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笑うベースボール 8

 どういう因果か転生をはたしたイヴォ・ノヴァックは、チュートリアル2日目の夕食をむかえていた。目の前には女神たるチュートリアルこと大天使ウルリカ。


 彼は食事をしながら、自身の敵――魔王について質問をしていた。


「――いやしかし、魔王を殺すというのは正しいことなのでしょうか?」


「正しいか正しくないかでご返答するのは難しいですけれど、おっしゃるとおり、イヴォ様の人生において魔王を殺す必要などありませんの。事実、私が申し上げたこの世の説明にも、おそらく勇者様のステータスにも、そのようなことは書かれておりません」


「ではやつと対決したいというこの感情は、いったいどこからきたものなのですか?」


「勇者である以上、生まれつきその考えを持っているのです。あまりピンとこないかもしれませんが、『勇者という存在』『魔王という存在』というのは、この世においてそういうものだと理解していますわ」


(『存在』か……)


 最初こそ「あなたは転生勇者になった」などという事実へ困惑していたものの、丁寧な説明を受けなんとか納得し、今は現状を噛み砕いている最中だ。


「ともかく私の精神には、自分で説明できない感情があるわけですね。少々健全とはいいがたいかもしれませんが、『健全な肉体には健全な精神が宿る』といいますから、まずは肉体をそうたもつように努力しましょう」


 うなづきながらそう話す彼の姿に、一方のウルリカは手ごたえを感じていた。勇者は魔王への敵意を捨てない者が多い。結果命を落とすこともままある。だからそうならないために必ず言葉を重ねていたし、今回もそうしていた。


(これは「よい傾向」ととらえていいのでしょう。対決よりも幸せなことがらなどいくらでもあるのですから。豊かな生涯を歩んでいただきたいですわ)


 ようやく説得の努力が実をむすびそうだ、今回のやりかたを覚えておかなくては、そんなふうに考えながらほっと胸をなでおろす。


「そしてこの『固有パーク』で、魔王を殺さない形の対決をすればよい、と」


 いや、まだ油断できなさそう。


「彼女は『勝負へ命をかける』ような誘導をするかもしれませんから十分にご注意を。魔王の側がどのような手段でイヴォ様に対抗するかわかったものではないのです」


 大工のように執拗に、理性目がけて釘を刺す。油断するとあっという間に勝負を挑んでしまいそうだから。


「そうですね。ではもういちど、固有パークのおさらいをしても?」


 昨日一緒に読んでいたが、ウルリカは「もちろんですわ」と了承してみせた。イヴォが慎重になっているのならしめたもの。となりで口をはさみつつ、注意点をしつこく伝えるチャンスだ。


「<Otevřený(オテヴジェニ・) stav(スタッフ)>」


 ステータス魔法の詠唱がされ、青と白と赤の上品な光がそれぞれ三角形を構成しながらくるりとまわる。それが粉雪のようにぱっと消えた後、イヴォの手元にはノートが1冊。彼はそれをペラペラめくって目的のページを出した。


 ふたりでそれをのぞきこむ。


 ――君の固有パーク『Vozová(ヴォゾヴァ) hradba(・ハラドバ)』、つまり『馬車の城塞』は、相手に望まぬ戦いを強いる能力だ。逆にいえば君の得意な戦いを強制する力ともいえる。君は君の祖国に伝わる英雄よろしく、敵を自分の得意戦法に引きずりこみ、有利な状況を作り出せる。何台もの装甲馬車で円形の即席陣地を作り、その内側からPistala(火薬の笛)でもって相手を圧倒できるのと同じだ。騎兵だろうが歩兵だろうが、この防壁の前では足止めを食らい的になるから、君にも強力な戦法だとわかるだろう? 万が一君の知力が筋力でできていたとしても。


「ウルリカ、あらためて見て、私は思います。知力は筋力の手助けをしてくれるものだと。決して取り違えるものではなく、頭を使うからこそ体が鍛えられるのだと」


(そこを気になさるの?)


「そうですわね」


 ――この固有パークは君が思う以上に強力だ。なにせ戦場すらも用意できるのだから。といってもピンときていないと困るので、以下に詳細を記述するとしよう。君は戦闘が行われる場所、戦闘のルール、戦場で使われる道具を用意することができる。実際の概念に当てはめるのであれば、馬車の城塞戦法(ヴォゾヴァ・ハラドバ)というよりも、むしろ剣闘士闘技場(コロッセオ)に近いものだ。剣闘士は定められた場所で、定められたルールの元に戦う。その場所もルールも君が決めるといわれれば、理解できるだろうか。もちろん君が参加する必要もなく、誰かと誰かを殺し合わせることすらできるのだ。君はそうしてもいいし、しなくてもいい。


「昨日述べたとおり、これは他者同士へ使わないと約束しましょう。私は血を見るのが好きではないですから」


「あらためてお礼を。まさか魔法誓約書(ゲッシュ・ペーパー)まで使用されるとは思いませんでしたわ」


 地上へおりる前にゲッシュ・ペーパーで誓いを立てるなど前代未聞だったから、ウルリカには多少罪悪感もあった。勇者が言い出したのだから断る理由はないのだけれど、どこかだましているようだし、地上へおりた時の楽しみを奪うようでもあったから。イヴォが契約書へのサインに、プロスポーツ選手がチームと行う労使協定を重ねていて、心へささやかなスキップをしていたことなどウルリカには知る由もない。


 ――この能力は非常に工夫しがいのあるものだ。しかし欠点もあるから、心して聞いてほしい。ひとつ、作成した戦場のルールは簡単に変えられないこと。たとえば剣闘会のルールを「5対5のチーム戦」としていたなら、それを「6対6」にするのには経験が必要だ。ここでいう経験とは戦いに勝利したり、契約を正しく履行したりということで得られるものだ。ゆえにルールを根底から変えるような機会など、君の生涯において1回あればいいだろう。ふたつ、「6対3」にするのはもっと難しい。つまり不平等な戦いのルールを制定するには骨が折れる。君はそうしたいだろうが、そうもいかない。その理由に「人とは社会の中で生きる生物だから」などともっともらしい台詞を上げなくても、君は納得できるだろう。君が普通の人間であれば、だが。


「この不平等を強要する方法ですが、偽りの自尊心を獲得する以外にメリットはあるのでしょうか? ルールの中で()()()()()のがスポーツのおもしろいところだと思いますが」


(え? スポーツ? 戦いの内容へスポーツを適用する気ですの?)


「え、ええ。イヴォ様のお考えは立派なものと思いますわ」


 ――3つ、この力は戦場を地上ではなく別の空間へ作るということ。もっと直接的にいうならば、ある種の異空間を作ってそこへ参加者を放りこむのだ。この間、時間は元いた場所と同じように流れるからご心配なく。といっても、君の魔力が尽きればこの戦場も消えるから、そこではしゃぎすぎるのはよくない選択肢といえる。君が自分の生徒の誰かへ「落ち着きのない性格」などと評価を下したかどうかはわからないが、少なくとも君自体は落ち着いて行動すべきなのだ。


「私は落ち着きなく見えますか、ウルリカ」


「いいえ、冷静に思いますわ」


(起床して早々、体力づくりをしていたのには驚かされましたけれど)


 女神はうっかり口にしそうだった言葉をすんでのところで呑みこんで、ごまかすように残り少ない文面へ目を落とした。


 ――4つ、君は戦場空間で用意したものを、外に持ち出すことはできない。それがグラディウスであっても、カラシニコフであってもだ。ミニットマンと爆弾の皇帝が殴り合うところを見るのは、滅んでもいい世界だけにしたまえ。自重も時には必要なのだから。……ともあれ、これでルールの解説は終わりだ。同時に私の出番もここまでとなる。君はどのような戦場を作ろうかと楽しみにしながら、このページを閉じるだろう。私は君の将来が勝利に満ちあふれることを切に願いながら、筆を置くとしよう。(1)


 天使はいつもどおり、「お見事な文面ですこと」と皮肉を言いたくなった。が、となりでブツブツ言っている勇者の言葉を聞くことに決めた。


「これはチャンスかもしれないな……。ルールブックは頭の中にある。それに上等な道具も手に入れられる……」


 イヴォの能力は世界へおおきな爪あとを残しかねない。にもかかわらず、彼のつぶやきからはそのような雰囲気が感じ取れない。おかげで女神たるチュートリアルはとなりで口をはさみ、注意点をしつこく伝えるチャンスなどすっかり忘れ、いったいこのかたはなにを思い描いているのだろうと興味深げに観察するばかり。


「……決めた。ウルリカ、私は決めました」


 目を伏せていた彼は顔をぱっと上げ、今日も満天の星空へまっすぐな視線をむける。


「まず仲間を集め、この力で鍛えていく必要があります。敵は強大で、ゆえに挑みがいがありますから」


「ええ、仲間は大切ですわ。ぜひそうなさって」


「そしていつか魔王を倒します。あえて今ここで、手段を述べさせてください。もう予想済みかもしれませんが――」


(いえ、全然予想できていませんわ)


「もちろんそれは、『ベースボール』で」


「……え?」


 あまり暴力的な響きのない、おそらくスポーツだろうもの、ベースボール。「それはどのような勝負なのですか?」と聞いてしまったのは悪手だった。勇者の口から「1チーム9人制の球技で――」と、決壊した防波堤のようにルールが押し寄せる。


 それは天の川が傾きはじめ、グッリンカムビ――世界樹の上にいるにわとりが深夜を告げても止まらなかった。


 その日天使が就寝できたのは午前3時をまわってから。おかげで彼女は悪夢を見る。


「ううん……い、インフィールドフライ……」


 それは野球の中でもマニアックなルールによって、彼女の打席がアウトに終わった夢だった。

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