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笑う魔女 17

 士気を高くするという目的が達成し、冒険者たちのリーダーであるマルコ――愛称グレニャスは、ひとまず安どのため息をつく。人を率いるのは得意でないと自覚していたし、今日の()()がうまくいかないかもしれないと危惧もしていた。昨日、演説に失敗してみなをしらけさせる夢まで見ていたほどだったのだ。


 だから仕事がうまくいったと感じていたし、いっそのこと酒を1杯飲み干したいような気分ですらある。もちろん、それには少々タイミングも早いが。


(よし、このままの勢いで迎撃しよう)


 彼がこだわっていたのは士気を高くたもつこと。人の上に立つ者ならば息を吸うようにできなければならないとはいえ、今日はとくに理由があった。


 それは今回、プラドリコの駐屯兵を頭数に入れられないから。兵士たちが加わってくれれば総数で2千人以上の戦力を確保できただろうに、彼らは作戦への不参加を決めた。援軍が望めず自分たち冒険者だけで事態を収拾しなくてはならない。ならせめて士気――戦いの中で逃げ出さないようにするための心構えだけは高く維持しなければ。


 短くふっと息を吹くと、マルコの思考に少々の余裕が生まれた。おかげで「めんどうなことを押しつけられたものだ」と苦笑する時間もできた。


 そもそも駐屯兵が動けなくなったのは、隣接するネメアリオニア領モンタナス・リカスの辺境伯がくせ者だからだ。スタンピードのうわさを聞きつけた辺境伯ヴァランタン・ド・ギラールは、神速といえる速さで兵をそろえると国境線へ送った。どころかプラドリコの守備隊長が冒険者ギルドに増援の申し出をするより早く、「必要であれば協力のため軍を送ろう」などと伝令をよこした。


 国境線へ圧力をかけつつも、国家をまたぐ組織である冒険者ギルドが断りにくい提案をする。つまりギルドとプラドリコ守備隊の間に割って入ろうという魂胆。もし援軍を受け入れれば貸しを作ることになるし、今回のように受け入れなければプラドリコは不利益を被る可能性が高くなる。そしてプラドリコの不利益は隣接するモンタナス・リカスの利益となる。ヒトやモノはより安全な場所へ流れていくものだから。


(豪胆な戦士だとうわさされていたが、頭もまわるとは……)


 なんとも抜け目ない男だ。この街の市長がいつも青い顔をしているのは、きっととなりの辺境伯に対する気苦労で胃を痛めているからだろう。前職の冒険者ギルド長はヴァランタンの手の者によって暗殺されたといううわさすらある。利権争いから発展した決闘で前任の支部長は命を落としたのだが、後日対戦相手も傷が元で死んでいる。


 マルコにはうわさが本当かどうか知るすべもなかったが、おかげで後任に穏健派かつ事務屋の者が選任されてしまったことに頭を抱えていた。なにせ100名のパーティーリーダーをまとめるという仕事を、彼がやることとなってしまったのだから。


「マルコ、むすびの言葉、忘れちゃだめっすよ?」


 ふいにロペから声がかかって、マルコは我に返った。「ああ、悪い」と答える顔には笑み。押しつけられた大役も、今日はうまくこなせたようだという安心感からくるものだった。目線をみなに戻し胸を張る。やや殺気立ちすぎたこの場へやさしい父親のような落ち着いた声をかけようとしている様は、まさに「様になっていた」と評価してよいものだろう。


 ——しかし、いつだって例外はある。


 たとえば被害を受けた村の数が3つではなくて4つだったこと。その村が冒険者ごと全滅してしまったため、誰も事実を伝えられなかったこと。そしてその報告が、まさに今というマルコにとって考えうるかぎり最悪のタイミングでこの場に届けられたこと。


 おおきな窓から見える空がいつの間にか曇り空へ変わり、窓際にいた者たちが「嫌な予感」に首すじをなめられたのと同時に、100人の喧騒を黙らせる勢いでギルドの入り口にしつけられた木製の扉が「バタン!」と開いた。ドアに意識があったのなら悲鳴を上げる間もなく気絶しただろう。そうやってあわただしく入ってきたふたり組の冒険者は、マントから落ちる土埃が他の冒険者にふりかかったのにも、泥だらけのブーツが床を汚したのにも構わないで、まっすぐ演説台にむかった。


 そして疲労しきり、くまができ、カエルのように飛び出す目でマルコを見る。


「はぁっ、はぁっ……。ヴェルデスアイレス村が……」


「どうした⁉︎ なにがあった⁉︎」


 ざわつく議場を背景に、演技によって作られた人格を一瞬ではがされて、マルコは動揺をかくせない。ああ、確実に悪い知らせだ、という予測が彼を焦らせ、額に玉のような汗を浮き出させた。一歩引いた位置に立つロペもそれは同じだ。苦い表情で顔を横に振る。「水を差されなきゃいいっすけど」と口の中でつぶやいて。


 酒場にいた全員の視線が釘づけになる中、入ってきた男は呼吸をととのえると、悲壮感のある声をホールに響かせた。


「ヴェルデスアイレス村が……みな殺しにされた! エルベルトもルアナもメラニアも! 全員殺されたんだ!」


「な……」


 酒場にあふれていた殺気が引く。音があるなら劇場で幕がおりるように「さぁっ」と。先ほどまで生き生きと演劇に興じていた役者たち――例を挙げるなら、勇ましい出陣シーンが盛り上がりのピークに達した時、主役が取り落した小道具の剣が彼の手首を切り落としたかのようだ。興ざめどころか観客たちは青ざめて、そんな人たちの視界から事故を隠すために幕がおろされたのだ。


「エルベルトたちが? どういうことだ⁉︎ あいつらが殺されたというのか⁉︎」


「ああそうだ! 殺されちまったんだよ!」


 沈黙する酒場にふたりの声だけが響く。


 その場にいた半分以上の者は報告を理解できていなかった。冒険者エルベルト、ルアナ、メラニア。3人ともマルコとならぶAクラスの冒険者だ。ここで知らぬ者などいない、街の名を記した看板のような連中だ。ロブレド村で戦死したベルトランといい彼らといい、簡単に死んでいい者ではない。それが今「みな殺しにされた」と伝えられた。


 多くの者は一瞬「悪質な冗談か」と考え、そしてやめる。仲間の、それも有名人の死を冗談で口にしたのなら、どうなるか想像がついたからだ。それは報告者も同じだろう。


 なら、これは「冗談じゃない」。


「……嘘だ。あいつは最高クラスだ。それに、オリハルコンの鎧を着ていただろ?」、マルコはあまりの状況に質問の焦点すらしぼれず、やっとのことで思いついた問いをなにも考えず口にした。


「嘘じゃねぇ、鎧は切り裂かれていた……。バターみたいにされてたんだ」


 無数の地虫がはい出てくるような、ざわざわとした声があちらこちらで聞こえ、やがてそれは悲鳴のような響きをたずさえる。明度がぐっと下がった昼下がりの酒場は、まるで深夜の墓場のように冷えていった。そしてそこにいる者たちはみな、墓地の冷たい霧に巻かれたか、あるいは墓石の前で地面から出た手に足首でもつかまれたか、そんな表情で背すじを凍らせる。


(ああ……まずいっすね)


 やり取りを見ていたロペは誰にもわからないように舌打ちした。理由のひとつは、当然仲間が殺されたため。一緒に酒を飲んだことも冒険したこともあったのだから。もうひとつはこの場の空気に。彼の目には、目の前にいるマルコが動揺し、そのむこう側に見える100名のリーダーたちも困惑しているのが見えていた。


 慣れない役目をマルコが苦労してなしとげたというのに、視界いっぱいに「士気の低下」が広がっている。それも滝の水が落ちるように急速なものだ。今の自分では両手両足を使って大声を上げたところで、そろって滝つぼへ沈むのがオチだろう。


 士気というものは容易に打ち砕かれてしまう。強者であると信じていた冒険者の相次ぐ死、絶対的な硬度を持つと信じていたオリハルコンの鎧の破壊。どんな鍛冶屋でも直すことのできないほどみなの気力がバラバラになる前に、なんとか冷静をたもっている自分が動くべきだった。


 だからロペは横をむいた。


 自分たちにほど近い位置、わざわざテーブルのまわりを開けてみんなから距離を置き、よく見える位置に座ってもらったペストマスクの集団へ助けを求めるために。


「――<旗を我が手に(目に見える風)>よ、言葉を運び<声を届けよ(耳元の口)>をもたらせ」


 言遊魔術(ケニング)が2節。次の瞬間には、風のない建物の中で堂々と翻る緑色の旗。


 枝噛み十字、魔界の王国の国旗だ。


 その旗の横、ひとりの少女――青い髪の魔王が口を開いた。「枝嚙(えだか)み蛇の旗の下、この魔王が宣言する」


 頭の中、脳にしみこむような声がして、全員がはっと顔をむけた。


「勇者レージと戦い、そして散っていった者たちが、その武勲を戦死者の国(ヴァルホッル)でたたえられることを私は保証する。彼らの死は決して無駄などではなく、もたらした情報が私たちの剣となり、勇者の喉を切り裂くと私は証明する」


 視線の先には椅子に座る青い髪の少女と、他にペストマスク顔の女性が2名、ワタリガラスが1羽。堂々とした所作に、そこから距離がある者にさえ存在感が伝わってくる。


「冒険者たちよ、今は心を慰めなさい。戦死者のために祈りましょう。目を閉じて、そして彼ら彼女らの姿を思い浮かべるの。さあ……」


 魔王は彼女を見る者へ状況整理の時間をあたえた。それに冒険者たちは、とまどいを残しながらも目を閉じて応える。教会の中ような沈黙がおとずれると、ほどなくして聞こえる次の声。


「天上の戦乙女たちよ、今から述べる名は勇敢な戦士たちの名前。どうかその者たちを温かく迎え入れ、ヴァルホッルでも誇り高くいられるよう取り計らいたまえ。エルベルト、ルアナ、メラニア。ベルトラン、シーロ、カサンドラ、テオドラ。ノエ、ルーベン、ジェセニア――」


 いつの間に情報を集めたのだろうかとロペは思った。戦死者の名前の列が、魔王の口によって天上へささげられたのだ。その光景へ、酒場の戦士たちはそれぞれに身をふるわせている。ある者はその中に自分の友人を見つけたことに、ある者は突如あらわれた魔王が他国の冒険者の死者を覚えており、そのひとりひとりに敬意を表してくれたことに。


「――マリアネラ、メルセデス、レイナルド。カタリナ、ロドルフォ、エスタバン、ロレンサ……。そしてここにまだ名が届いていない、他のすべての戦死者たち。魔王たる私は、この名の列がエインヘリャルの戦列にふさわしいものであることを保証する。だから重ねて言おう。戦乙女たちよ、蜜酒の山羊(ヘイズルーン)のミルクで彼ら彼女らを歓待し、体に刻まれた傷を癒すようとりはからいたまえ。その光景を見た、残された家族と友人たちの心の傷を癒すために」


 祈りが終わり、ふたたびおとずれた沈黙が哀悼の余韻を残す。しばらくそれは続き、この儀式に参列した者たちへ時間をたっぷりとあたえた。


「目を開けなさい、冒険者たち」


 そう言われてまぶたを開いたみなの視界は、長く閉じていたからか彩度が失われていた。しかしすぐに、いつの間にか顔を出した太陽の光が人の目に働きかける。床や机の木の茶色、漆喰の壁の白、赤や黄色のマントやさまざまな人の肌の色を鮮明にさせた。


 緑色の旗も、魔王の青い髪も。


 蛇が鎌首をもたげるように、言葉を少女はゆっくりと立ち上がった。高いとはいえない背丈に対し、まとう空気はずっとおおきい。地に伏す大口の大蛇が立ち上がったようにも映った。


 そして彼女はその口を微笑みに変え、少しだけ首をかしげる。


「安心なさい、冒険者たち。戦死者たちを穢させはしない。あなたたちも犬死にさせない」


 顔にかかるペストマスクの留め帯の下で、青い目にやさしい光をやどして。


「――大丈夫、私たちがいるわ」


 澄んだ声にやわらかい響き。それを聞いて「おぉっ」という声、というより歓声が酒場に戻ってきた。不気味な夜の墓地の真ん中で立ち往生していた彼らは、迎えにきた聖職者が手に持つランプの灯りを見つけたのだ。


 マルコやロペの目には救世主のようにも見えた。窮地というのは戦場だけで起こるわけではないと思い知ったが、援軍というものは戦場以外にもおとずれるとも知れた。今や崩れかかった士気は崩壊する前に形を取り戻し、リーダーたちの顔はしっかりと前をむいている。


 心の整理がついて、酒場は落ち着きと活気が器用に混在する雰囲気に。ふたりは胸をなでおろす。その行為が今日2回目だったのは、なんともせわしない日だ。でももう一押しで、この集団は戦いを思い出せるところまで回復した。


「みんな聞きなさい」、そしてその役は魔王が買って出てくれた。


「どうやら今回の敵は強いわ。オリハルコンを切断しちゃうんだもの。もしあいつらと10戦したら、9回は負けるのかもね」


 ネガティブな言い回しなのに、ずらしてかぶるマスクの下には頼もしい表情がある。


「でも私たちは勝率を求めているわけではないわ。あなたたちがいる場所はすでにトーナメントの頂点、決勝なの」


 全体を見まわしながら話す魔王は、人差し指を立てて頭上にかざした。


「つまり、1回だけ勝てばいい。私はそういう戦いかたが得意よ? やりかたを知っているし、あなたたちにもできると確信もしている。そうでしょう? だってあなたたちは『勝てる』とわかっているからここにいるのだし」


 徐々に語気が気迫を強める。比例するように冒険者たちの顔が戦士の色合いを強め、強敵のむこうに報酬を見た時と同じ、彼ら特有の不敵な笑みをたずさえるようになった。


「さあ! 話の続きをしましょう! 協力して策をねりましょう! きっとこの『悪だくみ』は楽しいものになるわ!」


 話の「ギアを上げた」魔王に、「そうだ!」「ああ、私たちは負けない!」と肯定の言葉が飛んだ。最初はバラバラのタイミングで。次第に声を上げる者が多くなって、ひとつのかたまりとなって。


「『勇者は無敵だ!』なんて誰も言っていないわ! 時代を作るのはあなたたちなの! マルコ(グレニャス)とロペ、私たちもいる!」


 戦意は上々。冒険者たちはみな、瞳へ輝きをきらめかせて――


「『冒険者は飲みこむのに巨大すぎる』という事実、敵に嫌というほど教えてあげましょう!」


 魔王の言に応じるは、「おうっ!」というおおきな歓声。


 あまりにそろった大声に、窓ガラスがビリビリと身震いする。道を行く通行人はなにが起こったのかと目を丸くし、町はずれで水をくんでいた農夫が振り返るほどだった。


 冒険者の街プラドリコ。方々の尖塔の頂上で翻るケルベロスの国旗が、それぞれの口に剣をくわえ、北をむく。


 今日この街は、勇者災害と害獣暴走という2つを相手に、戦うことを決めた。

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