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笑う魔女 24

 天界で女神から伝えられた危惧は、フェフェの創造(クリエイト)という形で現実となった。礼二はそれはひた隠しにしていたものの……異世界で会った日本人――イーダ・ハルコなる少女に看破されてしまった。


「な……なにを根拠に、俺がクリエイターだって言っているんだ」


「根拠は少ないよ。でも知っていることならいくらかある」


 動揺おさまらない勇者と違い、黒髪の少女は堂々と彼に対峙している。そこには強い感情が見て取れなくて、それが逆に礼二へさらなる焦りを生んでいた。


「あなたたち勇者は『現実改変』能力を持っている。だから使役じゃなくて『使役済みの者を創り出す』こともできる。たぶんレージさんもその力を持っているんじゃないかって」


「……それだけが根拠か?」


「戦う相手とそうじゃない相手をわけていた、というのもおかしいって思ったよ。だからここ1か月くらい、時間と人手をかけて調べたんだ。とくにあなたが鎮圧したっていうゴブリンの群れのあたりを。群れ同士が戦って、片方の生き残りをあなたが助けたって聞いている」


「それがなんだっていうんだ」


「ゴブリンってさ、群れの重要個体には特徴的な装飾があるよね? たとえば昨晩見たゴブリン・ロードの彼女がつけていた首飾りとか」


「…………」


「同じ装飾も持ったロードの死体が、あなたが鎮圧した群れの跡地で発見されてる。円形に広がったバグモザイクのかたわらで。だからゴブリン・ロードっぽいあなたの仲間は、()()()()()()()()()()()んじゃないかって思ってる」


 黙りこむ礼二と対照的に、イーダははっきりと考えを口にした。


「方法はわからないよ。もしかしたら体のどこかへ呪文を刻んだのかもしれないし、あなたの血で死体を洗ったのかもしれない」


(血で洗う⁉︎)


 ささいな言動へ、礼二は強く感情を動かされた。それは彼が好きな『ブラー・スキンナ』という物語の、彼が嫌いな結末に書かれていた一文だったからだ。


「血で洗う、だと? ブラー・スキンナの魔女と、俺とは違う!」


「ブラー・スキンナ、知っているんだね。じゃあ血の道を歩いた王のことも――」


「俺はそうはならない!」


 強い反発に、少女は動じない。勇者の横にいる青い毛の亜人が「黙れ!」とうなり声を上げても身震いひとつしない。


「……私は聞きたいことをきいたよ。ありがとう」、答弁を終えた検察官のように、彼女は1歩後ろに下がる。


「待て! 俺は肯定していない!」


「彼女との会話は終わりよ、レージ」、かわりに魔王が1歩前に出て会話をつなげた。ずらしてかぶるペストマスクの下には、微笑みも怒りもない無表情。深海のように深く青い瞳が、じっと勇者を見ている。


 そして会話を終わりにするかのように、勇者へ言葉を投げるのだ。


「今イーダが話したとおりよ。あなたが自身の能力――固有パークを使って、『亜人』と呼ぶ者を()()したことくらい、みんなわかっている」


 勇者は亜人の保護を戦いの根拠としている。が、そもそもの亜人はその勇者によって作られた存在。だとするならば、戦いの原因は誰にあるのか。


 再び黙る礼二と、殺意を増す亜人。「これ以上レージ様を悪く言ったら許さない」とのひとことが、再度戦場の真ん中にうなり声を残した。


「生み出した以上、あなたには責任があった。まだ人間慣れしていない彼女ら亜人を導くこと、そして亜人慣れしていない人間を説得し続けること。でもそうしなかった。片目で亜人の人権だけを見て、もう片目をつむっていた。さっきの話で、それをみんな理解したわ」


 いちどふっと息を吐いて、魔王は続ける。


「だから堂々と戦おうと思う。生活を守るというまっとうな理由に戦意を縫いつけてね」


 あざけるわけでもなく、怒るでもなく。魔王の表情はひどく中庸で、無感情に思えるほどまじめで、礼二にはそれが「私が正しい」と言っているように感じられた。


 だから強い声を出して反応する。


「俺のせいじゃない! さっきも言っただろ! こっちだって交渉のドアを閉められたんだぞ!」


「そしてドアを壊し家の中に入り、人を殺して食べたのも事実でしょう? 私の仲間がヴェルデスアイレス村に行って、食い散らかされた住人を発見したわ」


 淡々と事実を述べる口が、礼二の心を逆なでる。ぎりりと奥歯を噛む音が、となりのフェンリルの長い耳に入るくらいに。そしてその彼女の感情すらもかき乱すくらいに。だから亜人は怒りを心にとどめておかず、おおよその人類には理解できない言葉を「黙れ、今すぐに……」と発した。


 当然、魔王が黙ることはない。


「あなたの固有パークの詳細は知らないわ。けれど食われた人の死骸を見ても、それが常識なのだと思ってしまうくらいには、あなたへゆがみをあたえていると思う」


 ――「食うのなら踊り食いがよい」などという()()を持つにいたるかもしれない――


 不意に思い出される固有パークの一文。はっとした礼二は思わず叫ぶ。「そんなわけあるか! 俺は彼女らによりそって、……お前らに主張しただけだ!」


「武力を持つものの一方的な主張はね、通常『恫喝』と呼ばれるの。この世で一般的にそれをするのは、暴君や強盗、山賊、もしくは――」


 一拍置き、魔王は淡々と言い放った。


「――あなたのような『化け物(モンスター)』くらいのものよ」


 刹那、強い殺気。


 勇者ではなく、ましてや魔王と従者でもなく。


 フェンリル狼の亜人が爪を振るう音とともに。


「黙れぇ!」


「——< (ベオーク)>!」


 ガァンッ! 音声伝達魔法(マイク・スピーカー)が遠慮のない仕事をし、鋼鉄同士の当たる音が戦場の全員の鼓膜を殴りつけた。それに意識がかき回されるも逡巡、亜人と対する人類の戦士たちはすぐに戦いの態勢を取る。


「やめろフェフェ!」


 青い毛並みを逆立てた亜人は、勇者の制止に次の攻撃をこらえた。険しい表情は殺意の筆と害意の絵の具で描かれたかのよう。魔王をねめつけ、感情を隠すことすらしない。


「落ち着け、フェフェ。俺も同じ気持ちだが、こいつらはみんなで殺そう」


「……わかった、レージ様。魔王、それから黒髪のお前。フェフェたちを怒らせたこと、後悔させてあげるからね」


 亜人は魔王の顔を見て、次に地面へふせる従者を見おろす。そして勇者と同じ黒髪の少女へ、殺意のこもった目線を投げつけた。そいつが手でなにかを地面に描いている理由を「弱者が逃げる準備をしている」のだと決め、心でつばを吐く。ズタズタに切り裂いてやりたいと震える手を抑えながら。


「行こう」、勇者は狼の肩へ手をかけて、踵を返すよううながした。ともに感情は怒りと平静の境界点。しかし今戦うべきではない。ならんで仲間の元へ歩いていく。


 敵に背をむけた勇者は湧き立つ怒りをなだめるため深呼吸した。しかしどうにもおさまらない。だから顔だけで振り返り、敵への悪意を吐き捨てる。


「魔王、俺らを怒らせたんだから、お前の負けだ」


「スクロール1枚であなたの仲間ひとり。悪くない取引だった」


「なんだと?」


「詳細は『裏切りの冒険者』に聞きなさい。コインが裏返ったとしても、表の面を消せるわけじゃないんだから」


 不吉な言葉を発するその顔に、礼二は嫌な予感に背すじをなでられた。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


 戦意が高まる戦列に戻ると、シニッカはいたずらな顔をする。「ああ怖かった。ありがとう、イーダ。絶妙なタイミングの盾だったわ」


「よく言うよ。相手を怒らせるのが目的だったくせに」


 トランピジャスと交わした契約は、対話の中で勇者かその仲間が攻撃してはならないという内容。反故にされた場合、契約者であるトランピジャスは「魔王の所有物となる」。


 本来は短気という欠点を持つ礼二に攻撃させるつもりだったが、その役は彼の相棒が引き受けてくれたようだ。イーダはスクロールのタイミングを逃さなかったことにほっと胸をなでおろした。


「なにごともなくよかったですよ」


 ヘルミから赤いベルベットの袋を受け取りながら、「なにごともなくはなかったけどね」と苦笑してしまう。シニッカが立てる作戦というのは一定の説得力があるものばかりだけど、いつも細い橋の上に組み立てられるのだ。渡るにはとても勇気がいる。


 しかももう1回駆け抜けなくてはならない。


「イーダ、レージのことをどう思ったのかしら。『会っておきたい』なんて言うから連れていったけれど」


「ありがとう。意志は変わらないよ」、そう言って振り返り、相手側の戦列を見つめた。ずらりとならぶ亜人たちと、その真ん中にいるひとりの勇者。


 姿を見つけて、決意を述べる。


「私は彼を、倒すべきと思う」


 戦列の中央、魔王とベヒーモスにはさまれながら、少女は口元をきゅっとむすんだ。


     ◆  ①  ⚓  ⑪  ◆


「嘘だろ……そんな契約」


「フェフェのせいで……。ごめんなさい!」


「いいさ、気にすんなよ。お前らにちゃんと伝えなかった俺も悪い」


 男――トランピジャスなる者は、自分が人生の岐路に立たされていると理解していた。それでも冷静でいられたのは、もしこの戦いに負けることがあったのならどのみち命などないと思っていたからだ。逆に勝てば所有権は戻る。魔王を殺してしまいさえすればいいのだ。契約の有無にかかわらず……。


 だからこんどこそ本気で、彼らを信じなくてはならない。彼らの勝利を神に祈らなければならない。


「勝ってくれ。それで俺はお前たちの元へ帰れる」


「ああ、わかってる」


 囲むみんなの視線が痛々しい。豪胆だったオークロードの娘から、こんなにも心配そうな表情をされるなんて。


「頼んだぜ」


 ひとこと残して、足をプラドリコへむけた。魔王から「もし契約不履行ならプラドリコへ行きなさい」などと言いつけられていたからだ。背中に感じる視線に、はじめて亜人と一緒にいたいと感じる。


 不透明な未来を嘆くように、彼は空を見上げた。


 すべてを見届けた太陽へ、蛇のような長い雲が目隠しをしている。


 目の前で起こる惨劇を見せないため、母親が子どもをだきよせるように。

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