笑う天使たち 27
――君にだけ伝えるが、この文章(つまり固有パーク解説の2ページ目であるこのページ)は君にしか見えない。もし一緒にのぞきこんでいる者がいるとすれば、その者には1ページ目しか見えていないだろうから、うまくやりたまえ。
なに、心配しなくていい。君にとって不都合だろう1ページ目の能力は、ちゃんと成長させればないのと同じ。論理的に破り捨てられるのだ。だからこちらのページへ、より神経を使うべきだろう。
先に断っておくが、この勇者の力は悪ではない。この力が悪用された場合に悪となりうるだけだ。「銃が人を殺すのではなく、人が人を殺すのだ」といった言葉を聞いたことがあるだろう。君においてはその点を十分に理解する必要がある。なにせここだけの話、この力は善人へ配られることなどない。笑えるだろう?
さて、本題に入ろう。
君の固有パーク『偽物の仮面』は、人をあざむく時に便利な力だ。物体が外部にあたえる視覚情報を変更する技能といえる。わかりやすくいうと物を隠したり、物の形状をあざむいたりする力なのだ。
たとえば君が1本のペンに対して「これは刃渡り1メートルの剣だ」と念じながら魔術をかけたとする。すると君以外の者には、それが1メートルの剣に見えるのだ。もちろん実態はペンのままだから、それで戦えるわけではない。しかし暴漢に対する時、懐からペンを取り出すよりも有効だ。たいがいの者は刀傷を負いたいなどと思わないのだから。
より実用的なのは書類偽造だ。この世には魔法誓約書という命をしばることすら可能な魔法の契約書がある。これの内容を改変して相手へ伝えることで、君は労せず人質を手に入れられる。もしかしたら人を殺すこともね。
注意しなければならないのは、改変はそれほど長い時間続かないということだ。最初は10分くらいだろうから、契約書へ使うことは難しい。だから書面による詐欺をするのなら、世界を旅してからのほうがいいだろう。また十分に成長させたとしても、すでにあるものを永続的に変えることはできない。君の外見をどこぞの王に変更する時には、毎日心休まらない時間が発生すると肝に銘じておくべきだ。
話が前後したが、君はこの能力を育てることが可能だ。経験値は他者からの信頼。どのような形だろうと、人からの信頼を得ることで、効果時間や個数、範囲などが拡大していく。これは相手が善人であればあるほど効果が高い。悪人相手だけに信頼を得たところで、得られる成長などほんのわずかだ。だから信頼を得ることと悪事をなすことは反発しがちであることも忘れるべきではない。
もっとも、君は善人をだますのが得意だろう? なら効率よくやれるはずだ。君はそうしてもいいし、しなくてもいい。
さて、くだらない説教まじりの解説は以上だ。ここまで読んだ君の顔が、ずいぶんと悪い表情をうかべていることくらい見なくてもわかる。
君の人生だ。好きにしたまえ。(1)
◆ ① ⚓ ⑪ ◆
勇者ウェンダルは、いばらでできた網をくるりとまわす。中の小動物は痛そうに鳴いた。「いい気味だ」、口の端を上げる。こんなやつらのおかげで道化を演じなくてはならなかったとは、この世もストレスのたまる場所だ。
階段から飛びおりる。下にいる動かなくなった魔女の上へ。どしんと背中を踏んずけて、「お返しだ」と吐き捨てた。
魔王とウルリカが相討ちになったのは確認済みだから急ぐ必要はない。自身の本当の能力、固有パーク2ページ目を思い出しながら、ウェンダルは歩いて門を目指した。あんな詐欺師めいた能力が自分にあたえられるとは、この世の神はわかっていると感じる。
なにせ生前も詐欺師だったのだから。
2020年、ドイツではオンライン投資詐欺が問題となっていた。その実行犯のひとりが彼だ。数名で構成される詐欺グループを立ち上げた彼は時々冗談を言った。「ドイツ人がまじめだというステレオタイプな考えは、まったくもって的を射ている。なぜなら犯罪者もまたまじめに仕事をするのだから」などと。
お年寄りだろうが若年者だろうが、半端にデジタル化されたやつらはいいカモだ。いかにも信頼がおけそうなデザインのWebサイトを立ち上げ、投資のために個人情報を入力させる。その次は実際に連絡を取り、巧妙に会話を進めて信頼を得る。取引で役に立つからと、PCやスマートフォンなどのデバイスへ遠隔操作ソフトを入れられれば第一段階突破だ。狙いを個人へ絞って徹底的に個人情報を集め、興味のありそうな、つまり引っかかりやすそうな投資詐欺へ誘導していく。
もちろん絞りつくすため、最低でも1回は被害者の口座へ利益を振りこんだ。別の被害者の投資金をまわせば簡単だ。そしてここからが腕の見せどころ。さらに高い投資をするように、言葉巧みにいざなっていく。実際には投資などされず、すべてこちらの懐に入っているとは想像もつかないだろう。
ある程度のところまできたら、連絡先の電話番号とEメールアドレスは閉鎖する。顧客――被害者の投資金はすべてこちらのものだ。もう二度と会うことはない。最悪の場合「法廷で出会う」危険性は残されていたが。
しかし彼は忘れていた。詐欺師がまじめなら、当然警察官もまじめなのだということを。徹底した捜査によりついに追い詰められた彼は、今日のラタトスクのように走って逃げる羽目になった。そしてトラックに轢かれたのだ。彼の最後の瞬間、視界に警察官が映りこんでいたのはそのせいだった。
「ああ、まったく忌々しい。なぜ俺が力を隠して振舞わなきゃならないんだ」
なにかを隠す時のストレスを彼はよく知っていた。素性だったり、資金だったり、拳銃だったり、黒い交友関係だったり。しかもそれはしばらく続きそうだ。ウルリカは魔王を捕らえるか、ドクターなる天使を捕らえるか迷っている様子。迷わず魔王を地上へ戻れなくし、こちらの今後の活動をやりやすくしてほしいものだ。
そう考えながら歩く彼の足取りは、しかし軽かった。勝負に勝った気持ちよさ、とくに自分へ蹴りを入れた女を痛めつけてやった爽快感、そんなものがあったから。
進路には塔の出入り口がおおきく口を開いている。上げられた巨大な鉄格子戸が、外からの光へ四角いタイル模様を描いていた。
外もそれほど明るくないが、うろ暗い塔の中よりましだ。もし逮捕されていたのなら、出所する時は同じことを思ったのかもしれない。
「さ、いい人生を送りましょうか」
顔を礼儀正しい男のそれに戻す。あの魔女が目覚めた時こちらの本性を訴えるだろうが、気にすることはない。真偽は誰にも証明できない。だからこの天界を去るまで、今までどおりの紳士でいよう。これ以上本性を出すのは、女神への受けがよくないだろうから。
勝利に酔う彼は歩を進める。すでに頭の中では、地上でどんな詐欺をしようかなどと考えていた。
でもそれは――
「<ᛟ、ᚪᛣᛏᛁᚠᚩᛁ>」
魔女の声によって、現実へ引き戻されてしまった。




