑んでくるんだから、同じだますにしてもルール内でやらなきゃ『勝った』って言えないでしょ!」


 ふんすと鼻息荒くして、白樺の魔女は腕を組んだ。まじめにやっている理由の半分は今口にしたとおり。もう半分は野球を楽しみたいから。生前見るのが好きだった憧れの競技を、死後にプレーする機会があたえられたのだ。魔術は禁止されていないようなので、これは自分にも活躍の機会があると張り切り倒していた。


 ちなみに彼女が監督なんて呼ばれているのにはわけがある。それは昨日、勇者とベースボールで戦うと決めた直後に、彼とヴィヘリャ・コカーリの間で交わされた契約によるものだった。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 国境線の宿屋の前。ヴィヘリャ・コカーリと勇者イヴォはベースボールで勝負することに決め、その詳細をつめていた。


「この世界には人型以外の生物もいる。しかし残念なことに、ベースボールは人型以外へ配慮したルールをさだめていない。それはどうかと思ったので、私は追加のルールを固有パークによって決めた。今回はそれも加味した上で勝負をしようと思う。と、その前に、君らへベースボールのルールを話したほうがいいだろうか?」


 筋肉筋肉言っていたわりに、イヴォさんの配慮は知的なものだ。彼が異世界で野球をすることに本気なのが伝わってくる。その姿勢がなんとも親しみやすくて、初対面にもかかわらず、イーダは一歩前に出て口を開くことにした。


「大丈夫、私ともうひとりが知っています。あ、私はイーダ。生まれは日本で、野球が身近だったんです」


「それはすばらしいし、ありがたい。ちょうどいいから、基本的なルールは日本の中央リーグに準ずるとしよう。追加ルールの部分だけ伝えればいいだろうか?」


「はい、指名打者なしですね。そこにイヴォさんが決めたフォーサスのローカルルールが入ると。それでよろしくお願いします」


 そんなふうに決めてしまったから、となりで魔王が「じゃ、イーダは選手兼監督で」なんて無責任なことを言い出した。魔女は若干躊躇したものの、「他の人がやったら、収拾がつかなくなるだろう」と受け入れることに。これは好判断だったといえる。まわりの人間は前述のとおりだ。それに元のルールを知っていたから、追加のルールだけを覚えればよかった。


 追加のルール、イヴォの決めたフォーサスならではの決まりごとは以下のようなもの。


『ひとつ、人型でない人やおおきすぎる人、極端にちいさい人は、ある程度のおおきさの人間型へ置きかえられる』。ゆえに4大魔獣が獣化して競技にのぞむことはできない。『また高熱を発するなど周囲へ危害を加える形質や、不可視など審判を妨害する形質、接触できない形質がある場合、それは取り除かれる。増えたり分裂したり溶けたり爆ぜたりすることも許されない』。


『ひとつ、身体能力は2019年当時の地球トップたる野球選手を基準とし、最大値が基準プラス5パーセントを超えることはない』。つまり世界最高峰のアスリートよりも少し有能になれるけど、「もはや人外」といえるような力は発揮できないのだ。投球なら時速175キロくらいが最大だし、1塁到達タイムなら3.5秒を少し下まわるくらい。それでも野球をよく見ていたイーダにとって、目が飛び出るくらいアンタッチャブルな数字だ。


『ひとつ、魔法は自身の身体能力を強化する場合と、誰かのけがを治療する場合のみ使用が許可される。ボールをふくめた野球の道具へかけることはできないし、他人を魔術で妨害することもできない』。先述の身体能力上限と合わさって、制限がバシッと決まっている感じだ。ゆえに人外野球的な荒唐無稽さは発生しにくい……はずだ。


『ひとつ、事前に魔法がかけられた道具も使用してはならない。フィールドにはいかなる魔法の道具を持ち出してはならない。ベンチ内では疲労回復や意志疎通、身体能力向上等に魔法具を使用できるが、ベンチの外へ直接影響をおよぼすものに関しては禁止されている。ただし救護の際、または審判(アンパイア)が認めた場合は、フィールド上であっても使用が認められる』。このルールは魔法の使用制限を補足するためのルールだろう。


『ひとつ、地に足をつけてプレーしなければならない』。これは「まともな生きかたをしましょう」的な意味ではなくて、つまり空を飛んだり、宙に浮いてはならないという意味だ。ただし1.5メートル程度の跳躍は許されるとのこと。同様に、地面の下やそれに類する場所を通過することも、そして瞬間移動も許されない。こんなことまで決めなくちゃならないとは、この世は混沌に満ちあふれている。


『ひとつ、芝生を食べてはならない』。このルールだけやけにピンポイント。きっと山羊の獣人がプレー中に栄養補給を試みたのだ。


 そして最後のひとつ。これは今回の試合だけに適用されるもの。もし同点のまま9回が終わってしまったら、最大15回まで、1回ずつ足される形で延長戦になること。その際、魔腺疲労は完全回復するのだそうだ。つまり9回裏が終わるまでに、魔腺を使い倒しておかなければ損。魔力切れになるまでちゃんとプレーして、延長戦へ挑まなければならない。交代選手が復帰できるわけではないので、自然と先発メンバーは酷使されそうな予感。


 ちなみに15回が終わっても同点なら引き分けになる。


 イーダはあらためて、それらをみんなの前で読み上げた。メモすら見ないで暗唱して。「力の入れようがうかがい知れるわ」なんて茶化されても気にしない。自分が監督なのだから。


 そんな彼女は当然、みなからの質問へ答える義務がある。まずは国防大臣から問いが飛ぶ。「で、監督さんよ。審判はどうなるんだ?」


「競技に必要な人たちは全部、固有パークで用意するんだって。いちおう審判については『平等かつ正確なプロフェッショナル』ってことになってるけど、程度はわからないかな」


「勇者側に有利なジャッジをするってことか?」


「アウェイだもん。洗礼を受けるかもしれないね。けど異議申し立て(チャレンジ)制度ってのがあって、ボールやストライクの判定以外、走塁のセーフとかアウトとかに異議を唱えられるんだ。ビデオ判定があるのも確認済み。これをちゃんと使おう」


「ビデオってのは?」


「ええとね、おこったことを映像――動く絵として保存しておける装置のことだよ。たとえばアウトかセーフかきわどい時に、後で見返すことができるんだ。1試合に2回失敗するまではね」


 勝負のシビアな部分を押さえつつ、わかりやすくしっかりとした答え。国防大臣は「本当に監督っぽいな」と素直な感想をもらしてしまう。次の質問は、そのフェンリル狼の横に立つカラスから。「道具はどうなる? 宝物庫にあるていどはあったと思うが、足りそうなのか?」


「それもむこうが用意してくれるって。でもバットとグローブは対抗召喚機が用意してくれたものを使おう。魔法がかけられていないことは確認済みだからレギュレーションに違反しないし、とはいえなんかご利益ありそうだし」


「賛成だ」とサカリはうなずく。はっきりした回答に満足しながら。ただ、魔女が「あ、ヘルメットとかユニフォームも用意してくれるって」とつけくわえたことにかんしては少し不安もあった。変な格好をさせられてはたまらない。


 と、光景を微笑ましく見ていた魔王が舌を出し入れしながら、「ところで」と切り出した。


「メンバー足りないんじゃない?」


 言われてみればそのとおり。そしてとっても深刻な問題だ。魔王に魔女に4大魔獣。6人だけでは野球ができない。


「そうなんだよね。最低でも11人は必要だよ」


「11人ですか。しかし野球は9人制ではないのですか?」


「ううん、打者9人に対して、走塁を指示する人がふたり必要なんだ。1塁と3塁のとこで『まわれ!』とか『とまれ!』とか言う人。ランナーって全力疾走中はまわりを見られないことも多いから」


 人を探さなくてはならない。最低でも5人、つまり今の倍くらいにする必要がある。


 しかし今日のイーダは一味違った。


「そこで、声をかけておきました!」


 ビシッと指さすその先に、きぃっとドアを開けて入ってくる人たち。魔界の天使ドクを先頭に、尊い男子ノエル、笑顔の素敵な司書クリッパー、ヘルミの養蚕場にいて案内をしてくれた()()()の素敵な男子、そしてリンナ浴場で働いている骨、骨、骨。これで合計13人だ。


「大丈夫なのかよ」


 そう言ったバルテリを筆頭に、(魔王以外の)全員が不安を覚えた。ドクがなにかしらの運動に興じる姿は想像できないし、クリッパーもそういうタイプには見えない。ノエルについても同じだ。そして骨でできたオートマタ3体については、もはやルールを理解できるかすらあやしい。


「しょうがないでしょ!」


 しかもあれだけ自信満々にメンバーを紹介した魔女でさえ、「必勝のメンバーを集めました!」というふうではない。むしろ「なんとかこれで戦えるね!」なんて雰囲気だ。表情だけは前むきなのだが、これはなかなか大変な戦いになりそうだと、みな理解した。


 若干監督イーダへの信頼感が薄れつつある中、台所のほうでカタカタと耳障りな音がした。音の主は骨53号。必要最低限をやや下まわる料理の腕、座りの悪い首に噛み合わせの悪いあご骨を持つ、「食べすぎ防止」ないし「みじめな食生活」の擬人化的存在である。


 彼はトコトコと歩いてくると、あたかも最初から呼ばれていましたなんて雰囲気をかもしだしながら、骨3体の横にならんだ。つまり、参戦の意思表示をした。


「……料理人はいらないよ」


 監督は冷ややかな目。しかし骨53号はその目に静かなる戦意をやどす。いや、それは戦意というよりも闘志に近かった。残念ながら瞳が存在しないので誰にも伝わらなかったが、木のうろのような空洞へ渦巻くなにがしかの感情をたたえていた。


「……ま、いいや」


 対する魔女は渋々承諾する。野球は9人でできる競技じゃない。11人でも必要最低限、代打や代走、投手交代を考えれば、現状の13人よりは14人のほうがいいと感じたのだ。日本のプロ野球では25人までベンチ入りできるのだから、これでも足りないくらい。


(数は力、力はパワー)


 気の利いた翻訳が困惑しそうな言葉を脳裏にうかべ、ともあれこの14人でチーム『ヴィヘリャ・コカーリ』となすことに。


「さっそく明日から練習しよう! ルールはやりながら覚えるのが一番だと思うんだ! ペサパッロの球場だって借りてあるんだから!」


「それはいいけど、監督さん。大切なことを忘れているわよ?」


「え? なに?」


「明日は金曜日」


「あ……」、短くつぶやく魔女の目の前、ならんだみんなが「はぁっ」とひとつため息をついた。金曜日の日没から土曜日の日没まで、ゴーレムやオートマタを動かしてはならないのだ。


「じゃ、じゃあ骨さんたちは解散して、日曜日までお休みで!」


 号令に骨53号、36号、47号、58号は、よく訓練された戦士のように、さっさと持ち場に戻っていった。取り残された10名は、準備のため練習場へむかう。


(な、なんとかなる!)


 それを引き連れる監督は動揺しながらも、かろうじて前むきな姿勢を取り続けるのであった。

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