笑う夢魔劇場 7
「イーダと!」
「シニッカの」
「「夢魔劇場へようこそ!」」
「好きなルーンは白樺のᛒ! こんにちは、魔女のイーダです」
「好きなᚼは黄色のCrotalus。こんにちは、魔王シニッカよ」
「え? 話をあわせて欲しいよ?」
「あわせたじゃない」
「……む、たしかに。いや、そうではなくて。あ、ここでは惑星フォーサスの魅力について紹介していきます!」
「今回のテーマは『蛇』」
「違うからね。今回のテーマは『Runes 』、つまりルーン文字! あわせて魔界でさかんなルーン魔術についてもふれていこうと思います」
「いつもどおりイーダが聞き役、私シニッカが話役として……と思ったけど、今回逆のほうがいいんじゃない、魔女さん?」
「いや、あえてそのままでお願いします。質問もしやすいし」
「なるほど、わかったわ。今回のテーマについては、そもそも地球でのルーン文字がどういうものであったかについて話をしないとならない。ちょっと難しめの知識もまざってくるから、なるべくわかりやすく解説するわね」
「うん。地球での使われかたと、フォーサスでの使われかたの違いもあわせてお願いできるかな?」
「承知しました。まずは『そもそもルーン文字ってなに?』ということから。『Rune』という言葉の意味はなにかしら、魔女さん?」
「ズバリ『秘密』だね! とても魔術っぽいよ!」
「正解。他には神秘、ささやき、奥義なんて意味もあるわ。ルーン文字は1世紀から14世紀くらいに使われていたといわれるアルファベットの一種で、ゲルマン人が話す言葉を文字としてあらわすためのものよ。古いゲルマン諸語――ゴート語とか古ノルド語とか古英語とか、そういう言語を書くのに使ったの。つまりルーン文字はあってもルーン語はない」
「あくまでアルファベットってことだね。逆にいえば、フィンランド語だって日本語だってルーン文字で書けると」
「そうね。ただしここで注意しなくてはならないことが。実はルーン・アルファベットっていくつかの分類があるの。混同して使っちゃうと正しく読めないこともあるから、ちゃんと使い分けなくてはならないわ」
「私も最初はおおいに混乱したよ。同じ文字なのに、分類によって読み方とか意味が違うんだもん。今回は代表的な3つの解説をお願いしたいかな。ええと、『ゲルマンルーン』『北欧ルーン』『アングロ・サクソンルーン』であっているよね?」
「あっているわ。この世界でも主にその3つが使われているからその方向で……と思ったけれど、『中世のルーン』はいいの? あれも結構おもしろいと思うけれど」
「『北欧ルーン』の発展版だね。今回は……なしで! ちょっともったいない気もするけど、話がどんどんふくらんじゃうから」
「……ᛑᚱᚯᛘᛑᚽ:ᛘᛁᚴ:ᚽᚿ:ᛑᚱᚯᛘ:ᛁ:ᚿᛆᛐ:ᚢᛘ:ᛋᛁᛮᚴᛁ:ᚮᚴ:ᛅᚱᛐᛁᚴ:ᛕᛅᛮ」
「あ! 中世ルーンの民謡! ちょっと! 誘惑しないでね! 3つでいいの、3つで!」
「そう? じゃ、3つを解説していくわ。最初の『ゲルマンルーン』は最もポピュラーで最も古い物。1世紀から8世紀くらいまでゲルマン人が住むほとんどの地域で使われ、全24文字で構成されているの。地球だと欧州のやや北側、デンマークを中心にして、スカンジナビアや北ドイツなんかに碑文が残されているわ。一方フォーサスでは、大陸全土に使用者がいる。ただしルーン文字自体が一般的とはいいがたいから、使うのは占い師やルーン魔術師だけれども」
「ゲルマンルーンはいわゆる『エルダーフサルク』ってやつだね」
「ええ。最初の6文字をとって『ᚠᚢᚦᚨᚱᚲ』って呼ばれるのは有名な話ね。地球でもフォーサスでも、ルーン文字っていったらこのエルダーフサルクを指すことが多いと思うわ。地球ではとくに小説、ゲーム、マンガやアニメーションなんかのカテゴリで、ルーン文字が出てきたらほぼほぼこのゲルマン・ルーンよ。フォーサスにおいても、占いや魔術では他のルーン文字を使うことって少ないの」
「私たち魔界の人間って3種類とも使うから、ちょっとカルチャーギャップを感じるよ。で、話を続けると、古いがあるなら新しいもある、と」
「同じフサルクでも『ヤンガーフサルク』と呼ばれるのが『北欧ルーン』よ。使用時期は9世紀から12世紀、使用場所はアイスランドとかスカンジナビアね。ここでいうスカンジナビアはノルウェー、スウェーデン、デンマークのあたりを指すわ」
「フィンランドはスカンジナビア半島じゃないからふくまれないんだね。当時は国と呼べるほどおおきなまとまりがなかったのかな?」
「国の有無にかんしては、どうやらそうらしいわね。で、この北欧ルーンは主に学者さんの中で有名なの。ルーン文字研究家の人たちにとってなじみ深い、といえるわね」
「それはなんで?」
「碑文や碑石が多く残されているからよ」
「なるほど。研究対象が多ければ、ふれる機会も多いもんね!」
「でもこの文字、創作活動にたずさわる人間には、あまり人気がない。北欧ルーンを使っている創作作品があるのなら、それは開発陣に学者がいることをあらわすっていっても過言じゃないくらいに。理由は……新しいにもかかわらず文字数が16に減っているから」
「時代が進めば言葉も増えるし、増えた言葉を正しくつづるには多いほうがよさそうだけど……」
「実際、スカンジナビアで使用されていた古ノルド語が、時代が下るにつれて音の変化を増やしていったことと反するの。つまりとある単語をあらわす時、それがやりづらくなってしまっている。研究者いわく、『表記は窮屈だったろう』というくらいに。おかげで1つの文字が複数の音をかねる結果になって……。ᚢなんて悲惨よ。現代の音であらわすと、u、y、o、œ、v、wが全部ᚢだから」
「なぜそんなことに……」
「それも『秘密』なのかしら? 文字が減った決定的理由は謎のまま。けれど『どうしてそれが許されたか』については、なんとなく見えてきているの」
「というと?」
「北欧ルーンを使っていたヴァイキングたちはね、そもそも文字文化がなかったのよ。だから手紙とか手記とか、歴史書なんかを記録しなかったの」
「ほうほう」
「でも、記念碑みたいなものって建てたい時があるでしょ? 身分が高い人の墓石なんかもね。そういう時に石や木材へ刻むため、ルーン文字を使ったのよ」
「つまり、使用用途が限定的だったから許されたと。日常的に困ることがなければ『数を増やそう!』って声もおおきくなかっただろうね」
「そもそも識字率が今とは比べものにならないくらい低かったしね」
「あ、そりゃそうか」
「ともあれ、北欧ルーンは碑文の形で記録がたくさん残っているわ。その数をゲルマンルーンと比べてみると20倍以上の差があるの。地球でもフォーサスでも、現代においては古フサルクのほうが圧倒的に有名なのに、実在する数は新フサルクが圧倒的に多い。ちょっと皮肉めいているわね」
「まあ、うん。理由はなんとなくわかる気がする。地球でどうかはわからないけれど、フォーサスに生きる私としては、16文字という数は少なすぎると思うもん」
「そこで11世紀くらいに『中世のルーン』が生まれたわけね。北欧ルーンからアルファベットの数を増やし、発音の再現性を上げるために。文字数もぐっと増えて26文字よ?」
「やっぱり不便だったんじゃん。でも、中世のルーンより以前に、より文字数の多いルーン文字があるよね?」
「そうね。ここで出番となるのが3種類目、一番文字数の多い『アングロ・サクソンルーン』。場所は変わって、英国やフリースラント――オランダとドイツの北海沿岸地域で使われたもの。時期は5世紀から10世紀くらい。地域的に古英語――アングロ・サクソン語にくわえて、古フリジア語を表記するのに使用されたわ。だから文字列は『アングロ・フリジア型フソルク』とも呼ばれるの」
「フソルクってとこがポイントだね。テストに出そう」
「あなたが教師ならそうするでしょうね。地域によって差はあるけれど、アングロ・サクソンルーンはだいたい29から33文字くらいの文字で構成される。この文字列は前述の新旧ルーン文字と一部ならびが違うの。だからフサルクではなくᚠᚢᚦᚩᚱᚳって呼ぶ。私たち魔界の住人も、主にこのルーンを使っているわ」
「私としては、はじめて出会ったのがアングロ・フリジア型フソルクだから、愛着も思い入れもあるよ。覚えたてのころはいろいろなルーン・アルファベット以外の文字列を、いちいちルーンに置き換えていたっけ」
「あなたがいきなり『Questionって文字列いいよね!』って言いだした時には驚いたわ。それこそ私の頭の上にはクエスチョン・マークが浮かんでいたと思う」
「だって『ᛢᚢᛖᛥᚼᚾ』だよ? ᛢからはじまる言葉ってそれほど多くないし、なかなか使わない『ᛥ』とか『ᚼ』がふくまれてるんだよ? しかもしかも、『ᛢ』って意味が判明していないルーン文字だから、クエスチョンのイニシャルを飾るのにうってつけじゃん!」
「ドクなみの早口をありがとう、イーダ。でも夢魔劇場を見ている人が置いてけぼりになっていると思うから、ちゃんと『ルーン文字における表記方法』について解説するわね?」
「あ!……は、はずかしい」
「さて、表記方法と言ったけれど、もう少し厳密にいうなら『表音』になるかしら。つまりルーン文字を使って単語の発音を表記しましょう、ということね。さんざん前述したとおり、ラテン文字をルーン文字に置き換えればだいたいの単語は表音できるわ。たとえばFの発音なら『ᚠ』を使い、Forkという単語なら『ᚠ』『ᚩ』『ᚱ』『ᛣ』をつづってフォークと読ませる、なんて」
「ルーンそれぞれに音価が決まっているから、文字を当てはめるだけの簡単な作業だね」
「そ、簡単な作業。そしてそこが重要な箇所なの。魔界、というよりフォーサスでは、あえて簡単な使いかたをしているから」
「どういうこと?」
「ひとつはルーン文字の存在を否定しちゃうくらい、根本的な問題なの。心して聞いてね?」
「え、うん、わかったよ」
「さっきまで話をしていた部分に、実はひとつ矛盾がある。ラテンアルファベットでつづられていない文字をルーンアルファベットで記述できなさそうだったでしょ?」
「そうだったね。それが?」
「そもそも『表音用の文字列』なのだから、ラテンアルファベットに頼らずとも使えなければならないのよ」
「あ! そ、そういわれてみればそうだね。ラテンアルファベットありきでルーン文字の話をするなんて、表音文字の意味がないよね」
「実際にルーンを表音文字として使っていたヴァイキングたちと、フォーサスの人々の一番の違いはそこにあるわ。この世では多言語とそこに対応する文字が用意されているから、表音をルーンだけに頼る必要がなかった。ゆえにルーンは文字として一番重要な仕事を奪われてしまったの」
「ルーンが存在否定されてしまった……。で、でも既存アルファベットの置き換えってことなら、まだ出番はあるよね⁉」
「あるわ。そちらもあえて簡略化されている」
「気を取り直して、既存アルファベットの置き換えに重点を置いていきたい所存です! じゃないとお話終わりそうだし。どう簡単にしたの?」
「複雑な文法上の条件を極力排除したのよ。『ただ単純に置き換えればそれでよし』と割り切っているって意味。少し難しくいうと、音節を加味していないの。たとえば先ほどのQuestion。この単語は音節で区切ると『Ques』『tion』てわかれるの。となると両方にまたがる『st』の部分をᛥ一文字で置き換えるってどうなの? って思わない?」
「ルーン文字で正確な音をあらわせなくなっちゃうってことだよね? でもフォーサスではそんなの気にせずに、文字列にガンガン当てはめて問題ないとされている、と」
「ええ。変にこったことをするとわかりづらくなってしまうから。だから『単純に置き換えればよし』っていうのがこの世のルールね。唯一例外なのは、『Gの表音にどのルーンをあてるか』問題くらいかしら。魔界では主にアングロ・サクソンルーンのノーザンブリア型33文字を使うのだけど、これってGに相当する文字がふたつあるのよね。だからその部分だけ特殊ルールを設けるしかなかったのよ」
「喜びをあらわす『ᚷ』と、槍をあらわす『ᚸ』のことだね」
「そこで、『Laughing』とか『Knight』とかの発音しないGにはᚸを、それ以外にはᚷを当てはめるという決まりになったわ。これだけ見るとちゃんと表音に気をつかっているように聞こえるでしょ?」
「うん! そう聞こえるね!」
「けど、LikeやCakeなんかのサイレントEと通常のEをわける気づかいなんてしていない。ゆえに決まりごととしては中途半端になってしまった」
「まあ、ほとんど気にしなくていいレベルっていっていいんじゃないかな。じゃあさ、他にも地球において現役で使っていた時のやりかたと、現在の地球やフォーサスでの使われかたに差はあるの?」
「もちろんあるわ。そもそも古ゲルマン語系の言語を、私たち現代人は常用しないわよね? かわりに英語、ドイツ語なんかの現代におけるゲルマン系言語や、フィンランド語や日本語なんかの関連性が薄い言語でルーン文字を使おうとしている。そこにアルファベット不足というゆがみが発生するの」
「たとえば?」
「アングロ・サクソンルーンには、ラテン・アルファベットのVとZが足りない。フォーサスだとVはᚠ、Zはᛋで代用している。地球だとフォーサスと同じか、Vはᚢ、Zはᛉで代用することが多いかしら」
「なるほど。さっきのG問題やサイレントE問題よりも先に、それを解決すべきだよね……」
「他にも長音をあらわすマクロンつきのラテン・アルファベットだったり、ウムラウトというドイツ語なんかで使われる、上に点がふたつついたアルファベットだったりの一部も、ルーン文字にはないわね。これらを総合すると、カールメヤルヴィ王国の守護獣『Sváfnir』は、ある意味正しく表記できない」
「ああ、そうか。Vとアキュートアクセントつきáをあらわすアングロ・サクソンルーンがないんだね。それぞれFをあらわすᚠと、普通のAをあらわすᚪで代用するのか」
「ᛋᚠᚪᚠᚾᛁᚱに関しても、その他の単語に関しても、使い方としてはそれで問題ないわ。少なくともフォーサスではね。みんな『そういうものだ』と割り切って使ってる」
「あらためて思うけど、本当にいいのかな?」
「あら? 古ノルド語と北欧ルーンを実際に併用していた、中世スカンジナビアの人々の立場を奪うものじゃないわ」
「そういえば足りないアルファベットだらけだったね……。彼らは北欧神話をどうやってつづったんだろう……」
「古い時期の北欧神話は口伝だったから、問題なかったんじゃない?」
「私は10世紀のアングロ・フリジア人へ、VなりZなりをなにで表記していたか聞いてみたいよ」
「あらあら、時間を超えるつもりかしら? 時を旅したあなたが、今日の歴史文献の中にあらわれたら楽しそうね。でも、実はその答えについては回答を知っているわ」
「えっ⁉︎ 教えて!」
「簡単よ。古英語にはVの語はなかったし、Zもほとんど使われなかったの」
「おお、そういうことか! 単純明快だったね!」
「と、脱線はほどほどにして本題へ戻りましょう。なんにしても文字数が多いと便利、という話ね」
「はしょったね……。まあ私としても、魔界がアングロ・フリジア型フソルクを採用したのは賢い選択だったなって思う。表記のしやすさが段違いだもん。あ、そうだ。ついでに『ブランク・ルーン』についてもお教え願います」
「はいはい。いわゆる白紙のルーン文字は、そのまま『ブランク』と呼んだり『Wyrd』と名前がついていたりするやつのこと。実際にルーン文字が使われていた中世には存在しなくて、近代、それもここ100年以内に登場した占い用のルーン文字なの」
「ブランクが空白っていうのはわかるけど、ウィルドってなに?」
「Wyrdは古英語で『運命さん』みたいな意味よ。運命という概念を擬人化したものね。さかのぼると古ノルド語で、北欧神話の運命の女神Urðrを指すの。正直、このルーン文字を発明した人は称賛に値すると思うわ。とくに雰囲気がいいわよね。『実態はとらえきれないが、不思議と納得できる』なんて、なんとも神秘的じゃない?」
「占いにぴったりだし、実際シニッカはルーン魔術で使ったもんね。自分たちで使っておきながらなんだけど、空白で呪文を刻むとかワクワクしちゃう!」
「そうそう、その『呪文に使う』というのが、いわゆるルーン魔術ね。それでは文字としてのお勉強はここまでとして、ルーン魔術のバリエーションを説明しましょうか」
「うん! 今回のメインテーマだからね!」
「そもそも魔術というのは、魔腺をとおして魔力を集中し、そこに意味をこめて発現させるもの。詠唱なんかをしてその場で行使することもあれば、事前に魔力をこめておいて巻物のように使用することもできる。なんとなればお守りを作ることだって可能だわ」
「魔力消費のタイミングと魔法発現のタイミングは、結構好きに操作できるんだね」
「魔術の手順の中で、最後の『意味をこめて発現させる』というトリガーの部分へルーン文字を使うのがルーン魔術。ルーン文字ってイーダの故郷の漢字と一緒で、一文字に意味があるから、術者にとって想像しやすいの。だから利用してしまおうというわけ」
「『意味をこめる』作業って集中力と想像力が必要だから、ルーン文字みたいに既知の概念があると便利だよね」
「で、トリガーの引きかたにはいろいろな種類がある。複雑になっちゃうから、今回は『簡単だけど魔腺疲労がおおきいやつ』と、『複雑だけど疲労が少なく燃費もいいやつ』の2種類を解説するわ」
「じゃあ、簡単なほうからお願いします」
「ルーン一文字で発現させる『押印行使』ね。たとえば『ᚻ』なら雹を発現させる、なんて具合。だけど『雹』って叫んだだけでは、具体的になにをしたいのかがわからないわよね? 雹を降らせたいのか、手から出して相手に飛ばしたいのか、はたまたウイスキー・オン・ザ・ロックを作りたかっただけか。即応性は高いけど具体的な行動を言葉にして紡いでいないから、意味を補填するために魔力を多く使用してしまうの」
「私がはじめて魔法を発現させたのはひとことで終わるスクロールだったし、疲れて動けなくなったけど、あれも意味を補填するため、大量の魔力を消費したから?」
「いいえ。あれははじめて魔腺を使ったからよ。本来なら疲労は少ないけど、走ったことない人がいきなり走ったら筋肉を傷めるでしょ? それと一緒。実際、少し練習しただけでスクロールを使って疲労困憊になることはなかったんじゃない?」
「うん、あの巻物ならすぐ軽々使えるようになったよ」
「そういうふうにスクロールだけ使い続けられるならいいけれど、実際はヘルミの皮膚をズタズタにし続けることはできないから、後者の『複雑だけど疲労が少なく燃費のいい方法』が必要になってくる」
「そちらの内容は?」
「名前は『署名行使』よ。ハンコをぽんっと押す押印行使と違い、ペンを手に取ってサインする感じだからそんな名前になっているわ。詠唱方法としては、たとえば雹に自分のまわりをついてくるよう命令する『ᚻ,ᛋᛖᚢᚱᚪᚪ ᛗᛁᚾᚢᚪ』なんかがわかりやすいかしら」
「Seuraa minuaが『私に続け』だから、雹に『ついてこい』って命令してるんだね」
「命令をひとつ足すだけで魔術行使が容易になるのだから、実は署名行使もそれほど手間がかからない方法といえる。そうなると、文字ひとつだけを口にする押印行使って緊急時くらいしか使わないのよね。とっさに盾を張るような、1秒でも時間が惜しい時くらいで」
「わざわざ押印行使と別に定義される意味が薄らぐくらい、署名行使だって詠唱時間は短いもんね。地面に書いておいたルーン文字を目標に魔術を行使する時も、普通は後ろに『起動しろ』って意味の『ᚪᛣᛏᛁᚠᚩᛁ』を入れちゃうし」
「とはいえコツはつかんでおく必要があるわ。訓練すれば、もっと簡単につかう方法だってあるの。この署名行使は通常の話言葉を『頭へルーン文字列を思い浮かべながら』口にすることで、疲労がさらに軽減される。だから当然、ルーン文字に慣れていなければ使えない。イーダが毎日やっていたようね。逆に慣れちゃえば、普段の言葉を使える分、長時間の詠唱が必要なその他の魔術なんかに比べアドバンテージが発生するわ」
「命令文がついていればある程度簡単になって、命令文をルーン文字で思い浮かべられればさらに簡単になるんだね。逆にいえば、別に命令文を無理してルーンに置き換えなくても、ある程度の効果は望めると」
「ええ、そうよ。そして組み合わせの妙で、さらに簡単かつ疲労しにくい方法もある。別の魔術とのシナジー効果を狙うの。それが『詩的な言い換え』と組み合わせちゃうって手段ね」
「おお、ここでケニングの出番だね!」
「ケニングがなにか、そしてそれを使った言遊魔術がどういうものかについては、また次回にしましょうか」
「うん、わかった。あ! 最後に、魔界のみんながどのルーン文字を好きか聞きたいよ。イメージカラーならぬ、イメージルーンだね。私だけ大声で叫んだのは不公平だと思う!」
「そう? たしかバルテリは雹のᚻ、サカリは太陽のᛋが好きっていってたわね」
「……アイノもᛋが好きらしいよ。潜水艦って海中にいる時は緊迫した場面が多いから、太陽って癒しでもあるんだってさ」
「Submarineの頭文字でもあるものね。ヘルミは白樺のᛒ。誰かさんと一緒ね」
「ああ、6人で2文字もかぶってる。33文字もあるのに……」
「私たちらしくていいんじゃない? イメージカラーも青、黒、青、黒、緑、黒なんて具合にかぶっているし」
「多様性が求められるこの時代、かたよった私たちに未来はあるんだろうか……」
「趣向をリサイクルしているだけよ。これってSDGsなのかしら?」
「フォーサスも持続可能だったらなぁ……。あ、シニッカは? やっぱり蛇のᚼなの?」
「ᚱᚢᚾᛖよ?」
「あ! ずるい! それ私が使おうと思ったのに!」
「早い者勝ち。じゃ、今回はこれでお開き。みなさんまたお会いしましょう。Moi moi」
「次は私もうまいこと言いたいよ! バイバイ!」




