笑う夢魔劇場 8
「イーダと!」
「シニッカの」
「「夢魔劇場へようこそ!」」
「こんにちは! KenningとCunningを今でも言い間違える魔女のイーダです」
「こんにちは。日本ではCunningがずると同じ意味って聞いて、驚いている魔王シニッカよ」
「日本語発音的には『カンニング』だね。普通に怒られる行為だよ。たしかにCunning forkで使われるカニングの意味からは若干遠いかな。あっちは『たくみな』とか『知的な』ってニュアンスだし。でも現代英語のCunningって『狡猾』なんて意味だよね? それとは近いと思うな」
「ケンニングはないの?」
「ないよ! さて、ここではフォーサスにおける様々なことがらを解説したいと思います。今回のテーマはケニング! 詩の表現技法と、それを応用した魔術について!」
「とはいえまぎらわしいから、詩的な言いかえのことをケニング、魔法のほうを言遊魔術と呼び分けることにするわね」
「じゃ、シニッカ、よろしくお願いいたします」
「はいはい。ひとまず言遊魔術は置いておいて、詩的表現のほうをちゃんと説明しておくわ。ケニングとは特定の単語、とくに名詞を比喩的な複合語にする比喩表現のこと。迂言法の一種よ。たとえば『剣』を『赤い盾のつらら』なんてね。とくに古ノルド語の詩や古英語の詩なんかで使われていたものを指すの」
「『名詞に使われる』って部分がとても重要そうだね」
「そのとおり。名詞とは『とある事象の名前』を指すから、『剣』とか『戦い』とか『平和』とかいう言葉のことね。逆に『攻撃する』とか『走る』なんていう動詞には使われない」
「テストに出そうだね。とりあえず前提がわかったところで、あらためてわざわざ迂言法たるケニングを使う目的を聞いてもいいかな?」
「ひとつは表現力を高めるためね。人に言って聞かせる詩なのだから。『剣が1本』だと味気ないけど、『赤い盾のつららが1本』ならちょっと詩的になるでしょ?」
「それはそうだけど、聞いている人は『赤い盾のつらら』が『剣』を指すってわからなくならない?」
「前後の文脈で想像させるのよ。『戦いがはじまり、彼は赤い盾のつららを抜いた』なんて言われれば、少なくとも武器だってわかるでしょ?」
「あ、たしかに」
「そして、表現力を高めるためだけにケニングがあるわけではないわ。ケニングを使うもうひとつの理由が『韻を踏むため』あるいは『リズムを刻むため』ね。詩は韻を踏んだ文章で構成されることも多いから」
「普通の文章である『散文』に対して、韻を踏んだ文章が『韻文』だったね。なんか魔術的な雰囲気が出てきて楽しいよ! でもあえて聞くけど、韻を踏む意味は?」
「やはり吟遊詩人が歌い上げる口伝の物語で使われたからじゃないかしら。北欧神話なんかはとくにそうね。語るほうにも聞くほうにも、韻を踏んでリズムよく流れる詩は心地よいものだったと思うわ」
「現代の音楽なんかでもそうだったよ。韻を踏むと口ずさんでも聞いても気持ちよかった」
「じゃあそんなイーダへ気持ちよさを伝えるため、日本語で例を。たとえば夕焼けへ剣を掲げるシーンを描きたい時、韻を踏まないのなら『彼は夕日へ剣を掲げ』になるかしら。それを『茜色に染まる空へ、赤い盾のつらら掲げ』って表現すると、茜と赤で頭韻を踏み、なおかつリズムがいいでしょ?」
「おお、本当だ! 詩っぽい!」
「ということで、ケニングというのは詩人にとって表現の幅をぐっと広げてくれる頼りになる存在だったと思うわ」
「はい、先生! 脇道にそれたいよ!」
「どうぞイーダさん」
「ケニングの類似品にHeitiってあると思うけど、なにが違うの?」
「ケニングもヘイティも、古いゲルマン語系の詩で使われた表現技法ね。ケニングは前述のとおり単語を複合語で比喩的にあらわす。ヘイティはちょっと違って、単語を別の単語であらわすの。剣を名剣と言ったり、馬を駿馬と言ったりね」
「なるほど」
「まあ、人によっては両者の区別があいまいだったり、ケニングの種類のひとつがヘイティであるといったりするから、万国共通の定義がないのは注意ね」
「定義のあいまいさについてはケニングも同じだよね。脇道ありがとう! 本筋をどうぞ」
「それではケニングについてもう少しくわしく。古ノルド語のケニングと、古英語のケニングの違いについてなんてどうかしら」
「いいね。学者風に略称を使うと、Old NorseがON、Old EnglishがOEだっけ?」
「じゃ、せっかくだからその略称を使わせてもらいましょう。ONケニングはエッダ等の北欧神話系の詩に登場するわ。OEケニングはベーオウルフが有名ね。それで違いだけれど、ONケニングは抽象的表現が多く、OEケニングは直接的表現が多いの」
「そうなんだ。具体的には?」
「前述の『剣』で説明すると、ONは『赤い盾のつらら』、OEは『戦の友』なんて表現が比較的多いわ。ONだと『盾を赤く染めているつらら』なんていう比喩表現の強いケニング。OEはもうちょっと比喩表現が弱くて、直接的になっているのがわかるんじゃないかしら?」
「『赤い盾のつららを手に取り戦う』と『戦の友を手に取り戦う』だと、たしかに後者のほうが直接的表現に思えるね。でも、おおきな違いはないようにも……」
「剣とは逆に、『盾』のケニングならわかりやすいかも。ONは種類も豊富よ。ヴァイキングが船の横に盾をならべていたことに由来する『船の囲い』とか、攻撃が防がれたのを想像させる『武器の大地』とか。一方OEはそれに比べると直接的すぎてきらめきに欠けるかも。だって『Wigbord』だもの」
「あ、その例なら違いが理解できる!」
「個人的にはどちらがすぐれているか決めるようなものじゃないと思うけど、どちらが好きかって投票したら差が出るかもって思うわ。ただし忘れちゃならないことは、OEケニングにもたくみな表現が存在するし、ONケニングにも直接的な表現が存在することよ」
「OEだから表現力がないだろうって決めつけちゃだめだよね」
「それともうひとつ、ケニングの定義についても注意書きを。なにせ中世の詩人の文化だから、現代地球人が定義づけをするにあたっては様々な意見がある。人によっては『厳密に名詞と名詞でのみ表現されるべき』なんて意見もあるわ。その場合助詞やら形容詞やらを使うものがケニングの定義からはずれてしまう。赤い盾のつららも『赤い』の部分が入っているからだめね」
「それはちょっと極端な意見に聞こえるけど……つまりは万国共通の定義がないってこと?」
「そういうこと。ケニングって意外と輪郭がはっきりしていないの。そもそも詩的表現の定義なんて誰にもできないしね。さ、それをふまえた上で、フォーサスのケニングについてお話しておきましょうか」
「うん! どんな違いがあるんだろう?」
「まずは定義についてだけど、これは地球と変わらないわ。名詞に対して行われる、複合語を使った詩的な言いかえね。この世界でも厳密に定義したい人やそうでない人もいるのはおもしろいけれど」
「そういうお話も聞いたことあるよ。詩人さんなんかは自分の職業や創作に対するプライドもあるからちゃんと定義づけしたいだろうし、学校の先生なんかは子どもにも使ってほしいから定義を甘くしたいんだよね」
「それも地球と同じでしょうね。次に表現力について。これも地球とあまり変わらないけれど、OEケニングのような直接的かつ簡単なものが多い印象よ」
「そうなんだ。あれ? てことは、全体的に地球とあまり変わらないの?」
「期待させておいて悪いけれど、ここまではそのとおり。けれど定義や表現力ではなく使われかたが違うわ。とくに魔界ではね」
「どんな?」
「つまり詩人以外の人も日常的に使う土壌があるのよ。なにしろ魔界は魔術を使える人の割合が異常なほど多いから」
「あ! 言遊魔術! フォーサスのケニングの特徴は言遊魔術だね!」
「ということで、言遊魔術へ話題をうつしましょう。魔腺を通じて魔力を集め、それを魔法の形にするトリガー部分へ『言葉遊び』を採用したのが言遊魔術よ。私たちの言葉では『Sanaleikin taika』。直訳すると言葉遊びの魔法とか駄洒落魔法みたいな意味ね。繰り返しになるけれど、言葉の持つ不思議な力を借りてしまおうという魂胆の元、この魔術は存在しているの」
「人生最初に使った魔法が『蛇口をひねる』だったのは今でも覚えているよ!『水よあれ』って言葉が裏に縫いつけられた言遊魔術だなぁ。……あれ?『水よあれ』って名詞? 違うよね?」
「ええ、ただの文章ね。でも『水』は名詞。『なになによあれ』の部分はケニングによってもたらされたものでなく、魔術で補完した部分だと思ってもらえればいいわ。魔術って詠唱を命令文にすることで非常に使いやすいものになるから」
「そうすると、厳密には『命令文をケニング化している』ってこと?」
「正しいわ。『加速という名詞プラス、なになにせよの命令文』を詩的に置きかえると『羽をたたむ隼』ね。難しく考えず、言遊魔術は文章、とくに命令文自体を詩的に置きかえると理解してもらえれば」
「言遊魔術の定義は『言葉遊び』であって『ケニングを使うこと』ではない、ということか。名前が一緒だから混同しちゃうけど、厳密にはおおきく異なるんだね」
「吟遊詩人の中には、言遊魔術師のことをあまりよく思っていない人も多いわ。それってケニングという名前なのにケニングじゃないからね。前述のヘイティを言遊魔術として使うことだってあるわ。おかげで言遊魔術師の多い魔界は、吟遊詩人に悪く謡われることも」
「ひどい!」
「いいのよ、学術的にはむこうが正しいし。と、話題を戻して、言遊魔術の特徴について説明していきましょうか」
「うん、気を取り直していこう」
「まずは簡単に詠唱できるよう、一節口にすれば効果が出るようになっていること。魔術のトリガー部分なのだから当然よね」
「吟遊詩人のまねごとをして韻文なんて口にしていたら、戦闘中出遅れちゃうしね」
「次の特徴は、他者へ知られている言葉や概念のほうが魔腺疲労も少なくすむこと。言葉遊びなのだから、世界にある既知の概念を利用しなければ成立しないから」
「ちょっと不思議だよね。敵が知っている言葉のほうが簡単に使えるだなんて」
「『でたらめな詠唱では効果がない』くらいに覚えておくといいと思うわ。3つ目の特徴は会話文の中に組みこむことでも魔腺疲労を抑制できること。普通に会話している中で使うこともできるし、『”目に見える風”よ言葉を運び”耳元の口”をもたらせ』みたいにふたつの言遊魔術を話し言葉でつなげてしまうことも可能よ」
「シニッカがはじめてウルリカさんとやり合った時も、会話へまぜる形で使ったんだっけか?」
「ええ、そうしたわ」
「けどさ、バルテリからシニッカが血を吐いたって聞いたよ。本当に疲労抑制効果ってあるのかな?」
「ちゃんとある、のだけれど、劇的でないこともたしかね。普通なら体力を10消費することろ、9ですむようにする、くらいの違いしかないし」
「たいがいの人は1日に言遊魔術を10節も使えないもんね」
「まあね。そして4つ目の特徴にして最大の特徴は、その汎用性の高さよ。詩的な言いかえを現状に合わせて思いつくことができるのなら、ほぼ無限大に種類があるから」
「冒険者たちの魔術や教会の魔術、勇者が使うあらゆる魔術も、いわば魔術リストみたいなものの中から選んで行使する形がほとんどだよね。マルセルさんみたいに構築型の魔術もあるけれど、あれは少数派かな?」
「少数派ね。なんにしても汎用性が高いおかげで、アクティブ・ソナーやら舷外電路やら珍妙な魔術も行使できるというわけよ」
「潜水艦魔術こと『Sukellusveneen taika』は言遊魔術に置きかえやすいから便利だよ! お世話になっております」
「妙な名前をつけているけれど、それを使えるのはあなたたちふたりだけよ。ともあれ、言遊魔術の紹介はこれでおしまいね。あまり話をすると際限もないし。イーダ、質問はあるかしら?」
「それこそ際限なく質問できそうだから、本筋からはずれたふたつだけ質問させて? 吟遊詩人って言遊魔術を嫌いな人が多いけど、実際になにか言われたエピソードはある?」
「あら、詩人たちに嫌われることを気にしているの?」
「ちょっとね」
「まあいいわ。私ね、最初にウルリカと賭けごとをした時、機械を加速させるために『ギアを上げる』なんて使いかたをしたの。あれは詩人たちの嫌いな言遊魔術の典型例よ。前に魔界へ訪れた吟遊詩人へ『どう思う?』って聞いたら、散々な評価をいただいたわ」
「そうなんだ……。でもその評価、ちょっと聞きたい!」
「そいつに間髪入れず言われたのが次の文章。『失礼ながら、由緒正しくもなければ美しくもなく、効果に対して強引なアプローチをする言葉選びは見苦しく、使用における間違いぶりたるやLíkn ormanna――夏を、Bana orma――冬と思うほどです。蛇の黄金を惜しげなくあたえる者――すなわち王よ』ですって」
「即興でそれ⁉︎ すっごい、ケニング入れて韻を踏んでる……」
「おもしろくって、さすがに褒美を取らせたわ」
「シニッカもシニッカだね」
「まあ前述のとおり、『ギアを上げる』も否定されるものではないわ。子どもでも使える簡単な置きかえも、文化の普及には重要だって考えているから」
「子どもむけの使用方法を、魔王たるシニッカが使ったからたしなめられたってこと?」
「そういうこと。その上、私は夢魔劇場の脚本家でもあるからね」
「ああ、それならむこうにも言い分はあるのか……」
「どちらも正しいケニングに違いはないの。フォーサスにおいて、置きかえによる言葉遊びだけを優先するケニングは『モダン・ケニング』と名前がついているわ。逆に古い詩に出てくるような、ある意味格調高いものを『クラシック・ケニング』とか『オールド・ケニング』とかいうの。どっちも大事でどっちも正しい。けれど会話の中で奇襲的に言遊魔術を使う場合は、『モダン・ケニング』を少々乱暴になろうとも使うほうがやりやすいわ」
「でもさシニッカ。そうやって強引な魔術行使をすると、疲労はおおきくなるんじゃないの?」
「なるわね。実際ウラとの最初の戦いで吐血する羽目になったのはそれが原因よ。魔腺を痛めつけちゃって」
「考えなしに口にした言葉は自分へ返ってくる、と。勉強になったよ!」
「あらあら、皮肉だなんて、誰に似たの?……カラスかしら?」
「……みんな自分を例外に思うくせがあるよね。じゃ、もうひとつ。潜水艦に搭載されている現代兵器が苦もなく言遊魔術に使えるのはなんで? みんな潜水艦のことなんて知らな……あ! も、もしかして知っているのかな?」
「この世では潜水艦が既知の概念よ。4大魔獣の一角だし。それにそもそもアイノが対抗召喚されたのって、擬人化された現代兵器を使役する勇者がいたからなの。つまりその時に世界は認識改変を受けてしまったわけね」
「ああ、そういう理由があったんだ」
「爪あとともとらえられるわね。けれど結果的にはよかったかなって思っているわ。アイノというとびっきりの船が加入してくれたからね」
「あきらかにオーバーテクノロジーだし、私たちにとっては大切な仲間だしね!」
「私にとってはあなたもね?」
「え⁉︎ ああ、うん……不意打ちやめてね? え、ええと話を戻すけど、アイノの時の勇者はどうなったの?」
「もちろん死んだわ。彼の使い魔たる船と一緒に」
「その船も潜水艦だったのかな?」
「いいえ、空母と呼ばれる艦種よ。飛行機をたくさん載せて、それで攻撃できる軍艦なの」
「なんか強そうだね」
「強かったわ。おかげで王宮もあのとおりだし」
「あ! あれってその使い魔にやられたんだ!」
「ええ、空爆よ。さて、お話もそれにそれちゃったところで、そろそろお開きにしましょうか」
「そうだね! 次は……なんの話題にしようかな?」
「野球?」
「荒れる話題はだめだからね! まあいいや。ということで、今回はここまでにします。みなさんまた次回お会いしましょう! バイバイ!」
「Moi moi」




